変装
小人騒動後カピーラの速度が緩むことなく車輪を回し、薄日の差す牧草地に面した道を走り抜ける。
遠くに羊の大群が見え、カピーラに騎乗し羊たちを誘導する人の姿も見えた。
「ふぃふぁん、もごもごへんふぉふ!」
昼食中だったこともあり笑美は租借途中で声を上げ、レナに怪訝な顔をされていた。
無発酵の薄いパンの間に細切りにした肉を詰めたサンドイッチ的な料理を新たにかじる笑美。
土筆はしっかりと飲み込み「うんうん、もふもふ天国だな」と翻訳し、人肌程度のお茶をひと飲みし木製のカップをテーブルに備え付けられたドリンクフォルダーへと戻す。
人肌程度に入れられたお茶は移動中にこぼしてもやけどしない為であり、それ用のぬるい温度でも確りと風味の出る茶葉をレナが選び入れてくれたのだ。
「もう小鬼族の領地なのじゃな」
「ここは羊毛の生産が盛んです。他にも小麦や大麦なども多く育てていますね。毎年、羊の乳を使ったチーズが献上されていたはずです」
「おお、カピーラに乗った人がこっちに来る」
ドライフルーツを紅茶で流した笑美がこちらに向かってくるカピーラに騎乗したゴブリンを視界に捉えた。
この世界の小鬼族とはファンタジーでお馴染みの醜悪な顔で頭に角があり、子供程度の身長の人型生物。ではなく、平均身長はやや低いものの醜悪な顔などではなく、肌の色がやや緑色をして小さな角がある以外は人族と変わりがない。薄毛が多いのが特徴と言えば特徴である。
「うむ、近衛が迎えるので問題なかろう」
アステリアスの言葉通りに鎧族を乗せたカピーラが二体ほど隊を離れ向かっていった。
「それにしても鎧族の人は凄いですね。あんなに重そうな全身鎧なのに、ずっと騎乗して背筋伸ばしたままなんて」
「休憩中も鎧のままだったよね」
先ほどの小人騒動で休憩したのは梶野宮家二人とアステリアスとレナの四人だけだ。鎧族の近衛隊はカピーラの世話や辺りの警戒などの任務をこなしていた。休憩すら取らずに全身鎧を着て半日ほど過ごしているのだ。地球人では考えられないほどのスタミナの持ち主なのだろう。
「うむ。護衛の任務中は交代で隠れて食事しておるからのう。護衛対象に気を使われては意味がないのじゃ」
「鎧族の皆さんは兵士の中の兵士である近衛ですから、野良ドラゴンでも襲ってこない限り安全です」
「うむ。ドラゴンは例外じゃが、万が一にも危険な時は我が絶対に守るからの。大丈夫なのじゃ」
立ち上がり胸を反らせフンスと鼻息荒く宣言するアステリアスに飛びつく笑美。
「アッちゃんが頼もしすぎるよ~」
「そうじゃろう。そうじゃろう」
「ほら、笑美も危ないから大人しく座る」
「そうです。アステリアス様も座って下さい」
「は~い」と返事をして座る笑美。アステリアスもゆっくりと座り食べかけていたサンドイッチを口に押し込んだ。
「それよりもです。御二方には変装をして頂かないと」
「異世界人だとばれないように?」
「その通りです。過去に召還されました異世界人様方がもたらした知識は国が無視できないほどの大金が動いてきました。利用しようとする者はどこにでもいます。警戒するに越したことはありませんので」
レナの言葉に相槌を入れる笑美と真剣に考える土筆。
一年だけとはいえ異なる世界で暮らすのだ。慎重に行動し安全を確保するのは常識と言っていいだろう。
「はいはーい。私、頭に角つけたい。右が大きくて左が少し小さい奴でね、突進して角で攻撃するの!」
両手を頭に当て角の大きさを説明する笑美。
あからさまに困った顔をするレナとアステリアス。土筆に至っては目を閉じ自分ならどう変装するか考えていた。
「笑美さま。そのような攻撃だと首に負担がかかり……」
「そうじゃぞ。私生活に問題が出る変装なぞ大変なだけなのじゃ」
「角をつけるにしても私のように小さいモノでないと服を着る時に引っ掛かったりしますし、頭を洗うにも大変です」
二人の説得にむむむと口から漏らし腕を組む笑美。
「そもそもあれじゃ、髪の色を変えるとかでいいのじゃ。種族云々を変えるなど容易ではないのじゃ」
「えー、髪の色だけじゃつまらないよ。兄ちゃんもそう思うでしょ?」
目をつぶり考えていた土筆はゆっくりと目を開け指輪に手を当て起動させる。指で項目をクリックし目当てのフォルダを開く。
「ほらこの項目に姿を変化させる幻術があって何々……」
「おおおおおお! 兄ちゃん凄いよ! 目の色からすね毛の色まで変えられる!」
隣から覗き込む笑美は興奮した様子で叫び、自らの指輪を起動し同じフォルダを開けポチポチと選択していく。
「のう、笑美よ。そのあれじゃ……」
「アステリアスさま……肌が銀色の人類をはじめて見ました……」
選択するごとに姿を変える笑美。
服を着ているので露出している部分しか変化がないのだが、頭は尖り顔色が銀色へと変わり目はアーモンド形で光を帯びている。
「シュワッチ」
異世界人と言うより異星人へと変貌を遂げた笑美。
土筆はと言うと、つぶらな瞳に大きな馬の顔で二等身のヌイグルミ姿であり、完全にご当地ゆるキャラであった。
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