3.異世界転移を夢見た訳じゃない、ただ同じ土俵に立ちたかったってだけの話。
「もうさ、連はいつアヴェンシアに行っても生きていけるよね。」
中学2年の夏、蒸し暑い午後の教室で、僅かな休み時間に流星から言われた言葉。
中学2年の夏は偶然にもクラスの席が前後だったため、正直朝から晩まで…は言いすぎでも、放課後まではほとんど一緒な状況だった。
当時の俺はアヴェンシアに関する知識は、もしテストがあれば満点とれる位得意だったし、剣道を嗜む流星に対抗するように弓道を初めて既に5年は経っていて、同世代の間では最早負けなしだった。
その日は確か月曜で、流鏑馬の練習場での出来事を語っていた。
週4日の弓道の練習の中、土曜日は流鏑馬。
これは弓道を始めた時から変らない。
ようやっと身体が出来上がってきたため、少し前から弓の重さと矢の羽を上級の物へと変えた。
徐々に的への的中率が上がり、ようやっと今回の練習で中々満足のいく結果を残せた事を伝えた所、冒頭のセリフって訳だ。
「流星が剣道…剣をとるなら、俺は弓だな!なーんて言って実際に弓道始めた時は『何を目指してるんだよ?』って思ったけど……連の成長ぶりを見てると、生まれてくる世界間違えたんじゃないの?って思うよ。」
くすくすと、眦を下げて笑う流星を横目に見ながら俺はニヤリと笑って言ってやった。
「戦いの時、流星が獲物に近付く前に瞬滅してやるよ!」
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あれ?コレじゃない。
丘に向かって歩きながら、流星と話したアヴェンシアの事を思い出そうとしたのに、若干違う記憶を呼び起こしてしまった。
今思うと大変なかなかな事を言っていたなぁと思うけど、実際に来てしまった俺ってなんなんだろうね?
そしてお気づきでしょうか?
あんだけ弓道を前面にだしていた俺ですが、当たり前に手元に弓も矢もありません!
持ち歩いてる訳ないじゃん!詰めが甘いって?そんなこと言ったって誰が予想できるんだよ!
そんな訳で、武器になりそうな物は筆記用具入れに入っていたひょろいカッターしかありません。
周りを見渡してもモンスターっぽい影は見えないけど、俺の手元には2センチ程刃が出たカッターが、手が白く成るほど握りしめられていた。
「えーと、まずは状況を把握しましょう。周りに確認できるものが無ければ、高い所から見渡しましょう。」
意識的に、声を出して、このどうして良いか分からない気持ちを霧散させる。
「うー、やだなー。この丘越えて、何にも見えなかったら、次は林に、行かなきゃ、ダメかなー。」
大した丘でも無いのに、緊張からか息が上がる。
え、何?もしかして重力とか酸素量とか地球と違ったりするのかな?
とか、どうでもいいような重要そうな事をツラツラ考えながら歩いている内に、ついに丘の一番高い所へと到着した。
「さてさて、この先には、何が、見える、かなっと。」
―――――俺は、目の前に広がるモノを見つめ、暫し呆然とした。
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「連ってさ、結構すごい奴だよね。」
中学1年の…あれは夏の終わり、9月の中頃だったか、給食を食べながら流星は真顔でそう言った。
ちなみにその日の献立は白米にイワシのつみれ汁、肉じゃが、プチトマト、牛乳だったと記憶している。
「なんだよ、突然。」
本当に、あまりにも突然真顔で褒めて来るものだから、ついついこちらも真顔で返した事を覚えてる。
「勉強だってクラスで5番以内に常に入ってるし、運動もそこそこできる。
弓道の腕はピカイチだし、最近ソロキャンプとかしちゃったり、料理も中1男子にしてはできるほうだろ?」
「おぉ……、なんか俺、そう聞いてたら凄い気がしてきた!」
「だろう?性格だって、まぁ、真っ直ぐ過ぎる所はあるけど、普段は周りをちゃーんと見て行動できる奴だし、優しさにも溢れてると思うんだよ。」
流星の表情が、真顔から徐々に苦笑いへと変化していくのを見て、なんとなく嫌ぁな気分になる。
「……なに、なんだよ、その表情。」
怪訝な表情で問う俺に、流星は苦笑いで続けた。
「凄いはずなのに、凄く見えないんだって。」
「は?」
「ともすれば、たまーに顔を出す抜けた所の方が印象強くて、ダメな子?残念な子?に見えるって。」
俺の隣りで牛乳飲んでた田中がむせたがスルーする。
因みに中学の時は、給食の時間5、6人の班で机を合わせ向かい合って食べていた。
「は?はぁ?どゆこと?」
「さっきトイレ行くとき、隣のクラスの女子が廊下で話してた。」
なんでも、テストの後なり体育時間であったり、良い所を見せた後、俺は必ずやらかしているらしい。
テストの学年順位がいつもより良く、ギリギリ10番で名前が張り出された後に、全校集会で居眠りして、全校生徒がいる場で担任に怒られたり。
体育の授業でサッカークラブに入ってる奴を抜いてゴールを奪った後の理科の授業、初めて使うガスバーナーで軽いボヤ騒ぎになったり。
弓道の大会で優勝した翌日、全校集会で表彰される際、校長から弓道ではなく、柔道の大会と言って表彰されたり。
いや、最後のは俺じゃないよね?
「まあ、とにかく。連の場合、良い事が起こった後、それよりも印象に残る悪い事が必ずといって良いほど起こってるんだよね。
だからさ、良い事あった時は気を抜くなよって事を僕は言いたい訳だよ。」
そんな事を言いながら、流星は肉じゃがに入っている大きなジャガイモを頬張っていた。
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で、なぜ今この出来事を思い出しているのか、と言うと。
「町…いや、街が見える。やばい、これフラグだよね?」
丘を越えた先に見えるは都市ともいえるほどの街明かり。
異世界転移から数十分にしてこの出会い。
上げた後は落とされる。
俺が歩んできた過去が、この後起こるであろう不運を予想している。
「くそう……嬉しいはずなのに素直に喜べない。
あーもう!大丈夫!気を付ける!フラグは回収しない!行くぞ俺!!」
若干やけくそになりながら、街へ向かって走り出した。