冷蔵庫にいるような気分
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──冷蔵庫にいるような気分
ミドルスパイダーボットは多くの荷物を背負い、椎葉に随伴するように設定された。
「ローダー君と一緒に頑張ります!」
出発前に椎葉はそう言ってミドルスパイダーボット──ローダーの頭を撫でていた。
一体何がいいのやらと思いながら、椎葉は地下48階層を目指す。
陣形はマイクロドローンが先行し、信濃が斥候、的矢が信濃の援護。陸奥が続き、陸奥を椎葉が援護。ローダーを挟んで最後尾でネイトとシャーリー。
的矢はネイトに対して物理的な距離を置こうとしていた。
『的矢大尉。これじゃあ、そっちを援護できないぞ』
『積み荷を守るのも大事な仕事だ』
的矢はそう言ってネイトをあしらった。
『目標視認。例の氷トカゲが20体だ。かなり開けたスペースになっている』
『遮蔽物は』
『あまりない。かろうじて数ヵ所ある程度だ』
『そうだな。なら、部屋の外から撃つしかない。こっちに誘い込んだら火力を集中して、連中を皆殺しにする』
『あいよ。目標マーク』
『目標を割り振った。だが、火力を集中すべき時は集中しろ』
戦術脳神経ネットワーク上で割り振った目標を指示する的矢。
『スタングレネード』
そして、強襲制圧用スタングレネードが投げ込まれる。
膨大な閃光と音がワイバーンたちの三半規管を混乱に陥れる。
そして、その隙にワイバーンたちに向けて銃弾が叩き込まれる。徹甲榴弾は確実にワイバーンを仕留める。この装備は正解だと的矢は思っていた。
ワイバーンが吹き飛び続ける中、ついにワイバーンからの反撃が来た。
冷気放射が行われ、一気に地面が真っ白に染まる。的矢たちも身を隠し、攻撃を回避する。ワイバーンたちは的矢たちの隠れている部屋への入り口に対して、何度も、何度も冷気による攻撃を仕掛ける。
『畜生。冷蔵庫にいるような気分になるぜ』
『全くだな、アルファ・スリー』
冷蔵庫というよりは冷凍庫だろうがと思いながら的矢は隙を見て、銃弾を叩き込む。ワイバーンの頭が弾け飛び、ワイバーンの腹部が弾け飛ぶ。的矢はなるべく一発の銃弾での殺害を目指していた。
目標を素早く狙い、素早く引き金を引く。
一撃必殺は可能だ。それもそう難しくはない。ならば、一撃必殺で仕留めていくべきだ。そうすることで兵站への負担が減らせる。
また49階層になって弾切れで40階層に戻るのはごめんだった。
通常弾を使ったゾンビ戦と違って何も必ずしも頭部を狙わなければならないわけではないのだ。胸や腹部に命中するだけで相手は弾け飛ぶ。確実に手足以外の場所に一発を叩き込んでいけばいいだけなのだ。
『撃て、撃て。隙を見て反撃しろ。こちらに連中を誘導しろ』
『了解』
ワイバーンは次々と仲間が倒されることに怒りを覚えて突撃してきた。
だが、部屋の扉はそう大きくはなく、1体が出るのが限界。
その飛び出してきた1体にアルファ・セルの火力が集中する。蜂の巣になったワイバーンが地面に倒れ、灰になっていく。
そして、化け物は学習せずにまた無防備に飛び出してはミンチにされる。
こうなると楽なものだ。飛び出してくる相手が攻撃に転じる前に仕留める。
だが、化け物も全滅するまで突っ込むという愚か者ではないようで、最後の数体は様子を見ている。
『スタングレネード』
そこで的矢はもう1回、強襲制圧用スタングレネードを投擲し、敵を制圧する。
そして、銃弾を叩き込む。
『クリア』
『クリア』
とりあえず塔の中の部屋を制圧した。
『前進を継続。用心して進め』
『了解』
振動探知センサーと音響探知センサーはまだまだ48階層に敵がいることを示してる。
『外だ。外にワイバーン複数。数は27体だな』
『随分な大所帯だ。叩きのめせ』
窓に遮蔽物に隠れ、強襲制圧用スタングレネードをマーカーに指定した場所に向けて投擲する。スタングレネードはマークした空中で炸裂し、ワイバーンたちが一斉に動きを乱す。そして、的矢たちが銃撃を加える。
『ブレスが来るぞ。火炎放射だ』
この階層のワイバーンは混合部隊らしく、炎を吹くワイバーンと冷気を吹くワイバーンが混在していた。
『火炎放射型の方が冷気型より殺傷力が強い。火炎放射型を最優先で排除しろ』
『了解』
火炎放射型は鱗が赤い色を、冷気型は鱗が青い色をしている。アルファ・セルは赤い鱗をしたワイバーンを最優先で撃墜する。
撃墜。撃墜、反撃、撃墜。
スタングレネードが有効だと分かってから、ワイバーン撃破はかなり楽になった。
スタングレネードを投げる。怯んだところを狙って撃つ。狙って撃つ。またスタングレネードを投げる。そして、また……。その繰り返した。
27体のワイバーンは確かに脅威だったが、ちゃんとした遮蔽物があり、戦術が確立された今となってはそう難しい相手ではない。
《君たちはまたひとつ適応したね。今度はワイバーン討伐に対して》
ああ。適応する生き物だ、人間というのは。
《それが魅力でもあり、脅威でもある。人間は何にでも適応する。宇宙にも、ダンジョンにも。恐らくは君たちが地獄に侵攻したら、地獄にも適応するだろう。地獄が人間の植民地にされるのを想像するのはそう難しいことではないよ》
地獄を、ね。地獄の次は天国か?
《天国を支配できるならば、是非ともやってみてもらいたいものだね。傲慢な天使と神に対して銃弾によって支配を行うと思うと実に興味が湧いてくるよ》
あいにく、今は地獄にも天国にも行く予定はない。いつか地獄には乗り込んでやるがな。そして、お前を本当の意味でぶち殺してやる。
《楽しみに待っているよ》
ああ。首を洗って待っていろ。
『残り3体』
『ぶち殺せ』
銃弾の嵐が吹き抜け、3体のワイバーンが撃墜される。
『クリア』
『クリア』
そして、48階層が確保された。
振動探知センサーと音響探知センサーの両センサーもこの階層が制圧されたことを示している。
『残弾は?』
『余裕あります。ローダー君のおかげですね』
『ならいいが』
ローダー君な、と的矢は思う。
2000年代のテロとの戦争の時代から人間がロボットを使ってきた。ちゃちな玩具のようなロボットだ。それがIEDを解体し、多くの市民と兵士の命を救ってきた。その時代からロボットへの愛着というものは存在した。
ロボットに名前を付ける兵士。活躍したロボットにEODの勲章を授ける兵士。自分たちの使っているロボットは他とは違う、個性のあるものだという兵士。
その個性というのはステアリングがちょっと甘かったりする程度のことが原因なのだが、ちょっと動きが違う点に兵士たちは個性を見出し、ロボットを大切に扱ってきた。
椎葉も同じなのかもしれない。彼女がローダーに愛着を見出しているのは、ともに戦地を潜り抜ける友だからかもしれない。あるいは純粋にローダーに可愛らしさを見出しているのか。後者だとすればちょっとした対物性愛だ。
『このまま49階層に乗り込むぞ。派手にかましてやれ』
『了解』
そして、的矢たちアルファ・セルは49階層へと降りていく。
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