化け物の脳みそ
本日2回目の更新です。
……………………
──化け物の脳みそ
オークたちは自分たちの頭上で手榴弾が炸裂し、鉄片が撒き散らされてパニックに陥った。彼らは即死圏内にいたものはほぼ死亡し、加害圏内にいたものは目や喉などに鉄片を受けて叫びながら悶え苦しむ。
『いいざまだ』
さらに的矢はセンサー内蔵空中炸裂型グレネード弾を使用する。
センサーは戦術脳神経ネットワークに接続されており、もっとも敵が密集している地点で炸裂した。ボールベアリング状の鉄球が撒き散らされ、これまた即死圏内のオークは死亡し、加害圏内のオークは重傷を負う。
それから強襲制圧用スタングレネードが使用される。
通常の10倍の閃光と爆音を響かせるそれによって的矢たちと違って遮蔽物に隠れていなかったオークたちは完全なパニックに陥った。そしてパニックに陥ったまま、味方を攻撃したり、壁を叩いたりする。
『クソ間抜けどもめ。いいざまだ』
それから的矢が嬉々として混乱しているオークたちに7.62ミリ弾を浴びせる。
オークたちの脳の体に対する比重は低い。比較するならばカラスの方が賢いだろうというぐらいの研究結果だった。
オークたち化け物は殺してしまえば灰になってしまうので生きたまま調べなければならない。ダンジョン内に研究設備が持ち込まれ、オークたちを縛り上げて連行し、レントゲン写真などを撮影したが、頭蓋骨が極めて分厚く、それいて脳はちっぽけなものだったという結果が出ていた。
彼らは戦術的な行動を取ることはないし、武器やトラップを作ることもない。そもそも仲間内のコミュニケーションすら取れているか怪しいところであった。
それに対して的矢たちは人類の科学技術の髄を凝らしたハイテク装備で身を固め、極めて高度な戦術的に行動している。
化け物たちは確かに民間人にとっては脅威だろう。体は頑丈だし、数は多い。
だが、軍隊にとっては七面鳥撃ちも同然だ。
一方的に火力を浴びせて虐殺する。そのうち化け物の保護を訴える団体が出て来て、化け物の権利を保障することを求めることの方が恐ろしいぐらいだ。そういう馬鹿はいないと思うが、馬鹿は馬鹿だからこそ何をするか分からないのだ。
そういう意味ではオークのような馬鹿も脅威である。
通常は銃火というものは恐れられるものだが、化け物どもにとっては連中が馬鹿であるがために恐れるものではなくなっているのだ。銃火があればそれが目印になって化け物どもが押し寄せてくる。
市ヶ谷地下ダンジョンはそれで失敗した。
だが、あれのことを教訓に完全なフラッシュハイダーと消音器として機能するサプレッサーを使用し、第6世代の熱光学迷彩で身を隠し、化け物たちがどこから攻撃されているのか分からないようにして攻撃を行っている。
最高だ。化け物どもは逃げ惑い、混乱し、右往左往している。このまま大虐殺だ。化け物を殺せ。もっと殺せ。もっと殺したら、さらに殺せ。
《君がいくら化け物を殺したって死んだ部下は生き返らないよ?》
黙れ。
《仇討ち? そんなことを考えるほど君は感情的じゃないだろう。君が化け物を殺し続ける理由はそれが楽しいから。君はまさに化け物殺しだ。これまでどんな化け物でも殺してきた。それとも全ての化け物を殺し、全てのダンジョンを潰せばボクが消えるって本気で信じているわけじゃないよね?》
信じているとも。お前がここにいるのはダンジョンのせいだ。
《なら、飛んだ見当違い。全てのダンジョンがなくなったってボクはいなくならないよ。ボクはダンジョンのダンジョンボスであるという以前に、呼び出された悪魔の一体なんだ。悪魔っていうのはね。ここにいる肉を持った存在と、肉を持たないものがいる。君はボクの脳みそをぶちまけたと思ったよね? あれは単あるアバター。君たちがゲームで使うような仮初のキャラクター》
じゃあ、お前の本体はどこだ。地獄か?
《そ。地獄。もっとも君たちが思い描くような地獄ではないけどね。毎日が大虐殺。血染めの宴。このダンジョンに出没するような異形どもが闊歩するが、罪人がいるわけではない。ある種の別次元というところだね》
そこに行ってお前を殺せば、お前のこの鬱陶しい姿も消えるのか?
《これまでの歴史上、大悪魔であるボクたちを殺せた人間はいないよ》
それじゃあ、俺が世界初を取ってやるよ。
《楽しみにしておこうかな。会いにおいでよ。ボクのところまで》
ああ。いつかな。たっぷりの銃弾とたっぷりの爆薬を持って遊びに行ってやる。
『アルファ・スリー。商品は品切れになったようだな』
『そのようで。前進しますか』
モンスターハウスのオークたちは1体の生き残りも許されず、皆殺しにされていた。
『当り前だ。今日中に20階層に到達して、化け物を仕留める。羽地大佐ともその計画でスケジュールを進めている。20階層にいる化け物が何だろうとぶち殺して、20階層に拠点を移動させる。ここまでの道のりを守っているブラボー・セルの連中もいつまでも張り付けておけるわけじゃないからな』
『了解』
化け物どもを殺せ。殺せ。もっとだ。もっと殺せ。鉛玉を叩き込み、爆薬を叩き込み、片っ端から皆殺しにしろ。イエス、そうだ。俺は殺しを楽しんでいる。的矢はそう思いながら、マイクロドローンの映像と信濃の視野を戦術脳神経ネットワークを介したARで共有しながら、ダンジョンの地下へ、地下へと進んでいく。
戦術脳神経ネットワークは便利だ。ダンジョン内の視覚情報、音響情報を分析AIがナノセカンドで分析し、これまでのダンジョン攻略によって集積されたビッグデータを参考にしながら、罠の存在や化け物の存在の可能性を警告してくれる。
『前方にオーク6体。ゴブリンを食ってる。ゴブリンってのは美味いのかね』
『俺は食いたいとは思わないな。マークしろ』
『マーク』
『割り振った。3カウントで一斉に仕留めろ』
3、2、1。
全員がオークの胸と頭に銃弾を叩き込む。
『クリア』
『クリア』
各種センサーは他の化け物の接近を警告していない。
『ちょろいもんだな』
『油断はするな。いくら連中脳みそがミジンコ以下でも腕力はパワードスーツを着た兵士並みだ。突撃されたら止めるのには苦労するぞ』
『あいあい』
信濃が着々と進んでいく。
『どうです、ボスのチーム。イカしてるでしょう?』
『確かに並外れた練度だ。動きは素早いし、的確に獲物を処理している。あんたも凄いぜ、軍曹。あんたも機械化しているのか?』
『ええ。具体的にどう機械化しているかは言えませんけれど』
椎葉はネイトたちとコミュニケーションを取ろうとしていた。
そうするように的矢と羽地大佐から指示が出ていたからだ。
『おふたりもダンジョン攻略経験ありと聞いてますよ。ペンタゴンダンジョンを攻略したって。世界最初のダンジョン攻略じゃないですか』
『ペンタゴンダンジョンは素人向けだったからな。20階層しかなかった。それでいて、武装した兵士は多かった。無我夢中で化け物を殺し、最終階層まで道を切り開き、呆気なくダンジョンは潰された。市ヶ谷地下ダンジョンは地獄だったと聞くが?』
『自分は市ヶ谷地下ダンジョンには参加していませんので何とも……』
『そうか。是非とも聞いておきたい話だったんだが』
市ヶ谷地下ダンジョンの何が聞きたい?
俺たちが殺され、殺し返した話の何が知りたい?
どうもこのヤンキーは臭う。このダンジョンと同じくらい臭うと的矢は思った。
『地下19階層でございます。おおっと。やべえぜ、アルファ・リーダー。床が崩れかかっている。先日の爆撃の影響か?』
『ダンジョンはエリアボスを倒さない限り、いくら破壊しても修復される。爆撃のせいじゃない。ここはそういう風に作られているんだよ、アルファ・スリー』
的矢はそう言って、慎重に進むよう信濃に指示した。
……………………