オールフリー
本日1回目の更新です。
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──オールフリー
23階層に降りてすぐに音響探知センサーと振動探知センサーが大規模な人員の移動を検出した。戦術脳神経ネットワークで共有されたその情報に分析AIがその足音は人間であるという分析結果を出す。
『AIは人間だと言っているが、現物を見るまで油断はするな』
『了解』
ここからはなるべく慎重に前進する。
民間人とそうでないものを見分けなければいけない。そして、この手の分析を行うAIは武装した兵士と民間人の区別ができるまでに進化しているが、“人間そっくり”の化け物と民間人を区別することが難しい。
結局は人間の目で見て、頭で判断するしかないのだ。
『目標視認。ありゃ民間人じゃないな。化け物だ』
『ゾンビか。厄介だな』
ゴーストが人間の死体に憑りつき、その体を動かすものをゾンビと呼ぶ。
ゾンビ映画に出てくるゾンビのように脳みそを吹っ飛ばすのはひとつの手であるが、数が多い場合、いちいちヘッドショットを確実に狙って撃てるか? という話になる。
『連中、どうも獲物を既に定めているみたいだな。生存者って話はいい加減でもないか。アルファ・スリー。マイクロドローンを先行させて、生存者の有無を探れ』
『生存者がいた場合には?』
『まあ、放置しては進めないな』
『あの数のゾンビを相手にするのかよ。ぞっとする』
ゾンビの集団は300体近く。対するアルファ・セルは6名。
『文句を言うな。化け物を殺し放題だ。生存者確認に急げ』
『あいよ。サーモが熱源を捉えた。ゾンビじゃないな。見た目は人だが』
マイクロドローンがゾンビの群がっているコミュニティセンターの映像を映す。
『目標視認。民間人だ。生きてる。まさにゾンビ映画って光景だ。バリケードを作ってコミュニティセンターに立て籠もっている』
『じゃあ、ショータイムだ。アルファ・フォー。例の“特殊装備”を準備しろ』
的矢が椎葉にそう命じる。
『準備できてます。使用は各自で』
『派手にかますぞ。ぶちまけろ』
椎葉から的矢たちが受け取ったのは水筒だった。その水筒の中の液体をグレネード弾やマガジンに振りかけていく。
『おい。なにしてるんだ?』
『アンデッド用の特殊装備だ。お神酒って知ってるか?』
『神道で儀式に使う酒か? そんなものマガジンなんかに掛けたら弾詰まりを起こすぞ』
『安心しろ。糖質ゼロ。アルコールゼロ。プリン体ゼロのオールフリーお神酒だ』
『それお神酒って言えるのか?』
『椎葉の実家が祝福したんだ。問題ない。日本流のやり方が気に入らなきゃ、自分たちの身は自分たちで守ることだ、ヤンキー』
お神酒を滴らせたマガジンを装填し、初弾をチャンバーに送り込む。
『さあ、化け物どもをぶち殺せ』
的矢が嬉々として銃弾をゾンビに叩き込み始める。
弾は通常の徹甲弾と強装弾。だが、これにはお神酒が滴らせてある。
日本国防四軍は旧来はオカルトと呼ばれていた存在が、ダンジョンの出現によって現実化したことを受けて、自分たちもオカルトに手を出した。オカルトと言っても、旧来の神道や仏教の教えを利用したものである。
神職の祝詞はアンデッドに有効だったし、ある部隊などは大音量で般若心経を流してアンデッドを撃退した。今まではただの“よくできたフィクション”だった宗教が実際に力を持ち、その効果を発揮したのだ。
お神酒で祝福した銃弾が威力を発揮する。
ゾンビはヘッドショットを狙わなければ通常は倒れない。だが、お神酒を使った銃弾はゾンビのどこに当たろうと、目標を無力化する。
『殺せ。殺せ。片っ端からぶち殺せ』
元が市民の死体であったとしても、今は化け物だ。化け物は殺さなければならない。化け物はどのような形態を取っていても、確実に仕留めていかなければならない。
ゴブリンだろうと、コボルトだろうと、オークだろうと、オーガだろうと、ゴーストだろうと、ゾンビだろうと、全て化け物だ。殺すべき敵だ。殺さなければならない敵だ。敵をぶち殺すのは軍隊の仕事だ。
これぞ軍隊。これぞ戦争。
《サディスト。サイコパス。ウォーモンガー。そんなに他人を傷つけるのは楽しいかい? そんなに戦うのは楽しいかい? 君は軍の任務以上に殺しを楽しんでいる。軍の任務なんて本当はどうでもいい。化け物を殺して、殺して、殺すことに楽しみを抱いている》
ああ。そうだよ、クソ化け物。俺はこの瞬間が最高に楽しい。
《君はいつだって誰かを傷つけるのを楽しむ。君がミンチにしているゾンビだって、元は誰か大切な人の亡骸だったかもしれないのに》
今は化け物だ。言葉も通じない。襲って来る。なら、殺すだけだ。
『手榴弾』
的矢はそう言ってゾンビの隊列に手榴弾を放り込む。
『アルファ・リーダー。大尉、気を付けてください。コミュニティセンターには生き残りがいます。むやみやたらに火力はぶち込めませんよ』
『どんな間抜けでもここまでドンパチしてれば、安全な場所に隠れるだろう』
陸奥の言葉に的矢はそう返して、鉛玉をゾンビたちに叩き込み続ける。
ゾンビは腐敗したイメージがあるだろうが、ゴーストに憑依されたゾンビは生物としての恒常性を復活させ、腐敗して崩れ落ちることを阻止している。だが、下半身を失ったゾンビなどもおり、そういうグロテスクな群れがコミュニティセンターから的矢たちに標的を変えて、迫りくる。
『ぶち殺せ』
その時的矢の顔は熱光学迷彩に隠されて見えていなかったが、彼は笑っていた。
化け物を根絶やしにすれば、全てのダンジョンを叩き潰せば、世界をかつてのような姿にすれば、全てが元通りになる。そう思っているだけとは思えない。まるで化け物を殺すことこそが手段ではなく目的であるかのような、そんな様子だった。
『畜生。シャーリー、俺たちもお神酒を分けてもらうぞ』
『了解』
先ほどからシャーリーはネイトとともにゾンビのヘッドショットを狙い、成功させてきた。だが、流石に数が馬鹿みたいに多い相手にいつまでもヘッドショットを狙った攻撃は続けられない。
『クソッタレ。コミュニティセンターに群がっていた連中以外のが湧いて来た。数、なおも増大。500から600体!』
『いいじゃないか。盛大にぶちかませ。兵站線はブラボー・セルが確保している。弾が切れたら補給しに撤退するさ』
それまでは殺す。殺して、殺して、殺して、正常な世界にこの狂った世界を近づける。ダンジョンに群れる化け物を皆殺しにして、狂える世界を叩き直す。
《そんなことをしたって世界はもう元には戻らないし、君はそもそもそれを期待していない。だろ?》
黙ってろ。俺は化け物を殺すんだ。お前のこともいつかぶち殺してやる。
《怖い、怖い。けどね、だけどね。そのためにはこのダンジョンの最下層に到達しなければならないよ》
そこに地獄への入り口でもあるのか?
《それに近いものが、ね》
それは楽しみだ。ますます化け物を殺して地下に急がないとな。
『もっと火力を叩き込め』
『コミュニティセンターを巻き込みます』
『ここで俺たちが全滅しても一緒だ』
そう言って的矢は空中炸裂型グレネード弾を発射した。
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