第1話 プロローグ
神様転生
それは未練を持って不幸にも人生を終わらした人間に与えられる、宝ぐじで10回連続一等を当てるよりなお低い確率で訪れる二度目の人生のチャンスである。
特典と言う名の何かしらのチートを授けられ彼らは第二の人生を送る権利を得るのであった。
そして、その幸運は俺の元にも訪れることになり俺は第二の人生を歩む機会を得たのである。
そんな、俺は二度目の人生を前の人生の知識とアドバンテージ、更には特典を生かして大・満・喫
かと、言われるとそうでもなかった。
まずこの世界が俺の知っている世界とは物理法則レベルで乖離し過ぎていた、ここは魔物が跋扈し魔法があるファンタジーな世界だった。
そして俺が転生し物心ついた頃には傭兵と言う名の盗賊に拾われていた。
なんでも俺のこの世界での顔も知らぬ両親は雇った傭兵に殺されたらしい、そして俺はその両親の仇である盗賊に養われている。
何ともくそったれな状況だ。
だがこの世界ではその程度の不幸はそこら中に溢れていた。
命があり寝る場所があり食うに困っていない俺はまだ比較的幸運な方なのだろう。
俺に与えられた『特典』などと大層に言っても、健康で常人より優れた身体能力と優秀な頭脳、優れた目、これだけだ。
ぶっ壊れな性能というわけでもなく精々が生きていく分には便利な程度、身体能力は子供ながらに成人男性と遜色はない位で優れた目と言うのは神に何かしらの希望を聞かれた時にそう答えたからだ、もしもこんな世紀末な世界に送り込まれるのだと知っていればもっと便利でチートな能力を選んでいたのにと今更ながらに後悔をする。
もしも転生で異世界なんかに行きたいと望んでいるなら、止した方がいい。
これは忠告だ。
人には適した生き方がある。
この世界で生きていくにはあの世界を味わった人間には辛すぎる。
宝ぐじ10回分の幸福でこの地獄のような世界を味わうのなら、前の人生で宝ぐじ一回でも当てて死ぬ前にやっておきたい事がたくさんあったと運命の不条理さを呪った。
因果応報
こんな稼業だ、長くは続かない。
盗賊が拠点にしていたところに1人の女が訪れた。
不気味な女だ、見てくれは良い、俺が今まで見てきた中でいちばんの美女だった。だがその女からは生気をまるで感じなかった、はたから見ると美術品が意思を持って動いているような違和感があった。
そして何より俺の目には彼女が異常に映った。
俺のこの瞳は特典として貰ったものだ。
俺は目がいい、静止視力、動体視力、深視力、中心視力、中心外視力、片眼視力、両眼視力、近見視力、遠見視力などを含めとにかく俺の目は前世の裸眼0.3のものに比べてあり得ないほど優秀な能力を保有していた。
そして俺はこの目のお陰で何度も命を拾ってきた。それは罠だったり、敵からの攻撃だったり、嘘だったりと表には出ない内面的なものまで見抜くこの瞳は俺がこの危険な世界で生きて行く中で重要な指標になっていた
そしてそんな中俺の目にありありと映し出されたのは……異常なまでの相手の強さだ。
強者特有の独特の雰囲気、そしてそれを裏付ける様な全くブレない芯と体から僅かに漏れ出すオーラを女から見て取った次の瞬間、俺はこっそりとしかし全速でアジトの裏口から抜け出した。
真っ暗の森を優秀な目の力でグングン進み、三度の夜を森で明かしてから静まり返ったアジトに戻るとそこには屍の山が築かれていた。
あぁ、糞ったれめ。
俺は異世界でまた知り合いを失い、居場所を失った。
墓を掘った。
両親の仇の墓だ。
両親の仇といっても顔も知らぬ両親だ、どう思うのが正解なのだろうか?
両親よりも盗賊連中の方が付き合いが長かった、おかしな話だ。
どうやら、俺の中ではいつか両親の仇の盗賊を殺す事が目的となっていた様だ。
だがそれもふらっと現れた女に全て破壊された。
不思議なことに仇を討てなかった悔しさや、横取りをされた苛立ちよりも、あの連中が死んだ悲しさの方が心に残った。
やがて最後の1人を埋めて墓を作り終わった。
これでやることはなくなってしまった。
異世界と言われて最初こそワクワクした、これでも男だその言葉には浪漫があった。
仲間との冒険も、未知への散策も、魔法に触れるのも興味がある。
だが、今の俺には全くやる気が起きなかった。
雨が降ってきた。
俺は何日か前からずっと墓の真ん中に1人座り込んでいた。
この曇り空は俺の気持ちを映しているように感じた。
「こんなところにガキがいやがる」
声を上げられた、見て見るとその声の主は傘を立てたヨボヨボの婆さんだった。
「盗賊連中がどこぞからガキを拾ってきて面倒見てる。なんて噂と町の連中が盗賊がいなくなったなんて話を聞いたもんだから見に来たが案外年寄りのカンは馬鹿にならないねぇ」
聞いてもいないのに勝手に語り出す物好きな婆さんはただただ邪魔だった。
今の俺は一人で居たかった。
「なんの用だババア、ここにはあんたの墓はねぇぞ」
「ガキかと思ったら餓鬼だったかい。大したもんだよ、その年で立派な墓場なんて作りやがって。だが言っとくよあんたの居場所はここじゃないんだ、付いて来な面倒見てやる」
残念そうな雰囲気でこちらを見つめる婆さんの視線からは同情や憐れみなんて欠片もない純粋にこちらを気遣う感情しか観て取れなかった。
ふざけるな。
俺のことを勝手に決めるな。
自分はそう言いたかったが、俺の口は開かずに声が漏れることは無かった。
代わりにお腹の音がなった。
そして初めて、自分がここ最近何も食べておらずに空腹だということに気がついた。
そんな俺に婆さんは見覚えのある食べ物を差し出した。
「食べな。悲しかろうが、悔しかろうが人間誰しも食わなきゃ生きてけないんだよ。食って、笑って、馬鹿やって、疲れ果てて寝ちまえば明日から前向いて生きてけるんだ。だからあんたは先ず腹を満たすことから始めな」
空腹という欲望に負けて、いやはなから争う意思も湧かず懐かしさすらわく食べ物に手を出した。
その味はなんのこともない塩と米の味しかしない握り飯だった。
しかし不思議と腹の中が膨れて、心の中が満たされ、目から涙がこぼれ落ちた。
「ほら、行くよ。此れからあんたの家になるんだからね」
俺は握り飯を食べ終わるとばあさんから差し出された掌を握った。
「そういや自己紹介もまだだったね。あたしの名前はキキョウ。あんたの名前は?」
「……アザミ」
異世界に来てから、8年と少し。
ようやく俺はこの世界で心を置ける居場所を見つける事ができたのであった。