間抜けなお嬢さんと意地悪な人
シェレナは晴天のもと石に腰かけイチャイチャする男女を見て、呆然と立ちつくしていた。
男性はこの道の先にあるモーマル家の次男カイルで、1年後にシェレナと結婚する予定の婚約者である。女性は誰かはわからない。
シェレナの家は貧乏ながらもビスコーテ家という貴族位をもつ家柄で、三女のシェレナが貴族位を継ぐことになっている。ビスコーテ家は四姉妹で、誰が貴族位を継いでもかまわない。しかし、ビスコーテ家のように男系継承を続けていた家が女当主となれば、領地経営の面で信用が落ちてしまう。
女当主となっても経営が安定していることを見せていれば信用も回復するだろうが、現状が貧乏なのでは、そのしばらくの間をしのぐのは厳しい。そのため、誰が家を継ぐにしても、結婚相手は貴族位をもつ家の出である必要があった。
そこで、ビスコーテ家に一番近い貴族家のモーマル家の次男とシェレナが婚約することになったのである。それは、モーマル家としても都合がよかった。長男は家を継ぐが、次男は結婚すれば庶民となってしまう。結婚しなければ、モーマル家の次男として貴族社会に属していられるが、長男に世代交代してしまえばその権利も消滅する。次男を貴族社会に残す手段としては、貴族位を継ぐ女性と結婚するのが確実な方法なのだ。
そうした様々な事情により幼い頃からシェレナはカイルと婚約していたが、シェレナ自身はカイルが好きだったし、結婚することを疑問に思ったこともなかった。他の女性とキスしたり触れたりしながら、親密な様子で囁きあっている姿を見るまでは。
「何をしている? こんなところでぼんやり立っていたら、危ないだろう」
声と同時に、誰かがシェレナの腕を強く引いた。
シェレナがその誰かを見上げると、がっしりとした体格の男性と目が合った。土埃に汚れた衣服に、無造作に捲った袖から出た腕は筋肉質で大きく、シェレナは一瞬、声が出ない。
驚いているシェレナに、そっけない言葉がふりそそぐ。
「あぁ、ビスコーテの間抜けなお嬢さんか」
「……」
「付き人はどうした?」
「あの……私、ひとりで……」
「そういうことか。カイルもお嬢さんがくると知っていれば、イゼットとイチャつくほど馬鹿じゃないだろうしな。まあ、見なかったことにして、大人しく家に帰るんだな」
男性は道端にシェレナを押しやり、ポンポンとシェレナの頭を軽く叩くと、踵を返した。
シェレナはとっさにその男性の腕にしがみつき、引き留めていた。
「待ってくださいっ。お……お願いがあります。一緒にカイル様のところに行ってくださいませんかっ?」
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シェレナは男性の手を引いて、カイルと女性がイチャイチャしている所へ向かった。道からそれ、草地へと足を踏み入れる。
近くまできても気づかないので、シェレナは二人の前まで回り込んで言った。
「カイル様、婚約を解消しましょう」
いきなり目の前に現れたシェレナに驚き、カイルは慌てて女性を突き放した。女性もカイル同様に驚いたところにそれで、悲鳴をあげて石から転げ落ちる。
だが、カイルにそれを助ける素振りもなく、落ち着かない様子で口を開いた。
「シェレナ、どうしてここに」
「カイル様はその方がお好きなのでしょう? 私はこの方をお慕いしております。ですから、婚約は解消しましょう」
カイルは、シェレナが話す間に事態を飲み込み、ニヤリと笑みすら浮かべた。シェレナの後ろに立つ男を見て、余裕を取り戻したのだ。
カイルのそばにいるのは、そこそこ羽振りのいい街娘で綺麗に着飾っているが、シェレナが連れているのは土に汚れたただの農夫。自分と彼女では、自分の方が優位だと考えたのである。
カイルは石に座ったまま、シェレナに対して大げさな身振りで、何を馬鹿なことをとでもいうように答えた。
「僕達の婚約はモーマル家、ビスコーテ家両家の約束だ。そう簡単に解消できるものではないことくらいわかっているだろう、シェレナ? それに、そいつは僕の領地の農夫じゃないか」
「カイル坊の領地じゃないけどな」
男性がシェレナの背後からボソリと呟いた。
だが、カイルはせせら笑うようにして聞き流し、話を続ける。
「そんな男と結婚すれば、ビスコーテ家はどうなると思う? 我々の結婚は」
「私は、ビスコーテ家の跡継ぎではなくなりました。そのことをお伝えしようと思って、今日、訪ねてきたのです」
シェレナはカイルの言葉を待たずに話し始めた。
それにはムッと眉をひそめたカイルだったが、シェレナの話す内容に目を見開く。全く予想しない内容だったからである。
「ビスコーテ家を継がない!? じゃあ、誰が継ぐんだ?」
少しの沈黙の後、カイルはいきなり立ち上がり、シェレナに向かって喚き始めた。
「長姉のルフォナか、次姉のエティナか? 僕はルフォナは絶対に嫌だぞ、あんな行き遅れの年増女。確か、エティナは働きに行ったのだったよな? そんな娘と結婚なんてみっともなさすぎるから嫌だ。末妹のチェルナが継ぐのか? チェルナは11歳だったかな。まだ子供過ぎるが、あれなら許せる」
シェレナの姉妹はまだ誰も結婚していない。ビスコーテ家は裕福ではなく、貴族娘の結婚にはお金がかかる。そのため、姉二人は適齢期にもかかわらず、ドレスや社交に極力お金を使うことはしなかった。カイルと結婚するシェレナが社交場で恥ずかしくないようにと、新調するのはシェレナのドレスばかり。そんな二人の姉が貴族社会で悪く言われても、シェレナは波風立てないよう黙っているしかなかった。
カイルは、そんなシェレナの内心を気遣ったりはしない。それはいつものことで、普段なら流せるはずなのに。シェレナは唇をかんだ。
「誰が継ぐんだ、シェレナ? 妹のチェルナか?」
「まだ、決まっていません」
「そうか。決まったら教えてくれ。誰と結婚することになるか、覚悟をきめなくては」
「カイル様、私との婚約は……解消するということで構いませんか?」
「構わないとも。その男と結婚して、僕の農夫になっても特別な扱いは期待しないでくれよ」
カイルはニコニコと笑って快諾した。
「承知してくださってありがとうございます、カイル様。それでは、失礼いたします」
シェレナは礼をすると、斜め後ろに控えていた男性の手をとり、その場を後にした。
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「お付き合いくださって、ありがとうございました」
来た道を歩いて戻りながら、シェレナは男性に話しかけた。カイルは彼をあからさまに見下し、無視していた。
会話中、怒った素振りはなかったけれど、さぞ気分を害していたに違いない。シェレナは恐る恐る斜め後ろを歩く男性の様子をうかがった。
「俺は面白かったからかまわないが、あれでよかったのか?」
「はい」
男性の声はあっさりしていた。
怒っている様子も、気分を害している様子もない。楽しそうでもないが、どうとも思っていないようだった。しかし、彼はシェレナよりおそらく十歳くらいは年上だろう大人の男性である。表に出さないよう不満を飲み込んでくれたのかもしれない。
やや気おくれしながら、シェレナは尋ねた。
「あの、面白かったというのは、どのようなことをそうお感じに?」
「いろいろ?」
単語で尋ね返され、シェレナは戸惑った。
これは、何かを尋ねられているのか、自分への返事なのか。
「いろいろ……」
「そう、いろいろ」
「……はい」
シェレナは、頷いた。『いろいろ』というのが自分への返事らしい。しかし、どういう意味なのかはわからない。わからないが、男性がそれ以外は答えないと断言しているようで、訊くに訊けない。
どうしようと迷っているうちに、二人は元の場所まで歩いていた。
シェレナは、改めて、彼に「ありがとうございました」と伝え、ここで別れようとすると、男性はビスコーテ家まで送ると言いだした。歩き方がふらふらしていて、馬車にひかれそうで危ないというのだ。
結局、シェレナは男性とそのまま歩いてビスコーテ家まで戻ることになった。
「あの、私、シェレナ・ビスコーテと申します」
シェレナはちらちらと振り向きながら、斜め後ろを歩く彼に話しかけた。
「あ? ああ」
十六歳になるシェレナは、最近、社交場に出たばかりで、お喋りも得意ではない。しかも、相手はシェレナが接する機会のあるカイルのような類とは違う、立派な大人の男性である。話題が提供できる気がしない。
しかし、家までエスコートしてくれると申し出てくれた男性に、居心地の悪い思いをさせるのは礼儀に反する。シェレナは何とか言葉を探した。
そもそも独身の貴族女性がひとりでいるべきではないし、素性の知れない人物と会話すべきではない。どう見ても、彼は貴族社会に属する人ではないのだから、礼儀も異なる。それは、わかっていたけれど。
「あなたのお名前をお教えいただけますか?」
「……」
「あの、お名前を」
「振り向かなくても聞こえてる。俺は、ブレン・フィズ。カイル坊は自分の農夫だとか言っていたが、俺は別に彼の農夫じゃない。モーマル家に税は納めているがな」
そっけない言い方だったが、彼はシェレナの話しに応じる気になったらしい。
ほっとしたシェレナは話を続ける。
「モーマル家でカイル様の兄、ニコル様とご一緒のところを何度かお見かけしたことがございます。ご学友でいらっしゃるとか」
「なんだ、知っていたのか」
彼が驚いたことに、シェレナの顔はほころんだ。少しずつ、会話にぎこちなさがなくなっていく。
「はい。ただ、お見かけしただけですので、お名前は存じ上げず…」
「貴族のお嬢さんと口をきく機会なんてないからなぁ」
「しばらくすれば、貴族の娘ではなくなりますが」
少し間を置いて、彼は真面目な声で言った。
「それは本当なのか? 貴族家の跡継ぎじゃなくなるというのは、お嬢さんにとってとても大きなことなんじゃないのか?」
「ご心配くださるのですね。ありがとうございます。あの話は、半分は本当で、半分は嘘なんです」
「半分?」
「王都に行っていた姉が一度婚約者を連れて戻ることになり、今までとは家の事情が変わって、私が家を継いでも継がなくてもどちらでもよくなったのです。貴族のカイルと婚約していたのが私だったから、私が家を継ぐことになっていましたが、婚約は口約束だけで正式な手続きには進んでいませんでしたし」
「妹は婚約者がいたのに、姉は結婚もまだだったのか」
「はい。妹のチェルナに、カイル様は私が家を継がなければ、私とは結婚しない、と言われて。私はカイル様と結婚したいのか、家を継ぎたいのか、どうしたいのかちゃんと考えようと思って、今日、カイル様に会いに来たのです」
「貴族のお嬢さんがひとりで歩いてくるのは感心しない」
「はい」
シェレナが少し顔を傾けると、視界の端に彼の姿がわずかに入る。彼との距離がはじめより近くなっていた。
彼は、貴族娘のシェレナに対して機嫌を取ろうとしないばかりか、そっけない言い方で扱いもぞんざいだ。しかし、シェレナにはちょうどよかった。特別に扱われず、雑なようでいて少し気遣いが感じられる程度の、ごく普通の人のような距離が。
「馬車で来れば、あんな場面を見ることもなかっただろう」
「いいえ。カイル様にはちゃんと恋人がいるとわかってよかったです。その……カイル様は、私に好意を寄せてくださっていると、思い込んでおりましたので」
「あれを見るまで、お嬢さんが家を継がなくても、カイル坊はお嬢さんと結婚すると思っていたんだな? 妹の的確な助言があったのに」
「はい。その通りです」
「見る目がないな。それだけ、お嬢さんはカイル坊を好きだったんだろう?」
「それは…………、何だかよくわからなくなってしまいました」
「今日は帰ってゆっくり休め。それから、考えればいい」
「はい」
彼の言い方が、小さな子供相手みたいだと思ったけれど、シェレナは素直に頷いた。
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「お帰りなさい、シェ姉。カイルのところに行ってきたんでしょ?」
シェレナがビスコーテ家に戻ると、妹チェルナがワクワクした顔をして待っていた。
チェルナは三つ年下だが、歳の割にしっかりしているので、シェレナは何でもよく話す。今回のことも、隠すことでもないので、これからのことを決めるためにカイルに会いに行ったことから、道で会った男性に送ってもらったことまで、全てを順に話した。
「じゃあ、シェ姉の後ろにいた人が、ブレン・フィズ氏だったの!?」
「彼を知っているの? チェルナが、どうして?」
「いろいろ?」
「え……?」
「『いろいろ』って、いいフレーズね。使えるわー」
「チェルナ……」
チェルナはくすくすと笑って、シェレナに教えてくれない。意地の悪い笑みを浮かべる妹は、可愛くてとても楽しそうだ。
いろいろの言葉にどんな意味があるのか。話を聞いただけで、チェルナにはブレンの『いろいろ』の意味がわかったのか。それは、どう答えればいいのか。チェルナはブレンを知っているのか。
シェレナの頭は疑問ばかりになって収拾がつかない。
「私はシェ姉と違って、自分で結婚相手を見つけないといけないから、情報を集めてるのよ。私の結婚相手になりそうな、有望な男性の情報は特にね。カイルみたいに浅はかな男と結婚なんてしたら、将来が台無しだもの」
姉の反応に満足したのか、チェルナはシェレナに『いろいろ』以外の言葉で答えた。
「それで、シェ姉はどうするの? 家を継ぐ? 継がない? シェ姉は領地経営向いてないから、私が継いでもいいわよ? シェレナ姉様は間抜けだし、父様と母様みたいに騙されそうだから」
「間抜け…………は、ブレン様にも言われたわ。ビスコーテの間抜けなお嬢さんって」
「へぇー、それは、すごく変ね」
「すごく変??」
「うん」
「何が変なの?」
「いろいろ」
「……」
チェルナはすっかり『いろいろ』フレーズが気に入ったらしい。
言われたシェレナは、途方に暮れる。
「だからぁ、シェ姉はビスコーテ家の跡継ぎで貴族令嬢なのよ? 思ってても、直接そんな失礼なことを言う人はいないわ。私だって、外では言わないもの。ブレン・フィズ氏はモーマル領に属しているんだから、領主の息子の婚約者なんて適当におだてておくべきでしょ」
「彼が、私を適当におだてなかったのは、どうしてだと思う?」
「たまたま?」
「……」
「あ、これもいい感じ。使えそう」
シェレナは理解できないポイントで喜ぶ妹を恨めしく見つめた。
もう少し説明してくれてもいいのに。可愛いけれど意地悪な妹に、ちょっと拗ねる。
でも、とブレンと話しながら、ビスコーテ家までの道中を思い返す。『いろいろ?』と言った時のブレンは、大人の男性だが、目を細めて口端に薄い笑みを浮かべていた。その顔は、意地悪っぽかったような気がする。彼なら『たまたま?』と口にしても、おかしくないような。
シェレナは意識せず言葉を漏らしていた。
「たまたま……いいわね」
「でしょ!? シェ姉も使ってみたら?」
チェルナはノリよく勧めるが、シェレナには使い方がわからない。彼なら使えるだろうと思いながら、「そうね」と笑った。
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長姉ルフォナが婚約者を連れて戻った日、ビスコーテ家ではパーティーが開かれた。
そこに、ブレンもいた。シェレナが両親の承諾を得て、彼に招待状を送ったのである。
パーティーも山場を過ぎ、終わりにさしかかった頃。
「来てくださって本当にありがとうございます。ブレン・フィズ様」
いつになく騒がしいビスコーテ家の一室の壁際で、シェレナは隣のブレンに告げた。
ブレンはがっくりと肩を落とし、大きな身体を壁に預けて盛大な溜息を吐いた。
「長姉の婚約者が第三王子殿下だと、もっと早く教えておいて欲しかった」
ブレンはすっかり疲れ切っていた。貴族家のパーティーというだけでも、庶民出の彼には緊張するイベントなのに、長姉の婚約者が第三王子だと会場に到着してから知ったのだ。モーマル家の長男とは友人なので、貴族に対するマナーは一応身に付けていたが、王族相手にそれでいいのかどうか。
カイルのように、遠くから見るだけならまだマシだっただろう。しかし、ブレンがエスコートしているシェレナは、第三王子の婚約者の妹だ。ブレンが第三王子と言葉を交わすことになるのは自然な流れであり、避けようがなく。王子との会話は短い時間だったが、その間、ブレンの頭から不敬罪という言葉が離れなかった。
そうした役目を終えたブレンが、疲労困憊しているのも無理はないのである。
「申し訳ありません。私達家族も、まさか本当に殿下と婚約しているとは信じられなくて。直前まで、姉が勘違いしているんじゃないかと疑っていたので、お伝えできなかったのです」
「ははは、そうだな。まさかだよな」
ブレンは頭をガシガシと掻き、整えていた髪が乱れる。すでに衣服はあちこち緩められ、崩れていた。
「それに、あなたの姉は、そうとうな変わり者で有名だったからな」
「そうですね」
シェレナは静かに答えた。ブレンと違って、笑みを浮かべている。
彼女から垣間見える余裕に、ブレンは生意気なと思いつつ彼女が貴族令嬢だったと思い出す。
「長姉の相手はともかく、次姉の婚約者が上位貴族家の跡取り息子だということを黙っていたのは?」
「それは、次姉達は本当に予定外だったのです。でも、次姉と婚約者が使用人をひきつれてきてくれたおかげで、今日を迎えることができました。王族をお迎えするには警護が必要で、食事にはお毒見がいるし、知らないことばかりで。無事にパーティーを開くことができて本当によかったです」
シェレナはしみじみと言った。
「確かに、これでは、ビスコーテ家の事情が大きく変わるのは当然だ。モーマル家も納得だな」
「はい。モーマル卿夫妻にもわかっていただけて良かったです。私の婚約解消で、ぎこちなくなってしまいましたから」
シェレナと話しているうちに自分を取り戻してきたのか、ブレンの口から洩れる溜息が減った。そして、態度や言葉が良くも悪くも元に戻っていた。そっけない話し方で、社交場に合わせた丁寧な喋り方は残っていない。
「家は継がないことにしたのか?」
「はい。妹が私には向かないから、家を継いでもいいと言ってくれましたので」
「妹がカイルと婚約するのか?」
「いいえ。それはないです。カイル様はそう思っておいでのようですが」
「はっきり訊くが、これほど身分の高い招待客ばかりのパーティーに、どうして俺を呼んだんだ?」
「それは……その……」
「姉達の隣には身分の高い方々なのに、お嬢さんの隣には身分の低い俺だ。カイル坊の顔を見たか? ニヤニヤしやがって」
「あぁ、カイルですか。ふふっ。本当に、おかしな顔をしていましたね」
「笑われているのは、お嬢さんなんだぞ?」
「私のことはシェレナとお呼びください。私は、ブレン様の恋人にしていただきたくて、パーティーにご招待いたしました。ブレン様には、ここ1年半ほど、恋人がいらっしゃらないのでしょう?」
「そんなことを、どうして知っている?」
「え、あっ、……それは……その……」
「……」
「た…………たまたま?」
「たまたま?」
「はい。たまたま」
ブレンは大きく頷くシェレナの顔の横に、ドンと勢いよく右手をつき、左手で彼女の顎をがっと乱暴に掴んだ。そして、腰を屈めて、彼女の小さな顔を覗き込む。
「子供のくせに、誤魔化そうなんざ十年早い」
ブレンは厳しい表情で、彼女を見据えて言った。シェレナは目を見開き硬直する。
「シェレナ・ビスコーテ、俺のことを知っている理由を、速やかに答えろ」
「それは……妹のチェルナが近隣の独身男性の情報を集めていて……ブレン様のことも、知っていたからです。妹に、教えてもらいました」
シェレナが小さな声で途切れ途切れに答えると、ブレンはふっと息を吐いて彼女から手を離した。
そして、再び、彼女の横に並ぶようにして壁を背にする。
部屋にはシェレナ達だけではない。数人が二人から困ったように目をそらした。
気まずい空気が漂う中、シェレナは両手で顔を覆った。
「悪い。怖がらせたか」
「いいえ……そうじゃ…」
シェレナは頭を振って否定したが、俯いたまま顔を上げない。
ブレンがシェレナの頭に軽く手を乗せた。
「悪かった」
「いいえ」
「……」
「ただ……ブレン様がキスをしてくれるのかと、勘違いしたのが、すごく、恥ずかしくて」
手の隙間から言葉が漏れた。声は小さかったが、ブレンが聴き間違えるほど小さくもなかった。
「そうか……………………悪かったな」
「はい」
しばらくの沈黙の後。
「長姉がそうとう変わっていると評判なんだから、妹も変わっていて当然か」
ブレンが呟いた。
シェレナの頭に置いた手で、ポンポンと軽く叩く。
「お嬢さんは、一体、俺の何が気に入ったんだ? 俺は何もしてないだろう?」
「少し意地悪なところ、です」
「本当に……間抜けなお嬢さんだな」
シェレナの耳にはブレンの声と溜息しか聞こえなかったが、彼女の隣で室内を睨むブレンの表情は照れているようにしか見えない。
そんな二人を見て、パーティーの参加者達は四姉妹のうち三人は結婚が決まったらしいと喜んだのだった。
~The End~
お読みくださりありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。