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幸福の臓箆  作者: 烏籠
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第六話 再会

若干の流血があります。





俺は部屋で落ち着きなく携帯の開け閉めを繰り返していた。

十数分前、優杞からメールが送られてきた。


『会いたい。今からそっちに行くから』


優杞と俺の家は近いから、もうそろそろ着くはずだ。

時刻は深夜二時を回ったととろだ。

一体こんな時間にどうしたのだろう。

部屋中を行ったり来たりしながら窓から外を覗いた。

すると、家から数十メートル先を歩く人影が見えた。

俺はその姿を捉えた瞬間、部屋を飛び出して階段を駆け降りた。

玄関のドアを勢いよく開けると、びっくりした様子の優杞がそこにいた。


「危ないな。びっくりするじゃないか」


優杞が最後まで言い終わる前に、俺は優杞に抱きついた。


「……寛人?」


「おかえり、優杞。会いたかった」


しばらくの間のあと、躊躇いがちに優杞が俺の背中に腕を回した。


「……ただいま、寛人」


しばらくそうしていたあと、俺達は部屋に入った。

俺はどう切り出せばいいか図りかねていた。

今までどうしていたのか、こんな時間にどうしたんだ、とか聴きたい事は山ほどあった。


「寛人」


優杞は真っ直ぐ俺の顔を見た。


「話したい事があるんだ」


優杞は話し始めた。

俺と付き合っていることが父親に知られてしまったこと。

そのことに怒った父親が優杞に酷い暴力をふるって監禁していたこと。

そして、その父親を………殺してしまったこと。


「本当……なのか?」


信じられない。

優杞がそんなことをするなんて。


「本当だよ。この手で……殺したんだ」


優杞はとても嘘をついているように見えない。

どうやら本当らしい。


実際コートを脱いだ優杞の制服には血がべったりと付いていた。


「だから今日は、さよならを言いに来たんだ」


「え……?」


さよなら?

何で………。


「自首するつもりはないよ。悪い事をしたって気持ちはあるけど」


「だったらなんで、」


「だってこのまま生きてたって寛人と一緒にいられない。そんな人生、生きてる意味ないよ」


そこでやっと優杞のしようとしている事がわかった。


「優杞、まさか………死ぬつもりなのか?」


「…うん」


「嘘だろ」


「嘘じゃないよ」


「そんな……!なぁ優杞考え直せ、優杞が死ぬ必要なんてない。……そうだ、一緒に逃げよう。そしたら、」


「ごめんね。もうそれしか考えられない」


優杞の決意は固かった。

一度死を決意した人間は、死から逃れられないのか。

いや、それだけじゃない。

昔からそうだった。

泣き虫のくせに意地っ張りで頑固な性格だった。

でも悪いな、優杞。

こっちにだって意地はある。

俺も優杞のいない人生なんて生きていけない。


「だったら、俺も一緒に行く」


ひとりでなんて死なせてやるもんか。


「一緒に死のう、……優杞」


優杞の瞳から、涙が流れた。

本当に泣き虫だ。


「でも、駄目だよ。そんなの……」


「優杞がやめるなら、俺もやめる」


優杞が困った顔をした。


「お前ひとりが死んで、俺はその後どうすればいいんだ。俺だって優杞がいない人生なんて考えられない」


だから、頼むから―――――


「俺をひとりにしないでくれ」


優杞は涙をポロポロこぼしながら言った。


「っ、しょうがないな……寛人は。本当に僕がいないと、だめなんだから……」


「それはお互いさまだろ」


本当に意地っ張りで泣き虫だ。

おかげで俺も泣きそうだ。



俺は1階に降りてキッチンから果物ナイフを持ってきた。

なんとなく緊張しながら、部屋のドアを開けた。

優杞はベッドの端にちょこんと座っていた。

やっぱり緊張しているらしく、そわそわとして落ち着きがない。


「寛人……」


やや上目使いですがるように俺を見上げる。

思わずどきりと胸が高鳴る。


「待たせたな」


なにくわぬ顔で話しかけながら隣に腰掛ける。

が、優杞が俺の服の裾をくいっと引っ張った。

さらに上がる心拍数。


「あのさ………試しに切ってみてよ」


そう言って指を差し出す。


「あ、ああ……」


とりあえず優杞の手を掴み、人差し指の先に持っていたナイフを沿えた。

すうっ、と横に引くと小さな傷ができた。

じわりと血が滲む。

俺はとっさに優杞の指先を口に含んだ。


「ちょっと、寛人っ」


びっくりした優杞の反対を無視して傷口に吸いつく。


「痛っ……」


優杞が痛みに顔を歪める。

一旦指から口を離し、今度は傷口を舐め上げる。


「ひろ、と………だめだってば、痛いよ……っ」


まずい、

止められない。

もう一度、傷口に吸いついた。


「あっ…う……、ひろとっ」


ごくり、とわざと喉を鳴らして最後にぺろりと舐めた。


「……優杞、」


少し息の上がった優杞か此方を見る。

どちらともなく、お互いに唇を重ねた。








心地よい気だるさを感じながら俺は月明かりにナイフをかざしていた。

ナイフは仄暗い部屋の中で妖しく光り、吸い込まれそうな存在感を放っていた。

俺達が生きるか死ぬかはこの小さな刃物にかかっている。

今だったら止めることもできる。

それでも、優杞が望むなら俺は―――――


「寛人」


隣で寝ていた優杞が此方を見ていた。


「何だ、起きてたのか」


「今起きたとこ。それに、いつまでも寝てられない」


優杞の視線が俺の手元のナイフに向けられる。


「ねえ、寛人」


ナイフから視線を外した優杞は真っ直ぐ俺を見た。


「僕達が永遠に別々の存在なんて、嫌なんだ」


俺は優杞の次の言葉を無言で待った。


「お願いがあるんだ」


お互いの視線が重なる。





「僕を、食べて」




一瞬何を言っているのかわからなかった。

だから、冗談めかして聴き返した。


「まだ足りないのか?」


「違う、そうじゃない」


だったら、


「どういう意味だよ」


「そのままだよ」


優杞の顔は真剣そのものだった。

本当にそのままの意味なんだろう。


「本気か……?」


「うん。………引いた?やっぱり嫌だよね………」


不安げに聴いてくる。


「全然、嫌じゃない。むしろ嬉しい」


優杞が呆気にとられた顔をしている。

人の肉を食べる。

恐ろしい事のはずなのに、不思議と恐怖も嫌悪感もない。

それは、きっと………


「優杞だから大丈夫なんだ。優杞の血は甘いからな。きっと美味しいよ」


頭を撫でると照れくさそうに後ろを向く。


「へんたい………」


「お前がそれを言うか。あーあ、さっきまであんなに素直だったのに」


少しすねたように言いながら、後ろから抱きつく。


「なあ、もう一回食べてって言って」


「うるさいっ、変態!」


こんなふうにふざけあえるのも、これが最後になるんだろう。


俺達に残された時間は、あと少し。

次回、最終話。

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