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現在

……………………


 ──現在



 あの時、目覚めたときに最初に目にしたのが軍医であって幸いだった。


 あれから市ヶ谷地下ダンジョンから救援部隊に救助され、軍の審問を受けた。


 その時にはラルヴァンダードも姿を見せていた。


 異常な空間に長時間いたために自分が発狂したのではないかと恐怖し続ける毎日を送り、世界を正常に戻すために、“迷宮潰し”の任務に従事した。“迷宮潰し”を目的とした日本情報軍第777統合特殊任務部隊が編成され、的矢はそれに配属された。


 ラルヴァンダードが彼に付きまとったまま。


 だが、彼の正気は些か拍子抜けするように証明された。


 アンデッドとの戦闘を観測するべく持ち込まれたシジウィック発火現象を可視化する観測機器にラルヴァンダードの姿が映ったのだ。正確には“何か”が、的矢の周りに漂っているのが。その観測結果によって、人ならざるものが的矢に付き纏っていることが確認され、彼の正気は証明された。


 もっとも、ラルヴァンダードの正体については、どんな著名な学者たちに検討させても、どれだけ観測結果を分析しても“謎”のひと言に尽きたが。


 それからはどうすればこの悪夢を終わらせられるのかは明白だった。


《世界は発狂した。世界が発狂したということは価値観の逆転だよ。正気こそが狂気となり、狂気こそが正気となる。化け物が人類の代わりになり、人類が化け物の代わりになる。そういう世界になってしまったのさ》


 くたばれ。


 当初からラルヴァンダードと的矢のやり取りはこのような具合だった。


 それが今では変わった。


《レイス4体。どうする?》


 殺す。


《そうでなくっちゃ》


 全くだな。


 そして、的矢が退魔の銃弾をレイスに叩き込む。


 クリア。


《クリア》


 的矢は今でもラルヴァンダードのことを心のどこかでは疑っている。だが、この状況で孤独だというのは耐えられるものではない。いや、孤独ではない。彼には守るべき民間人というお荷物まで背負わされているのだ。


 あの正気を失いかけた市ヶ谷地下ダンジョンを思い出す。市ヶ谷地下ダンジョンでも非戦闘員の発狂と自殺は起きていた。


 何を隠そう、的矢との再会を約束して上層に向かった一団のほぼ全員が自殺していたのだ。かろうじて自殺しなかった将校こそ北上だった。彼らは同じ恐怖と狂気を身をもってして体験したのである。


 だから、今いる親子が突然発狂して自殺したり、ダンジョンカルト化しないという保証はない。お荷物どころか爆弾だ。


 頼れるのはラルヴァンダードだけ。


 あれだけの悪夢を生み出した存在に頼らなければならないほど俺は落ちぶれてしまったのかと的矢は思う。


《今は友達だろう? ボクとしては友達以上を目指したいけどね。友達以上、恋人以上。ボクらはあの日からずっと、ずーっと一緒だったじゃないか》


 そうだな。どんなクソみたいな状態でもお前は笑っていたな。


《そうそう、それが市ヶ谷地下ダンジョンを攻略した君たちに足りなかったものだ。笑顔が足りなかったんだ。楽観的観測が足りなかったんだ。君たちはよく最悪を想定し、悲観的に準備しろという。軍人とはそういうものだと。軍人の扱う戦争というものは、そういうものだと》


 そうだ。俺たちは最悪を想定する。常に最悪を想定する。楽観的な視点で準備された計画ではいざイレギュラーが起きたときに耐えられない。脆くも崩壊してしまう。そうならないために俺たちは最悪を想定する。


《だけど、その言葉はこう続くはずだ。悲観的準備せよ。ただし、楽観的に運用せよと。悲観的に準備したものは、最悪を想定してある。それを悲観的に運用していたら、下ばかり見ていて、正面の壁に気づかずぶつかってしまうよ》


 確かに運用は楽観的に運用せよとは言われるな。悲観的なままでは、士気にも響く。だが、現場指揮官たるものどのような戦局においても最悪を常に想定しなければならない。楽観的に運用するのは現場指揮官より上の人間だ。


《君は常にひとりで最悪を想定し続けるの? それって辛くないかい?》


 階級には責任がある。立場にも責任がある。部下を持っている以上、部下のために尽くすのは指揮官の務めだ。多少辛かろうが、部下を死なせるよりマシだ。俺は大勢の仲間を失ったんだ。あの市ヶ谷地下ダンジョンで。お前のダンジョンで。


《言っておくけどあのダンジョンは別にボクが作ったわけじゃないよ。ただ、地獄に呼び声が響いたから行ってみただけさ。そしたらああなっていた。人々は狂い、ボクに生贄を捧げる。悪魔たるもの捧げられた生贄は受け取らないといけない》


 お前に生贄を捧げることにどんな意味があったんだろうな。


《何も。何も意味はないよ。狂人は狂人の価値観で動く。ボクらには無価値なものにも、狂人は価値を見出す。彼らが狂っているが故に》


 そういうものか。


《そういうものさ。そして、今、君は世界を発狂から救おうとしている。だけどね。だけれどね。世界は元に戻りはしない。確かにここは地獄にしては冷たい場所だ。だけど、もうここは地獄の一部だ。地獄はそこにある》


 地獄に行ったら、お前に会えるんだったよな?


《そうだよ。このダンジョンの最下層に行って儀式を行ってごらん。秘密のベールはめくられ、地獄が姿を見せるだろう。本物の地獄が。そこはとても暖かな場所だ》


 楽しみにしておくとしよう。


《まだボクのことを殺したい?》


 今は……そうでもないな。


《それはよかった。次は愛して。ボクのことを愛して。そうすれば触れられるようになる。きっとね》


 恐らくは。


《さて、ゾンビが6体だ。どうする?》


 銃弾は節約する。ナイフで十分。


《刺激的》


 言ってろ。


 的矢はナイフを握り、お神酒に刃を浸すとゾンビに突撃した。


 ゾンビが一斉に的矢の方を向く。


 的矢は1体の首にナイフを突き立て、次の1体の胸にナイフを突き立て、もう1体の喉を引き裂き、次の1体の腎臓を貫き、そして次の1体の喉を再び引き裂き、最後の1体の肝臓を滅多刺しにする。


 それで全てのゾンビは抵抗する間もなく、全滅した。


《流石》


 これぐらいは楽な仕事だ。


 的矢はそう思ってゾンビの纏っていた服で刃に付いた肉片と血を拭った。


《ナイフで人を殺すのは、銃弾で殺すのより抵抗があると聞くよ。そして、銃弾で殺すのは爆撃で殺すよりも抵抗があると》


 こいつらは化け物だ。人間じゃない。もう人じゃない。抵抗を覚える必要があるか?


《だけど、人の形をしている》


 形だけ人間の化け物は山ほど見てきた。ダンジョンを作ったのがお前じゃなければ教えてやるが、市ヶ谷地下ダンジョンにも人の格好をした化け物どもがいたんだぞ。化け物とダンジョンカルトは殺すべきだ。徹底的に。


《そうだね。それがいい。君がそう言っているんだから》


 今日はやけに素直だな?


《君に愛してほしいからね。時として愛は悪魔すらも従順にさせてしまうものさ》


 一緒に手を繋いで映画でも見に行くか?


《君が愛してくれたら、ボクに触れられるようになったら、それもいいかもしれないね。楽しみにしておこう》


 ああ。誰だって将来を夢見る権利はある。しかし、愛とは。


《君も心理戦に関わる日本情報軍の特殊作戦部隊の将校なら、愛の威力ぐらいについては知っておかなくちゃ。この世で何人の人間が愛によって幸せになり、同時に愛によって破滅していると思う?》


 分からんね。


 そう会話をしながら的矢とラルヴァンダード、そして非戦闘員の親子はダンジョンの上層を目指して進んでいく。


……………………

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