『ファースト』ポーションケミカラー10
「こんな不細工な筋肉の付き方してるやつに慰められたくなんかない! やめろ。触るな。ケツを触るな!」
「よーし。酒類は何にする?」
「これでお願いするわ。クルシオー。紙をお願い。これ、今回の飲み比べの誓約書ね。アナタも、飲み比べの後、私に逃げられちゃいやでしょ?」
飲み比べでいちいち誓約書を書くのか。
話は進んでいつの間にかギャラリーも現れ、俺の声が届くことなく飲み比べが始まってしまった。
最初の一杯は軽快に、飲み比べは滞りなく進んでいった。
「……グゥ。やるわねアンタ」
「そ、そっちこそ」
すでにもう二十杯目でテレサも相手も見るからに酔いが回ってる。
互いが互いの腹を探り合って、早くギブアップしろよと考えが浮き彫りになっている。
そして三十杯目に決着がついた。
テレサがおぼつかない手つきで一気に飲み干し、冒険者はグラスに手を伸ばしたらそのまま机に突っ伏してしまった。
そして同時に響く歓声が試合終了を告げる。
「よしこれで終わり! 終了! テレサ、帰ろ? な?」
「まだよ。まだ勝者の特権が残ってる」
酔ってるはずのテレサが軽快に立ち上がった。
「うぅ……負けたよ。凄いなアンタ」
「レンとの楽しいひと時を邪魔してくれたし、そっちが負けたから……そうね。奢ってもらおうかしら」
「奢りか。どうせご馳走するつもりだったんだ。それくらい、」
「店内の客全員のね」
冒険者の言葉を被せて鬼のような要求をテレサは口にした。
もちろん冒険者たちは口をそろえてそんなことは約束していないと言ってきたが、テレサは最初に書いた誓約書を突き付けた。
「ここに書いてあるでしょ? 負けたら店の客全員を奢るって」
読んでみると確かに大きな文字でデカデカと書いてある。
しかし冒険者たちはそんな物は無かったと言ってくる。
テレサは奢るという部分を手で覆い隠し、退けると字が消え、もう一度同じことをしたら字が浮かび上がった。
「ま、そう言うことよ」
冒険者の一人はふざけんなと声を上げて掴みにかかってきた。
テレサは足の長さに物を言わせどてっぱらにビッグブーツをかまし、冒険者はまるで小石のように転がる。
冒険者たちはたじろいでしまうも一人が剣を抜いた。
向こうも引っ込みがつかないのか、剣を振りかざして襲い掛かってきた。
「危ない!」
そんな俺の叫びも杞憂だった。
テレサは剣を素手で掴んでそのまま粉砕し、頭を掴んでテーブルを叩き割りながら冒険者の頭を床まで叩き付ける。
とんでもない光景に周り意気消沈し、冒険者たちも完全に恐れをなしている。
静寂の中、テレサはゆっくりと手を上げる。
「私の……勝ちー!」
それと同時に周りから歓声が上がる。
飲んだくれの男どもから『流石テレサだ!』『今日は宴だ!』『ただ酒が飲めるぞー!』とかしこに歓喜の声。
「また問題を起こしやがって」
「大丈夫よクルシオ。こいつらお宝たんまり持ってるみたいだし今日の仕込みの分ぐらいは余裕よ余裕。足りなかったらこいつら捌いて店に並べればいいの」
冒険者たちは客たちにもまれて最早抵抗もできない状況だった。
「さぁて。歓迎会の続きをしましょ。それともお店変えた方がいい?」
「いや、別に……と言うか今のお前は安全なの?」
酒を三十杯も飲んだ後に男二人をぶちのめしたんだ。
変態ではあるが子供好きのお姉さん的印象だったのが一気に崩れた。
「大丈夫よ大丈夫。別に酔ってもないしね」
「だって、さっきまでアホみたいに酒飲んでた、ん? 何これ?」
テレサがポケットから出したのはさっきの酒と同じ色の液体の入った試験管。
キャップを開けて匂いを嗅いで、飲んでみる。
「コレ、ジュース? お前イカサマしてたの!?」
「アッハッハ。言ったじゃない。この店に来るやつはゲスイって。初めて来る客なんて基本常連のカモよカモ」
この店は美味くて安いがゲスイ客もいるの売り文句の通りとんでもなくゲスイ発言だ。
「まあ今日の歓迎会は私だけが君を歓迎するつもりじゃなくて、みんなに君を知ってもらうってつもりでここに連れてきたのよ」
「皆に?」
「嬢ちゃんがテレサの連れかい? どこから攫ってきたんだよテレサ」
客の一人に声を掛けられる。
察するにテレサの知り合いみたいだ。
「やあね。人聞きの悪い。今日からウチの従業員になった最果煉瓦よ」
続々とほかの客たちが集まってくる。
皆が皆、俺のことを歓迎しているようだった。
「よろしくお願いします。はい。これからいろいろとお世話になります」
戸惑いながらも返事をする。
「じゃあ今日は、私たちの新しい友人。最果煉瓦との出会いを祝して、冒険者たちの奢りで盛大に祝うわよー!」
多数の声は一つの波となり店内を覆いつくす。
あぁ……異世界に来て不安だった。
だけどこうやって迎え入れられている。
強制労働だと思ったけど、明日から頑張ろう。
頑張って……男に戻ろう。




