5.知識の擦り合わせは速やかに行いましょう。赤っ恥を防げます。
眼が覚めると、知らない天井が見えた。
ここはやはり天井を見つめて……
「知らない天井だ。」
基本は押さえなきゃだよなーとか思いつつ、定番のセリフを言ってみる。
「日本人は好きだよなー、そのセリフ。」
あ、俺一人じゃなかった。
仮眠をとらせてもらったベッドから体を起こし、声のした方に眼を向けると、キッチンでお湯を沸かしているササエルがいた。
「ササエルさん、おはようございます。
もう朝ですか?」
「おう、陽はとっくに上がってるぜぇ。
起きたら茶ぁ飲みながら、寝る前の続きするぞ。」
身体を延ばしながら、寝る前の事を思い出す。
どうも、俺がアヴェンシアに来たのは陽が昇る数時間ほど前だったようで、キャパオーバーで混乱中の俺に、ササエルさんは仮眠をとらせてくれたんだっけ。
「すみません、ベッド借りてしまって……。」
「おう、気にするな。ほとんどオレ等は使わないしな。」
「そうなんですか?ところで、さっきの日本人は好きだよなって……?」
「あー、『知らない天井だ。』って、日本人の旅人が、目ぇ覚ました時によく言うぞ。
なんでも、有名なセリフなんだろう?漫画だかアニメがどうとか言ってたなぁ。」
……は、恥ずか死ぬっ!!
なんだよそれ。
どんだけの日本人がコレ言ってるんだよ。
俺もしっかり言っちゃったよ!
同じ道を通ってしまった!
ついベッドで頭を抱えて悶えていると、ササエルさんから生暖かい眼差しが送られてきた。
「それもよく見るなー。」
うんうん、と頷きながらそんな事を言うものだから、寝て回復したライフがどんどん削られていく。
「ほら、気にしてないで続き始めるぞ。
これが終わらない限り、ここから出られないんだからなー。」
「はい……。」
のそりと起き上がり、体を延ばす。
自分のベッドじゃないからか、それとも質の問題なのか、少し体が痛い。
まあ、数時間しか寝てないし、俺の体内時計的には寝過ぎた昼寝だしな。
椅子に掛け、ササエルからお茶を受け取る。
見た目的には紅茶とか烏龍茶のような水色をしている。
湯気の立つお茶を、フーフーと息を吹きつけながら冷ます。
一口啜ると、癖のある苦味が広がった。
「腹へってないか?パンならあるぞ?」
返事を聞くことも無く、キッチンの籠からパンを取り出し俺へと差し出す。
「あ、ありがとうございます。いただきます。」
ササエルからパンを受け取り、じっと見つめる。
……これは、もしかしなくても
「……ピザパン、だと?」
どこをどう見ても、柔らかそうな丸パンに、トマトソースとベーコンぽい肉、ピーマンや玉ねぎらしき野菜、そしてチーズが乗ったピザパンである。
俺の好きな、某コンビニに売ってるピザパンそっくり。
「おー、調理パン旨いよなー!他にチーズ練りこんだ固めのパンも有るけど、そっちの方がいいか?」
「あ、いえ!ピザパン好きです。いただきます。」
「やっぱり若い奴はがっつり食わなきゃなー!」
そう言いつつ、ササエルもピザパンに食らいつく。
成人男性の掌ほどの大きさのパンを、3口ほどで胃へと納めている。
ササエル、発言がちょいちょいオッサンなんだよなぁ。
「食いながらでいいぞー。
質問していくな?」
「ふぁい。」
見た目通り、普通に美味しいピザパンを食べながら頷く。
「えーと、レンの事はなんとなく聞いたから……アヴェンシアの事も教えるなー。」
「あの、そういえば、会った時から言ってる『旅人』ってなんですか?」
出会った時から、ササエル達はしきりに『旅人』と言っていた。
気には成っていたが、他の事に気を取られていて後回しにしていた。
「あぁ、旅人って言うのは、他の世界から来た転移者の事を指すんだ。
ここ十数年はかなり増えてなぁ。
最初の頃はトラックに轢かれてこっちに来るやつが多かったんだけどな、最近は社畜?の末、過労死でってのが多くなったな。まぁ、レンはまだ学生とかだろうから、過労死とは無縁だよな。」
わっはっはーみたいに笑いながら話すササエル。
「この街にも、今は6人いるしなぁ、それほど転移者は珍しくないんだよ。」
そんな話、流星との会話で出てきた事は無かった。
なんだ?時代が違うのか?それともパラレルワールドとか、そんな感じか?
てか、ここだけで6人とか多すぎるだろう!
……なるほど、だからこんなに手馴れているのか。
「転移者が多いからな、国によっては補償だとか手当もある。
ちなみにここはアヴェンシア、赤龍の大陸最北の街『グウィティ』だ。」
赤龍の大陸キタ――――――!!!!
よかったー、ホント良かったー!
「マトラ国はしっかりとした補償があるから安心しろよー。
だからこそ、調書が必要なんだけどな。」
「保障ですか?」
これも流星の話には無かったな。
補償に手当?随分と手厚いな。
「調書の提出と、身元引受人……は、まぁオレがなってやるから、この後ギルドに申請に行く。
申請は数時間で終わるから、そうしたら支度金として金貨10枚が渡される。
んで、旅人専用の寮があるから、暫くはそこに住んで仕事を探す。
仕事が定まって、金が稼げるようになれば寮を出てもいいし、支度金の金貨10枚をギルドに戻せば他の国に移動だってできるぞー。」
どうだー、すごいだろー?みたいにササエルが胸を張っている。
実際、かなり至れり尽くせりって感じだよな。
旅人専用の寮とか何だよそれ?
てか、身元引受人って、そんな簡単にいいのか?
「ササエルさん、身元引受人って、そんな簡単になってもらえるもんなんですか?」
「あぁ、場合によりけりだが、大体は第一発見者がなる事多いな。
素行が悪い奴の場合は色々揉めるけど……レンは問題無いだろう。」
にかっと笑いながら、何て事無いように言う。
……大人だ。
格好良い大人に見える。
何となく気恥ずかしさを感じながらも、姿勢を正しササエルに向かって頭を下げる。
「これから、よろしくお願いします。」