2日目~4日目
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──2日目~4日目
地下9階層に辿り着けないままに2日目を迎えた。
ダンジョンのあちこちを漁り、少しでも食料を見つけ、それを貪る。
ダンジョンカルトは戦友の死体を貪っていた。それを見て食欲の失せるような将兵はとっくに自殺した。今残っているのはそれでもなお生き残りをかけて戦っていくことを選んだ将兵だけだ。
戦いは激化する。
ダンジョン四馬鹿がいくら馬鹿でも、数が揃えば馬鹿にできない。
数を増したダンジョン四馬鹿を相手に弾を消費し過ぎず、効率的に処分していく的矢たち。時には銃剣すら使った。銃剣は2065年の世界でも未だに現役だった。それに代わる装備はないし、銃剣が使われる状況もなくならなかったのだ。
ゴブリンやコボルトの背後に音もなく近づき、銃剣をコンバットナイフ代わりに喉を引き裂く。鮮血が舞い散ってもそれはすぐに灰に変わる。
そうやって弾を節約しながら、的矢たちは進んでいく。
そして、辿り着いた9階層。
非常用備蓄倉庫のカギを破壊し、中の物資を運び出す。大量の食糧と水、そして救急キットがあった。それらをまずは空腹を満たし、負傷者の傷を手当てし、そして運ぶ。
的矢はもはや市ヶ谷地下ダンジョンが国防省地下施設とは全く別のものになっていることを悟っていた。
地下施設の構造はねじ曲がり、捻り狂い、あるべきものがなく、ないはずのものがあり、狂気の様相を呈していた。
的矢はひたすら化け物を殺し、ダンジョンカルトを殺し、殺し、殺し、殺し続けた。
それで助かる人間はごくわずかだったが、それでも何もしないより遥かにマシであった。数名でも命は命だ。彼らには上層に向かうか、このままついてくるかを選ばせた。大抵の人間は上層に向かうことを選んだ。一部のタフな人間は地下に同行した。
そして、地獄が続く。
地下10階層で地獄は終わるはずだった。だが、終わらなかった。
地下10階層はスパコンの並ぶ施設のはずだったが、そこはコロシアムのような構造へと変化していた。そして、そこにいたのはミノタウロス。
迷宮の主であるはずのミノタウロスを的矢は2発の銃弾で仕留めた。7.62ミリ弾がミノタウロスの頭をぶち抜き、それで終わるはずだった。
しかし、終わらなかった。さらに地下に潜る階段を的矢たちは見つけたのだ。
この時点で部隊は的矢を含めて5名になっていた。
5名。中途半端な数だ。分隊としては少なすぎ、班としては大きい。
的矢は精神が不安定になってきた1名を地上に報告に向かわせ、残り4名という切りのいい数の人数を率いて地下に潜り続けた。
存在しないはずの地下11階層に足を踏み入れたとき、そこはダンジョン四馬鹿が闊歩する世界ではなくなっていた。
いたのはワイバーンやリザードマンといった敵。
5.56ミリ弾が辛うじて通用していた。そう、あの時は5.56ミリ弾でもワイバーンが倒せたのだ。もちろん、急所を狙う必要はあったが、50口径のライフル弾など必要なかった。そんな化け物染みた弾薬がなくともワイバーンは駆逐できた。
だが、その過程で2名が死んだ。
残ったのは的矢と陸奥のふたり。
ここから先の生存者はほぼダンジョンカルト化していた。
戦友だった兵士の亡骸を貪り、その血と臓腑で魔法陣を描き、その骨を尖らせたもので襲って来るダンジョンカルト。
それらを撃ち殺し、化け物を撃ち殺し、ぶち殺し、ぶち殺し、ぶち殺し……。
「畜生。悪夢でも見てるのか、俺たちは」
「クソッタレな現実ですよ、大尉」
的矢も精神を病み始めていた。
陸奥もだ。
彼らは確かに他の兵士よりも精神的強固さを持つが、超人ではない。同じ日本国防四軍の将兵が戦友を貪っていれば衝撃を受けるし、ましてその骨で襲ってくればもはや本当に悪夢を見ているのではないかと思うものだ。
そして、今はふたりとも戦闘適応調整を受けていない。何の準備もなく戦場に放り込まれて、同僚たちを殺さなければならない。化け物を殺さなければならない。これで精神を病むなという方がどうかしている。
だが、それでもなお導かれるようにして的矢と陸奥は地下に進んでいた。
もはやふたりともぼろぼろだった。
だが、まだこの地獄は始まったばかりだった。
3日目にして地下20階層に到達した。
敵はグレーターグリフォン。
ぶち殺した。とにかく鉛玉と爆薬を叩く込んで押し通った。
「今日何日だ?」
「分かりません」
「クソ。援軍はまだか」
「上層に戻りますか?」
「今さらか?」
「そうですね」
そして、4日目が始まる。
地下21階層からも地獄だった。
人間の形をした化け物。人間が歪んだ化け物。キメラだ。
人間に化け物の体が引っ付いたそれは人間の言葉で意味不明な単語を放ち、そして的矢たちを襲って来る。的矢たちはもう何の容赦もなく、かつての同僚たちを殺していた。彼らの心は防衛のために閉じてしまっていた。
ふたりとも会話もせず、ただ淡々と訓練された動きで化け物になった同僚たちを殺していく。殺していく。殺していく。殺していく。
殺すしかない。殺さなければならなかった。殺してやる。殺す。殺した。
陸奥がぶつぶつとそう呟く中、的矢は陸奥が発狂したら射殺する覚悟を決めていた。陸奥の方も的矢が発狂したら的矢を殺すつもりだった。
人間の形をした化け物。歪に変形した人体。悪魔がデザインしたとしか思えないそれが次々に襲い掛かってくる。ダンジョンカルトたちは自ら進んでダンジョンの化け物に食われていた。
狂っているのは連中なのか自分たちなのか。
「なあ、こういう小説を知ってるか、准尉」
「なんです、大尉?」
数十時間ぶりに的矢が陸奥に話しかけた。
「世界中が化け物になるウィルスが漏洩した中、ひとりだけ人間であった主人公がいたんだが、化け物たちから見れば化け物を殺す主人公の方が化け物だと思われていたって話だ。タイトル、知ってるか?」
「地球最後の男?」
「ああ。それだ」
的矢はそう言いながら自分たちに気づいたダンジョンカルトを射殺する。
「俺たちは化け物なのか? それとも連中が化け物なのか?」
「クソッタレな問いかけですよ、大尉。俺たちは正気です」
「そうだな。まだ俺たちは正気だ」
その『俺たちは“まだ”正気だ』という的矢の言葉には狂気が滲み出ていた。
キメラの蠢くダンジョンをもはや化け物を殺すことと潜ることそのものが目的になっている的矢と陸奥たちは、30階層に着々と迫りつつあった。
自分たちもああなるのではないか。自分たちもダンジョンカルトのようになるのではないか。狂って味方を襲い始めるのではないか。そもそも自分たちはまだ正気でいられているのか。的矢と陸奥の精神状況は崖っぷちに立っていた。
そういう時に彼らは自分たちの銃口の向こう側にあるものは無条件で敵であると認識するように訓練されている。友軍は銃口の先には絶対に入れない。入ってくるのは敵だけ。そして、敵は殺さなければならない。
的矢と陸奥は残り少なくなってきたレーションを友軍の死体のそばで貪るように食らい、ミネラルウォーターを飲み干し、また銃を手にして進んだ。
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