女神ベルカの言い訳
異世界人が天使から説明を受けている頃、ダイニングの大穴から見える床下空間を確認し、トクベリカの頭蓋骨に力を込める梶野宮家の母こと大魔王は左手で額を押さえ現状に落胆する。
初代勇者である父は大穴を前に「今なら地下室が作れるかも……」と前向きな意見を言うが、大魔王の凍える視線を向けられ口を閉ざす。
「ワインセラーを作ぐぐぐぐぐぐぐったい! 痛い! 痛いからっ!」
トクベリカの意見をアイアンクローで却下し床にできた大穴を見渡し、ケーブルの断線や漏電の心配がないことを確認する大魔王。
「よし! あんたの本体に文句を言いに行きましょうか」
傷みに歪むトクベリカの顔は無視して、初代勇者に意見の肯定だけを求める。
苦笑いのまま頷く初代勇者は先ほど神社あったように魔方陣を展開させ、異世界へと旅立つのだった。
女神は簡素な椅子に座り、この度召喚された異世界人を見つめていた。
青空に浮かぶ雲の上に位置する純白の城。
その最上階よりも上空にある小さな小島には白い背もたれのある簡素な椅子と色を合わせたテーブルがあり、他には背丈ほどしかない小さな観葉植物が一本植わっている。
白いテーブルには湯気を揺らす紅茶と透明なディスプレイモニターがあり、異世界人たちの別れを惜しむ姿が映し出されている。
涙ながらに輝と抱擁する土筆。
それを見て少しだけ目を潤ませる美土里。
鼻をほじり異物を指輪へと収納する笑美。
女神はモニターを見ながら静かに紅茶を傾け言い訳を考える。かれこれ一日ほど言い訳を考えているのだ。
これから現れるだろう異世界人たちの両親を納得させる言い訳を……
初代勇者と大魔王。
かつてこの地を救った者たち。
事の発端は一人の天使の暴走だった。
神の素晴らしさを人類に説いた。
神を讃える建築物や歌を創り出した。
神への愛こそ総べてなのだと。
それなのに……
なぜ神を信仰しない?
なぜ自分たちで作り上げた存在しない神へ祈る?
神への信仰が複数あるのは……
ニセモノの神……
天使は自分の権限を超える働きを始めた。
唯一神だけを信仰するよう神託を発したのだ。
ニセモノの神などいない。不純である。
ニセモノの神を信仰していた獣王国は人族との戦争に入る。
多くの血が流れ獣王国は亜人種の国に助けを求め、さらに多くの血が流れた。
人類は人間以外を魔人と呼び、亜人種の王を魔王と恐れた。
天使は自らの手を下さないというルールだけを守り、戦争に有利になるよう神託を流した。
戦争は人類と多くの亜人を巻き込み人類が劣勢になると、天使はさらに権限を超える行動を起こす。
勇者召喚である。
勇者は人類の希望となり多くの戦場で戦火を上げた。
たった一人で戦場をひっくり返すほどの力を持つ勇者は、その手を血で染めながら進撃を続けた。
だが、亜人種たちの中にも勇者と同様に飛び抜けた力を持った者が頭角を現す。
牛角族の第二王女であるラッテリア フォン ホルステッドである。
牛角族は力に秀でており、現職の魔王である父を九才で叩きのめた。
劣勢となった頃、六大亜人種会議が開かれた際には、鬼人族の王や獣王国の王や夢魔族の女王など(連れてきていた近衛兵も多く含まれる)が当時十三歳のラッテリアに屈したのだ。
会議室から病室での開催になった唯一の珍事でもあり、この時を境に大魔王という新しい職が生まれ、大魔王へ就任する。
大魔王と認められたラッテリアは「敗北が知りたい」そう言い残し、獣王国と人族の国境である激戦地へと向かい勇者と戦ったのだ。
空間が歪み小さな光が円を成し文字に成り魔方陣を完成させる。
女神はゆっくりと目を開け立ち上がり払うように右手を一振りし可視できるほど強力なシールドを展開し、来るだろう衝撃に備えた。
光が収まり現れたのはトクベリカ。
女神自身が生み出した十九番目の分体であり、初代勇者と大魔王の監視や地球の文化などを比較研究させている。
異世界召喚で勇者の選別の任が主となっている。
ソファーで横になる主婦の如く横に成り本体である女神に対し、左手だけを上げ「よっ」と挨拶をする。
「なんと堕落した姿に……五年前はもっとスレンダーで私のように美しく……」
自身の分体であるトクベリカの肥えた姿を見て落胆する女神。
トクベリカを送り出してから二十五年。他の分体はこのような堕落した姿を見せず任務を全うしている。この個体だけが何故このような進化を……いや、怠慢な生活をしていたのだろうか? これも研究させるべき事案? いやいや、そもそも地球へ送り出してからの報告は確認し問題もなかった。現地の多すぎる神々からも大きなクレームもなく過ごしていたはずだ。なのに、何故このような体系に……そもそも、本体である私を前にして丸太のごとき姿勢で手を挙げて挨拶するなど……
「これはもう任を解き……」
漏れ出す小声を聞き取ったトクベリカはカッ! と目を見開き、寝姿から跳び起き正座する。
着地後に数バウンドし収まると頭を下げ土下座のような姿勢で額を地面にこすりつけ手だけを上げて光の球を生みだす。
「ベリカさま、こちらが初代勇者並びに大魔王と地球の情報であります」
先ほどまでの態度とは一変し、これ見よがしの低姿勢で女神ベリカへ平伏した。
あからさまな態度の急変に困惑しながらも情報の詰まった光の球を手で招き寄せる。光の球はゆっくりと女神ベルカの前へ進む。
光の球が手に届く直前で静止する球。シールドに阻まれ手にすることが出来なかったのだ。
自らの軽いミスを鼻息で流し、シールドを解除し手の平で受け止める。
手の上で四散し情報を読み解く。
一気に流れてくる情報を脳内で分析する。
初代勇者や大魔王の地球での生活が一割。地球の文化情報が一割。初代勇者の家族の情報が二割。異世界の神々から受けたクレームと感謝が微細。地球の食文化とネトゲに狐のあやし方……神使のことではないか……
何故トクベリカは家を追い出され神社の境内で狐に包まれて寝ている……
あぁ、勇者の息子に怒られて家出をしたのか……
それよりも、この食に対する執着はなんなのだ。情報の半分以上が食に対するものではないか……
改めて土下座するトクベリカへと視線を移す。
土下座というよりも膝と腹と額で地面を捉え、膝を曲げたうつ伏せといった感じの姿。腹の肉がありすぎるのだ。
やはり別の分体を派遣し直した方がいいのではないだろうか……
そんな感想を思いながらも情報を精査する。
気になったのは異世界の文化。特に食に関してだ。情報量も多くこちらの世界とは比べ物にならない種類の多さ。もはや執念と言うべき工夫で毒すらも無毒にして食す姿勢に驚く。
勇者召喚に巻き込まれた青年の料理にも興味がわいた。トクベリカがこちらへ来る前に食べたから揚げや、弟の誕生を祝う時に出された生の魚と米を海苔でまいた手巻き寿司なるものも。
天使長から昨晩報告された食への純粋な興味や深い感動なども……
食に関しての情報だけは豊富に集まる。これは私自身が天使たちに振舞うのもいいかもしれない。天使長同様に新たな変化が天使たちに起これば……
「ん?」
視線を感じトクベリカを見れば土下座を止め正座へ。身振り手振りで女神ベリカを指差す。
「分体よ。何がいいたいのだ」
女神ベルカの言葉にトクベリカは大声で叫ぶ。
「ベルカ! 後ろ!」
女神ベルカが後ろへ振りかえると、魔方陣の光が終息し四散する光景が目に入る。
しまったと思い高速移動しただろう何者かを視線で探し魔力で探し神力で……
「そうじゃない! シールド展開」
トクベリカからの報告を受ける為に解除したシールドを新たに張り巡らせる女神ベルカ。だが、トクベリカの叫びがまた新たに木霊する。
「ベルカ! 後ろ!」
強力なシールドを張り終えた女神ベルカ。
半径二メートルほどのシールドは物理魔力神力を何重にも重ね掛けした代物であり、この星を塵も残さず爆砕しようとシールド内であればトランプタワーが崩れ落ちない仕様であり、まさに鉄壁の空間。
このシールドは対大魔王用であり、大魔王最大威力の攻撃すらも防ぐことが出来ると自負している。
「久しぶりね。女神さま」
聞きたくない声が真後ろから聞こえ、小さな悲鳴を上げ移動しようと足に力を込めるが動かない。
女神ベルカの腰を両手でがっちりとホールドする大魔王。どんなに強固なシールドだろうがシールド内部では意味を成さない。
「ご無沙汰しています」
トクベリカの横できっちり頭を下げ挨拶をする初代勇者。
恐らくこの声は聞こえていないだろう。女神ベルカは真っ青な顔で「ごめんなさい」を繰り返し自由に動く手を合わせている。
「お仕置きだぁぁぁぁぁぁっ」
大魔王はがっちりとホールドしたまま腰を落とし、鍛え上げた背筋の力で後ろへと流れる。
「いぁぁぁぁぁっやぁぁっぁぁぁぁっ」
叫びの後には頭から地面に突き刺さる女神ベリカの姿があった。もちろんシールドは貫通している。
大魔王のユニークスキル・『理不尽』による効果だろう。
分体の責任を本体へ取らせた大魔王は仁王立ちで、一仕事終えました的な満足顔。
片や女神ベルカは肩まで地面にめり込み、その表情は読み取れない。
リビングの床と我が子たちを勇者召喚に巻き込んだことへの復讐は成功した。
本来召還されるべき勇者の称号を持つ者が他にもいたことは事実だが、地球人であれば誰が呼ばれようとも強引に勇者の称号を押しつけることが出来る。もちろん女神ベルカの神力を使えばだが……
本来呼ぶはずだった勇者ではなく、トクベリカのミスにより梶野宮家の子供たちが召喚されたことに大魔王は怒っていたのだ。
勇者召喚保護法があり死のうが何度でも生き返らせることが出来ようが、親としては心配なのである。
原因はもう一つある。
初代勇者と大魔王の子供として生まれた梶野宮家の四人の子供たちは、純粋な地球人ではなくハーフである。大魔王の血が半分流れており大魔王ことラッテリア フォン ホルステッド カジノミヤは牛角族であり、西の魔国を総べる魔王の二女である。その血が色濃く出たのが土筆と笑美。
輝は初代勇者である父の血が強く流れたために牛角族の特徴である角がない。代わりに勇者としての適性が強く、称号でもある光の勇者。ピンチになると光の加護が働き、色々な力が通常時の三倍になるというスキルまで付いているのだ。
初観測されたのは昨夜遅く。一人でトイレに行くのが怖い輝は光の勇者の力に見事覚醒し明るく用足しが出来たのである。もちろん小の威力も三倍である。
そして、土筆と笑美は大魔王の血が強く表れ、牛角族特有の角がある。現在は封印状態で角自体を見ることも触ることもできないが、何かのきっかけで封印が解かれる可能性もあるのだ。
土筆は男だからどうとでもなるかもしれないが、笑美の場合は別だろう。もし、繊細な笑美の頭に二本の角が急に表れたら、きっと落ち込むだろう。思春期真っただ中の可愛い娘だ。オシャレに敏感なお年頃でもある。
「もう、こんな角があるからカチューシャが付けられない! お母さんなんて大っ嫌い!」なんて言われたらお母さん立ち直れない……
お姉ちゃんの時は「お母さんとおそろい」と言ってくれたけどまだ五歳の時だし……
今じゃ魔王秘書補佐の仕事して……
そっか、お父さんが大魔王で私が勇者にすればお父さんの角と言い訳が……
ちなみにこの後女神は引き抜きました。
お読み頂き、ありがとうございます。