それでも僕は加藤さんの作品を読み続ける。
僕は小説投稿サイト『プロの小説家を目指そう』の読み専だ。
暇があればいつもそのサイトで好きなジャンルの小説を読んでいる。
そんなある日、一つの作品が僕の目に留まった。
加藤さんという人が書いている。
プロフィールには何も書かれていないからどんな人かはわからない。
小説のあらすじを読んでおもしろそうだと思った。
小説を読んで内容にグイグイと惹き込まれた。
僕はこのジャンルの小説をアマの作品もプロの作品も数え切れないぐらい読んで来た。
加藤さんの作品はそのどれとも似ていない。
独特の視点と考えで凄く風変わりな作品だ。
だけどおもしろい。
それに説得力があった。
僕はこの作品をすぐに好きなった。
加藤さんのファンになった。
更新が楽しみになった。
いつ次の話が投稿されるのかそればかり気にしていた。
だけど更新速度が落ちていく。
毎日更新から毎週更新になり月一更新になった。
そしてとうとう更新がストップしてしまった。
悲しかった。
加藤さんは読者とのやりとりが好きじゃないようで作品の感想欄を閉じている。
活動報告も書かない。
だから加藤さんがどんな事情で更新してくれないのかわからない。
僕はただじっと加藤さんが更新してくれるのを待つだけだ。
毎日毎日ただ待つだけの日々。
そんな加藤さんの更新を待っていたある日、また一つの作品が僕の目に留まった。
僕の好きなジャンルとは違う。
だけど作品名からして僕の好きなジャンルの作品だ。
それが別のジャンルの日間ランキングのベスト3に入っていたから目に留まった。
佐藤さんという人が書いている。
読んでみた。
明らかに僕の好きなジャンルの作品だ。
人気の無いジャンルにわざと投稿し目立ってポイントを稼ぐというジャンル詐欺だ。
それだけじゃない。
加藤さんの作品に似ている点がいくつもある。
明らかにアイデアをパクッている。
しかもアイデアをパクリながら加藤さんの作品を攻撃するような内容だ。
佐藤さんの活動報告や感想への返事を読むと、やはり加藤さんの作品が気に入らないとしか思えない。
凄く嫌味で攻撃的だ。
加藤さんの作品が気に入らないから書いたとしか思えない。
僕は凄く腹が立った。
そして悔しく思った。
佐藤さんの作品の読者はみんなその独創性を褒めている。
でもそれを始めたのは加藤さんなのだ。
それなのに初めて書いたのは佐藤さんのように言われている。
本当ならその賞賛は加藤さんの作品に与えられるべきだ。
だけど加藤さんの作品は知られていない。
人気ジャンルにきちんとエントリーしているので人気作品の影に隠れてしまっている。
それなのに佐藤さんの作品はジャンル詐欺でどんどん読者とポイントを増やしている。
理不尽だ。許せなかった。
これが正しいことだろうか。
そんな僕と同じ考えを持った人がいた。
ある読者が佐藤さんの作品の感想欄で問い詰めた。
だけど佐藤さんは加藤さんの作品を読んだことも無いと否定して終わった。
でも語るに落ちた部分もあった。
本当は加藤さんの作品を読んでいる事が佐藤さんの返答からわかった。
加藤さんの作品を読んでいなければわからないことに触れていたからだ。
だけどそれを追及する人もなく結局は佐藤さんがしらばっくれて終わり。
それが結果だった。
僕はこの理不尽をなんとかしたかった。
好きな作品と好きな作者を冒涜されている気分だった。
でも僕が佐藤さんの感想欄に書き込んでも同じことの繰り返しになるだけだろう。
きっととぼけられて終わりだ。
どうにもできない。
悔しかった。
そんな時、加藤さんにメッセージを送ってみようと思いついた。
感想欄は閉じられていてもメッセージ機能は使える。
あなたの作品のアイデアをパクってしかも攻撃している人がいますよというメッセージを送った。
初めて書き込みをした。今まで感想とか書いたこともなかったから。
どういう返事が来るか楽しみだった。
加藤さんならきっと怒るだろうと思った。
怒って理不尽さを僕と共感してくれるだろうと思った。
翌日に加藤さんから返事がきた。
窘められた。
確実な証拠もなく他人のことを悪く言うのは良くない。それは誹謗中傷だと言われてしまった。
何でだ。
何で加藤さんはわかってくれないんだ。
一番の被害者は加藤さんじゃないか。
加藤さんと加藤さんの書いた作品が攻撃を受けているんじゃないか。
佐藤さんへの怒りは無いのか?
加藤さんはこんな理不尽を許せるのか?
確実な証拠は無いけど状況証拠なら真っ黒じゃないか。
僕の頭の中はそういう思いでいっぱいだった。
それどころか今度は僕の思いをわかってくれない加藤さんに怒りがわいてきた。
僕はこんなにも加藤さんのことを心配していたのに。
加藤さんの作品のことを思って言っているのに。
なぜそれを加藤さんはわかってくれない!
頭が爆発しそうだった。
加藤さんに裏切られた気分だった。
もう誰が味方で敵かわからなくなってしまった。
孤独を感じた。誰も僕の思いをわかってくれない。
ゼツボウシタ。
そんな僕は無気力になり暫く『プロの小説家を目指そう』を読むのをやめた。
ただ目的もなくネットの世界をさ迷い歩いた。
何日も何日も無駄にネットを見る日が続いた。
そんなある日ある掲示板に行き着いた。
そこでは『プロの小説家を目指そう』に投稿されている作品も話題に上がっていた。
しかもアンチ佐藤とでもいう人がいて、佐藤さんの作品を扱き下ろしている。
同じ思いの人をようやく見つけた。
その掲示板に書いてあることは刺激的だった。
僕が知らなかった佐藤さんの作品の欠点がたくさん書いてあった。
それだけじゃない。
良い人ぶってる佐藤さんが書いている感想への返答や活動報告やブログに書いてることの矛盾を指摘して、いかに佐藤さんが平気で読者に嘘をついているかを暴いていた。
わくわくした。楽しかった。
僕が望んでいたことがここにあった。
そうだ僕はこういう佐藤さん叩きが見たかったのだ。
書き込みこそしなかったものの毎日この掲示板を見るのが楽しかった。
『プロの小説家を目指そう』の作品も再び読むようになった。
そんな日が何日も続いた。
だけどある日気づいてしまった。
相変わらず『プロの小説家を目指そう』での佐藤さんの作品に人気の陰りは全然出ていないことに。
それどころか順調にブックマークとポイントを伸ばしている。
逆に加藤さんの作品は相変わらず人気が無い。
すべてが虚しくなった。
掲示板で佐藤さん叩きを読むこともやめてしまった。
正義なんてどこにもないと思った。
『プロの小説家を目指そう』も嫌になった。
何もかも嫌になった。
そんなある日しばらくぶりに加藤さんの作品が更新された。
やっぱりおもしろい。
加藤さんは嫌いだ。
だけどその作品はおもしろい。
加藤さんは嫌いだ。佐藤さんとその作品も嫌いだ。『プロの小説家を目指そう』も嫌いだ。
だけど加藤さんの作品だけは嫌いになれない。
逆に好きって言える。
僕には嫌いなものがたくさんある。
嫌いなものが増えている。
好きなものは少ししかない。
そんな世界に僕は生き続けている。
僕は今日もネット世界の片隅で加藤さんの作品を読み続けている。