ツイスト・ウィスキー
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──ツイスト・ウィスキー
的矢たちは地下に降りる。
地下50階層へと。
50階層は巨大なホールになっていた。
マイクロドローンが先行して情報を集める。
『いた。ツイスト・ウィスキーだ』
『厄介な方か』
体長20メートルほどの巨大なヘビがずるずると這いまわっている。近くには血だまりがあった。恐らくは人間の血だ。罪を贖った人間の血というわけだ。
『気づかれる前に叩き込むぞ。AIに未来位置を予想させろ。全員で撃てば一発は当たる。半誘導機能も入れておけ』
『了解。ですが、もう少し近づいた方がよくないですか?』
『ダメだ。奴はかなり鼻が利く。600メートル内では確実に気づかれる。その外から攻撃するしかない。つまりはこの距離だ』
的矢とジャイアントワームの距離は700メートル程度。現代の対戦車ロケット弾としてはギリギリの距離である。半誘導機能を含めても、この距離から確実に動く目標を仕留めるというのは難しい。
確かに対戦車ロケット弾よりも対戦車ミサイルの方が確実だろう。だが、装備を取りに戻ればまた時間的猶予はなくなる。今回はただでさえ兵站に重圧がかかって、攻略が遅れているのだ。
それに援軍は近くに来ている。
不味ければ即座に撤退して、友軍と合流する。だが、的矢の経験上、対戦車ロケット弾でジャイアントワームが撃破できないことはない。状況にもよるが、ジャイアントワームは鼻が利くものの、ワイバーンのようにシジウィック発火現象を探知して襲ってくることはないのだ。
つまり、相手の索敵圏外から対戦車ロケット弾を叩き込み続ければ、相手は仕留められるということである。
だが、的矢は少し考える。
ここは完全に友軍と合流してからの方がいいんではないかと。その方が確実かつ、部隊に損害を出さずに勝利できるのではないかと。
《嫌な予感がしてきただろう。嫌な予感というのが学習的だと言っていたじゃないか。このままでは戦力の逐次投入というミスを犯すよ。友軍を待つべきだ》
黙っていろ。
《それとも化け物は自分の手で殺したい? そこまで君は我がままかな? そうじゃないだろう。戦術の基本は戦力の集中運用だ》
……それもそうだな。
『全員、攻撃準備中止。友軍と合流したうえで仕留める』
『了解』
急がば回れだ。何を焦っている。らしくもない。俺は俺のチームが本当に大事なんだろう。化け物を殺すことよりもそれは重視されるべきだ。化け物はいずれにせよ殺せる。援軍がくればなお確実に殺せる。そう、的矢は思う。
だが、どうにも的矢は今の間にジャイアントワームを倒さなければならないような、そんな気持ちになっていたのだ。
『ブラボー・セルよりアルファ・リーダー。援軍の到着だ』
『来たか』
援軍も姿を隠している。だが、的矢たちのARにはその姿が映っている。丸い卵のような形──いや、防爆スーツを何倍か大きくしたような形をした存在が。
60式強襲重装殻“火竜”。日本国防四軍が採用しているアーマードスーツだ。
『羽地大佐も待たせてくれたものだな』
『どうする? そちらで運用するか?』
『いや、そちらに任せる。今からツイスト・ウィスキーとの交戦に突入する。ありったけの火力を叩き込んでやってくれ』
『任せてくれ』
“火竜”のオペレーターが応じる。
“火竜”の武装は20ミリ機関砲、70ミリ多目的ロケット弾、40ミリ自動擲弾銃、58式対戦車ミサイルなどである。戦闘機のようにハードポイントがあり、自在に装備を付け替えられる。正面装甲は30ミリ機関砲の射撃に耐えられるレベルである。
『目標ロック。全火器の使用を実施する』
『俺たちも対戦車ロケット弾を使って攻撃する』
『了解』
戦術脳神経ネットワーク上で目標の位置データと未来位置の情報が共有される。
『射撃開始』
ジャイアントワームに向けて6発の対戦車ロケット弾と1発の対戦車ミサイル、3発の対戦車榴弾と数十発の20ミリ機関砲弾と40ミリグレネード弾が叩き込まれた。
ジャイアントワームにそれらは直撃し、ジャイアントワームが雄叫びを上げる。
ジャイアントワームは体を震わせると、的矢たちの方を見る。盛大に砲声が響いたことで、流石のジャイアントワームも敵を把握したようだ。
『各員、離脱。突っ込んでくるぞ』
『了解』
ジャイアントワームが突撃してくるのに、的矢たちが散開する。“火竜”も見た目とは違った速度で動き、攻撃を回避する。ジャイアントワームは再び敵の位置を失い、索敵を始める。どこに自分に喧嘩を売った人間がいるのかと探り始める。
そして、また火力が叩き込まれる。
《ね。援軍を待って正解だっただろう?》
ああ。そうだな。待つべきだった。
援軍を待っていなければ、ジャイアントワームの反撃が激しく、チームに損害が出ていたかもしれない。どうも、あれは的矢の知っているジャイアントワームとは違う気がするのである。
以前交戦したジャイアントワームは確かに対戦車ミサイルが必要なレベルだったが、対戦車ロケット弾でも撃破できた。だが、今回のジャイアントワームは対戦車ロケット弾に耐え、反撃に転じている。
《このダンジョンは特別なんだよ。ダンジョンマスターがいるダンジョンだからね。世界を狂気に陥れた、迷宮の王がここにいる。だから、それを守るものたちは特別。ワイバーンに君たちか抱えてきた馬鹿みたいな口径の自動小銃が必要なくらい》
最後の抵抗ってことか。
《その通り。最後の抵抗。絶対にここは陥落させないという意地。それを化け物たちが示している。より深く潜るにつれて、抵抗は激しくなる。果たして、君はこのダンジョンを攻略できるかな?》
してやるさ。どうあろうとな。
《それでこそだ。頑張って。だけど、気を付けて。君は嫌な予感を感じただろう。それは間違いじゃない。そもそもここにジャイアントワームだけが存在するって根拠は何? あの狂ったダンジョンカルトの証言以外にある?》
何かいるのか?
《いるかもしれないし、いないかもしれない。いずれにせよ備えよだよ》
ああ。備えよ。常に備えよ。
ジャイアントワームは索敵を行い、獲物を探している。いや、自分を狙うハンターを追う猛獣という具合だ。
『全員、再攻撃準備はできているか?』
『再攻撃準備完了』
『射撃開始』
再び6発の対戦車ロケット弾を始めとする火力が叩き込まれれる。
ジャイアントワームは吹き飛び、真っ二つに千切れる。
そして、そのまま灰へと変わっていった。
『アルファ・リーダー。振動探知センサーと音響探知センサーがまだ敵がいると示している。それも不味い奴だ』
『クソッタレ。何だ? AIはどう分析した?』
『これはスカーレット・デルタだ』
『畜生』
日本国防軍コード:スカーレット・デルタ。
それは──。
『増速してこちらに向かって来る。今までどこにいたんだ? クソが。不味いぞ、アルファ・リーダー。もうこっちを捕捉してる』
『全員、対戦車ロケット弾を再装填。落ち着いて対処しろ。勝てない相手じゃない。こっちには“火竜”もいる』
『どっちの竜が強いかって話だな』
『まさしく』
“火竜”のオペレーターが振動探知センサーが反応した方向に向けて全兵装を向ける。暗闇の中から猛烈な振動を立てながら、その化け物は現れた。
『スカーレット・デルタ』
日本国防軍コード:スカーレット・デルタ。
レッドドラゴンはその姿を見せた。
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