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──次のステップへ
50口径のライフル弾を使用する自動小銃は返却され、また7.62ミリ弾を使用する自動小銃が前線復帰した。
今回は信濃が復帰するまで時間がかかったため、スケジュールの圧迫を避けるべく、ブラボー・セルが先行して、偵察活動を済ませておいた。その情報が戦術脳神経ネットワークで共有される。
「またアンデッドですか?」
「ああ。上位種だ。レイスが確認されている。それからどういうわけかゾンビも。ここから先は本来ならば存在しないはずの階層なのだが、どうもダンジョンが空間を捻じ曲げたらしい。複数の生存者とゾンビが確認されている」
「レイスに凝集性エネルギーフィールド拡散弾は通用しにくいですね」
「うむ。椎葉軍曹の特殊装備を使う方が無難だろう」
羽地大佐が頷く。
レイスはゴーストの上位種で人に憑依して錯乱させる他、ゾンビを作り出すことはもちろん、物理的な攻撃を加えてくることで知られる。
物理的な攻撃だ。敵はシジウィック発火現象から実体を得ることがあり、それを使って相手を攻撃する。どういうメカニズムで凝集性エネルギーフィールドが物理的な殺傷力を持つようになるのかは謎だが、謎と言ってしまえばダンジョンそのものが謎だ。
「椎葉軍曹の装備は有用だ。だが、抜からぬようにな。信濃曹長も復帰したばかりだ。ブラボー・セルはかなりの敵がいることを報告している。そのため偵察も十分ではない。ブラボー・セルは本来、偵察が任務ではないとは言え、実働部隊の一つであることに間違いはないのだがね」
「ご安心を、大佐。我々でなんとか凌いで見せましょう」
「頼んだよ」
ブラボー・セルは偵察部隊ではないことは確かだ。ブラボー・セルの仕事は占領地の確保、である。占領地というのもあれだが、確保した土地を維持し、兵站線を維持することは彼らの任務だ。
的矢は指揮所を退室し、部下たちの下に向かった。
「全員、51階層からのことは頭に入ったか?」
「ばっちりだ、大尉。またアンデッドってことは、椎葉ちゃんの出番だろ?」
「そうだ。椎葉軍曹。頼むぞ」
的矢が椎葉の方を向いてそういう。
「またレッド・ヴィクターみたいなのを相手にすることになるんでしょうか……」
「可能性としてはレッド・ヴィクターよりタフな敵を相手にすることになる」
「とほほ……」
椎葉が肩を落とす。
「しっかりしろ。お前が頼りなんだ。また連中に一撃食らわせてやれ」
「了解です」
椎葉が敬礼を送る。
「それでは装備を纏めて、階段に集合。ここから先は純粋なダンジョンだ。何が起きてもおかしくないと思え」
桜町ジオフロントは本来地下50階層の構造物だ。つまり50階層以降はダンジョンが空間を歪めて生成した空間だ。その空間に飛び込むわけだから、注意は必要だ。
ちなみにダンジョンが純粋に構築した空間はエリアボスを討伐後もそのまま残される。完全に破壊されることはない。消滅するのはダンジョンボスを倒してから、3週間程度と見られている。
「トラップに警戒。ダンジョンは本物の迷宮になっている。地図を頭に叩き込み、用心しながら前進しろ」
「了解」
そして、装備が集められる。ミドルスパイダーボットは引き続き、使えるように羽地大佐が日本陸軍に取り計らってくれた。
ミドルスパイダーボットにも武器弾薬を山ほど搭載し、的矢たちは51階層に降りる。
薄明りに照らされただけの暗い空間が広がっている。この空間は迷路になっており、どこから敵が出てくるか分からない。
『レイスもゴーストも振動探知センサーにも音響探知センサーにも引っかからないから厄介だよな。目視するしかない』
『全くだ。慎重に進め』
『了解』
信濃は決して急がず、慎重に進んでいく。
『目標視認。レイス2体。気づいてない』
『同時に仕留めるぞ』
『目標マーク』
『撃て』
信濃と的矢が同時にレイスを銃撃する。
レイスはお神酒に祝福された退魔の銃弾で貫かれた。
『クリア』
『クリア』
そうやってレイスを倒しながら前進していく。
『ゾンビの目撃報告もある。用心しろ』
『クソみたいに用心してるさ』
『じゃあ、もっとクソみたいに用心しろ』
レイスは本当に面倒な相手だ。
索敵に最先端の科学技術は使えないし、隠密に熱光学迷彩は役に立たない。こればかりは経験則でどうにかするしかない。クソにクソを重ねて慎重に慎重を重ねて、安全な道を切り開くしかない。
的矢たちはレイスを排除しながら、前進を続ける。
『前方、ゾンビの群れ。数13体。目標マーク』
『振り分けた。射撃開始』
静かな死がゾンビたちに訪れる。そして、ゾンビたちは死体を残さず灰になった。
『畜生。このクソダンジョン、死体を作っているぞ』
『生存者はゼロですか?』
『分からん。羽地大佐はいると言っているが』
だが、ダンジョンが人間の死体を作れるということは、ダンジョンは生きた人間も生成できるのではないか? ダンジョンカルトのような存在を意図的に生成できるのではないか? そういう疑問が過る。
幸い、桜町ジオフロントの住民のデータはある。それと照合すれば分かるだろう。
『進め。慎重さも大事だが、慎重とはちんたら進むことではない』
『了解』
信濃が跳ねるようにして進む。
索敵を行いながら、トラップにも注意し、前進経路を確保する彼女の負担は大きい。それ故に優秀な信濃をポイントマンに据えているのだ。口は悪し、上官への敬意もないが、的矢は優秀で生き残れるならばそれでいいと思っている。
『待った。トラップだ。気を付けろ』
『通行は可能か?』
『気を付ければ十分にいける』
信濃はそう言い、的矢たちを誘導する。AR上に的矢の足跡が記される。それ通りに進めば問題はない。
的矢がトラップの傍を通行しようとしたそのときだった。
『クソ。レイスだ』
焦るような信濃の声がした時、同時に信濃の叫ぶ声が響いた。
信濃はナイフを抜き、それを的矢たちに向けてくる。
『畜生。憑依されてやがる。椎葉、化け物をアルファ・スリーから叩きだせ』
『りょ、了解』
椎葉が駆け付けるまで的矢が必死に信濃を押さえつける。だが、第5世代の人工筋肉を持った信濃の方が、腕力の上では上であり、的矢は押される。
『アルファ・ツー。援護しろ』
『今、引き剥がします』
『不味い』
信濃に押された的矢が信濃がトラップとしてマークしていた魔法陣の上に載ってしまう。それと同時に信濃の雄叫びが響く。そして、的矢の体が宙に浮く。
『指揮権をアルファ・ツーに移行! どうにか──』
的矢の体はその場から消え去り、暴走する信濃を押さえる陸奥と椎葉たちだけが残された。的矢はこの広大なダンジョンのどこかに飛ばされるというテレポーターというトラップに引っかかってしまったのだ。
的矢の体はその場から消え、このダンジョンのどこかに飛ばされた。
的矢の意識が反転し、彼は気を失う。
この危険なダンジョンのどこに彼は飛ばされたのだろうか……。
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