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梶野宮家の転移家計簿  作者:
第六章 帝都にて
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追従する聖女ペアネ



 サキュバニア帝国の教会の歴史自体は古いが、堕ちた天使暴走により祀られていた神が変わった事もあり、あまり良い印象を持たぬものも多い。が、それでも支持を得ているのは教会がアンデッドや魔物討伐に率先して取り組み、身寄りのない子供を育てる機関や教育に手を尽くすたりと、民衆の支持を得る行動を起こしているからである。


 そして、二度に亘る女神ベルカの降臨により教会には多くの人々が訪れ祈りを捧げていた。


「収穫祭よりも多くの人々が祈りを捧げに来られていますね」


「これも女神ベルカさまが降臨なされた影響でしょう。その目で降臨する際に発する光の柱を見たものは、神の存在の大きさを目で見て知るのですから……」


 聖女ペアネと教皇は多くの人々が祈る大聖堂の二階からその姿を見守る。


「それにしても領主さまや殿下がお許しになるかな?」


 後ろから声を掛けたのはシスターピアネであり、レガンス領の領主であるイレーネイルと槍の守護者であるアステリアスが聖女の同行を許可するとは思えなかったのだ。

 土筆がエルエルを従えて月に数回ほど教会へと足を運び天界へと転移する事はシスターピアネも知っており、何が行われているかは知らないがその時は必ず言ってよいほどクッキーなどの差し入れを保護している子供たちに持ってくるのだ。

 多くのお布施を支払い尚且つ甘味を届ける土筆は子供たちからは絶大な人気があり、甘いお兄ちゃんと呼ばれている。

 ちなみに笑美は煩いお姉ちゃんと呼ばれていたりもする。

 子供人気もそうだが、まとめ役であるグランドマザーからも信頼を得ており、破れた子ども服を繕ったり温かいスープを差し入れしてくれたりと常日頃から感謝の言葉を出している。


 が、土筆一人で教会へ来る事はなく多くの近衛兵とアステリアスが必ずと言って良いほど付いており、馬車に乗る際は注意深く周りから土筆を覆うように乗り降りさせているほどである。

 エルエルという小さな天使を連れて歩く土筆が重要人物なのは理解できるが、その指示を出しているのは領主であるイレーネイルであり、重要以上の何かがあるとシスターピアネは踏んでいた。


 それにアステリアスの言動にも引っ掛かる事があり、何度かアステリアス自身が「土筆は我のじゃ!」「ええい、成人に近い女は土筆に近付いてはダメなのじゃ!」「土筆も幼女にデレデレするでない!」などの嫉妬心を剥きだしにしている事が多く、聖女ペアネが追随する事に顔を顰める未来が見えているのだ。


「お姉ちゃんは私では不十分だと言いたいのかな!」


 後ろにいるシスターピアネに訝しげな顔を向ける聖女ペアネ。


「いや~不十分じゃなくて……」


「そのぐらいにしておきなさい。そろそろ土筆さまが到着するかもしれませんよ」


 教皇の言葉を耳に入れた聖女ペアネは頬を染め姿勢を正す。


「向かい入れる云々よりも、妹の緊張の方が心配かなぁ……」


 人差し指で頬をかくシスターピアネだった。








 昼時になると礼拝者たちは引き、代わりに登場したのは漆黒の大型馬車である。


 大型の馬車が教会の敷地に入ると多くのシスターが現れ、馬車を誘導しているうちに整列し頭を下げ下車を待つ。


「まるで待っていたかのようじゃな」


 下車したアステリアスの言葉に、更に深く頭を下げるシスターたち。


「領主や権力者に屈さない教会が、これだけ歓迎するとは嫌な予感足ますねぇ」


 イレーネイルの言葉に頭を下げながら冷や汗をかくシスターたち。


「このままでは目立ちますし早めに中へ入りレガンス領へと戻りましょう」


 レナの言葉に慌てて顔を上げ、首を横に振るシスターたち。


「シスターさんがいっぱいなのです!」


 エルエル袋に入っているエルエルが多く並ぶシスターに手を振り、それと共に現れた土筆の登場に改めて頭を下げるシスターたち。


「これは何かあるのじゃな」


 アステリアスの読み通りに急ぎ後ろから現れた教皇と聖女ペアネにシスターピアネは頭を下げるシスターたちに道を譲るよう手を払うと、練習していたかのように二組に別れアステリアスたちが勧める様に礼拝堂への道が開く。


「お待ちしておりました。ささ、中の方へお越し下さい」


 丁寧に頭を下げ教皇は中へ入るように促し、アステリアスとイレーネイルは眉を顰めるが教会内の礼拝堂意外では転移する事が出来ず、レガンス領に帰る為にも中へと足を向ける。


 教会内に入ると正面には女神ベルカの像があり、多くの長机が並ぶ中を歩くと女神ベルカの像の前で一礼した教皇たちは「こちらへ」とアステリアス一行を更に奥の部屋へと促す。


「ここは一昨日に事情を説明する為に案内された部屋ですよね」


 革張りのソファーとテーブルがあるだけの質素な応接室に通された一行は、教皇から言われるままソファーへと腰を下ろし、聖女ペアネの入れたお茶が湯気を上げる。


「まずは改めてお礼させて下さい」


 そう言うと教皇と聖女にシスターが頭を下げる。


「女神ベルカさまが二日続けて地上へと降臨され、その一日目には御尊顔を拝む事ができ、カレーなる料理も食させて頂き、感謝に堪えません」


 頭を下げたまま話す教皇に居心地の悪さを感じる土筆と、これは裏があるなと勘繰るイレーネイルにアステリアスとレナ。ペルーシャは壁に控える聖騎士たちがいつ動き出しても対処できるように気を張っている。


「急な参加でしたから驚きましたが、口に合ったようで良かったです。神さまも美味しいと言っていましたが……そう言えば明後日は、またカレーの日か……」


 話の途中で週に一度天界へ行き輝や美土里と会いカレーを食べる日を思い出す土筆は、その事を口にしてしまい顔を上げる教皇と聖女。


「明後日もカレーを作るのですか?」


 教皇の言葉に頷く土筆。カレーの日という単語だけでは天界へ赴いてカレーを振る舞っているという事はばれていないだろうと心の中で思うのだが、


「そうなのです! 明後日はカレーの日であり天界へ転移してみんなでカレーを食べる日なのです!」


 壮大に暴露するエルエル。


 アステリアスとイレーネイルにレナの顔が歪み、土筆も苦笑いを堪える事が出来なかったのか「その事は内緒だよね」とエルエルに言葉を送る。


「そうなのです! 内緒なのです! 内緒なのですよ!」


 教皇や聖女へ向け内緒と話すエルエルに教皇は静かに頷き、聖女は尊敬の瞳を土筆へと向ける。

 シスターピアネはそんな秘密があったのかと思いながらも、カレーを毎週作り届ける仕事なのかと、ある意味予想していた事が当たりひとりテンションを上げる。

 後ろに控えていた聖騎士たちはその言葉に微笑ましく思いながらも、毎週女神ベルカにカレーという未知の料理を送る調理人であるという認識する者と、我々聖騎士よりも女神ベルカに食という形で仕えているという事実に困惑する者に別れる。ただ、前回カツサンドを食した聖騎士長と補佐役はある程度予測できていたのか、胸を張り姿勢を正したままであった。


「土筆さまは大変なお仕事をされているのですね」


「いえ、そんな事は……」


「そんな事ではありません。女神ベルカさまを喜ばせるカレーなる料理を作る手腕を、是非とも教会からも補佐させてほしいのです」


「それは料理の補佐という事かの?」


「それとも身辺警護という事ですかぁ?」


 教皇の言葉に反応するアステリアスとイレーネイル。何かしら裏があるという認識で話を聞いていた事もあり、直ぐに反応することができたのだ。


「どちらともです。教会としましても女神ベルカさまを満足させるカレーを作る事ができる唯一の存在である土筆さまの安全と疲労の軽減に、是非とも聖女を付けたく思います」


「それは女神ベルカさまの御意志なのでしょうかぁ?」


 教皇はイレーネイルからの強い視線を真正面から受けながらも笑顔で話を進める。


「これは教会というよりも私個人の願望です。もし土筆さまに何かあれば私ども教会が責任を取りますし、そうなる前に追随する聖女ペアネが身を盾にして守るとお約束させて頂きます」


 話し終わるとゆっくりと頭を下げる教皇と聖女。


「随分と勝手なのじゃな」


 腕組みをするアステリアスと事態の行方を見守るレナ。


「これは聖女を近くに置きぃ、カレーのレシピを盗もうとしていると言われてもぉ仕方のない事ですよぉ」


 態と挑発的な言い方をするイレーネイルにシスターピアネが怪訝そうな顔を向ける。


「仰る通りです。女神ベルカさまを喜ばせる事ができるカレーのレシピは、教会としても是非とも欲しい物です。ですが、それ以上に土筆さまの平穏を守り女神ベルカさまへカレーを定期的に提供して下さる事こそが一番の望みでもあります」


 イレーネイルの挑発的な言葉を受けながらも顔を上げた教皇は、笑顔を崩さず言葉を重ねた。


「身を挺して守ると言っておったが、聖女ペアネは身辺警護をどの程度習得しておるのじゃ? 今ここでお主に槍を向け自身を守る事ができると?」


 アステリアスの言葉に聖女ペアネは素直に首を横に振るう。


「殿下の守護者の槍を受ければ直ぐにでも息絶えるでしょう」


「なら、」


「しかし、土筆さまが逃げる数秒は盾として役に立って見せます!」


 アステリアスの言葉を遮り盾になると語気を強めた聖女に、レナは素直に凄いと感心しながら、今後は殿下の手強い敵になると予測する。


「うむ、その心意気は素晴らしいのじゃが、仮に土筆に付いて回るとして、どこで寝泊まりするのじゃ?」


「土筆さまはレガンス領の白百合の館の離れに住んでおられます。そこはもう人が多く、空いている部屋もない状況です」


 レナが補足説明をすると聖女は土筆を見つめ、一度深呼吸を挟み言葉を選ぶ。


「私は廊下でも外でも構いません。土筆さまの脅威になるものから守れれば、それだけで十分です」


 そう声に出す聖女ペアネ。


 この時土筆は、錬金室の床を改装して高さを出しても暖炉がないし寒いよな。それなら広いダイニングに敷居を作れば、狭いけどひとり部屋ぐらい作れるかな? などと思案していた。


「どうしても付いてくる気なのですねぇ」


「はい……どうか私が追随する御許可を……」


 静かに頭を下げる聖女ペアネに、あからさまに困った顔をするイレーネイル。


 ここで教会の思惑に乗るのは癪ですが、教会にも面子があるのでしょう。ここは素直に受け入れて何か問題が起こったらエルエルさまにお願いして、こちらへ送り届ければ……はぁ……土筆さまはどうしてこんなにも要らぬ問題を持ち込むのでしょうか……

 取り合えずはペルーシャに聖女の監視をさせましょう。


 イレーネイルはアステリアスへと目配せをし、アステリアスも小さく頷く。


「解りましたぁ。聖女さまを受け入れますぅ。ですが、カレーのレシピや他の料理のレシピなどはまだ秘蔵して下さいねぇ。レガンス領としても多くの商品を売り出す予定でいますぅ。カレーはまだ再現出来ていませんが、それも込みで商品化して見せますぅ。それに怪しい動きや明らかに領地経営にマイナスになる動きをした場合は、ここへ強制送還させますのでぇ、その心算でお願いしますぅ」


「ありがとうございます」


 イレーネイルの言葉に薄ら涙を溜めてお礼を言う聖女ペアネ。教皇はその様子を微笑みながら見つめる。


「そうなると食器や箸なども新しい物を用意して、嫌いな食べ物やアレルギーなどがあったりとかも聞かないとだな」


 土筆の漏らした言葉に嬉しく気持ちが反応して頭を上げる聖女ペアネと、対局に不機嫌な顔をするアステリアス。


 あの覚悟を見せられ認めてしまったが、この聖女はきっと土筆の事を好いておる気がするのじゃ! にゃー!? 我は何で認めてしまったのじゃ! それに土筆はもう受け入れておるし……それに聖女は中々に胸が大きいのじゃ………………これは笑美も含め貧乳同盟で会議をし、対策を練らればならんのじゃ!


 こうして聖女ペアネが土筆の身辺警護と補佐役に納まるのであった。





「それでは教皇様、私は皆さまと行きます!」

「まだ寒い日もあるでしょう。風邪には気を付けるのですよ」


 教皇の優しい言葉に頷きエルエルの作りだした魔方陣へと足を進める。


「お姉ちゃんも気を付けてね」

「うん、帝都の事は任せて! っておい! 私はレガンス領の教会赴任中だからね!」


 薄らを光を帯びはじめた魔方陣へと走り、聖女に抱き付くシスターピアネ。


 こうしてエルエルの転移魔法でレガンス領へと向かうのであった。





 お読み頂きありがとうございます。


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