イーストの木を植えよう
エルエルを頭に乗せた土筆とペルーシャたちは一足先に離れの屋敷まで戻り、イーストの木を植える場所を選んでいた。
「屋敷の斜め前なら日除けにもなって良いと思うにゃ」
フクロウの力で除雪された地面は日光を浴び溶けだした雪の水分で泥濘があるが、真冬の雪の下に隠れていただけあって中は凍っていた。スコップで軽く掘ってみるが土筆が体重を掛けても刺さる事はなく表面を削る程度にしか土をすくう事ができない。
「こりゃ思っていたよりも大変だな」
「この時期は凍っているのにゃ~」
「炎の魔法で地面を焼くですか?」
中々物騒な事を言うエルエルに苦笑いで応えていると、屋敷の中から土筆たちを発見した笑美とココアが合流する。
「カマクラ? カマクラなの?」
「穴掘りっすよね?」
カマクラ作りを思い出した笑美が願望を駄々漏らしながら穴掘りに加わる。
「固っ!? こんなに固い所を掘るのは無理っすね」
魔化したココアでもスコップで掘ることは難しい。
「やっぱり炎の魔法を使うです?」
手伝いたいエルエルからの提案にそれも已む無しかと思っていると、第三近衛中隊の数人が現れる。
「ピピラ中隊長を呼んできましたよ~」
胸を大きく震わせながら走ってきたメイド姿のレレは両手で大きなつるはしを持ち現れる。つるはしの柄が胸を強調する様に挟まれていたのは不可抗力だろう。
「土筆さま、お手伝い致します」
ピピラをはじめとした五人ほどが鍬やつるはしを持ち、穴を掘る気満々で犬耳やトラ耳を動かしている。その後ろには調理長の姿もあり、夕食の引き継ぎを済ませて合流する。
「助かります。凍っていてスコップじゃ入りませんでした。」
お礼を言う土筆に第三近衛中隊の五人は胸を張り姿勢を正す。
「土筆殿には色々と頂いていますので、手伝わせて下さい。木を植えると聞いたのですがここで宜しいのでしょうか?」
ピピラの言葉に土筆は頷き穴を掘る予定の場所にスコップで簡単に直径五十センチほど円を描き目印を付ける。
「そうっす! 笑美殿の頬笑みの槌を使ったら簡単に土がほぐれるかもしれないっす!」
土筆の目印の円を見たココアは先日の訓練で地面を笑わせた頬笑みの槌の効果を思い出し提案する。
「任せて!」
笑美が頬笑みの槌を指輪から取り出し右手を振りあげ構えを取る。
「離れて下さいっす! 巻き添えを食らうと一分は爆笑する事になるっす!」
一斉に人の輪が大きくなり距離を取る面々。
「それじゃあ行くね! おりゃー!!!」
ピコンと間抜けな音が響き、その音に反応するように直径一メートルほどの地面が振動を起こし他の地面との境ができる。波打つように動く地面を見て驚愕の表情を浮かべる近衛兵たち。
「地面が笑っているのか?」
「何だか恐ろしいですね」
「これが広範囲に広がれば大地震だぞ……」
サキュバニア帝国は火山地帯があり、その地方では地震も多く日本ほど頻繁ではないにしても体に感じる地震を体験した事のある者も多い。
火山以外にも地震の様に地面を揺らす事があり、近年では大魔王とサキュバニア皇帝との戦いで大地に亀裂が走るほどの衝撃で地震が発生した事例もあるのだ。
「地震は怖いっすけど、笑美殿は不用意に頬笑みの槌を使うと土筆殿が怒るっすから乱用したりしないっす!」
ココアの言葉に驚き恐怖していた近衛たちは冷静さを取り戻す。
一分ほどで地面が収まり土筆がスコップで確認すると、耕したばかりの畑の様にスコップの刃が入り楽に土をすくい上げた。
「これは凄いな。凍った地面がふかふかだ」
「いつでも農家になれちゃうね!」
「真冬でも開墾できるとは……笑美殿がその気なら多くの農民が喜ぶだろうな……」
ピピラは感心したように頬笑みの槌を使った笑美を褒める。
ピピラが言うように森林を開墾し畑や村にする際には地面を軟らかくする頬笑みの槌の力は大いに役立つだろう。切り株の除去や新規の畑を耕したり土木工事でも大いに役立ち、その能力があれば予定よりも何倍も早く仕事が進むのだ。
「私たちが掘りますので、土筆殿は植える木の準備をお願いします」
ピピラが穴掘りが楽しくなってきた土筆を止め自分たちの役割を果たそうと動き出す。
ふた堀ほどした土筆は穴から離れ、指輪の機能でイーストの木を指輪から取り出し支える。三メートルほどの大きさがあり根は藁のような柔らかい植物性の紐で丸く保護されそのまま植える事ができそうである。が、イーストの木が重く少しでもバランスを崩したら土筆ごと木が倒れ枝が折れるだろう。
「私も支えますね」
大きく力強い南の鬼人族だけあり、頼もしく両手で抱える様にイーストの木を支えるレレ。おかげでフラフラしていたイーストの木が安定する。
「穴の上に出せば良かったのに」
イーストの木を支える土筆に笑美が提案するが、まさにその通りであった。
三分ほどで穴が掘り終わるとピピラたちは穴から離れレレへと合図を送る。
「そのまま穴へ運んでくれ、土筆さまは危ないので離れて下さい」
「は~い」と間の抜けた返事を変えるレレに、土筆は手を放せずにいた。
「ひとりで運ぶのですか!?」
驚くのは無理もない事だった。高さ三メートルはあり、幹の太さも土筆一人で抱える事ができないほど太く枝も太い物が多くあるのだ。実際にひとりで支えた時もふらふらし危ないと頭の中で思ったほどだ。ひとりで持ち上げるなど不可能だろう。
「手を放して頂かないと、土筆さまも一緒に運んでしまいますよ~」
レレの言葉に渋々土筆が手を放すと「うんしょ」という掛け声と共に動き出すイーストの木。
「レレさんは胸だけじゃなかった!」
どこを褒めていると普段ならツッコミを入れていただろうが、あまりの衝撃映像に口を開け見つめる土筆。
「南の鬼人族は凄いっすね」
「ああ、力自慢が多いが中でもレレは特別だからな」
「あの胸は伊達ではない!」
ココアとピピラの会話に混じり胸を褒める笑美。
こうしてイーストの木は植えられ、ついでに五カ所ほど間隔を放しイーストの実を植える土筆たち。植えた所には木の札が立てられイーストの木と書かれたプレートがあり、雪が降っても見分けがつくだろう。
「後はエルエルに任せるのです! 寒さや虫や衝撃からイーストの実を守りたまえなのです!」
土筆の頭から飛び上がったエルエルは、実を植えた場所へ向け手を広げとイーストの実を植えた五カ所の地面が輝き、輝きが収まると薄らとだがガラスの様なものが視認でき、角度によっては太陽の光を反射させている。
「結界魔法なのか?」
ピピラの言葉に元気よく「そうなのです!」と答えるエルエル。
「寒さや害虫から守り、芽が出て踏まれても結界が守ってくれるのです!」
土筆の前へホバリングしながら胸を張るエルエル。
「エルエルも皆さんもご協力ありがとうございます。これでイーストを使った料理が今後も作る事ができると思います」
丁寧に頭を下げる土筆に、木を植えるのを手伝えとイレーネイルから命令されていた第三近衛中隊たちは、料理の為に木を植えたのだと知るのだった。
「お礼というのはあれですが、イーストを使った代表的な料理があるので食べて行きませんか? ハンマーボアの肉と野菜を入れて作った肉まんなのですが、まずは手を洗ってからですね」
土筆は手洗いを促し井戸水をくみ上げ簡単に手を洗う一同。洗い終わった者へ肉まんを配り始める土筆。
この肉まんは少し前にドライイーストを使い作ったもので、普段から作り置きしていた料理である。時間停止できる指輪の保存機能を頼る事により、いつでも温かい料理が提供できる体制を整えているのだ。
「柔らかく温かいですね」
「不思議な手触りです」
「これが肉まん……未知の料理……」
「エルエルサイズはないから、ちょっとだけ待ってね。今半分に、それでも大きいかな?」
「にゃ!? 熱いのにゃー!!」
配り終えた肉まんをペルーシャがひと口齧り中身の熱さに悲鳴を上げる。
「一度半分に割ってから食べると、熱が逃げて食べ易いですよ」
言われた通りに半分に割り中から香る肉まんの餡の香りに、うっとりと眼を細める近衛たちとメイドのレレ。
「美味しいっす! まわりの柔らかい白いパンが最高っす! 中身も美味しいっす!」
「この白い皮は何なのだ? この様な物は初めて見る」
「ふわふわした皮も美味しいですが、中身の味が複雑で……私が生涯食べた中でも二番目に美味しいです」
「一番はパウンドケーキか?」
「はい、あれは気を失うかと思いました……ですが、この肉まんという料理も凄く美味しいです!」
「美味しいのです! フワフワなのです!」
遅れて四分の一に分けられた肉まんに噛り付くエルエル。さらに遅れて食した調理長も目を見開き驚きながらも味わい食べ進める。
「中身を見ただけでは何が入っているか解りませんね。やはり作り方を教えてもらわねばっ!」
最後の一口を味わいながら食べきった調理長の目が土筆を捉え、新しいレシピをどん欲に吸収する姿勢を見せる。
「肉まんの皮にイーストを使っています。このふわふわとした食感を出すためにはイースト菌が必要で、神様からイースト菌が増える実を付ける木を頂きました」
「そうなのです! この木は主さまが土筆の為に新しく誕生させたイーストの木なのです!」
肉まんの説明の為に壮大な自爆をする土筆と、補足説明で止めを刺すエルエル。
解説を聞いた一同は、完全にその事実を受け入れる体制ができてなかったのか、脳内がフリーズする。
「なるほど、ピザというこれから作る料理も神様が所望したのでしたね。流石は師匠です! 食の未来を切り開くべくサキュバニア帝国へ来られたのですね!」
調理長も補足説明役に回るがフリーズした近衛兵やメイドのレレは未だフリーズしており耳には入らなかった。
これ以上の情報を脳が勝手に遮断したのかもしれない。
こうしてイーストの木は無事に植える事ができたが、神が関与している事が露呈し、参加した第二近衛中隊の五名とメイドのレレには厳重な口外禁止令が発動される事となる。
時折ふぇるりんと遊びに来ていたピピラたちからは必要以上に敬われ、三日に一度のペースで薪を運んで来ていたメイドのレレからも、拝まれる存在になるのだった。
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