ヤンキー
本日5回目の更新です。
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──ヤンキー
工兵に作業は進み、10階層に拠点が構築された。武器弾薬の保管庫から衛生設備まで整った本格的な拠点だ。当然ながら第777統合特殊任務部隊の司令部もそこに設置されていた。ただの天幕だが、中はARで会議室になる環境になっている。
「紹介しよう。アメリカ情報軍のネイト・ヴァレンタイン大尉とシャリー・D・ホイットマン中尉だ。我々が今回受け入れを決定した2名のアメリカ人だ」
ネイトと紹介された方はヒスパニック系。シャーリーと紹介された方は白人だ。
「そして、ヴァレンタイン大尉。彼らが我々日本情報軍が誇る“迷宮潰し”チームである第777統合特殊任務部隊特別情報アルファ・セルの面々だ」
「ハロー!」
ネイトは爽やかな笑みを浮かべてそう言った。
「ナイストゥミーチュー!」
「あ。日本語で大丈夫だ。俺もシャーリーも日本の在日米軍基地への駐留経験があるし、日本情報軍と合同作戦を行うのは初めてじゃない」
「は、はい……」
椎葉は日本語が通じる相手に英語で、それも小学生レベルの英語で挨拶するというこっぱずかしいことをして赤面し俯いている。
「日本で作戦を行うんだ。日本語が話せる奴が送られてくるのは当たり前だろう。ちょっとした会話も盗み聞きしないといけないだろうしな」
「そりゃあ、酷い誤解だ。あんたたちは日本どころか世界におけるトップのダンジョンスレイヤーだ。あんたたちのことを他の軍隊がなんて呼んでるか知ってるか? キング・オブ・メイズ、ヘルズランナー、クリーピーキラー、デーモンスイーパー。うちで最多の“迷宮潰し”チームでも最高記録は21ヶ所だ。あんたたちはずば抜けてる」
的矢が言うのにネイトがそう返す。
「アメリカ政府としてもそんな有能なチームの足は引っ張りたくない。せめて、日本語が使える人間が必要だ。そう考えて俺たちを送ったのさ」
「何のために?」
「今後のダンジョン攻略の参考ために」
「アメリカのダンジョンはほぼ全て潰されたと聞いているぞ」
「今後は海外派兵を考えている。この問題を自立的に解決できない国家もある。人間同士で殺し合うのに忙しくて、捕虜をダンジョンの中に叩き込むような連中がいる国だ」
「ふうむ? アメリカがまた世界のお世話をしてやろうって気になったのか? ほとんどの国連ミッションは民間企業に丸投げしてるアメリカが? 国連包括的平和回復及び国家再建プログラムが世界の秩序だと思っていたが」
「あんたら日本人だって金だけ出してるだけだろう。それに民間企業が雇う民間軍事企業の人間の多くはアメリカの退役軍人だ」
「退役軍人の再就職のためのサービスか。立派なことで」
どうもこのヤンキーは何か隠しているなと的矢は思った。少なくとも的矢とは気が合いそうにもない。
「これは共同作戦だが指揮権は我々の側にあると理解してもらいたい」
羽地大佐がはっきりとネイトにそう言った。
「了解。ここは日本で、日本の軍隊が主導する作戦だ。その点については理解している。現場の指揮はそちらに委ねる」
「結構。さて、的矢大尉。彼らを部分的に戦術脳神経ネットワークに接続するので、何かあればそれを使ってくれ。今回も問題なく、ダンジョンが攻略されることを祈っている。これについて私からは以上だ」
そこでARで羽地大佐から通知が来た。
『アメリカ人から目を離すな』
なるほど。大佐もアメリカ人を信頼していないらしいと的矢は思った。
「さて、ダンジョンだが先日の爆撃により18階層までの調査が終わった。中はゴブリン、コボルト、オーク、オーガのいつもの化け物どもだ。エリアボスは未確認だが、X線による撮影の結果、20階層にかなり広い空間ができているようだ。なので、十分注意してもらいたい」
ダンジョンはエリアボスに合わせてダンジョンのサイズを変更する節がある。元あった空間を数階層ぶち抜いてひとつの階層にし、超大型系、飛行系の化け物を自由に動き回らせるようにするのだ。
そのため、今回も20階層に広い区間があるというのは飛行系の化け物か、あるいは超大型の化け物の出没を窺わせた。
「それでは腕試しに20階層へ行ってみるといい。君らにとってはイージーモードだろう。いつも通りの化け物殺しだ」
羽地大佐はそう言ってブリーフィングを終わらせた。
「日本情報軍ってのはいつもあんな感じなのか?」
「もっと詳細なデータが欲しければ、戦術脳神経ネットワークを使えよ、アメリカ人。そこには分析AIが片っ端から情報を分析したデータベースと繋がったライブラリがある。今回の作戦についての具体的な資料も入っているだろうさ」
「アメリカ人じゃなくてネイトって呼んでくれないか。それじゃあシャーリーと区別がつかないだろ?」
「アメリカ人はアメリカ人だ。犬を犬と呼んで失礼なことがあるか?」
「そういうあんたは何様だ?」
「日本情報軍という名の飼い主のお犬様だ」
的矢は適当にネイトをあしらって武器弾薬庫に向かった。
「装備はこの間とほぼ変わらず行くぞ。長期戦は想定しない。する必要がない。ただ、火力は上げていく。飛行系にせよ、超大型系にしろ、その手の化け物はデカくて、不細工で、頑丈だ。確実に殺しに行く」
「了解、大尉。これなんてどうです?」
「84ミリ無反動砲か。まあ、半誘導弾が使えるこれがベストだろうな」
「自分はいつもの装備で」
「50口径には期待している」
いつものようにM906重機関銃を三脚込みで軽々と背負う陸奥。
「おい。マジかよ。キャリバー50を個人で運用しているのか?」
「あ? 何か問題があるのか、アメリカ人。苦労は分かち合いましょうってか?」
ネイトが武器弾薬庫を覗いてぎょっとするのに的矢が彼を睨む。
「あんたら、機械化しているな?」
「ああ。してる。四肢と骨盤、背骨、内臓の一部。それらを機械化してる」
「どうかしてるぜ。機械化してまで軍人続けたいのか?」
「アメリカ人だって機械化してまでスポーツしてる連中がいるだろうが」
「俺はごめんだね。人工筋肉の四肢なんてぞっとする。あれがどこでどう作られているのか知ってるか? ヴィクトリア湖なんかのデカい湖で養殖した遺伝性改変された海洋哺乳類の筋肉を加工して作られているんだぞ?」
「お前らが使う強化外骨格もな。このご時世に人工筋肉批判か? お前、ヴィーガンか過激派動物愛護団体のメンバーか? それとも反遺伝子改良派の自然主義者か? 軍隊に自分の主張を持ち込むなよ、ヤンキー」
「あんたらのスコアにも納得だ」
ネイトは肩をすくめてそう言った。
「強化外骨格を使うなら武器はこれにしろ。7.62ミリ強装弾。お前たちの国で作られた弾薬と同じだぞ。貫通力を強化し、殺傷力は向上。悪意のあるものを作らせるとアメリカ人の右に出るものはいないよな?」
「ああ。最高にイカした銃弾だ。だが、悪意じゃない。国を守るための武器だ」
「その割には乱射事件にも使われてるようだが?」
ネイトはそう言われると黙り込んだ。
軍が小銃弾の大口径化に踏み込んだのにはふたつの理由がある。ダンジョンが全ての理由ではない。それ以前から小銃弾の大口径化、あるいは装弾数の増強は行われてきた。
理由は兵士個人個人が強化外骨格を装備するのが当たり前になり、かつての人間以上の体力を発揮するようになったため。今や人類は7.62ミリ弾の連続射撃を適切に制御できるし、重たい弾薬を軽々と運べる。それが利点となり、軍は歩兵部隊の交戦距離拡大のために小銃弾を大口径化した。
一方、従来の交戦距離以上になることはないと思った日本陸軍などは強装弾を採用しつつも、5.56ミリ弾をより多く携行し、より多く装弾し、銃身の厚さを強化し、交戦時間の長時間化を図った。
今のところ、どちらが優れているとも言えないが、ダンジョンの中では前に上げた理由のように7.62ミリ弾が有効だ。
「言っておくが、“日本人”」
ネイトが言う。
「銃を持った悪党を殺すのもまた銃だ」
「人が人を殺すのだってか。前時代的だな、カウボーイ」
的矢とネイトはそう言い合って装備を纏めた。
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本日の更新はこれで終了です。
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