エージェント-29C
本日1回目の更新です。
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──エージェント-29C
的矢たちは血液検査や尿検査を受け、毒の影響を調査された。
幸い、毒の影響があった隊員はいなかった。
ただ、日本陸軍の化学戦部隊によると放出された毒ガスはびらん性のもので、かつ皮膚から摂取されるVXガスのような神経毒でもあったようだ。あの時、咄嗟に逃げなければ、アルファ・セルは全滅していただろう。
ガスを中和するために化学戦部隊が毒素を識別し、中和剤を撒く。その間、彼らを守るのはブラボー・セルだ。防護服とガスマスクを着用した彼らが、化学戦部隊が除染を行うまで周辺の警戒に当たった。
そして、半日程度で中和は完了した。
だが、そこで意外なニュースを的矢たちは聞かされる。
「枯葉剤を撒いた?」
羽地大佐からそう聞かされて、的矢が渋い表情を浮かべる。
「確かに熱は彼らを刺激し、毒を分泌させる。だが、枯葉剤ならば効果は見込めるはずだ。使用されたのはエージェント-29Cという軍用枯葉剤だ。軍用と言っても、ベトナム戦争で使われたようなものと違って催奇形性はないし、3時間程度で自然と中和される」
羽地大佐はそう語る。
「それで、効果は?」
「ブラボー・セルが確認している。今は君たちが動かせない以上、彼らにやってもらうしかない。そろそろ報告が来るはずだ」
そこで戦術脳神経ネットワークから報告が上がってきた。
「ふむ。テンタクルなどの待ち伏せ型には有効。ただしウォーキングツリーのような大型の植物系には効果なし、と」
「まあ、テンタクルがいなくなっただけで君たちは随分と攻略しやすくなるだろう」
「本当に連中が全滅していれば、ですがね。結局のところ、確認しながら進むしかないんです。全滅したと全滅したかもしれないの間には大きな差があることはお分かりでしょう。99%の安全が保障されても残り1%で命を落とす可能性があるんです」
「……そうだな。ただ、君たちの攻略の手助けになればと思うよ」
「感謝します」
羽地大佐はそう言い、的矢は礼を言って退室した。
「どうなりました?」
的矢が出てきたところで陸奥がそう尋ねる。
「枯葉剤を撒いた、とさ。テンタクルには効果があったが、ウォーキングツリーなどには効果はなかったようだ。テンタクルも全滅したかどうか分からん。今後、この階層を突破する際には防護服を身に着けて挑むぞ。連中の毒は皮膚からも摂取される」
「了解。えらいことになりましたね」
「全くだ」
ウォーキングツリーが毒を吐いたのは初めてのことだったが、他の植物系も毒を吐くものがいた。それらはやはり神経毒であったり、催涙剤のような効果を及ぼすものであったり、様々だった。
そして、ウォーキングツリーもそれ相応の毒を持っていたということだ。
「全員、防護服を装備。文句は言うな。死にたくなければな」
「了解」
どういう刺激でウォーキングツリーが毒を吐くのは分からない。
これまで的矢たちは何度かウォーキングツリーを相手にしてきたが、銃弾を叩き込んでいる間は問題なかった。
しかし、植物であるウォーキングツリーをどうやって銃弾で仕留めるのか。それはどんな化け物の体にもある魔石を狙うことだ。ダンジョン四馬鹿やグレーターグリフォンなどの体には核になる魔石が存在する。それを破壊すれば、化け物は死ぬ。
ただし、それを狙うよりも心臓や頭部を狙った方が早いからそうしているだけだ。アンデッドにしたところで、化け物と同じように霧化したり、霊体化したりする魔石を狙うより、お神酒で祝福された退魔の銃弾を使用した方が早い。
しかし、ウォーキングツリーのような弱点のない化け物になると話は変わる。連中の体のどこかにある魔石を狙うしかないのだ。
全ての化け物に言えることだが、魔石の位置は決まった場所にあるわけではない。ウォーキングツリーもどの位置に魔石があるのかは分からない。だから、蜂の巣にするしかないのである。
「ウォーキングツリーがこれから群れているとなると、対応が難しくなるな」
「何かいい方法はないでしょうかね」
「あれば苦労はしないが。ウォーキングツリーの脅威はその筋力──植物なので筋肉ではないだろうが──から繰り出される打撃だ。テンタクルのように絞め殺したり、他の待ち伏せ型のように酸で溶かしたりするわけではない」
種子を植え付けるような行為も行わないと的矢は付け加える。
「肉弾戦でどうにかならないか?」
「肉弾戦、ですか。ウォーキングツリーを相手に?」
「ああ。連中を完全に蜂の巣にするのと肉弾戦で魔石の位置を探るのとどっちが消耗が少ないかだ。どう思う?」
「無謀かと」
「やはりそうなるか。しかし、あれが群れているとなると銃弾の損耗がな。既に半日以上無駄にした。それをどうにかしようとすると、弾薬の補充に戻る回数を減らすことしか考えられない。しかし、ウォーキングツリーを相手に肉弾戦は無謀だし、これまで通りテンタクルには警戒しなければならない」
「痛し痒しですな」
「全くだ。だが、ミュールボットがあったな」
そこで思いついたように的矢がそういう。
「羽地大佐はミュールボットのへそくりを持っているはずだ。それを引きずりだそう。そして、ミュールボットに積めるだけの銃弾を積んで、それで補給に戻る回数を減らすとしよう。それ以外に方法はない」
「悪くないアイディアだと思います。羽地大佐が本当にミュールボットのへそくりを持っていれば、ですが」
「持っているはずだ。指揮官って奴はそういう生き物だ」
的矢はそう言い切り、指揮所に戻る、
「俺はミュールボットの有無を確認する。お前たちは防護服を着て待機しておけ」
的矢はミュールボットの確認に向かい、陸奥たちは防護服を着用する。防護服は昔から特に変化はない。ただ、より気密性が高くなっているだけだ。
「ミュールボットの予備があった。弾薬をとにかく詰め込め」
陸奥の使う50口径のライフル弾から7.62ミリ弾まで弾薬がびっしり詰め込まれる。
大量の弾薬が詰め込まれたバックパックをミュールボットが運ぶ。
2台のミュールボットが椎葉の後をトテトテと付いていく。
『エージェント-29Cがどんなものかは、俺も知らん。羽地大佐は毒性はないと言っているが、一応ガスマスクはしておけ』
『了解』
小型UGVが地上を進みながらテンタクルなどの有無を確認する。
既にエージェント-29Cは無害化されているはずだが、いったいどれほどの枯葉剤をぶち込んだのかが分からない。エリアボスが存在するであろう40階層に届くほどぶち込んだのか、それとも途中で止まっているのか。
戦術脳神経ネットワークから情報を取得する。
使用されたエージェント-29Cは15トン。計算上は40階層までを枯葉剤で包んだことになる。だが、散布方法が上層から下層に押し込むように流し込んだだけなので、漏れがある可能性は高い。ダンジョンは迷宮化しており、枯葉剤が行き届かない場所も出てくるだろう。つまりは油断はできないということ。
毒ガスを流し込んで、それで万事解決ならば苦労はしない。化け物どもは耐性を獲得することがある。毒ガスにせよ、枯葉剤にせよ、即座に耐性を持った個体が生まれる。
だからこそ、的矢たちのような“迷宮潰し”が必要なのである。
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