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梶野宮家の転移家計簿  作者:
 第一章 異世界転移編
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転移

サキュバニア帝国は最も多くの種族が住む国である。


北は万年雪で覆われた巨大な山があり、東へと流れそのまま南の海までを覆っている。西は大森林があり凶悪な魔物が闊歩する。

中央には大きな川が三本流れ水に恵まれ穀物や酪農が盛んであり、その中でも酒と小麦の多くが輸出されている。

南には海があり貿易の拠点とされているが、海では大型の魔物が多く陸地に沿っての航海が安全な航路とされている。

岩礁の多いサキュバニア海では人魚を主体とした海洋種族の護衛なくして安全に進むことは困難とされており、歴史的に見ても他国からの侵略行為は殊の外少ない。


そんなサキュバニア帝国に四人が召喚されたのである。


サキュバニア帝国南部に位置する小さな町スコップポルムは、帝都までの行路上にあるため荷馬車の往来が多くの宿屋が商業の基盤となっている。

その中でも異質な宿屋であるアントハウススコップポルム店。

入り口以外はすべて地下にあり、日光を嫌う種族が多く利用する地下ホテルである。


異世界召喚が行われるにあたり、勇者の保護と万が一巻き込まれた者が居た場合への配慮から権力者や民衆の眼を盗む形で召喚する必要があったのだ。

過去にも巻き込まれた者が勇者目当ての人質にされたり、異世界の技術目的でさらわれたりと……

五度目となる勇者召喚は万全の態勢を取り目撃者や情報漏えいを防ぐため、このホテルを貸し切り召喚場所にしたのである。

 



サキュバニア帝国や近隣の国々の話を聞く異世界からの召喚者たち。


広い部屋には簡素と言っていいほど物がなく、床に敷き詰められた絨毯が照らされる。


未だ現実だと信じ切れずに「夢よ、夢……」と呟く美土里は隣に座る輝の手を放さない。

輝は輝で説明する人物に目を奪われている。

美しいブロンドに整った容姿。背中には純白の羽があり頭の上には光り輝く輪が浮いているのだ。


天使は最初に謝罪の言葉を口にし、召喚された理由を話し身の安全を自身が仕える女神にかけて誓った。


最悪、死んでも生き返してみせると……


笑美は説明を聞き流しながらチャーハンを頬張り、物語の主人公よろしくチート能力が備わっていると勝手に予想している。

土筆はなぜか金髪美少女の口へとから揚げを運ぶ。



ダイニングテーブルを中心とした床ごと転移してきた一行。本来なら人だけ転移するはずがトクベリカの魔力コントロールと召喚場所が地下であることや、その他の魔力的干渉があり床ごとの転移となったのだ。

広い空間の地下室とはいえ、ニンニクたっぷりチャーハン臭はすぐに部屋を埋め尽くした。


天使の話が始まり呆けるように聞く一同。

そんな中動いた金髪に着飾った鎧姿の美少女。名をアステリアス・フォン・サキュバニアといいサキュバニア帝国第三王女。

初めて見る異世界料理の香りにアステリアスの胃は小さくクゥと鳴り、椅子に座る土筆の袖を軽く引きから揚げを指差し、口を開け要求してきたのだ。


天使は一瞬言葉に詰まるが説明を優先し話を続ける。


「この指輪の説明をします。言語翻訳、連絡、収納、位置特定などの効果があります。どの指でもかまいませんので、まずは嵌めてみて下さい」

言葉と共に目の前の空間に現れた金の指輪。デザイン自体はシンプルで外側と内側に見慣れない文字が印されていた。


各自その指輪を取り嵌める。

「ほら、輝も指輪」

「うぇ、うん」


天使に見とれる輝も慌てて指輪を嵌める。

指輪のサイズに合う指を選ぼうとするが、指の細い輝にはどの指も隙間が生まれそうであるが嵌めてみると指輪が小さくなり、嵌めている感覚すらなくなる。


「これが異世界のフリーサイズ!」

笑美の発言に苦笑いする一同と天使。


「次はあれがいいのじゃ」

チャーハンを指差すアステリアの言葉に驚いた。先ほどまではフランス語のような音でしか聞こえておらず、指輪を嵌めた瞬間から日本語へと翻訳されたのだ。


土筆はチャーハンを皿に取り分けスプーンを添え渡す。

一口食べるごとに小さな驚きの声とこぼれおちそうな笑顔。天使を含めここにいる一同の注目を集めた。


「そんなに美味いのかのう?」

「ふむ……」

「アッテだけズルイ」


ダイニングテーブルを中心とした空間には天使やアステリアの他にも、三人の鎧やローブ姿の男女が武器を持たず壁際に控えていた。


天使のほか四名は、エルフ、ドワーフ、ヴァンパイアと異種族で構成されており特別な役職に就いた者達である。


一人はエルフの特徴である整った顔立ちと長く凛とした耳の女性。名をハルキニア・ニル・マーレラといい体を新緑のローブを纏っている。


飾り気のない無骨な鎧を着た小さな中年ひげ親父。一目でドワーフ族とわかる男。名をウィワク・クドルグ。普段無口なこの男が鼻をすんすん鳴らし、チャーハンやから揚げの匂いに興味を持ち頭の中でどの酒が合うか思案する。


黒と紫を基調とするドレスはスカート部分がふっくらと膨らみ、まるで人形のように美しい少女。あーんされるアッテを吸血鬼族特有の真っ赤な瞳が捉えて離さない。名をキュキュリ・フィンチ・キューといい東の辺境伯の娘で年齢の近いアッテを何かとライバル視している。



「指輪に手を添えてウィンドウと口に出して下さい。そうです。目の前にディスプレイが出たら、いくつかある項目の中から持ち物のフォルダを……」


パソコンそっくりな画面が目の前に浮かびあがる。

フォルダ分けされた項目の中から持ち物を指でタッチすると、開き収納されている物のリストが並ぶ。

食糧、衣服、医療品、お金等の生活必需品。なかにはテントや寝袋などのキャンプ用品にファンタジーならではのショートソードやポーションなども収納されていた。


「これらすべての物は使い切ってもらってもかまいません。それとこの世界に持ちこんだ異世界の物は封印という項目に収めるようお願いいたします。帰還の際には取り出せますので、着替えたら今着ている服もお収め下さい」


天使の説明を聞きながら手元にあったスプーンを入れたり出したりする笑美。

輝と美土里も現れては消えるスプーンに驚きながらも自分たちで試している。

土筆だけは壁際に並ぶ三人へ料理を取り分け配るという謎の接待をしていた。


「アッテが夢中で食べるのもわかるのう」

「うむ……酒が……」

「ピリピリする……不思議……」


三人のリアクションに満足する土筆は残り少ないチャーハンとから揚げを小皿に移し天使にも差し出す。

やや困った顔で受け取る天使。基本天使族は創造された主神から送られてくる神力がエネルギー源であり、食することがないのである。


土筆の期待した目が天使を捉えて離さない。

天使は戸惑いながらもスプーンを握り、チャーハンを口へと運んだ。


爆発だった。

食を必要としない天使は大きく目を見開き舌で感じる味に驚愕を……

初めて飲み込む固形物に喉が……

頭上にある天使の輪は細かく震え……

背中の羽が大きく広がり……

震える手でから揚げを指し……


天使は目を閉じ噛み砕く。

味覚に全ての神経を使い口の中にある成分を分析する。が、考えがまとまらない。

食という衝撃。口内を蹂躙する旨味。鼻へと抜ける香り。

ゆっくりと飲み込んだ。


天使は味の余韻に浸る。

初めて食べた米を炒めた物の香り。茶色く丸いカリカリとした肉からあふれた肉汁。

どちらもまた食べたい。同僚の天使たちにこの感動を伝えたい。願わくは我らが主様に献上したい。

食とは……

目を閉じ立ち尽くす天使。


混乱を極める異世界召喚は無事に行われた。





お読み頂き、ありがとうございます。

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