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見舞い

……………………


 ──見舞い



 熊本ダンジョンから軍病院まではほどほどの距離がある。


 そして、多くの地方都市に言えることだが、公共交通機関というものは地方ほど貧弱で、車で移動しなければならない。特にこれまで交通ハブだった桜町ジオフロント周辺が封鎖され、別の場所に一時的に移転したことにより、熊本の交通事情はより車社会へと変化していた。


 そんな中で的矢たちは軍病院を目指す。


 軍病院は日本陸軍西部方面総軍司令部の近くにあり、日本陸軍の軍医たちが目立つ。だが、日本情報軍の軍医も皆無ではなく、そして例によって民間軍事医療企業の姿もあった。信濃が使っているような第5世代の人工筋肉を使った義肢ともなると、専門家の力を借りなければならない。そして、ただの軍医にはそれは不可能だった。


 そこで民間軍事医療企業の出番である。


 空軍が複雑になった戦闘機のメンテナンスを民間に外注(アウトソーシング)するように、複雑になった軍用義肢のメンテナンスも民間に外注されるのだ。


 今の軍隊はこの手の民間軍事企業の力なしには継戦能力を有さないとまで言われている。それほどまでに軍隊は民間軍事企業に依存するようになった。もちろん、軍隊としての自己完結能力は有している。だが、普段のコストを削減するには、民間軍事企業に頼った方が安上りなのだ。


「信濃曹長! お見舞いに参りました!」


「椎葉ちゃん。それに大尉たちも。わざわざ来なくてもすぐに終わるぜ?」


 椎葉がお見舞いのフルーツを見せるのに、ベッドの上にいる信濃が苦笑いを浮かべる。まだ軍用義肢は着用されていない。


「義肢そのものはできているのか?」


「ああ。あたしの特注品だけど、オーダーしてから30分以内にお届けってところだ」


 第5世代の人工筋肉はタンパク質単位で筋肉を機械として構成する。それ故に時間がかかるはずなのだが、今は2065年だ。人はわざわざiPS細胞を使わなくても、オーダーされたらすぐに必要な人体の“パーツ”が届く。


「信濃曹長。食べやすいフルーツにしましたから、食べてくださいね」


「ありがと、椎葉ちゃん。だが、もう本当に速攻で退院だからな」


 そう言いながら信濃は椎葉の差し出したイチゴをつまむ。


「でも、リハビリとかあるんじゃ」


「おいおい。今のリハビリなんて簡単だろ。データベースの中から、自分に合ったデータを選んで適用する。そしたら後は出来上がりだ。ナノマシンが勝手にやってくれる。もちろん、戦闘前に一度演習か何かで慣らしておいた方がいいだろうけどな」


 信濃はそう言って肩をすくめて的矢の方を見る。


「分かった。リハビリが終わり次第、演習を実施しよう。奪還したエリアでAR(拡張現実)の目標を相手に演習だ。だが、それまでにはちゃんと動けるようにしておけよ。お前が戦えないと分かったら容赦なく人員を入れ替えるからな」


「あたし以上のポイントマンはいないぜ?」


「どうだかな。他の“迷宮潰し”チームにもそれなりの腕前の奴らはいるぞ」


「ひでえや」


 信濃が大げさに悲しむ素振りをする。


「酷いですよ、ボス。信濃曹長は今、負傷して落ち込んでるんですから」


「それはないと思うが、他の“迷宮潰し”チームの実績というのはどれくらいのものなんですか?」


 椎葉と陸奥がそれぞれ的矢に言う。


「そいつが落ち込むような人間か? それはそうと他の“迷宮潰し”チームは10個ダンジョンを潰してれば上等ってところだ。俺たちが酷使されすぎたんだ。普通はそれぐらいだ。少なくとも日本情報軍ではな」


 日本陸軍や日本海軍の実績は知らないがと的矢が付け加える。


「海軍も“迷宮潰し”チームがいるのか?」


「いるぞ。日本海軍特別陸戦隊にな。連中の海軍基地の地下弾薬庫を自力で奪還するために投入されたらしい。陸軍や情報軍に泣きつかなかったところを見るに、それ相応の実力あるチームだったんだろう」


 日本海軍は臨検や水中破壊任務を行う特殊作戦部隊として特別陸戦隊を組織している。これは海兵隊としての役割を果たす部隊ではなく、海兵隊という上陸戦のための戦力は日本陸軍第1水陸機動旅団が担っている。


「陸軍やましてや海軍なんかにゃ負けてられないよな。またスコアを稼ごうぜ、大尉」


「その前にその足をどうにかしろ、曹長。全く、貴様の義肢も安いものじゃないんだからな。国民の血税で成り立っているんだぞ。大事にしろ。自分の命もな」


「ヘイヘイ。了解です」


 全く懲りた様子はなさそうに信濃が言う。


「信濃曹長。何か必要なものがあれば宿舎から取ってきますよ」


「うーん。今のところはねえかな。何かあったら連絡する。スマホにかけるから」


「了解です」


 なんでもARで済ませる時代だが、信濃のナノマシンはメンテナス中でARは使えない。昔ながらのスマホで連絡を取り合うしかない。


「それじゃ、大尉たちも暇じゃねえんだろ? あたしは治るまでここだから。大尉たちは必要なことをしててくれ」


「貴様に言われずともだ。貴様の書類を代わりに書いてやったのは誰だと思っている。さっさと治して復帰しろ」


「あいあい」


 信濃は藪蛇をつついたという顔をして、的矢たちが自分の病室から出るのを見送ったのだった。


「なかなか個性的な面子だな、的矢大尉」


「何がだ、ヤンキー(アメリカ人)


 ネイトが病室の前で待ち伏せていたように話しかけるのに的矢が彼を睨む。


「あんたの部隊さ。信濃曹長は度重なる上官への反抗で不名誉除隊寸前だったのが、札幌ダンジョンの攻略であんたの部隊に。それからお咎めは一切なし。そっちの椎葉軍曹は第101特別情報大隊をブービーで合格。そして、東南アジアでの何かの作戦の際に、手足を失い機械化。それをあんたがチームに引き入れた。そして陸奥准尉とあんたはあの地獄のような市ヶ谷地下ダンジョンの生き残りと来ている」


「それなら俺からも一言言ってやる。あんた、ペンタゴンダンジョンの攻略戦には参加してないだろう? どうして嘘を?」


「おいおい。俺たちは情報機関だぜ」


CIA(ラングレー)の後継者らしい発言だな」


「連中ほど間抜けじゃない」


 連中が準軍事作戦という素人の軍隊ごっこをやっていたせいで、俺たちは生まれたんだとネイトは語る。


「で、何が言いたい?」


「別に。世間話をするのに『今日の天気はどうですか?』と尋ねるより、もっと賢いやり方があるかと思っただけだ。お互いにお互いのことを調べているってことも分かったしな。それだけで上出来じゃないか」


「ふん。お前らと話すことなんてない」


 ネイトとシャーリーに向けて的矢はそう言った。


「これ」


「わあ。花束。信濃曹長に?」


「うん。よかったら」


「届けておきますね、シャーリーさん」


 シャーリーはそんな的矢をよそに椎葉に花束を渡していた。


「ま、用事はこれぐらいだ。そっちが動けないとこっちも動けない。ダンジョン攻略は一休みだな」


「そうだな」


 ネイトとシャーリーも一応は仲間かと的矢は思った。


 だが、忘れるな。国家に真の友人はいない、だ。そう的矢は言い聞かせる。


……………………

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― 新着の感想 ―
[一言] 友人じゃなくても、仲間ってのは、心に響きましたわ、ジーンと来た、 きっと更なる凄惨な戦いの予兆を感じながらの発言なんだろうなぁ
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