イレーネイルの屋敷へ
「行っちゃいましたね……」
「そうだねぇ~」
教会では土筆との別れを惜しむ聖女ペアネとその姉のシスターピアネが去って行く馬車を見つめていた。
食事会の後にイーストの木とチョコの木は教会の中でも一番日当たりの良い中庭へと植えられたのだ。まだ早朝という事もあり教会関係者しかおらず、その隙に穴を掘り植樹されたのだ。
植樹している間にイレーネイルの帝都に建てられた屋敷へと若いシスターを走らせ、馬車を用意するようお願いしたのだ。
本来なら馬車で帝都に入りそのまま公爵家の屋敷か王宮へ顔を出すべきなのだが、エルエルの転移魔法で教会へ来た事もあり、馬車などは持って着てはいないのである。
「また会えるでしょうか?」
「いやいや、会えないと困るよ!? 私はエルエルさまの魔法でここに来たのに帰れなくなっちゃうよ!」
乙女心が暴走中の聖女ペアネは数年ぶりに会う姉の事よりも、土筆に支えられた時の事の印象が忘れられずにいたのだ。
「早くまたお会いしたいですね」
「その時は姉妹の別れの時ですけど!? 久しぶりに会ったお姉ちゃんに対して酷くない? 酷くない?」
そんなやり取りを教会の私室から見つめながら微笑む教皇は、聖女の淡い恋心を応援すると心に決め思案するのだった。
「本来なら殿下の御帰還を知らせパレードを行うのが通例なのですぅ」
「我は嫌じゃからな! 何が楽しくて手を振り笑顔を振り撒かねばならんのじゃ!」
馬車は帝都にあるイレーネイルの別邸に向け走り出している。
イレーネイルからの知らせを受け、十人は乗れるほど大きく立派な馬車が教会へと迎えに現れたのだ。十頭もの馬が馬車を引き御者にはまだ涙を濡らした男が綱を引いており、久しぶりに会ったイレーネイルの成長ぶりに涙したのだ。
「それにしても立派な馬車ですね。あちらで乗っていた物よりも大きくて、内装も気品があるというか」
「うふふ、土筆さまは目効きでいらっしゃいますね。この馬車は千年杉を使った物で、今では取引が禁止されており買う事のできない逸品になります。ヘルゼレイクの木材も良質として有名ですが、それとは比較にならない価値で取引されていたのです。いまでは千年杉自体の数が減り、売るのも買うのも伐採するのも禁止されています」
「我が家には三台ありますぅ。帝都に一台と実家に二台あり、厳重に管理されていますぅ。こちらの馬車は殿下の為に帝都に置いているのですぅ」
「我は馬車の良し悪し何ぞ解らんのじゃ。それよりも今年は雪がないのじゃな」
アステリアスが外を眺めると街並みには雪などは残っておらず、活気のある屋台が営業しているのが目に入る。
「まだ三月に入ったばかりですから、これから降る可能性もありますね」
「にゃ~は早く温かくなってほしいのにゃ~」
青空を見つめるレナとペルーシャは厚着しながらも寒さが厳しいのか布で巻いた湯たんぽを抱きしめて放さない。
「春になれば本格的に塩ダレと水あめ工場の建設ですぅ。他にも色々と忙しくなりますぅ」
「何かすみません……」
「いえいえ、大変ですがやりがいのある事業ですぅ。結果が確実に付いて回りますから楽しみでもありますぅ」
両手を口に当てて、ほくそ笑むイレーネイル。
「金儲けも大切じゃが、仕事が増えるのは領民が喜ぶのじゃ」
「うふふ、水あめ工場の方は農家と兼業できるように調整していますし、塩ダレ工場や湯たんぽの製作にも多くの主婦層から感謝の声が寄せられましたよ。イレーネイルさまの株がどんどん大きく膨らんでいます。破裂しない様に調整しないとですね。うふふ」
「それは笑えないですぅ」
和やかな雰囲気の馬車が大きな屋敷の前に停車し鋼鉄製の門が開き、中へと車輪を回すと整備された公園の様な大きさを誇る庭があり奥には大きな屋敷が鎮座している。
「大きな御屋敷なのです!」
「こっちには父と母が暮らしていますぅ。それに可愛い妹も、後で紹介致しますぅ」
窓枠に貼り付き外を興味深げに見つめるエルエルは、イレーネイルを出迎える為に執事やメイドが整列する様を見ながらキャッキャと喜んでいる。
「毎回思うが、あの様に態々並ぶ必要があるとは思えんのじゃが」
「それは違いますぅ。必要ではなく敬意を示しているのですぅ。使用人たちは使用人として尽くすべき主とお客さまへの対応を取る為に顔を覚えているのですぅ。お客さまの顔が解らなければ尽くす事もできないのですぅ」
執事やメイドが並ぶ入り口付近を眺めながら大変な仕事なのだなと思う土筆。
馬車はゆっくりと止まり執事がドアを開け白い手袋をした手を差し出し、イレーネイルから馬車の外へとエスコートする。その間、他の執事やメイドたちは頭を下げたままの姿勢を保っている。
アステリアスが降り、ふぇるりんを抱えたメイド長とレナが続きエルエルとペルーシャが降り、土筆も降りようとするが、ペルーシャが抱いていた湯たんぽが座席に残っている事に気が付き、それを手に取るとドアが閉まり馬車が進み出したのだ。
一瞬呆気に取られるも、誰にだってミスはあるし止まったら出れば良いと考えていた。
先に降りた一行はイレーネイルの妹が覚えたばかりのカーテシーで挨拶をする様を見届けており、土筆が降りていない事には気が付いておらず馬車は立ち去るのだった。
一方、離れの屋敷に残った笑美はメイド服に身を包み、ペティートとパティートとレレに教わりながらメイド体験をしていた。
「おりゃりゃりゃりゃりゃー、ハァハァ、モップ掛けは楽しいね!」
離れの貴賓室へと繋がる長い廊下をモップ掛けする笑美は、走りまわりながら楽しく掃除をしていた。
「笑美がいると……騒がしい……でも……楽しい……」
「確かに煩いけど楽しいよな」
「普段と違って私も楽しいです」
普段重労働な掃除業務も明るい笑美の行動が、自然と三人を笑わせ楽しい業務へと変わっていた。
「モップが汚くなったらバケツの水で洗ってよく絞るんだぞ」
「へーい、親分」
「誰が親分だ!」
「冷たっ!? 手で絞るのかよ!」
「振り回したら……怒られる……」
「家で使ってたみたいに、絞れる機能があればいいのに」
「絞れる機能ですか?」
「ローラーを二つ付けて足でペダルを踏むと水分だけが残る奴! 美土里の家にはモップを上下させると回転して水が切れるカッコイイのがあったぜぇ~」
「言い方で笑わそうとしても無駄だぜぇ~」
「二人とも……馬鹿みたい……」
「ここはペーちゃんも、ぜぇ~で続けて、レレっちが恥ずかしがりながら、ぜぇ~って胸を揺らしながら言う所なのに~」
「無理……」
「私も無理です! それに胸を揺らしませんよ!」
「いやいや、揺れてるぜぇ~」
「確かに……」
「無駄にでかいもんな!」
上下する胸に合わせて頭を上下させる三人のメイドにレレは胸を押さえた。
「おっ! キャル姐さんが帰ってきたよ!」
胸を押さえたレレの後ろには練習場が見え、ドラゴンの姿に魔化したキャルロッテが着地し、魔化を解き竜人族の姿へと変化していた。
「確か実家へ帰省したのでしたよね」
「実家は北西の山脈にあるらしいぜ」
「空が飛べるのは……羨ましい……」
「あたしらも実家とか帰省してないもんな」
「私も帰っていませんね……」
家族を思い出すウサ耳メイドと鬼人メイド。笑美はそれよりもキャルロッテがこちらに気が付き手を振っている事に応えようと、体全体を使い大きく手を振り返していた。
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