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梶野宮家の転移家計簿  作者:
第八章 五月は割と暑い日が多い
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エムエムとカレーを作りましょう



 白い屋敷へと案内された土筆たちは聖女をソファーに寝かせ、キッチンに立つエムエムは今か今かと土筆に料理を教わるのを心待ちにしていた。


「疲れを強制的に回復させるのは緊急時だけにした方がいいのです! 頑張って歩いてきた努力が無駄になっていますのです!」


 テーブルで力説するエルエルの魔術を使えば聖女の疲労を回復させる事ができるが、それをすると運動し負荷を掛けた筋肉は成長するのではなく、運動前の筋肉へと戻るだけであり、聖女の体力不足問題の根本が解決しないのである。


「エクスヒールなのです! 疲労には効果がないので、気持ちだけでも回復するといいのです!」


 エクスヒールは肉体に対する最高峰の回復魔術であるが、それは魔術を掛ける者の力量に大きく作用される。いま聖女に掛けたエクスヒールはエルエルが手加減して術を施した事もあり体力の回復はせず、プラシーボ効果を狙ったもので体は魔術反応を起こし輝くが、輝いただけで特に肉体に関しての効果はない。


「ありがとうございます。エルエルさまの気使いに感謝を……」


「ここに飲み物を置いておきますから、蜂蜜とレモンは疲労回復にいいといわれていますし、ゆっくりとして下さい」


 土筆は先ほど第三近衛中隊が帰って来た時に出した残りの蜂蜜レモン水を木製のカップへと注ぎテーブルに置き、他にもソファーで寛ぐペルーシャやペティートなどにも進める。


「ありがとうございます」


「これは甘くて酸っぱくて美味しいのにゃ~」


「ん……美味しい……」


 二人の笑顔に満足した土筆は立ち上がり待ち構えているエムエムのいるキッチンへと足を向ける。


「料理の前は手を洗いましょう。これが一番大切な事です。エムエムさんは天使なので浄化魔法が使えると思うのですがそれでも構いません。手に雑菌などが付いていると食中毒の恐れがありますし、自身で作った料理で食べた人が苦しむ姿を見るのは本当に辛い事だと思いますから、手を綺麗にする事は必ず守って下さい」


「はい、浄化の光よ」


 エムエムの力ある言葉に反応して部屋中が浄化の光に覆われ目を細める土筆たち。


「……眩しい……」


「温かな光ですが急に光ると眩しいですね」


「エムエムの浄化の光なのです! 出力範囲を調整するのです!」


「エルエルがもっと魔法を教えにゃ~眩しくて眠気が覚めたのにゃ~」


 乙女たちから文句が上がる中、土筆はマイペースに今日作る料理の素材を取り出し説明を始める。


「それでは夕食の準備ですが、本来ならキャンプなのでキャンプらしいメニューにしようと思っていましたが、エムエムさんがリクエストするカレーに変更です」


「ありがとうございます」


 土筆の言葉に勢いよく頭を下げるエムエム。


「お礼はいいので、勢いよく頭を下げるのは止めましょう。髪の毛が飛びますし埃も舞い上がります。そうだ! えっとたしか……あった」


 土筆は指輪の保存機能から暇な時間を使って作った手製のエプロンを取り出す。手縫いのため多少作りが荒いが、エムエムのドレスの様な服装が料理に向かないと思ったのだ。


「これを付けて下さい。カレーの染みは落ちづらいですから」


 土筆から手渡されたエプロンを受け取り、袖を通すエムエムは頬を綻ばせる。


「ありがとうございます。これは料理をする際に着るエプロンと呼ばれる服ですね!」


「白いドレスに新緑の様な緑のエプロンが映えて似合っていますね」


 土筆の褒め言葉にエムエムはニコニコと頬笑み、エプロンが気に入ったのかクルリと回り舞う裾を嬉しそうに見つめ、土筆へと視線を戻すエムエム。


「土筆さまの白いエプロンも似合っていますよ」


 テンションが上がっているのか、それともエプロンのお礼なのか、エプロン姿を褒めるエムエムに苦笑いを浮かべる土筆。


「くっ! あんなにも仲良く料理をするとは聞いていません! この体が動けば邪魔するのに!」


「邪魔は……ダメ……」


「私も手伝おうと思いましたが、あの空間に入る勇気が……」


「まるで……新婚……」


「仲が良い事は、良い事なのです!」


「それよりも早くカレーが食べたいのにゃ~」


 乙女たちはダイニングからキッチンの様子を窺い好き勝手に話を盛り上げ監視する。普段ならレレが土筆の料理補佐に付くのだが、エムエムが笑顔で土筆の横に付き嬉しそうな表情で食材の説明を聞く姿に入るタイミングを逃し、ソファーに座りながらもいつでも動ける態勢を取り、聖女は自身が手を出せない料理を手伝う姿に嫉妬の炎を燃やす。


「キャンプのカレーはできるだけシンプルに作る方が良いと思います。キャンプという思い出に残る食事で個性を出しまくったカレーでは好き嫌いもありますし、万人向けのシンプルなカレーの方が簡単ですし、失敗がないですから」


 作業台の上には人参ジャガイモ玉ねぎが置かれ、レッドブルの塊肉が存在感を発揮する。


「まずは下拵えからいきましょう。米を研いで水に浸します」


「米……確か土筆さまの故郷の主食ですね。知識としては知っていますが初めて見ます」


「これは酒の勇者さまから頂いたもので、こちらの世界のものです。指輪の機能を使い米ぬかは綺麗に取れていますので軽く水を変えるだけで十分です」


「この窯も変わっていますね……」


「羽釜といって米を炊く専用の鍋です。普通の鍋よりも底が厚く丸みがあり内部で米が対流し火が均等に入ります。こちらのキッチンにも使えそうで良かったです」


 普段通りの動きで米を研ぎ下拵えを進めて行く土筆と、おっかなびっくりにピーラーを使い人参の皮を剥くエムエム。


「刃が通る所を予測して、その進路に手を置かなければ手を切る事はないですからね。ゆっくりでいいので安全に配慮して丁寧にお願いします」


「はい……何だか楽しいです」


 手にした一本目の人参の皮剥きを終えたエムエムは達成感を覚えながらも、土筆の圧倒的に早いジャガイモの皮むきを視界に入れ目を見開く。


 凄い……芋を持ち包丁の刃を芋に当てた瞬間に皮が剥かれ……スキルでしょうか? 面白いように芋の姿が変わります……それに比べ私の剥いた人参はまだ一本目……これが主さまも認める土筆さまの料理の技術……学ぶ事が多く有りそうです……


 土筆のジャガイモの皮むきに目を奪われていたエムエムは、新しい人参を手にピーラーを走らせる。その瞳は人参を見据えて真剣そのものであり、集中し事に当たる姿を見たレレはうずうずと指を動かしながら手伝いたい衝動に駆られていた。


「レレも手伝いたければ行くといいにゃ~」


「い、いえ、今はエムエムさまが手伝っておりますし、私がキッチンへ行っては狭くなってしまいます」


「大丈夫……レレは大きいけど……土筆の補佐……」


「そうです! 私の代わりに邪魔をしてきて下さい!」


 横になり動けない聖女の言葉に、私はそんな事はしませんという強めな視線を返し立ち上がるレレ。


「ふぁわあぁ……レレ……頑張れ……」


 やや眠くなってきたペティートの言葉を背中に受けキッチンへ向かうレレ。


「土筆さま、私もお手伝いしたいです!」


 その言葉に土筆は手を止めレレ用のエプロンを指輪の保存機能から取り出し手渡す。


「レレさんはお肉の塊をひと口大に切ってもらってもいいですか?」


「はいっ! 任せて下さい!」

「きゃっ!」


 元気な返事をするレレに驚いたエムエムの手が滑り、手の平にピーラーの刃が走り薄らと血が滲む。


「切っちゃいましたか?」


 エプロンを手渡した土筆はエムエムの手を覗き込み血の滲む手の平を見つめ眉を顰めながらも、指輪の保存機能から下級ポーションを取り出しエムエムの腕を引き流しへと向かい水で傷口を洗い流しポーションを振り掛ける。


「大丈夫ですか?」


 土筆の言葉に目をぱちくりとさせるエムエム。


「あの、ポーションを使わずに回復魔法を使った方が、消耗品ですしこのぐらいの怪我で使うのは勿体無いと思うのですが……」


 エムエムはリアリストであった。


「そ、そうですよね……すみません」


 土筆の価値観とエムエムの価値観の違いは尤もだが、基本天使は回復魔法が使え擦り傷程度なら難なく回復させる事ができる。一般の者でも擦りむいた程度の怪我でポーションを使う物は少なく、血の匂いに魔物が集まってくるといった状況でなければ冒険者なども使う事はないだろう。


「土筆は心配性にゃのにゃ~」


「ん……勿体無い……」


「唾を付けておけば直ります!」


 ペルーシャにペティートに聖女の言葉が追い打ちになり軽く凹む土筆だったが、エムエムの綺麗な手に傷が付いた事と傷跡が残る様な事は避けたいと思いポーションを使ったのだが過剰な反応だと理解する。


「ふふふ、それでも心配されれば嬉しいものですよ。ねぇエムエムさん」


「そうですね……嬉しいです……」


 レレの言葉に同意するエムエムの頬に少しだけ赤みが差しており、心配された事が本心から嬉しかったのだ。


「そ、それでは続きをしましょうか、手は大丈夫ですよね?」


「はい! ありがとうございます」


「カレーを作りましょう!」


 三人で力を合わせてカレー作りを進めるのだった。




 お読み頂きありがとうございます。

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