亀裂
本日2回目の更新です。
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──亀裂
的矢たちは日本陸軍の化学戦部隊から除染を受けて、30階層に入った。
的矢は苛立っていた。毒が中和されるまで時間がかかる。それもあの手の毒はどのような効果があるのか分からない。最悪、皮膚から吸収される可能性もある。
なんとか巻き込まれずに撤退できたが、スケジュール的には大幅な遅れが予想される。せっかくいいテンポで進んでいたというのに。
「おい、ヤンキー。サーモバリック弾は使うなと言っていたはずだぞ。どうして使った」
「こんなことになるとは思わなかった。そちらこそこういうことが起きるならば、事前に説明してくれていればよかったじゃないか」
「こちとら全ての化け物について知っているほど博学じゃないんでね。だが、炎は不味いと事前にはっきりと警告したはずだぞ。ふざけたことしやがって」
的矢とネイトがにらみ合う。
「指揮権は、こちらにあるということについては同意していただろう。命令を守らない兵隊は無能な働き者だ。銃殺にしてもその弾が勿体ない。いいか、命令に従え。従えないなら出ていけ」
「アメリカ政府の意向で俺たちはここにいるんだぞ」
「知ったことか。アメリカ政府だろうが、国連だろうが関係ない。ここは日本だ。そして、俺は日本の軍人だ。よそ様がやってきて口出しするなんてのはクソくらえなんだよ。分かったか?」
「あんたが政治を理解できていないのは分かったよ、クソが」
「なんだと」
的矢がネイトの襟首をつかみ上げる。
「殴れよ。そうすればあんたは政治的配慮って奴で解任だ。終わりだよ」
「そうかい。死人に口なしって言葉、知ってるか?」
的矢が拳を握り締める。
「大尉。やめておけって。ここで揉めてももうしょうがないだろう?」
「的矢大尉。やめましょう」
信濃と陸奥がなんとか的矢をなだめようとする。
「クソ野郎。そんなにこのダンジョンについて知りたきゃ、俺たちについてくるんじゃなくて、自分たちで勝手にやれ。迷惑なんだよ。分かるか?」
的矢がネイトを突きとばす。
ピリピリとした空気が日本情報軍部隊とアメリカ情報軍部隊の間に流れる。
「なあ、少し昔話をいいか?」
そこで信濃が声を上げた。
「なんだ、曹長?」
「大尉は知ってるかもしれないけど、あたしはドラゴンと戦ったことがある。日本国防軍コード:スカーレット・デルタ。奴との戦いで戦友のほとんどがくたばった。あたしも奴の火炎放射を食らって死にかかってた」
激戦だったよ、と信濃が語る。
「7.62ミリですら豆鉄砲だった。銃弾は効きやしない。手榴弾も効果なし。あいつと遭遇したあたしの仲間たちだけがとにかく死んでいく。絶望的な状況だった。もう何も打つ手がないと思われていた」
指揮官もくたばって、あたしが最先任だったと信濃は付け加える。
「もう必死さ。スタングレネードまで投げていた。クソッタレなドラゴンはそんなものまるで気にしやしないってのに。とにかく火力を叩き込んで、ドラゴンをぶち殺そうと一致団結していた。人間は危機的な状況になると纏まるものなんだよな」
そう言って信濃がネイトと的矢を見る。
「最終的には瀕死の重傷だったあたしが自爆覚悟でミュート爆薬を纏めたものを持って突っ込んだ。それが効いた。奴は鮮血をぶちまけてくたばった。あたしは頭からそれを浴びて、同時に奴の死体に押しつぶされた」
「にしては、元気なようだが」
「そうさ。ドラゴンの血の効果ってのを知っているか、大尉。恐らく大尉が知らないってことは機密事項なんだろうけど、ばらしてやる」
信濃はコンバットナイフを取り出すと自分の手にそれを突き立てた。
「曹長!」
椎葉が取り乱して、救急キットを取り出そうとする。
「大丈夫だ。見てろ」
ずるりと信濃がコンバットナイフを抜くと、その傷跡がみるみるうちに癒えていく。
「これがドラゴンの血の効果だ。血を浴びた人間をこんな風にする。不老不死とまではいかないだろうが、かなり頑丈にしてくれる。そういうものなのさ」
そして、信濃がネイトとシャーリーを見る。
「そっちもこういう経験、あるんだろ?」
「俺は……」
ネイトが言葉を濁らせる。
「ある」
そこで声を上げたのはシャーリーだった。
「アメリカ政府はペンタゴンダンジョンが1日で陥落したことから、ダンジョンを潰すのは容易だと考えるようになっていた。そこでワシントンメトロダンジョンを潰すのに1個小隊の戦力を投じた。結果は散々たるものだった」
ワシントンメトロダンジョンはアメリカにおけるダンジョン攻略における激戦地のひとつだった。敵戦力の見積もりの甘さ、戦力の逐次投入、未知の化け物への知識不足。それらがワシントンメトロダンジョンを地獄に変えた。
「ワイバーン。奴らが蠢いていた。ダンジョンは60階層あって、ワイバーンはそのうちひとつの階層にひしめいていた。奴らには7.62ミリ弾も通じない。だから、私が持っていた50口径の対物狙撃銃だけが頼りだった」
シャーリーが語る。
「戦友たちがワイバーンどもに食われて行く中、私はただスコープを覗いて1体、1体ワイバーンを撃墜していくだけだった。戦友たちが食い殺されて行くのを見ながら、対物狙撃銃の引き金を引き続けた。それだけしかできなかった」
「中尉。アメリカ国内のダンジョンの話は機密事項に……」
「大尉。今、話すべき」
シャーリーは続ける。
「やがて自分たちが狙われているということに気づいたワイバーンが私の方に向かってきた。それを仕留めるのに必死になって、私は戦友を見捨てた。自分に向かって来るワイバーンを次々に撃墜している間、戦友は食われ続けていた」
シャーリーが自分の手を見る。
「最後に残っていた戦友もワイバーンに右足を食われた。だけど、彼は文句のひとつも言わなかった。ただ、彼はこう言った。『助かった、シャーリー』とだけ。私は彼を背負って後送した」
「あんたも苦労したんだな。ずっと黙ってるから分からなかったよ」
「ええ。お互いに体験を共有できてうれしく思う。私たちは困難なときにこそ団結するべき。言い争うのではなく。間違いは間違いと認め、それを許し、反省点として次回に活かしていくべきだと思う」
そう言ってシャーリーはネイトを見る。
「……すまなかった、的矢大尉。そちらの指示を無視したことを謝罪する」
「……こっちも頭に血が上りすぎていた。悪い」
ネイトと的矢がぎこちなく謝罪する。
「だが、信濃。お前は機密事項を喋りすぎだ。それにどうして先に俺じゃなくて、こいつらに話を聞かせる」
「必要ないと思ったからさ。あんたは部下が不死身だろうと、酷使するような男じゃないだろう。なら、わざわざ話す必要はない」
「これからはこき使ってやる」
「おお、怖い、怖い」
信濃が大げさに肩をすくめる。
「とりあえず、ブラボー・セルと化学戦部隊が毒を中和するまでは待機だ。予定は狂うが死人は出したくない。それが日本人だろうと、アメリカ人だろうとだ」
「了解」
「そして、軍医の診察を受けろ。これから検査を受けてもらうぞ。どんな影響が出ているか分からないからな。何事も用心深く、だ」
的矢はそう言い、部下たちを検査に向かわせた。
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