公園とマヨネーズ
剣を掲げる初代勇者と腰に手を当て背筋を伸ばす大魔王の石像の前へと歩きながら、アステリアスから初代勇者と大魔王がこの地に訪れた際の話を耳にした。
帝都に現れた勇者と大魔王は現皇帝陛下に跨りサキュバニア帝国のアルセリアス(アステリアスの母)の前へ現れ、お茶を飲みながら初代勇者を召喚した聖国についての事を知り、極論とも言える洗脳染みた教えに一国の皇女として立ち上がり、お互い拳を交え旅に出たというものであった。
が、事実とは若干異なり、初代勇者を口説き落とした大魔王は以前から親交のあったアルセリアスに射止めた彼氏の自慢をしにサキュバニア帝国を訪れたのだ。目の前でイチャつく大魔王にキレ拳を振るい、今は公園となったこの場所で二人の戦いが始まり、その戦いは激化しながら南西へと向かいヘルゼレイクよりやや南下した場所で決着がつく事になる。
その結果、大地に多くのクレーターと亀裂を生みだし、ヘルゼレイクから海洋都市マーメイドまで続く運河が誕生したのだ。
その後は史実に似た形でアルセリアスを仲間にして旅を続ける事となる。
「うむ、その時に一度だけ戦いが中断された事があったのじゃ」
「我が家近くまで女帝陛下と大魔王さまが戦いながらやってきた時ですぅ。やってきたと言ってもお互い交互に殴り合いながらですが、その時にメイド長であるヘレンが二人にお茶を進め拳が止まったと言われているのですぅ」
「ヘレンの言葉に二人は笑いながらもお茶を飲み帝都の外へと移動して殴り合いを再開したのじゃ」
アステリアスたちの言葉に耳を貸しながら水路に囲まれ島になった初代勇者と大魔王の石像の前へと辿り着いた土筆は違和感を覚える。
「あの、顔の部分が破壊されていませんか?」
土筆の言葉通りに二つの石像の顔部分には殴ったような跡があり、崩れ去られた表情と小さなヒビが見て取れる。
「うむ、大魔王さまがな……」
「この公園を作った際に気に入らないと言って殴ったそうですぅ」
「初代様の顔は母さまがお揃いにしたと言われておるのじゃ」
腕を組みながら像を見つめるアステリアスとイレーネイル。
「そもそもこの公園には屋敷があっての」
「私の旧家だったそうですぅ。そこは女帝陛下と大魔王さまが破壊され、いっその事公園にと……」
「何だか凄いですね……」
呆れたように呟きながらも異世界で初代勇者が世界を救ったのは事実であり、その仲間の大魔王や女帝陛下の活躍を凄いと思う土筆。
話を聞く限りでは己を貫く大魔王と、それを支え世界を救った初代勇者。共に闘った仲間にも多くの種族が関わり、今の様に種族差が生まれ難い形へと持って行った手腕は手放しに褒められると思ったのだ。
「帝都では有名な芸術家に作らせたらしいのじゃがのう」
「ご本人が嫌がるのなら仕方がないのですぅ」
「お揃いに壊す発想も普通ではないですね……」
「うむ、母さまらしいと言えば、らしいのじゃがのう。そろそろ別の場所へと行くとするのじゃ」
アステリアスは周りから気配を感じ始めており、レナもそれに気が付いて小さく頷く。
「面倒事を避ける為にも移動した方が宜しいですねぇ」
イレーネイルが貸し与えた馬車は下手な貴族の馬車よりも多きく目立ち、見る人が見ればそれに乗る人物も想像が出来てしまうのである。
軽く公園内を見渡しながら馬車へと戻り、街並みを眺めながらイレーネイルの屋敷へと帰還する一行。
初日とは違い執事やメイドがずらっと並ぶ事はないが、数名のメイドと先に戻っていたキューブリックとレミーネイルにウェルネイルの姿があり幼い笑顔をこちらに向けてくる。
「姉さま! お帰りなさい!」
馬車が止まるとウェルネイルが駆けだし、降りてきたイレーネイルへと抱きつく。
「良い子にしていましたかぁ」
「はい! お勉強もしました。エルエルちゃんもお帰りです」
「ただいまなのです!」
イレーネイルから離れエルエル袋から顔を出したエルエルは飛び立ち、ウェルネイルの手元へと降り立つ。
そんなやり取りを見ながら土筆は、いつもは自分が言う側だったと思い離れて暮らす輝やトクベリカや父と母を思い出す
輝には美土里が付いているし、母は現役プロレスラーとしてマネージメントを行う父と行動を共にしている。ただトクベリカだけはひとりで梶野宮家に残っており、連絡はしているがもう三カ月近く一人で過ごしているというが心に引っ掛かる。
「お帰りなさいませ、他の方々は中へ入られました。土筆さまも日差しがあるとはいえ冷えますので中へどうぞ」
考え事をしていた事もありペルーシャを残していつの間にか置いて行かれた土筆へ、優しい笑顔を向けてくる超メイド長のヘレンに話し掛けられ、女帝陛下と大魔王の喧嘩の間に入りお茶を差し出したというエピソードが頭にチラつく。
「はい、直ぐに向かいます」と返事をして屋敷へと向かい、その後ろをヘレンが続き足を進める。
広い玄関を抜けると控えていたメイドが案内のため動き出し、土筆はその後を追うと昨日案内された部屋へと行きつくと、テーブルは片付けられており炬燵が三つほど用意されていた。
「土筆も早く来るのじゃ」
「そうですぅ。調理長の方がパンを使った調理を食べてほしいそうですぅ」
「私としてはそれよりも女帝陛下や皇帝陛下との話し合いが成功したかを聞きたいのだが……」
先に炬燵に入り土筆を待っていたアステリアスとイレーネイルは目の前に積み上げられたパンの山を見ては多少げんなりな顔をし、キューブリックは謁見というにはリラックスした話し合いの報告を期待していた。
土筆とペルーシャも炬燵に入り目の前に積まれた総菜パンを目にし、顔を引きつらせながらもキューブリックとレミーネイルにイレーネイルが報告をする。
「イーストの木とチョコの木に関しては帝国が責任を持って広めて頂けるそうですがぁ、公爵家としても領地の町や村には広めてほしいとのことですぅ。それに教会も動くと思いますので種を植え増やすことはお父様にお任せしますねぇ」
ニコニコと話すイレーネイルは頷くキューブリックに満足したのか、超メイド長ヘレンに差し出された紅茶を飲み一息つく。
「先ほどカレーも食べたので我はお腹がいっぱいじゃ」
「私も遠慮しますぅ」
「夕食までお腹が減る気がしませんね」
アステリアスとイレーネイルにレナは先ほどの謁見で上程陛下と共にカレーを食べた事もあり、お腹を摩りながら目の前に積み上がる肉を入れたコッペパンを辞退し調理長へと首を横に振る。
「にゃ~は頂くのにゃ~」
「エルエルも食べるのです!」
「エルエルには切り分けるよ。これは鳥の肉を挟んだのかな?」
指輪の機能から神器のまな板を取り出しナイフで総菜パンをカットする土筆。
「土筆さまに言われた通りに肉を挟み生で食べられる葉を挟みました。肉には確りと塩を効かせパンと合うようにいたしました」
調理長の言葉に噛り付くペルーシャとエルエル。
「にゃ~美味しいのにゃ~でも何か足りにゃい気がするのにゃ~」
「鳥の皮がパリパリなのです! これにマヨネーズを入れたらもっと美味しいのです!」
「ああ、確かに……マヨを入れたらまろやかさもでるし、粒マスタードでもいいかな」
口に入れ感想を述べる土筆に体ごと詰め寄る調理長。
「マヨネーズとは? 粒マスタードとは?」
目の前に詰めよる調理長の顔に体を仰け反らせる土筆。
「マヨとはこれで、粒マスタードはこれです」
指輪の機能から二つを取り出し調理長へと見せて炬燵の上へと置き、木のスプーンを使い総菜パンをひとつ取って中にマスタードを薄く塗り、マヨネーズをその横に一筋引いて調理長へと手渡す。
「失礼します……うっ美味い! 先ほどまでは単調な味わいだったのに酸味と辛味がプラスされ風味が増しました。このマヨネーズとマスタード……辛過ぎずまろやかな味わいが堪りません。マヨネーズとマスタードの作り方をお教え頂けないでしょうか?」
ぺろりと総菜パン改を食べ終えた調理長は土筆へと再度詰め寄る。
「えっと、ですね。粒マスタードの方は作り方が解りません。マスタードの種がない限り作れませんね。そのツブツブが確か種だったはずですが……マヨネーズは作り方をお教え出来ますが、新鮮な卵黄と酢に油を少しずつ入れながら混ぜて塩胡椒です。油と卵を一生懸命混ぜると乳化という油と卵が混ざりふんわりとした液体に変わります。そう言えば酢ってあるのかな?」
指輪の機能から酢を取り出して木製の小皿に少量入れると、酢独特の刺激臭が漂い顔を顰める女性たち。中でもペルーシャには匂いがきつかったのか、パンを咥えたまま炬燵の中へと逃げ込む。
「強い香りですね……何と言う酸っぱさ! これがマヨネーズになるのですね……酢とは森人族が作るバルサミコに似ていますが色が違いますな。もっと赤黒く香りも芳醇で甘味があったが……」
「多分ですがそれでも代用できますね。白ワインから作る酢だと思うので……こっちの世界にもバルサミコ酢があったのか……それなら肉料理に合うソースが作れるな……」
その後は調理長とバルサミコの話になり盛り上がる二人。その様子を周りの者たちは夕食に新しい料理が生まれるだろうと期待するのであった。
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