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第9話 第1編 科学の厄災 09:運命の点滴

この9話と、次の10話で話をひと段落つける形になります。


それではどうぞ!


第9話 文字数:6423文字

 竜兵は天井裏を通った上で、わざと保管庫から離れた場所まで移動してから、再び1階の床に降り立った。周囲に誰もいないことを確認してから、変身を解除する。両手両腕を見て、元の人間状態にきちんと戻っていることを何度も確認し、近くの割れた窓を取り外して、建物の外に飛び降りた。

 病院の敷地のアスファルト上を走る。病院を外から見ると、まるで大地震があったかのように、ビル全体が破損している。ただ事じゃないことが一目瞭然だ。

 竜兵が次の角を左に曲がると、その先では5台もの救急車が並び、ストレッチャーに横になった患者が次々と運び込まれていた。その集団の中に、午前中竜兵を診察した医者や看護師の姿を見つけた。さらには、シワになったスーツを着た井出口もいる。

 医師たちの方に、竜兵は走って向かった。最初に井出口が竜兵に気づいた。

「黒山くん、どこにいたんだ? とっくに逃げたものかと思っていたけど――」

「1階に着くまでが大変だったんです。階段やエレベーターは、どこも破壊されて使い物になりませんでした」

「そうか……すまなかった。こちらもまともに避難の指示を出すことができなくて」

 申し訳なさそうな井出口の顔をみると、隠し事をすることに少し罪悪感を覚えた。

 竜兵は、念のため医師に自分の氏名を名乗り、それから周囲を見た。通常の救急車が4台と、マイクロバスが原型の大型救急車、いわゆるドクター・カーが1台あり、5台の患者を乗せたストレッチャーを、救急隊員が懸命に車両に乗せている。

「――春海! 春海じゃないか!」

 ある1台のストレッチャーに乗っている、全身を包帯とガーゼに包まれた女性患者。3つの点滴用剤をチューブでつながれ、口には人工呼吸器の管が挿されている。痛々しい姿をした春海が、仰向けに横になっていた。

(春海、まだ死ぬなよ。今やっと、これを手に入れたんだからな!)

 無言で、背中のリュックサックを意識する。中の拳銃と手榴弾が、実際の重量以上に重く感じるのは、気のせいだろうか。

 ここでは、男の隊員3人と女の看護師3人が、懸命に患者を乗せている。ただ、5台の救急車に6人のスタッフと1人の医師という状況は、どう見ても人員不足だ。現状は、医療スタッフすらも不足する状況なのだろうか。

 春海は、5人のうち4番目に車両に乗せられた。唯一の、大型ドクター・カーで運んでくれるらしい。

「春海、しっかりしろよ! ――井出口さん、俺も一緒に逃げていいですか? 他の患者を運ぶのに精いっぱいで、どうせ、俺に宛がう車両なんてないでしょ?」

「そうだな――。まさしく、君の言う通りだ」

 井出口は、医師と看護師に確認を取った上で、竜兵も救急車に乗って急いで避難するように言った。

「井出口さんは?」

「民間人より先に逃げるわけにはいかないさ」

 彼の腰には、竜兵が持ってきたのと同じ種類の銃――デザートイーグルが、ホルスターに吊り下げられていた。

「すいません……」

 なぜか、反射的に謝ってしまった。また、心の中に罪悪感が少し広がった。

 なし崩し的に、竜兵もその大型救急車に後ろから乗り込んだ。背後の扉が閉まり、非常灯を点滅させた車が発進した。

 車の内部には、所せましと機材が置かれている。蛍光灯が天井にあり、横や後部の窓には白いカーテンがかけられている。運転席との境目にも、カーテンが下げてある。

 車に乗っているのは、竜兵と春海の他は、女の若い看護師2人と、運転用の職員の、合計3人だ。春海のストレッチャーを乗せた隊員は、この車両に乗らなかった。

 看護師の2人が、救急車に搭載された救命器具を稼働させた。あらためて、心電図モニタの電極を春海の体に手際よく貼り付けていく。竜兵は、機材で狭くなっている車両の中で、邪魔にならないように、できるだけ小さくなった。

 最初の作業がひと段落してから、竜兵は看護師に、腰掛用のスペースに、看護師2人と一緒に腰を降ろすよう勧められた。

 とにかく、春海が回復するのかどうか気になって仕方がない。竜兵が看護師に尋ねると、看護師は2人で見合わせた上、竜兵の隣に座る看護師が、暗い表情で答えた。

「一命は何とか引き留めていますが、状況が厳しいことには変わりないです。たとえ死亡は回避できても、意識障害は避けられません」

「意識障害って――」

「植物状態です」

 他方の看護師が、無念そうな表情と声で教えてくれた。植物状態は、脳の機能の一部が故障して、通常の意識を取り戻すことができない状態だ。話すこともできない――厳然たる事実を呑み込むのに、少し時間がかかった。

『この『XG-0』においては、脳機能の強化も含まれている』

『特に戦闘用の改造人間となれば、必ず怪我や病気の治癒力を高める機能が備え付けられている』

 竜兵の頭の中で、デパートで放った男の言葉が、何度もこだました。

(ちくしょう……ちくしょう!)

 竜兵は、何か探し物をするふりをして、自分のリュックサックに手を突っ込んだ。中で、拳銃に指が触れた。グリップを握り閉める。ただし、まだ引き金に指はかけない。

(落ち着け……。手順は、何度も頭で確認したんだ……)

 最後に、さきほどの清海の顔が浮かぶ。それから、竜兵は行動に出た。

「動くな」

 心の中で10を数えてから、ゆっくりと大型拳銃を取り出し、安全装置を外した。そのまま右手で持った銃を隣の看護師に向けた。声が、自分でも震えているのがわかる。

 2人の看護師は、竜兵の右手に握られている物体が何なのか、すぐに理解したらしい。目を見開き、彼女らが進んで、小さく両手を上げた。運転手の男も、異常を察した。


「この救急車は、俺が占拠した。この銃は、死んだ機動隊員が持っていた本物だ。他に手榴弾もある。今から、俺の言う通りに行動しろ。そうしないと、手榴弾で自爆する」

 竜兵は、拳銃を持っていない手で手榴弾をリュックから出して見せてみた。

「運転手、次の国道との交差点を、右に曲がってくれ。都心中枢から離れて、国道から神奈川方面に向かうんだ」

 まずは指示だけ素直に聞くように厳命する。

竜兵は空いている左手で、自分のリュックサックを隣の看護師の足元に置く。自分で中から携帯電話を出し、看護師に渡した。110番にかけさせるのだ。

 看護師は、竜兵の言う通りに実行した。相手が出たところで、竜兵が電話を替わった。

「110番だな? 自分は、救急車両を乗っ取った。拳銃と手榴弾で武装している」

 電話の奥で、呼吸が乱れるのがわかった。

「俺の名前は、黒山竜兵。要求がある。警視庁、生体兵器テロ対策課の、井出口信彦を呼び出せ。15分以内に本人に連絡し、この携帯電話にかけ直させてくれ。本人以外からは、交渉を受け付けない。15分以内に連絡が来ない、または別の人物にしかコンタクトが取れない場合、車両ごと爆破する。俺はついさっき、本人と会って話をしたから、偽物は通じない。もう一度言う――」

 繰り返し要求を伝え、相手に復唱させ、最後に念のためこちらの携帯電話番号を伝えた上で、通話を切った。携帯電話を、隣の看護師に渡した。右手で銃を構えるのに疲れ、両手で支える。

「春海、何とかして、おまえを助けてやる。改造人間を作れる技術があるんだから、おまえの怪我と障害も、きっと治せるはずだ。いまから警察に、おまえを超技術で治療するよう、頼んでみる」

 大きな声の独り言になるよう、周囲の人間を意識し、はっきりとした言葉で述べる。看護師や運転手は何も言わなかったが、筋肉や呼吸の動きから、竜兵の意図を理解したことがわかった。

「春海の容態は、どうなんだ?」

 2人の看護師に尋ねる。

「呼吸、脈拍共に力強さを欠きます。早急に病院での治療を行うべきだと……」

 隣の看護師が、恐る恐る竜兵に進言した。

「俺のリュックの中に、病院から盗んできた点滴用剤がある。その中の栄養剤を、点滴に追加してくれ」

竜兵の隣の隣――車両の1番後ろに座る看護師が、竜兵のリュックに手を突っ込み、3つの点滴用剤を出して見せた。

 透明なブドウ糖液と生理食塩水と違い、橙色かつ不透明で明らかに異質なパック用剤が目立つ。看護師たちも、当然とはいえ、見たことがないだろう。

「これを追加するんですか? ラベルには、栄養剤とありますけど」

「そうだ。何もしないよりは、ましだ」

「これが何の用剤か、私たちもわかりませんよ? 下手な治療をしたら本当に――」

「このまま通常通りの治療を続けても、春海は明日にでも死ぬかもしれない。だったら、普通と違うやり方を、イチかバチかで試してみる。やってくれ!」

 竜兵が強く要求したことで、看護師も渋々点滴用剤を追加した。

(やった! あとは、運を天に任せる……じゃなくて、清姉を信じるだけだ!)

 全体の点滴速度を、看護師が調整している。

「点滴は、何時間ぐらい持つんだ?」

「ブドウ糖はあと30分ほどで切れ、栄養剤も80分かからずに終了します」

替えのブドウ糖液を持ってきて、正解だったようだ。

「そうか。わかった。――このまま、国道を真っ直ぐに進む」

 いつの間にか、竜兵の視覚や聴覚が澄んでいる。竜兵の位置から、カーテンに映る運転手の影がはっきりと見え、運転手の行動がまるわかりだ。聴覚は、春海の鼓動や呼吸音を克明に捉え、さらには周囲を走る車両のエンジン音を、1つ1つ聞き分けている。ただし、変身はしていない。

(通常状態と変身状態の、中間状態もあるのかもな。他に機能と言えば――飛行!)

 デパートで遭遇した警察の改造人間は、ふわりと宙に浮いた。彼女と外見が全く同じ自分にも、同様な能力が備わっているのだろうか。

 春海の状態と同じくらい、竜兵の潜在能力も不透明なのだ。何とかして、こちらの謎も解明しなければいけないだろう。さらに――。

(春海と清姉がクローンか。これも、調べなきゃいけないな)


 テロリスト――轟たちは、どういうわけか病院施設から姿を消した。全員、空を飛んで逃げたのだ。

 井出口は、中原と合流した。そして中原の部下から話を聞き、『XG-0』が保管されていた場所から消えているのを、あらためて確認した。

「やられた。内通者か……」

 パーツ自体は、まだ予備がある。液体に浸した細胞だから、元があれば、培養しようと思えばいくらでも作れるのだ。しかし、最重要機密にあたる物を、外部勢力に強奪された点は、極めて大きな失態だと言っていい。

「了解した。……ああ、俺のやり方がまずかったのか」

 部下の報告に、井出口は気持ちが、がくりと落ちてしまった。

「井出口さん、清海くんは?」

「……現場で、死亡が確認されたとさ。全身に衝撃波を受けて、内臓破裂の大量出血だ」

 竹石清海は、『XG-0』を移植できる唯一の人間であり、かつ開発の中心人物だった。彼女が死んだ今、『XG-0』は、試作品どころか技術の実証もままならない、ただの「アイディア」に成り下がった。真の意味で、開発計画がストップしてしまった。

しかし、落ちつく暇は来なかった。携帯電話から、信じられない連絡が入った。

「はい、もしもし――えっ!」

 黒山竜兵が、拳銃と手榴弾を所持して、緊急車両を乗っ取ったらしい――その連絡を聞いたとき、井出口は青ざめた。

 慌てる井出口に、中島は訊いた。

「どういうことですか?」

「だいたい、想像がつくな」

 井出口は、上司に確認を取り、自分が直接黒山竜兵と連絡をとるべきか指示を仰いだ。

 普通は、専門の技術を持った交渉人が、犯人の説得に当たる。だが今回は、時間稼ぎも偽物として交渉人に仕事をさせることも不可能だ。上司は、自分を交渉人に指定した。

 黒山竜兵の番号にかける。ワンコールで、相手は出た。相手は女の声だ。電話の向こうから男の声が聞こえたかと思うと、すぐに電話の相手が男に替わった。

『はい、こちら、黒山竜兵です』

「井出口だ。話を聞かせてもらう」

 相手の声を聞きながら、慎重に特徴を読み取る。中原も、すぐ近くで電話から漏れる声に耳を傾けている。黒山竜兵の声は少し震えているが、興奮している様子はない。いきなり銃を乱射するようなことはなさそうだ。

『要求は一つ。開発した『XG-0』の生体パーツを、こちらに引き渡してほしい』

 予想していた中でも、最悪の要求内容だ。井出口は、未成年が相手なのだと自分に言い聞かせ、できるだけ棘の無い、柔らかな声を意識して作る。

「それを、何に使うつもりなんだ?」

『春海の治療に使う。事実上、潰れた開発計画なんでしょう? なら、開発物を春海の治療に流用したって、大した問題はないはずです。そして『XG-0』が、機械を埋め込むような複雑な移植手術を必要とせずに、用剤を点滴で打つだけで処置が済むことも、わかっています。普通の医者でも、十分処置ができそうだ。だから、生体パーツさえ手に入れば、希望がつながるんだ!』

 本当に、彼は色々と知っている。井出口は、目を丸くしている中原と視線がぶつかった。

「落ち着くんだ。改造人間のための生体パーツは、一般の移植臓器とは全く違う。血縁者でも、生体パーツが身体に適応することは、まずありえない」

『春海は、清姉の単なる血縁者じゃない。春海は、清姉のクローンなんだ』

「おいおい、何を言ってるんだ?」

 つい、焦った声が出てしまった。

黒山竜兵は、錯乱しているのだろうか。その割には声が冷静だが。

『詳しく話すと長くなる。とにかく、『XG-0』を春海に使いたい』

「そうか。そういうことか。でも、どうしてこんな真似に出たんだ?」

『こうでもしなきゃ、あんたらは本気で春海の治療を考えてくれない。春海を助けるには、人間の命を盾にして交渉を迫る他はない。あんたを交渉人にしたのも、この話を理解できる人間と、直接やり取りがしたかったからだ』

「……君の理屈は理解した。実は今、我々の方でも、彼女を治すため、『XG-0』の代替技術を使った治療法の準備をしている段階なんだ。少し、待ってくれないか?」

 本当は、それが実現するかは怪しい。というか事実上不可能だ。人体への改造技術は、法律で絶対禁止が定められている。認められた例外は、戦力化を試みた『XG-0』のみ。今は、多少の嘘でも何でもいいので、彼を説得しなければならない。

『例外が素直に認められるとは、思ってません。あれだけ『公益』を力説し、一般原則を頑なに貫こうとするお役所が、高校生の要望に耳を傾けるわけがない。足りない信用は、人命で担保させてもらいます。ただし、説得と称してこの救急車を止めることはやめてください。救急車が少しでも停止したら、突入防止のために自爆するんで』

 細部まで多くの事を考慮しているな――井出口は、時間を稼ぐために、話題を変える。

「武器は、どこから調達したんだ?」

『パワードスーツ部隊の死体から、剥ぎ取りました。デザートイーグルっていう強力なマグナム銃と、手榴弾です。武器はたくさん落ちていました』

「なるほど。君は頭がいいし、手際もいい」

 犯人を悪い気分にさせてはならない。交渉の鉄則だ。

「こちらでも、君の気持ちを最大限尊重して、要求に尽くせるよう努力する」

『正直、すぐに要求が認められるとは、思ってません。『XG-0』だろうが別の技術だろうが、どちらにしろ、そう簡単に結論は出せないでしょうね。30分後をめどに、そちらの展開と状況を報告してくれると助かります』

「ああ、わかった。30分後な」

『最後に、井出口さんにお礼を言っておきます。あのとき、身を徹して俺を逃がしてくれて、本当にありがとうございました』

 黒山竜兵の声の震えが、一段と強くなった。語尾の丁寧口調が増えるのと対照的に、感情が高ぶっている。

『あなたが命を懸けて俺を救ってくれたように、俺も命を懸けて、絶対に春海を救ってみせます。それでは、失礼します』

 電話は切られた。特に、人質の解放など進展は無かった。中原も、徒労感に満ちたため息をついた。

「やってくれましたね、あいつ」

「ああ。病室にいた時に、俺がもっと丸い言葉で宥めてやれていれば……」

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