『思考実験』思考実験
……うん、では、今日は『矛盾』について話し合ってみようか。
矛盾の話は知っているね?
そう。
昔、楚の国の商人が、どんな盾でも貫く矛と、どんな矛も防ぐ盾を売っていたんだが、それじゃあその矛でその盾を突いたらどうなるか、と見物人に言われて答えに窮した――という韓非子の故事に由来する。
……で、だ。
実際、それを実行したらどうなると思う?
うん、うん……両方壊れる?
なるほど、分かり易い考えだ。
でもそれだと、結局矛は盾を貫いていないわけだから、結局盾の勝ちということにならないかな? 壊れるかどうかは言ってないんだし。
他の考えは……なになに、未来が分岐する?
それは量子力学的というか……ややっこしい考えだね。
つまり、矛が勝つ未来と、盾が勝つ未来が同時に生まれ、存在することになる、と?
でもそれだと、結局未来がある意味当たり前に分岐するだけで、互いの未来においては明確な決着がついてしまっているわけだ。
それとも、同じ世界軸上で、盾を貫いた矛と、矛を防いだ盾が同時に存在するようになるとか? 二つに分かれて?
それはそれで面白い説だけど、そうすると世の中分裂したもので溢れかえったりしないかな。答えに窮するたびに解答を増やしていたら、ただでさえ狭い世界がさらにどうしようもなく狭くなってしまうよ。
……第一、そうして増えた物なんて見たことないだろう?
ふむ……では、正解としてはどうなのか、って?
それについてまず考えなきゃいけないのが、そもそもこの矛盾の話、一見平等に見えて盾に有利だってことだ。
そうだろう? 互いに壊れた場合、盾の勝ちなんだ。綺麗に貫いて初めて勝ちになる矛に比べて、これは断然有利だ。
また、使い手の腕というのもある。盾で防ぐのは素人でもある程度出来るが、盾を貫くように矛を扱うとなると、素人には難しい。
そして商人の話なんてのは、そもそもセールストークだ。それぐらい優れてるって話で、真に受けることじゃない……分かってると思うけど。
え? この論議はそういうことじゃないんじゃないのか、って?
……違うよ。そういうこと、なんだよ。
つまり、よくよく考えれば、有り得ないことになんてならないということだ。
矛盾というなら、矛盾というものをそのまま存在させて認識していること自体が矛盾なんだよ。それは思考の停止にもっともらしい理由をつけるための、体の良い言い訳でしかない。
分かったかな?
つまり、この矛盾の話に限って言えば、商人はこう答えれば良かったのさ――
「そりゃあ、あれやこれやで盾の方が有利なんですから、この場合は盾が勝つと思いますが、使う人が使えば、矛が勝つこともあるかも知れませんね」――とね。
……どうだろう。納得してくれたかな。
……うん、うん……そうか。
それは良かった。なら――。
君はきっと、この楚の商人に、それは上手くダマされることだろうね。