小鬼族
村外れの一角は丁寧に整地され短く切り揃えられた芝生が生い茂る。ここは海洋都市と帝都を繋ぐ主要道であり、ここを通る貴族専用の宿泊施設に指定されている場所である。
専門の管理者を置いて国で管理された国有地である。
そんな管理者の一人である小鬼族の男は、これから来る予定であるアステリアス第三王女殿下を待ちながら膝を震わせる。
寒い季節でも青々と茂る芝生は今朝方切り揃えられ、断面も美しく自画自賛の出来である。
が、王女殿下が来るとなれば話は別である。
特に第三王女殿下の武勇伝は数多く存在するのだ。
曰く、貴族と言えど容赦なく領地ごと屠る力がある。
曰く、雷を自在に操り亜翼竜をも狩って見せた。
曰く、竜を退けし英雄である。
曰く、サキュバニア最強の守護者である。
どれもこれも眉唾物だが、この村の長である小鬼族王から教えられたものなのだ。
畏怖しない者などいないだろう。
「そのぐらいの緊張感さ、あったほうがいいべ」
後ろから掛けられた声に驚きながらも、いつもの訛り声に安心感を覚え振り向く男。見れば自分より遥かに大きな背丈に逞しい肉体美を誇る村長のニッカリと笑った顔があった。
「脅かさないで下さいよ」
「ははは、すまなんだ。すまなんだ。それよか良き芝だ。これなら胸張って立っとるだけ、お褒めの言葉さ貰えんべ」
村長は喋りながら大きな手でグリグリを男の頭を撫でそれを振り払う男。
「やめて下さい。もう子供じゃないんですから」
「なに言うとる。おらにとったらこの村のみんなさ子供だでなあ」
遠くに見える馬車の一団がゆっくりと大きくなるのを二人で目視しながら男は村長とこれからの予定を確認する。
「芝よし、風呂よし、竈にも火を入れた。薪も充分用意したし……」
「食料はお貴族さまさ、自前の持ち込みだでな。準備万端だな」
「なに言ってるんですか! 三姫様に食べて頂くって言って羊ばらしたし、チーズも! 取ってきます」
焦って走りだそうとする男の頭を鷲掴みにして持ち上げる。
「それならほれ、村の娘さ持ってきたべ」
馬車に気を取られ周りが見えてない男を、正反対の村側へと掴んだまま方向転換させる。
いつものような質素な格好ではなく、村の祭りや近隣の村へ買い出しに行くような着飾った姿で、食肉処理された羊を棒に括りつけ数人で肩に担ぐ村娘たち。
キャッキャとはしゃぎながらこちらへと向かってくる娘たちは衣装に負けないよう化粧もバッチリに決まっている。
「ありゃ浮かれとるべ」
「あばよくばお貴族さまの愛人にでも、とか思ってそう」
「無駄な努力さ言わねえだが、なぁ……」
ゆっくりと掴んだ頭を放し着地する男。
「田舎娘に手を出すお貴族さまや近衛さまなんて碌な奴じゃないだろうに……」
村長は落胆したように首を振り、男も頷き肯定する。
「言ってなかっただが、今日さ来る三姫様の近衛部隊さは全員女だべ」
「ぷふっ、それじゃ本当に無駄なあがきじゃないですか」
噴き出し笑う男に村長もニッカリと顔を崩す。
「んだ、化粧に一喜一憂さ出来る今が平和なんだべ。爺さまの頃にゃ……」
村長の長話を聞き流しながら三姫さまの馬車を待つ男。
村娘たちも羊やチーズを抱えながら待ちわびる二人と合流し姿勢を正す。
やがて全身鎧の近衛兵二人が騎獣と共に現れ村長に頭を下げた。
「遠くから御苦労様だでなあ」
騎獣から降りた二人を労うよう優しく声をかける村長。他の小鬼族は緊張してか頭を下げたまま硬直している。
「第二近衛中隊副隊長であります。三姫殿下宿泊の為、国有地を借り受けたく」
頭を下げ片膝をつき騎士の礼で口上する騎士二名。
「んだ。了解しただ。さあさあ立ってくだされ。騎士さま方もこんな田舎の村長に膝ついて頭下げんでもいいだよ。折角の鎧が汚れてしまうだ」
気さくに話しかける村長の言葉に頭を上げる近衛の二人。
「お気使いありがとうございます。伝説を目の前にでき光栄です」
「いやいや、伝説なんて尾ひれが付きもんだ。本来ならオラが頭さ下げて近衛さまを迎えるべきだべ、なぁ」
禿げあがった頭を掻きながら横で姿勢を正す管理人に話を振る村長。
「ちょっ、こっちに話を振らないで下さいよ。それより伝説って村長が大魔王様を止めたって言う奴ですよね」
管理人は詳しく知らない事情に興味津々であり、後ろで固まっていた女性陣も砕けた空気にひそひそと小声で話し出す。
「それよか、ほれ、王女殿下が到着なされただ。胸さ張って迎え入れるべ」
村長の視線の先にはカピーラ馬車の列が間近あり、護衛する近衛たちの鎧が雲の隙間から射す光に乱反射する。
空を覆っていた雲が散り散りに流れていった。
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