『ファースト』ポーションケミカラー1
「テメェ死神! 戻せ! 俺を今すぐ男に戻せぇ!」
天高く俺の声が四散する。
石造りのじゅうたんの道に煉瓦造りの建物とここは魔王のいる異世界なのだろう。
だけどそんなことはどうでもよく、俺はただひたすらに空へと叫ぶ。
「うぉおおぉおおん! あんまりだぁ! 俺が何したって言うんだよぉ! そりゃ悪いことしてないとは言わないけど、それでもこんな仕打ちはあんまりだ! オーイオイオイ!」
その場にうずくまって、のどを潰したっていいくらいに悲しい気持ちで泣き叫ぶ。
周りを見てみるとあからさまに他人の視線がこちらに向けられていた。
「なんだよお前ら! 見せもんじゃねぇんだ! 散れっ! 俺を哀れんだ目で見てんじゃねぇー! 三つ折り仕立てにすんぞオラァー!」
ガウガウとまくし立ててやるとやじ馬たちは退散していった。
適当に泣き止んだ俺は石畳を適当に歩いては橋の上から水路を見下ろしていた。
「これからどうしよ……ん?」
呆然としていると水路に手漕ぎの船が現れ、舵手の人が手を振ってくれた。
そのお返しに俺も笑顔で振り返した。
いい街じゃないかなんて思った矢先、笑っている俺の顔が水面に映ったので大きな石をドボンと投げ込む。
林檎の笑顔を見るとどうにもヒステリーになってしまう。
姉と同じ顔そのせいでどれだけの女にバカにされ、男にセクハラを受けたか。
「ある意味林檎自身になっちゃったけど、どうにかして男に戻る方法を見つけないと。その前に……腹減ったなぁ」
さっきまで餅を食べていたのにこの有様だ。
当てもなく歩いていると、何やら酒場のような建物にたどり着いた。
良い匂いだけど……お金がない。
「ん? お前、腹減ってんのか? なら入んな!」
店内から一人、無駄にこじゃれた格好をしたおっさんが俺の手を引いて店内の座席に座らせた。
「やあお嬢さん。腹減ってんだろ? 注文は何だい? ウチは安さが身上でゲスい客も多いが美味さは保証付きだ」
「おじょっ……! あの、俺男ですし、お金ないです」
その言葉を言うと同時に尻を蹴られながら店の外に放り出される。
「乞食が物欲しそうな目で店の前にいるんじゃねーよ貧乏人が!」
「何だとクソおっさん! そっちが勝手に連れ込んだんだろうがファック! その服店の雰囲気とあってないんだよボゲ! それと飯屋で顎髭蓄えんな、不衛生だろうがこのモジャ公が! 金が入ったって来てやるもんかバーカ!」
猫の手なんてかわいい名前の立て看板が妙に腹立たしく、思いっきり蹴ってやると綺麗にへし折れてしまった。
直せと言われたが俺は唾を吐いてその場を走り去った。
俺は適当に座り込んでいるのだけど、無駄に走って腹がさらに減ってしまった。
「こうなったら大道芸かなんかしてカンパするしか……ん?」
「これ、食べる?」
意気消沈していた俺に、見知らぬお兄さんがパンを差し出してくれた。
腹の減った俺は反射的にそのパンごとお兄さんの手を握りしめたのだった。
「食った喰った! ありがとうお兄さん! 見ず知らずの俺にご馳走してくれて」
パンを受け取った流れでなし崩しに色々と食べ物を買ってもらい、そのご厚意に甘えてしまった。
お腹減っても無一文だし、甘えてもいいよね。
「お腹いっぱいになってくれたならよかったよ。その林檎はデザート?」
「いんや、違う」
あの死神、身体能力は引き継いだとか言っていたから確かめたかった。
俺は右手に力を籠め林檎は果汁を撒き散らしながら四散する。
「なるほど、確かに俺の力だ」
「す、すごいね君」
腹も満たされたので次に何をするかだけど……とりあえずここにいてもしょうがない。
前向きに考えて行動あるのみだ。
「ありがとなお兄さん。また逢えたらいいな……何?」
その場を後にしようとするとお兄さんが手を掴んできた。
「せっかく知り合えたんだ。もう少し話をしてもいいんじゃないか?」
俺の手を掴む手にこの殺し文句。
それに俺は今……なるほど、そう言うつもりで声をかけたのか。
掴んでくる手を振り払う。
「えっと……最初からナンパ目的で近づいて来たんだな!」
落ち込んでいるところを付け込むナンパの常套句。
認めたくないけど今の俺の体は女なんだし、林檎はかなりモテていたというより愛され体質だった。
自分で言っては何だけど今の俺は超絶にカワイイのでナンパされてもおかしくない。




