じいさんのカードゲームショップ
駅の西口に降りて、角野好太はスーツのネクタイをゆるめた。
西口前のセブンイレブンでビール2本と焼き鳥を買う。
タフな仕事だった。36時間連続で勤務した好太の体は、アルコールを欲しがっていた。
ICカードでレジの払いを済ませると、角野はさっそく店の前で一杯開けて煙草を吸った。
疲れた体にアルコールが染み込む。夕刻の街には、買い物に行く夫婦や仕事帰りのサラリーマン、家に帰る子供などがまばらに歩いていた。好太はビールを飲み終えると一息ついた。
「今日だけは、ガッツリ寝よう。絶対」
一人つぶやき、ふらつきながら家を目指した。
いつもの通勤路、いつもの帰り道、好太はふと気になる店を見つけた。
それはいつも通っている通勤路にあるカードゲームショップのようだった。
好太は朝早く家を出て、夜遅くに帰ってくるので店が空いている時間に通るのは初めてだった。
今日は36時間連続勤務なのでたまたま夕方に帰ることが出来ただけである。
「へえ。こんな感じなんだな……」
ガラス張りの店内を外から見る。
十帖ほどの店の中央にはテーブルがあり、近所の中学生たちがカードゲームに興じている様子が見えた。
好太は中学生の頃カードゲーム「magic the gathering」に夢中だった時代を思い出していた。
「ちょっと入ってみるか」
好太はふらつく足で店の中に入った。
そこはよく知っている空間だった。
所狭しと並べられているカードたち。カードパックにシングルカード、バインダー。カードケース。
もう10年以上カードには触れてない。
好太は懐かしい気持ちで店内を見て回った。
テーブルに居た中学生が、不思議な顔で自分を見ているのに気づく。
好太はそんな彼らを気にすることなく、magic the gatheringのコーナーを見つけて、カードを眺めていた。
「10年も離れていると全然わからんなぁ」
カードボックスに詰まっているカードたちを一枚一枚読み、カードの効果について考える。
昔の癖で、カードの使い方を考えてしまう。
このカードは使えるだろうか。デッキに入るかな。
ふと、そんなことをしている自分が妙に滑稽で、笑ってしまった。
「もうカードゲームなんてやってないんだよな」
角野好太は社会人で忙しい仕事に携わっていて、日々の帰りは遅く、そんなことをしている暇なんてない。
それは分かっていた。
ただ、何だか妙に、さっきからテーブルでカードゲームに興じている中学生たちが、羨ましかった。
「どうぞ座ってみて下さい」
声をかけられた。好太が振り返ると、店の店主だろう、白髪の老人が人の良さそうな笑いを浮かべて立っていた。
「えっと……」
好太が戸惑っていると、店主はテーブルと椅子を開けて、カードバインダーを取り出した。
「ゆっくり見ていってください」
そう言って、店主は去っていく。
テーブルでは中学生が好太の知らないカードゲームをやっており、好太はその中で一人バインダーを開けてカードを見ながら思い出していた。
よく、こういう店に通っていた頃。あの頃、好太は隣町のカードゲームショップまで自転車を走らせて通っていた。毎日カードの交換をして、対戦をしていた。トレードで騙されたこともあったし、対戦で全く勝てない時期があったりした。大きいデパートの中にカードゲームスペースが有ったから、知り合いに会わないだろうかと少しドキドキしながら遊んでいたっけ。
「楽しかったな」
ただ、その感情だけがあった。
白髪の店主は店の子どもたちと話していた。知らないカードゲームの話で、好太にはさっぱり分からなかったけど、店主が本当にカードゲームが好きで、よく知っていることは分かった。
店主は再び好太のところにやってきた。
「マジックならこっちにもたくさん在庫がありますから。見ていって下さい。昔やってらしたんですか?」
「ええ、まあ。隣町にあったカードゲームの店に毎日通っていましたよ」
「そうですか。ここに新規用のスタートパックがありますから、よかったら見て下さい」
「ありがとうございます」
好太は店主とひとしきりマジックの話をした。
今の環境はどうなっているのか。昔のカードはどうなのか。
店主は老人とは思えないほど、好奇心旺盛で、好太がプレイしていた時期のカードも、今のカードもよく知っていた。こういうじいさんになりたいと、好太は思った。
好太は、スタートパックを買い、店を出た。
久しぶりにやってみようかという気分だった。
好太は家に帰ると残っていたもう一本のビールの飲み、焼き鳥を食べた。
買ってきたカードを眺める。
好太は笑った。
「対戦相手、いねえなぁ」