最後の乗務
東方歴半年の未熟者ではありますが、東方好き、鉄道好き、そしてそうでない方も楽しめる作品に出来るよう頑張りますので宜しくお願い致します。
「戸じめ、よし! 信号オーライ! 発車!」
いつものように指差喚呼を行い、いつものように出発。強いていつもと違うところを挙げるならば、「乗客が極端に多い」ということだろう。
私……、鷹取秀雄は、地元の交通局の職員である。小さい頃から憧れだった市内電車の運転士として働きはじめてから、もう35年近くが経った。気がつけば、その窓から見える町の風景は大きく様変わりしていた。 「小さい変化」と思っていたことが積み重なるうちに、町は変わり、時代が変わって人も変わってた。そして今、私の職場…… 市電も大きく変わろうとしていた。
そう。今日は市電最後の日。私の運転士人生も、遂に最後の日を迎えたのだった。しみじみとした気持ちで電車を走らせ、電停に停車させた。
私の乗務する車両には、「永らくのご利用、有難う御座いました」と書いた横長の幕を側面に提げ、毎年恒例のよさこい祭の日のように華やかな花電車の装いである。最後の日に相応しい最後の晴れ姿。沿道の人々が手を振る。電停では普段は乗らないような人も我先にと車内へ流れ込む。1両編成に人を満載して再び走り出した。これを終点まで何度も繰り返した。
折り返して今度は反対行きに乗務する。方向幕は今回のために追加された「ラスト・ラン」を表示。始発駅では、花束を手渡され、運転台にそっと置いた。また車内は人でごった返していた。本当に、この混雑が当たり前だったら……
最終電車だというのに、今日は郊外にある終着駅までずっと混雑していた。終点に着くとホームで拍手が沸き起こった。利用者が激減していたにしても、こんなにも市電が愛され、親しまれていたのかと、正直嬉しかったが、悲しくもあった。
到着から5分。私は再び運転台に戻り、幕を回して「回送」を表示させた。それからゆっくりとホームを出る。
「制限、25! 入替進行!」
電車の中は速度を落としながら車庫へ入る。車止め手前で停車。
「停車位置、よし! 乗務終了……」
その時目から涙が溢れた。嫌だった。小さい頃から大好きだった市電が無くなる。平気だったつもりでも、いざ本当に終わってしまうと涙腺が言う事を聞かなかった。
涙を堪えて当直の元へ。最後の点呼だ。
当直は同期の小倉だった。
「おう小倉、『最後の』乗務終わったぞ。」
「そうか、最終電車は鷹取の担当だったか。ご苦労様だな。」
そう言った後、小倉は私の顔を見るなり、
「さてはお前、車内で泣いてただろ。」
バレてる。
「んな、馬鹿な!」
私はすかさず否定した。すると小倉は笑いながら言った。
「ったく、何年お前と組んだと思ってんだ? そろそろ白状しろよ!」
彼とは市電のワンマン運転が始まる前の20年の間職場の相棒、つまり、ペアの運転士と車掌であった。
「ほら、そんな事どうでもいいから早く点呼済ませろ。」
「はいはい。」
笑いながらも最後の点呼をとり始めた。
点呼の後、私は車庫に向かった。折角だから、最後に愛着のある馴染みの電車の中で一晩明かす事にしたのだ。なにしろこれまで仕事一筋だった私には、子供も、妻も居ない。言わば「電車が恋人」という状態だった。私は車内に入る前に長年一緒に働いた仲間を労うように車体をなでた。それから乗務員室から乗り込んだ。
私は荷物やら帽子やら腕章やらを網棚に上げ、ロングシートの端に寝転んだ。こうしてシートに横たわって天井や壁の路線図を見ていると若い頃を思い出す。次の日も乗務がある時にはよく車庫の電車で寝たものだ。仮眠所のベッドなんかよりも電車のシートの方がずっと良く眠れるものだ。そんな懐かしい思い出を振り返っていると、知らぬ間に眠りに落ちていた。
次話投稿が遅れるかも知れませんが、ご理解願います。