カルトの情報
本日4回目の更新です。
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──カルトの情報
ARの指示にあったように的矢たちは装備をそのままに指揮所に入る。
指揮所は随時、地下に潜っており、今は20階層に移されていた。工兵たちが設置した強力な指揮通信設備などを備えた場所だ。第777統合特殊任務部隊の司令官である羽地大佐はもちろん日本陸軍の連絡将校や日本情報軍の作戦将校たちが任務に当たっている。
「よく戻ってきてくれた、的矢大尉」
「はっ、大佐。それで何か問題ですか?」
「生存者のひとりが君から酷い扱いを受けたと言っているが」
「酷い扱い? ゾンビどもよりも丁重に扱って差し上げましたよ。それよりも放置していった方がよかったとでも?」
恐らくはあのめそめそしていた中年男性だろう。精神科のお世話になるから死体を見るなとあれだけ的矢は言ったというのに。
「まあ、一応生存者は我々が守ると宣誓した日本国民だ。丁重に扱ってやってくれ。だが、それよりも問題になっていることがある。そっちが本題だ。そして、そっちも民間人に関係してくる」
羽地大佐の方も的矢のことは分かっているようでそこまで問題にしなかった。
「ダンジョンカルトがいるとの情報が生存者の証言で分かった」
「ダンジョンカルトですか」
思い出す。市ヶ谷地下ダンジョンに広がった光景を。
狂った雄叫びを上げる生存者。呪詛を吐きながら戦友の亡骸で不可解な文様を描く狂った兵士。辺り一面に血と肉と骨で刻まれた魔法陣。ダンジョンボスであるラルヴァンダードを崇める将校たち。捧げられる血の生贄。悲鳴。悲鳴。悲鳴。肉の裂ける音。
「そう、ダンジョンカルトだ。一部の住民がダンジョンカルト化しているとの情報を入手した。どうもそのダンジョンカルトが生存者を襲って、30階層のエリアボスに生贄として捧げているらしい」
「取り扱いは?」
「法的扱いは殺人幇助とでもいうべきか。法務士官の経験はないので何とも言えないが
我々に法執行権限は本来ないが、ダンジョン内部は戦時下にあるとの政府の公式見解に従い、一時的にではあるが君たちに対応を許可する」
「シンプルにお願いします」
「敵対するようなら殺していい。拘束は考えずともいい」
「助かります」
ダンジョンカルトは完全な民間人だ。
ダンジョンの出没により発狂し、ダンジョンを崇めるようになった狂人たちだ。
ダンジョンの化け物に民間人を差し出したり、軍の作戦を妨害したり、仲間であるはずの生存者を殺害して儀式的行為を行ったりとやっていることは完全に狂っている。
研究によれば、ダンジョンは人の精神に大きな影響を与えるそうだ。
市ヶ谷地下ダンジョンでも1週間程度の経過で、既にダンジョンカルトが発生していた。たった1週間で戦場で生き延びるために訓練された将兵が発狂したのだ。何かしらの精神的汚染を考えるのは当然のことだろう。
「ダンジョンカルトは恐らくというよりは間違いなく非友好的だろう。これまでの状況から考えて間違いない。むしろ、彼らが協力的ならば裏を疑うべきだ。ダンジョンカルトには細心の注意を。生存者に危害を加えている場合は問答無用で殺せ」
「了解」
羽地大佐はシンプルにそう言った。
軍隊はシンプルであればあるほどいいという組織である。兵器にしても、命令にしても、作戦や組織そのものにしてもシンプルであることが尊ばれる。
確かに熱光学迷彩やマイクロドローンなど装備はハイテク化した。だが、基本である銃は昔ながらのシンプルな作りで、シンプルに相手を撃ち殺すというものだ。昔ながらの銃弾を使って、相手をぶち抜き、ぶち殺す。
命令は発令者の意図するものがちゃんと末端まで理解されるものでなければならない。あいまいであったり、暗喩的な命令は好まれない。そういう命令を出す司令官、指揮官は信頼に値しない。
作戦や組織も複雑であればあるほど、失敗の原因は増えていき、どこかが破綻すれば連鎖的に破綻を招くことに繋がる。
軍隊という組織は良くも悪くもハンマーだ。祖国の敵を叩く。その一撃は振るわれることが重要なのだ。その役割を果たすにはハンマーにあるべき頑丈さと目的のシンプルさが必要とされる。そして、ハンマーに複雑な機構は必要ない。握る柄と鋼鉄の頭部がありさえすればいい。
「全員、把握したな。疑わしければ撃ってから質問しろ。化け物と同時にダンジョンカルトにまで襲われたら面倒なことになる。連中は狂っていながらにして、人間の使う道具の使い方を知っている」
「了解」
どうやらネイトとシャーリーもダンジョンカルトの経験はあるようで文句は言わなかった。最近ではやたらと慈悲深いアメリカ人のことだから何かしらの意見を言うかと思ったが、ふたりとも大人しく頷いている。
「では、引き続き30階層攻略を目指します」
「任せた、大尉」
羽地大佐にそう告げると的矢たちは武器弾薬を補充する。
空中炸裂型グレネード弾をタクティカルベストに収め、マガジンをマガジンポーチ一杯に詰め込み、一応熱光学迷彩の充電を行い、マイクロドローンのバッテリーを交換し、お神酒を補充する。お神酒は椎葉の実家から大量に持ってきてあり、丁重に武器弾薬庫に収められていた。ちょっとしたサイズのコンテナ型武器弾薬庫には神棚まで設置されこれでもかというぐらいアンデッドに備えていた。
「弾薬は背負えるだけ背負って持っていけ。そのための機械化した身体だ。俺たちは強化外骨格を装備した兵士と同じだけのスペックがある。それを活かすならば、それは今を置いて他ない」
バックパックにも装備と弾薬を山ほど詰め込み、軽く30キロを超えるだろうそれを的矢たちは軽々と背負う。160センチ程度と小柄な椎葉ですら190センチを超える巨漢の陸奥より少し少ないくらいの装備を背負っている。
「タフだな。機械化した兵士ってのは」
「好きで機械化しているわけじゃないけどな」
ネイトとシャーリーはアメリカ情報軍の強化外骨格を装備していた。アメリカ情報軍のと言っても、日本陸軍の強化外骨格と互換性があるので、装備の整備に問題はない。
「じゃあ、両手足をふっ飛ばされて、それでも軍人を続けようって思ったのか?」
「俺は軍人として育ってきた。人生の半分以上を軍隊に投資してきたんだ。今さら他に何ができるっていうんだ? コンビニのバイトすらまともにできやしないだろう。結局のところ、最近の軍人ってのはある種の社会不適合者なのさ」
「一緒にするなよ。俺は退役後の生活を考えている。コスタリカでボートを買って、それで観光客を案内し、美味い中南米料理を食わせてもてなし、オフシーズンはコスタリカの自然をゆっくりと観察するんだ」
「アメリカンドリームって奴か。夢があるのはいいことだ。所詮は夢だがな」
ネイトがむっとしたところを見せるのを無視して、的矢はダンジョンの階段に向かう。信濃たちが後から続いていく。
「今は確かに夢だが、いつかは現実になる」
「なら、クソを食ってでも今を生き延びろ。死んだらコスタリカにもいけやしないぞ」
そして、ダンジョンの再攻略が開始された。
幸いにしてまだダンジョンは再生成されていない。されていたとしても進撃路はブラボー・セルが押さえている。
元来た道をまた進む。死体はまだそのまま残されている。安全が確保されてからでなければ、遺体の収容作業すら行えないのが現状だ。
速やかにエリアボスを排除し、20階層から30階層までの安全を確保しなければ。
《心のどこかでは人間は肉の塊だと思っている。4つのデオキシリボ核酸によってコードされたアミノ酸でできた化学式で表せる肉の塊だと思っている》
そうだ。人間も所詮は肉と骨の塊だ。他の動物がそうであるように。
《そこに尊ぶべきものはあるのかい?》
シジウィック発火現象は否定したが、神道では万物に神が宿ると思われている。肉の塊だろうと神の一柱ぐらい宿っているだろうさ。それか脳の神様がいて、肺の神様がいて、心臓の神様がいて、肝臓の神様がいて、そんな神様の寄せ集めかもしれない。
《神を本当に信じている?》
クソみたいに信じてる。今は。
《どうして?》
悪魔がいるなら、それに対する神がいなければ、悪魔は悪魔足り得ない。悪魔しかいなければ、悪魔が神だ。法があるから犯罪がある。単純だろ。
《確かにシンプルだ。ボクたちの存在を神の証明に使うとはね。やるね》
くたばれ。
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