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梶野宮家の転移家計簿  作者:
 第一章 異世界転移編
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トクベリカ走る


炎天下の中から揚げを持って走るトクベリカは玄関を出て五歩で諦める。


「暑い……」


この日の気温は三十三度。

太陽光を吸収したアスファルトからは陽炎が立ち上り雲ひとつない青空。


トクベリカは辺りを見渡し噴き出す汗を拭いながらから揚げを頬張り一言。

「ふぇんふぃ」


その場から姿が消え、家の近くにある小高い山の頂上に昔から町を見下ろしてきた神社の裏手に姿を現す。

蝉の大合唱が耳に入る雑木林は日陰も多く、汗だくのトクベリカの体を冷やすのにはちょうどいい。


その場で蹲りから揚げを飲み込みながら右手で扇ぎ体の熱を逃がす。


「異世界の女神の分体でありながら何というだらしなさ……」

「神が俗世に染まるとは情けない……」


声を発したのは首に赤いスカーフを巻く二匹の狐。


その声に反応し顔だけ上げから揚げを頬張るトクベリカ。

「時間が!」

「急いでくだされ!」


立ち上がり左手に残る二個のから揚げを二匹へと軽く投げ器用に口でキャッチした。

「これは美味な」

「油揚げには劣るが美味い」


噛みしめて食べる二匹の反応に満足したトクベリカは立ち上がり、二匹を連れ表の社へ足を進める。


小さな古ぼけた社とまだ色づく前のイチョウの木が一人と二匹を迎える。

眼下には土筆の住む町が広がり、本来なら歩いてくるべき坂道が目に入る。


「この炎天下であの坂道を登ったら死ねる……」

トクベリカの素直な感想に頷く狐二匹。


「痩せるの間違いであろう」

トクベリカの後ろから凛とした声が響き、慌てて二匹の狐が駆け寄り声の主に寄り添う。


「あんたはもっと、ちゃんとしなさいよ。土地神って厳かな感じでしょうに……だいたい何で上下フリースなのよ。神主が来なくなるのも頷けるわね」


女性には寄り添った二匹と同じ形の耳があり、金色のしっぽが背後に揺れている。


「異世界の女神の分体よ。ちゃんとしろとはお主だろう。年を重ねるごと横に膨れて……それに引き換え我の服は素晴らしのだぞ。上下合わせても千円でおつりがくる安さなのに手触りがとても良い。時代が違えば事のほか、」

「主様にトクベリカ殿」

「星読みの時刻が過ぎてしまいます」


フリースの良さを語る女性に対して、二匹は切羽詰まった状況を知らせる。


「ほんに勇者召喚などして、文明の発展、進化、道徳……異世界の神と契約など……」

首を左右に振り面倒くさそうに呟く女性はゆっくりと歩み、トクベリカの両肩に手を添えた。


「魔力に神力よーし! 異世界勇者召喚転送術式解放」

淡い光が二人を包み幾何学模様のサークルが目の前の空間に描かれる。


「えーと、見つけた! ほいっ! 送還術式射出!」

町をよく見渡し、右手に浮き出た光を左手の掌で押し出すように弾き飛ばす。

弾道は勢いよくカーブを描き、トクベリカの向ける手先とは明らかに違う場所へと着弾する。


「やば、から揚げの油が……」

「油で滑る魔術って……」

何とも言えない顔をする二人をよそに光は終息した。


「トクベリカ殿、トクベリカ殿」

「魔術を受けた家なのですが、あそこは……」


光の収まった家を指差す二匹。

何とも言えない顔が真っ青に変わる。


「自分の居候先に当てるとはヴぁヴぁヴぁ……」

「やばい! やばい! やばっおおおおおおおぅ!!」


二人の頭を後ろから鷲掴みする長身の女性。額には青筋が浮かび鬼のごとき角が二本生えている。


「大きな魔力反応を感じて様子を見に来たら、どういうことかしら?」

「のばぁぁぁぁ! 力を込めない! 割れる! もげる!」

成人女性の頭を掴み片手で持ち上げる。

トクベリカは叫び痛みを訴え、もう一人はすでに意識を失っていた。


「ラッテ、もう意識失っているよ」

声をかけるのはやや背が低いスーツ姿の男性。


かける様、ラッテリア様、お久しぶりでございます」

「初代勇者様、異世界の大魔王様、お久しぶりでございます」

二匹の狐は平伏する。


「はい、これ預かって」

ラッテリアは無造作に気絶した女性を狐二匹に向かって投げ渡す。

渡された狐は瞬時に人型の成年へ変わり受け止め、大事そうに地面へと横たわらせた。


「さて、言い訳を聞こうかしら」

頭を掴み持ち上げたままラッテリアへと顔を向かせる。

「その前に放して!」

手を放すとしゃがみこみ、やや凹んだ頭をさするトクベリカ。


「あんた、また太ったでしょ。そろそろ片手じゃ持てなくなりそう」

「太ったのは土筆のせい! 美味しいごはんが悪いのよ! それに最近じゃ本格的なお菓子作りにも手を出して! あれで太らないほうがおかしいってのよ!」


頭を押さえ地面に叫ぶトクベリカに翔はゆっくりと頭に手を添える。

小さな声手呟くと手が淡く光る。


「翔もそんなの癒さなくていいわ! それよりも家族の現!状!確!認!」

「そんなのって言うな! にょっ! ぎゃわっ! いやぁぁぁぁぁ ぐうぇぇぇぇ」


両手でトクベリカを抱え上げ、右手を首に左手で足を押さえ担ぎあげる。いわゆるアルゼンチンバックブリーカーである。


「ほら翔! 急いで門出して!」

「了解」


翔は手を払うようにかざすと光の門が現れ、中からは梶野宮家の裏庭が見える。

「先行くわよ」

走り出すラッテリア。

途中トクベリカの後頭部がドア枠にぶつかるがお構いなしだ。


「翔様、今度はゆっくりとしていかれよ」

「初代勇者様、気をつけて参られよ」

頭を下げる人型狐二匹に翔は「今度来るときは稲荷揚げを持ってくるよ」と言葉を添えドアをくぐるのだった。



お読み頂き、ありがとうございます。

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