市ヶ谷地下ダンジョン
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──市ヶ谷地下ダンジョン
今から2ヵ月ほど前。
的矢は国防省地下施設の4階層にいた。
国防省には地下10階層に及ぶ、データセンターと何台ものスパコンに収められた統合分析AI“天満”が収められた設備と司令部があった。
核戦争が勃発しても生き残ることを目的とした強固な施設で、普段は上層で行われている指揮通信もデフコンが上がったら地下で行われることになっている。
その日は平和な一日で、的矢が地下にやってきたのも新任の日本情報軍電子情報軍団の兵士に地下施設を案内するように頼まれたからだった。的矢も地下施設のセキュリティ点検という役割を仰せつかっていたので、武器弾薬庫などの点検に行くつもりだった。
そして、13時45分。それは前触れもなく訪れた。
地震のような揺れと衝撃。一瞬にして地下施設は歪んだ。
的矢たちが気づいたときには既に国防省地下施設はダンジョンとなっていた。
──化け物もまた同時に現れていた。
最初に襲われたのが誰かは分からない。
ただ、化け物は的矢たちの前に現れて、新任の電子情報軍団の兵士を八つ裂きにした。的矢はすぐに携行していた45口径の自動拳銃で反撃した。現れたダンジョン四馬鹿のひとりであるオーガの頭に2発。彼はこの状況においても限りなく冷静だった。
「武器弾薬庫に行く必要がある」
彼はセキュリティの確認のために同伴していた陸奥にそう言った。
「やりましょう」
陸奥と電子情報軍団の新兵3名とともに的矢たちはダンジョンと化した国防省地下──のちに市ヶ谷地下ダンジョンと呼ばれるダンジョンの制圧に取りかかった。
その時は戦闘適応調整など一切受けていなかったが、的矢たちは武器弾薬庫に向かう途中で何体もの化け物を殺したが、救えた命は僅かだった。
だが、その僅かな人間を奮い立たせ、戦列に組み込みながら的矢たちは進んだ。武器など持っていない将兵がほとんどだったが、そういう将兵でも周辺の警戒を行う役に立った。そう、あの時はマイクロドローンや振動探知センサー音響探知センサーといったツールはなく、人間がその目で化け物を視認していくしかなかったのだ。
だが、武器弾薬庫に到着しさえすれば、そうすれば全員が武装できるだけの武器を手に入れられる。その武器弾薬庫は地下6階層に位置しているはずだ。
だが、最悪なことに国防省地下施設はダンジョン化の影響で、迷宮と化していた。壁のないはずの場所に壁ができ、構造は入り乱れ、そして地図はなかった。
残弾が危うくなってきた自動拳銃を頼りに、的矢たちは道を切り開いていく。
地下5階層で背広組が救助され、強制的に戦列に加えられる。今は生き残った人間でどうにかするしかなかった。地下施設にいた将兵と職員はほとんどが電子情報関係の人間で、直近1年、2年、あるいは生まれてこの方一度も武器など触ったこともない人間ばかりだったが、的矢は全員に武器を配布し、生き延びるつもりだった。
そして、地下6階層。武器弾薬庫に到達した。
カギを外し、武器弾薬の状態をチェックする。武器は全てが正常に作動した。ただし、ここの武器弾薬を管理しているのは本来日本陸軍だったため、そこに貯蔵されていた武器は5.56ミリ弾を使用するものばかりだった。
辛うじて7.62ミリ弾を使用するマークスマン・ライフルがあり、的矢はそれを手にとった。他は5.56ミリ弾で武装した。武器を持ったことのない背広組には扱いやすい拳銃が与えられた。彼らは戦力としては期待しておらず、ただ自衛できればそれでよかった。
ここで的矢はチームをふたつに分ける。
的矢と陸奥のチームはこのまま危険を冒して地下に向かい、取り残された人間を救助する。もうひとつの実戦経験のある将校の指揮する部隊はこのまま上層に向かい、援軍を要請する。
この時点で生存者たちは28名。的矢は戦えない背広組や電子情報軍団の将兵たちを上層に向かわせ、戦うことのできる将兵たち8名を指揮して地下に潜るという決断を行った。彼はこの時点でダンジョンには数を投入すればいいものではないことを理解していたのだ。ダンジョンは迷宮であり、迷宮では火力を集中させにくい。
生きていたら酒でも飲みかわそうと約束して、的矢と実戦経験のある将校は別れた。
的矢たちは地下を目指す。
本来は地下10階層。それで終わりのはずだった。
地下7階層の迷宮具合を見るにそうは言ってられなくなった。
完全にカオスになってる。
バックアップサーバーが異様な配列で並び、行く手を遮る。この時点ではまだダンジョン四馬鹿とは呼ばれていなかったオーガやオークが非武装の将兵たちを殺し、貪っている。各種モニターは“地獄はここにある”と表示したままフリーズしてる。
「確かに地獄はここにあるようだな、准尉」
「ええ。そのようです」
「では、地獄の底に飛び込むとしよう」
的矢はそう言って地下へと進んだ。
地下7階層突破。この時点で1日が過ぎていた。
食べ物は地下9階層に非常備蓄倉庫がある。そこまで辿り着けばレ―ションにありつける。それゆえに的矢たちは必死だった。
データサーバーが破壊されることは気にしなかった。ここにあるデータはバックアップがほとんどだ。日本国防四軍の本来のデータサーバーは返還された横田基地に存在している。ただ、分析AI“天満”については損傷は避けられないものと思われた。
「こいつら、意外に馬鹿だぞ」
ここにきて的矢がダンジョン四馬鹿の鈍感さに気づいた。
まともな装備があればまるで相手にならない。鉛玉が叩き込まれるまでこちらに気づかない。ほとんどの場合、一方的な攻撃で仕留めることができた。
この調子ならば行ける。
一度は上層に戻ることも考えた的矢たちだったが、このまま潜り続けて、生存者を救助していく。だが、地下に近づけば近づくほど、正気を失っている生き残りが出てきた。ダンジョンカルトと彼らは遭遇したのだ。
彼らは的矢たちから武器を奪おうとするか、彼らが持っている道具で攻撃を仕掛けて来て、的矢たちに射殺された。
同じ日本国防四軍の将兵を殺す。
それは大きな負担となって的矢たちにのしかかった。
的矢が選んだ将兵は決して的矢たちのようにタフな兵士ではない。的矢と陸奥は日本情報軍第101特別情報大隊という特殊作戦部隊の将兵だったが、彼らが指揮する将兵は直近で武器を扱ったことがあるというだけで選ばれた、ある意味では素人だった。
それは確かに電子情報軍団の将兵のように一日中端末を弄っているような将兵ではなく、それなりに鍛えている将兵だったが、精神的強固さは欠如していた。
彼らも次第に精神を病んでいき、一部の将兵は自殺を試み、8名中2名が自殺した。自動拳銃で自分の頭をふっ飛ばして自殺した。
的矢はそれでも潜ることをやめなかった。この異常な状態を止めるには、潜るしかないという思いがあったからである。とにかく潜り続けるしかない。地下の最深層に存在する“何か”をどうにかして、この発狂した世界を元に戻さなければならない。、彼はそう思っていた。
「死んだ人間からは弾薬を回収しておけ。死人に弾薬は必要ない」
的矢はそう命じて潜り続けた。
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