彼らの友人だった
本日2回目の更新です。
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──彼らの友人だった
空中炸裂型グレネード弾が鉄球をばら撒く。
お神酒を使用した弾薬に対するアンデッドの脆弱ぶりは、上層にいたダンジョン四馬鹿より脆弱である。何せバイタルパートをぶち抜かなくても、どこかに当たりさえすれば、仕留められるのである。
『殺せ。もっとだ。もっと殺せ。化け物どもを殺せ』
狂気じみた声で的矢が命じる。
《君の眼にはあれが人間に見えていないのかい? あれは人間だったんだよ》
黙れ、クソ化け物。俺にとってはもうあれは人間じゃない。化け物だ。
銃火の嵐が吹き荒れ、ゾンビはついに一掃された。
分析AIのカウントではこの戦闘で6発の手榴弾と4発の空中炸裂型グレネード弾、数百発もの銃弾が使用されたとされる。そして、死んだゾンビの数は1000体以上。
『クリア』
『クリア』
的矢と陸奥が宣言する。
『ぶち殺しまくったね、アルファ・リーダー』
『化け物どもには死だけが似合いだ』
『いい化け物は死んだ化け物だけだってか。あんた、ちょっと病気だぜ』
『そうかもしれんな、アルファ・スリー』
的矢自身も自分の狂気について気づきつつあった。
自分がおかしくなっている。だが、やらなければならないのだ。やりたいのだ。
化け物どもをぶち殺したいのだ。
《君は君が秘めた可能性を示しているだけさ。大量虐殺者としての、ね。最高の才能じゃあないか。君が殺せば殺すほどその地位に近づけるんだ。さあ、喜んで殺しなよ、大量虐殺者君?》
クソ化け物。お前たちがいくら死のうと涙を流してくれる奴なんていないだろう?
《君だっていないじゃないか》
部下がいる。
《彼らが君の死に涙してくれると本気で思ってる?》
信頼している。
『アルファ・リーダー。生存者を救助しましょう。ブラボー・セルにも応援を』
『分かっている。アルファ・フォー。ブラボー・セルに応援を要請。俺たちは民間人を保護しに行く。全員熱光学迷彩を解除しろ』
『了解』
全員が熱光学迷彩を解除し、姿を見せてコミュニティセンターの方へと向かう。
熱光学迷彩を使用していようといまいとアンデッド系モンスターは的矢たちのことを捉える。使用したままにして馬鹿みたいな同士討ちをすることは避けたい。
「おい。救援だ。無事か?」
「あ、あんたら、軍の人だよな? 化け物じゃないよな?」
「俺たちが化け物に見えるってことはあんたらが化け物だってことだ。どっちだ?」
「……人間だ。人間に見える」
「なら、開けてくれ。今、増援を要請した。そいつらに上層まで連れて行ってもらう」
「た、助かったのか……」
生存者の中年男性が力なく扉にもたれかかった。
「医療支援の必要な方は?」
「何人か怪我人がいる。今、開けるから待っていてくれ」
椎葉は衛生兵としての任務もこなす。
「生存者は全員で何人だ?」
「ここにいるのは12人だ。3人、若い人たちが救援を求めに上に行った」
「恐らくだが、そいつらは死んだぞ」
「そんな……」
「上は化け物だらけだった。一般人が生き残れる環境じゃない」
的矢はあっさりとそう言った。
「ああ。ああ。下の階の富山さんの……」
「死体はなるべく見るな。心理的な治療も行われるが、その時に障害になる」
「彼らは助けられなかったのですか?」
「もうこいつらはあんたらの知っていた人間じゃなくなっていた。化け物になっていたんだ。だから、あんたらもここに立て籠もっていたんだろう?」
「だが、彼らは友人だったんです」
「そう、友人だった。過去形だ。せめて苦しまずに死ねたことを祈っておけ」
的矢はそう言って、椎葉の方を見る。
「アルファ・フォー。負傷者は?」
「軽傷ですが、一応上で検査を。ダンジョンには未だにどんな病原菌が存在するか分かりませんから。ちゃんと止血処理もされておられるようですし、命に別状はありませんね。ブラボー・セルはまだですか?」
「そろそろ来るだろう」
中年男性は未だにめそめそしている。的矢はイライラしてきた。
この程度の死人がなんだ。もっと大勢が死んでから泣け。
《この人たちは君たちのように死に慣れた人間じゃないんだよ? 彼らにとっては死とは恐ろしいものなのさ。君は死への恐怖がマヒしているようだけどね》
お前もだろう、化け物。
《ボクにとって死とは、悲劇とは、惨劇とは、全て喜劇だ。喜ばしいことだよ》
クソ野郎。
《さっきまで化け物だと言って殺しまわっていた人に言われたくはないね》
黙れ、クソ野郎。
的矢がそうイライラしていたとき、ブラボー・セルの北上が到着した。
『来たか、中尉。生存者12名だ。上に送ってくれ』
『了解。それにしても派手に殺したな』
『化け物はいくら殺してもいい』
『まさに、だ』
北上は撒き散らされた死体の数に口笛を吹いた。
ゾンビだけは他の化け物と違って死体が残る。
それは生前、彼らが人間だったからに他ならない。この熊本ダンジョンが桜町ジオフロントという巨大地下構造物だったように、彼らも化け物になる前は、ここで普通に暮らしていた住民たちだったのだ。
『この回線はオープンか?』
『内緒話か?』
『ああ』
『秘匿回線に切り替えた。なんだ?』
『アメリカ人どもはどうしてる?』
『金魚のフンみたいについてきて一緒に化け物を殺している』
的矢の視線が住宅地だった場所で集合住宅の扉にもたれかかるネイトとその脇で銃のチャンバーが空になっているか確認しているシャーリーに向けられる。
『連中は信用できないぞ』
『言われなくても分かっている。俺たちは確かに同盟関係だが、友達でもないし、まして家族でもない。そう言いたいんだろう? 俺だって俺のチームだけでやる方が楽だったが、上が連れていけというのをどう拒める?』
『悪い。羽地大佐がそう言っていたのか?』
『ああ。あの人も完全には信用していない。それに、俺たちは“悪戯”の最中の悪ガキだ。世界の警察に監視されるってのはあまりいい気分はしないな』
的矢はそう言って北上を見る。
『俺たちの“悪戯”について何か言いたそうだな』
『間違っていると思う』
『だが、上が決めたことだ。そして、俺たちは駒に過ぎない』
『そうだな』
北上は今にもため息を吐きそうな顔になった。
『通常回線に戻すぞ。それじゃあ、生存者の後送を』
『了解』
北上のブラボー・セルは生存者12名を護衛し、20階層の拠点まで連れて行く。
『全員、残弾は?』
『まだたっぷり残ってるぜ、アルファ・リーダー』
『結構。だが、この調子だと弾薬の消耗が激しすぎる。慎重に行くぞ』
『了解』
化け物がうようよしている中で弾が切れるのは最悪の状況だ。余裕を見ておかないといけない。もっと化け物を殺すための弾薬は20階層に貯蓄されている。
《君は寝ても覚めても化け物を殺すことばかり考えているね。そんなに化け物を殺すのは楽しいかい? そりゃあ、ボクだって人が死ぬのを見るのは楽しいけどね。だけど、君とボクは違う存在だろう?》
案外根っこは同じかもな、クソ化け物。
《意外な返事。ちょっと君に親愛の情が湧いて来たよ》
くたばれ、クソ化け物。
《くたばらない。死なない。いなくならない。いつだってボクは君の傍にいる》
もし、このダンジョンを叩き潰して、全ての化け物がいなくなってもお前が死ななかったら、俺は散弾銃で自分の頭を吹っ飛ばすだろうな。
《それは悲しい》
そういうキャラか?
『全員、前進を継続。弾薬の残量に注意』
『了解』
そして、的矢たちは進む。
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