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5日~7日

……………………


 ──5日~7日



 キメラを撃ち殺しながら的矢たちは突き進む。


 弾はまだたっぷりある。キメラを仕留めるのにも銃剣を使い始めたからだ。キメラの弱点は人間の体の部位ではないことは分かっていた。その歪に歪んだ獣の体の方が弱点だとこれまでの交戦結果から分かっていた。


 いや、完全に人間の体が弱点ではないということはない。頭を貫けば動きは止まる。だが、出血で殺そうと思うならば獣の体の心臓や肺などの血液の集まる臓器を貫かなければならなかった。


 的矢たちは銃剣で相手に肉薄し、獣の体に銃剣を突き立てる。突き立てて抉り、素早く抜いて距離を取る。


 そうやって銃弾を節約しなければ、また来た道を戻ることになる。


 それだけはごめんだった。またあの狂った空間を行き来するなど考えられなかった。


 的矢たちは進み続ける。


 ダンジョン攻略開始から6日目。


 まもなく30階層に到達するというところで、厄介な化け物に出くわした。


 強固な殻に覆われたキメラだ。的矢の持つマークスマン・ライフルの7.62ミリ弾を弾き返し、とてもではないが銃剣で仕留められる相手でもない。


「どうする?」


「手榴弾なら数発」


「そうか。スタングレネードも数発。虎の子だ。今使って、この後困るようなことにならなければいいんだが」


「どうせここを抜けなければ終わりです」


「そうだな、准尉」


 的矢は化け物の弱点を探す。アーマードスーツのように殻に覆われた化け物は巨大なダンゴムシのようで。ダンゴムシの顔の部分に、人間の半身がついている。見るもおぞましい化け物だ。


「スタングレネードで怯ませる。それから手榴弾を奴の腹に叩き込む。手際よくやれ。一回で終わらせるぞ」


「了解」


 ダンゴムシ状のキメラは人間の躯を貪っている。


 的矢は死体から顔を上げるその瞬間を待ち続ける。


 そして、キメラが上半身を持ち上げた。


「スタングレネード」


 強襲制圧用スタングレネードが炸裂し、化け物がその場で動けなくなる。


「手榴弾」


 そして、陸奥が手榴弾を投擲した。それは悶える化け物の腹部に転がり込んだ。そして、爆薬が炸裂する。鉄片が撒き散らされ、化け物は息絶えた。


「クリア」


「クリア」


 最後の化け物を一掃した的矢と陸奥がそう宣言する。


「今日何日だ?」


「分かりません」


 そして、6日目が終わり7日目が始まる。


 ダンジョンカルトたちが群がっているところに手榴弾を放り込み、化け物に7.62ミリ弾を叩き込み、的矢と陸奥はボロボロになりながら前進を続ける。


「何の音だ?」


 そして30階層。


 何かの音が聞こえていた。呻き声のような、言葉のような、その中間にあるような音が的矢の耳に入ってきた。


「ラテン語ですかね? 讃美歌のような、子守歌のような……」


「ただの呻き声にしか聞こえないぞ。歌なんかじゃない」


 陸奥にはそれが歌に聞こえると言って、的矢は正気を疑る目で陸奥を見た。


「確かに歌です。何かの歌です。リズムがあります」


「リズムなんてない。狂った人間か化け物の呻き声だ」


 ついに的矢は陸奥が正気を失ったかと思った。


 こうなってはもう陸奥は当てにできない。


「陸奥。ここに残れ。俺が行って確かめてくる」


「やめてください。彼らは正気だ。ああ。俺は正気の人間を殺していたんだ。もうダメだ。彼らの言葉に耳を貸すべきだった。狂っていたのは彼らじゃない我々だ」


 陸奥はそう言って泣きわめき始めた。


「殺してください、大尉……。もう生きてはいけない……」


「ダメだ。俺に殺させるな。まだお前は正気だ。自分の狂気が認識できる間は正気だ。知らないのか。キャッチ=22だ。狂気を申告できる人間は正気である。死にたいならば自分で勝手に死ね。俺に殺させてくれるな、准尉。なあ、頼む……」


 的矢の方も自分の正気を疑うような状況になりつつあった。


 これは本当に化け物と狂った人間の呻き声なのか。それとも陸奥の言うように歌なのか。分からない。本当に分からない。考えれば考えるほど分からなくなっていく。自分の狂気がじわりと広がっていくのを感じる。


「もういい。俺が行ってくる。行ってきてやる。この目で確かめてやる」


 泣きわめく陸奥を置いて、的矢は音のする方向に向かった。


 音はする。化け物と狂った人間の呻き声のような声が、歌声が、歓喜の歌が、悲劇の歌が、讃美歌が。狂ったリズムで流れてくる。


 的矢はただただ気合を入れ、狂気に飲み込まれぬように正気であると言い聞かせながら、音のする方向に向かう。


 讃美歌だ。だが、讃えているのは神でも、預言者でも、聖人でもない。


 狂気だ。狂気を讃えている。


「クソ野郎ども。ふざけやがって。殺してやる。ひとり残らず、一匹残らず殺してやる。皆殺しにしてやる。くたばりやがれ」


 的矢はもう狂気にはうんざりだった。


 もう思う存分狂気は味わった。吐き気がするほど味わった。


 終わらせてやる。きれいさっぱり。


 全部ぶち殺して、それで終わらせてやる。


 的矢はそう決意し、音のする方向に向かう。


「見えた」


 男たちがいた。女たちがいた。少女がいた。


 少女は人間の肉を貪っていた。死体の積み上げられた玉座に座り、呻き声を、歌声を放つ男女に囲まれて、人間の肉を貪っていた。


 濡れ羽色の長髪と黒いドレス。そして、真っ白な肌と真っ赤な瞳がコントラストを描く少女は満足そうに肉から滴り落ちる血を飲み下す。美しい少女だった。とて、とても、美しい少女だった。


 的矢は確信した。狂っているのは連中だ。


 俺は正気だ。俺はまともだ。狂っていない。


 的矢は無言で手榴弾を数発放り込む。炸裂によって歌声が途切れ、叫び声に変わる。


 的矢はひとり、ひとり、ダンジョンカルトを射殺していく。


 そして、最後に少女の額に狙いを定めた。


 光学照準器の中に少女の顔が映る。少女はクスリと笑った。


 的矢は引き金を引く。


 少女の頭が弾け飛び、倒れていく。死体の玉座から転がり落ち、そして灰になっていった。もう生きている人間も、化け物も、的矢と陸奥だけだ。


「終わった……」


 そこでスタングレネードが炸裂する音が響いた。


「両手を上げろ! 武器を置け!」


 統率の取れた動きの一団が的矢に銃口を向ける。


「俺は正気だ。狂った人間じゃない」


「所属と姓名及び階級を」


「日本情報軍特別情報軍団所属。的矢陸翔大尉」


「確認できました」


 端末を操作していた兵士が頷く。


「あんたの仲間がそこにいたが、あなたは大丈夫なのか?」


「大丈夫に見えるか? もうへとへとだ。あんたらが救出部隊?」


「そうだ。あんたらがこの市ヶ谷地下ダンジョンの攻略者だ」


「そうかい……」


 的矢は疲れ果てていて、もう疑問すら湧いてこなかった。


 ただ、今は眠りたかった。


《酷いじゃないか。いきなり撃つだなんて》


 そこで声がした。的矢が声のする方を振り返る。


《君とボクは結ばれた。弾丸によって、死によって。仲良くやっていこう》


 何事もなかったように先ほどの少女がいた。


《ボクはラルヴァンダード。以後、よろしく》


 そこで的矢は意識を失った。


……………………

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