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第8話 第1編 科学の厄災 08:清姉

皆さん、毎週のアクセスありがとうございます。

今回は文字数が多めです。ついに1万文字オーバーとなってしまいました。


作者としては、できるだけ話をコンパクトにして、更新頻度を稼げればと思って書いているんですが、何ぶんそこまでの実力が無く申し訳ないです。


というわけで、1万文字オーバーの第8話、よろしくお願いします。


第8話 文字数:10118

 井出口と中原が、女性を連れ出して病室から出た。まずくなった雰囲気をいったん解消するため、竜兵を一人だけにしたのだろう。

 『XG-0』――これが手に入れば、まだ希望があると竜兵は思っている。理由は、昨日の春海のさりげない発言――春海が清海のクローンだという内容だ。

井出口や中原の発言が嘘だとは思っていない。『XG-0』を清海以外の他人に移植しても、正常に機能しないどころか命に関わる拒絶反応を起こすことは十分想像できる。

だが、移植対象者と全く同じ遺伝情報を持つ個体だったら――。いわゆる体質という情報は全て遺伝子に刻まれている。その遺伝子が全く同じ個体なら、生体パーツも当然適応するはずだ。

(だけど、どうやって『XG-0』を手に入れる?)

 生体パーツ、もとい強化細胞を点滴で体内に注入する仕組みの物だと言うこと以外、竜兵は何も知らない。それがどこにあるのか、誰が持っているのかも。

 竜兵の頭には、漠然と1つの案がある。ビルやバスなどを乗っ取り、警察に『XG-0』の引き渡しを要求する――。言うまでもなく犯罪だが、刃物1丁さえあれば実行できる。今の時点で、竜兵ができる手といえば、これしかない。

 ただ、いつ実行すべきなのか。春海の容態を考えると、できるだけ早い方がいい。いっそのこと、今すぐ「行動」を起こそうかとも思ったが、ここが警察管轄の病院で、厳重な警備体制が敷かれていることを思い出してやめた。

 そのとき、何か固い物の上で物体が振動する音が聞こえた。周囲を見渡しても、何もない。ベッドを降りると、床下に自分のリュックサックがあった。中を開けると、携帯電話が着信を受けていた。見知らぬ番号だ。

『黒山竜兵君かな。私は、今日の午前中、君に改造人間の資料を見せた者だよ』

 何を言ってるんだ――心の中で呟きつつ、記憶にある声だとすぐに思い出す。

「……おまえか! この殺人犯!」

 開口一番に出てきたのは、今日の殺人犯――警察が轟と名付けたテロリストたちへの怒りだった。隣の部屋に迷惑にならないよう最小限の配慮をする冷静さは、何とか頭に残っている。

『君が、怒るのも無理はないか。君の友人の容態はどうなんだ?』

「てめえが、何でそんなことを聞くんだよ!」

『もし、まだ息があるのなら、我々の技術を使って、彼女を治療できる。今回、無関係な人々を巻き込んでしまった件については、全て我々の責任だと痛感している』

 春海に瀕死の重傷を負わせた相手が、自ら治療を申し出る――いくら申し訳なさそうに言われたところで、マッチポンプであることには変わりない。

「何が目的だ?」

『純粋な、被害者への賠償だ。金銭賠償も当然行うが、それと共に我々の保有する技術力でも償いをしなければならないのかなと思っている。危害を加えた側が言うのは甚だおかしいが、どうせ、警察は何もしてくれないだろう。公益を守るための1点張りで、被害者1人を救うことさえしない連中だ。君も警察の関係者に会って彼らの話を聞けば、きっと頭にくると思う』

 まるでその場で見ていたかのように、言っている内容は正しい。しかし、だからといって、竜兵がテロリストの考えを受け入れる理由にはならない。

「舐めてるのかよ? 殺人犯に、治療を頼むわけねえだろ!」

『君の友人を殺害したと思われる実行犯だが――、射殺された。確か、2階の端のトイレの近くに、君の友人はいたんだよな? そのエリアにいた我々の仲間は、警察のパワードスーツ隊に銃で撃たれて死亡した』

 黙ったまま、半信半疑で、竜兵は相手の言葉の意味を一生懸命頭の中で考えた。

『チャラにしてくれ、なんて言えないが、我々としても、無関係な人間を巻き込んだ以上、けじめをつけなければならないと思っている』

 一瞬、竜兵も心が動きかけたが、踏みとどまる。竜兵が望む「けじめ」とは、主犯の人間が正義の下で裁かれることだけだ。

『今から我々は、君と君の友人が運ばれた病院を、襲撃する』

 再び、現実味の感じられない話題に変わった。

「大事な襲撃計画を、ぽろぽろと俺に話していいのか?」

『本当は良くない。が、再び君を戦闘に巻き込むのは気が引けるから、今のうちに、というかすぐに、友人を連れて病院から逃げてもらえないだろうか? ひと悶着が終わった後に、あらためて彼女の治療について議論しよう』

 次々と新しい情報を浴びせ、相手はとにかく竜兵に「うん」としか言わせないつもりでいるのだろう。

『とにかく我々は、病院に保管してある『XG-0』を、奪いに行く。我々としても、できるだけ被害を増やしたくない』

 この病院に『XG-0』がある――まさかとは思った。

(いや、ありうるな。警察の言う『特殊な事件』の被害者を収容するための病院なら、それなりの設備があるはずだ。民間人がいること以外に、不適当な点は無い)

 竜兵は頭で冷静に考え事をしながら、電話越しに再び叫んだ。

「何度も言うが、仮に何も対価を求められなくても、俺はあんたらを信用しない。確かに、あんたらは政府の連中と違って、簡単に改造技術を提供してくれそうだ。でも、本当に治療になるのか保証はない。治療のフリをして人体実験をするくらい、簡単だろうからな」

『君も、なかなか冷静だ。悪い意味でな』

「とにかく、俺はあんたらを信用するほど馬鹿じゃないんだよ」

 竜兵がきっぱりと断言すると、電話の向こう側から一瞬だけため息が聞こえ、通話は切られた。

(ほんと、テロリストの連中も、何を考えてるのかわかんねえな!)

 だが、彼らが襲撃してくるのなら、その混乱に乗じて、隙を見て一瞬で『XG-0』を盗み出し、竜兵が手に入れられるかもしれない。

 正直、自分一人で何ができるのだという疑問もある。しかし、やってみるしかない。自分がやらなければ、春海はこのまま見殺し、良くても重度の障害者になってしまうのだから。

 竜兵はベッドから立ち上がり、部屋を出た。まずは今の電話の内容を、警察関係者に通報することから始める。


 井出口と中原と雪子の3人は、病院の会議スペースに移った。

「はあ。これで、俺たちはまた一人に嫌われたわけだ」

 ため息をつく井出口に、中原も同調した。

「仕方ありません。彼の言い分を、私たちは否定できないですからね。――白河(しらかわ)くんは、ちょっときつく言い過ぎだったかな。俺たちへの不信感は、テロリストへの共感となって表れるかもしれない」

「申し訳ありません。つい私も、熱くなってしまって……」

 90度に近い角度で頭を下げる白河を見て気の毒に思い、男2人はすぐに話題を変えることにした。

「そういえば、あの黒山少年の目は変わっていたなあ。変身時の白河くんのように真っ赤だったじゃないか」

「井出口さんからの指示で、一応彼の情報を調べましたが、不審な点はありませんでした。生まれつきの体質でしょう」

 中原は、この短い時間に調査業務を終えていたようだ。雪子は驚いた。いつもの通り、中原は仕事が早い。

 雪子自身は、黒山竜兵のあの目を見たとき、一瞬改造人間ではないかと疑った。あれほど鮮やかな紅い目をしている人間がいるのだろうか。

「そういえば、白河くん。編入先の高校は決めたかい?」

「いえ、まだ……」

 井出口の振った話題に、雪子はうまく答えられなかった。

「白河くんの頭なら、どこの高校にでも編入できるよ。そうだな、三本橋高校はどうだ? 名門で、家から通いやすい場所にあるだろ。清海くんの母校でもあるし」

 清海の母校と聞くと、大きなプレッシャーを感じる。あれほど優秀な人物が在籍していた高校だ。学業でも他の面でも優秀な人間がたくさん集まっているに違いない。そんな中で自分はやっていけるのだろうか。

 そのとき、ノックが聞こえて、誰かが入ってきた。

「失礼します! 井出口さん、中原さん、大変です!」

 尋常でないくらいに慌てた制服の巡査が、部屋に駆け込んできた。

「何ごとだ?」

「黒山竜兵に、テロリストから病院を襲撃する旨の電話があったそうです! 目的は、『XG-0』の奪取だと」

「何だって!」

 3人は一気に青ざめた。なぜ敵は、最高機密である『XG-0』の保管場所を知っているのだろうか。

 中原は別の部隊のところへと急いだ。雪子は井出口の指示に従い、戦闘用のプロテクターを着用しに行く。

(次こそは負けない。ここで私が止める!)


 電話の件を、廊下をうろついていた制服の巡査に話したら、彼は一目散にどこかに行ってしまった。

 竜兵は病室に戻り、自分のリュックサックの中を調べた。中身は携帯電話とハンカチ、タオルの3点しか入っていない。生徒手帳と財布はデパートにいた時に無くしている。

 竜兵は、いったん沸騰した頭を落ち着けさせて、これからのことを考えた。その中で、一抹の不安がある。

(なんでさっきは、変身できなかったんだ? 変身できなきゃ、俺はただのチビ野郎じゃないかよ……)

 病室の戸が、勢いよく開き、井出口が入って来た。中原とあの女性の姿は見えない。

「黒山くん! 早速だがここから逃げてくれ。今警察でも、敵の襲撃情報を得た。もう時間が無い」

 敵――言葉の意味を呑み込み、竜兵は小さく頷いて、スリッパからスニーカーに履き替え、リュックサックを背負った。

(かかってきた電話の内容は、本当だったんだな)

 しっかりとスニーカーの紐を結び直し、周囲から何か役に立ちそうな物を探した。とりあえず、置き時計とスリッパを無造作にリュックサックに詰め、背負う。着ている長袖長ズボンのパジャマはどうにもできない。

 すぐに、下の階から、爆発と共にコンクリートが砕ける音がした。続けて何発も、同様な爆発音が響き渡る。

「もう敵襲か。ちょっと準備不足だぞ……」

 敵から電話が来て、まだ30分も経過していない。ただ、壁の時刻を見ると、午後8時を回っている。日が落ちて完全に暗くなる時期を狙って襲撃したのかもしれない。

「春海は、どうなってるんですか? 彼女も、安全な場所に逃げられるんですよね?」

「今、搬送作業を進めている。容態が容態だから、細心の注意を払いながら搬送する」

 ぜひ、そうしてほしい。

「敵の衝撃波は、1発の破壊力はそこまで高くない。ただ、建物の構造的に弱い部分を何発も狙って攻撃すれば、鉄筋コンクリートのビルを1つ崩壊させるくらいはできる。ここに長居は無用、一刻も早く、非常階段で降りるぞ」

 2人で病室を飛び出し、廊下にいた制服警察官から井出口は敬礼を受けた。井出口は、彼に竜兵を安全な場所まで避難させるよう要請した。

 だが避難する間もなく、非常口付近の床が爆発し、多数のコンクリート片が飛び散った。竜兵を含めた3人は、身を屈めて飛んでくる破片から身を守った。

 床に空いた穴から、1体の轟が這い上がって来た。紫と白で構成された体はやはり特徴的だ。彼は床に立ち上がり、手のひらをこちらに向けた。

「黒山くん、逃げろ! 早く!」

 井出口の声で、反射的に竜兵は敵に背を向けて、反対方向に走り出した。一秒遅れで、後ろから轟音と共に衝撃波が廊下全体を揺らした。爆風の風圧を背中に感じ、竜兵は前方にダイブして、ヘッドスライディングのような姿勢で滑りながら地面に転んだ。

 一瞬だけ後ろを振り返ると、制服警官と井出口の2人が、轟に対して銃を向けている。竜兵は廊下の角を曲がり、さらにそれから数メートル先にある男子トイレに身を隠した。

 手洗い場の流しの前に立ち、竜兵は再び意識を集中させる。

(今度こそ、変身するんだ。変身して、『XG-0』を手に入れる!)

 頭の中で、全く別の領域が広がる感覚がする。これこそ、この前から毎日ずっと味わってきた感覚だ。

 気が付くと鏡には、病衣を纏った紅い目と黒い身体の怪人が映っている。この力で、絶対に春海を救って見せると竜兵は心に決めた。

(さてと、これから『XG-0』の在り処を探さないとだな)

 すると、トイレの外からさらなる爆発音がした。音の関係から、天井が爆発したようだ。思わず息を潜めていると、2人分の足音が聞こえて来た。どちらも轟だ。

「異常なし。ここ3階の破砕を進める」

(マジかよ!)

 どうしようかと咄嗟にトイレの壁際にしゃがんだが、トイレと廊下を隔てる壁に、衝撃波が放たれる。もう1発が、天井に向かって放たれた。2発の攻撃により、大量のコンクリートが砕けて、竜兵の上に落ちて来た。頭を手で庇い、声を出さないように必死になりながら、竜兵は大量の片の山に埋もれてしまった。ただ、致命傷にはならない。改造人間は、やはり頑丈にできているらしい。

(ちょっと痛いけど、体はぴんぴんしてる。すげえ防御力だ。やっぱり俺は、改造人間なんだな)

 皮肉にも、コンクリートの下敷きになったおかげで、敵の目を欺くことに成功した。

「俺たちの役目は、1階を狙っていることを悟らせないためだったな」

 話し声が聞こえる。廊下の轟2人の会話だろうか。彼らは声を潜めたつもりだろうが、竜兵の耳は、しっかりと内容まで拾っている。

「その通り。警察の注意を、1階の南西部から逸らすのが目的だ」

(1階の南西部……こいつらの真の狙いが置かれているわけだな。そこにいけば、『XG-0』があるかもしれない!)

 行くしかない。一方で、今の竜兵の姿を他人に見られると、非常にややこしい。テロリスト側からも警察側からも、敵と認知されて撃たれかねない。

 外の敵たちの気配が完全に消えてから、竜兵は自力でコンクリートの山から脱出した。トイレ周辺にひと気は無い。

 竜兵は階段で1階まで降りようとしたが、あいにく、階段やエレベーターは完膚なきまでに破壊されていた。ただ、改造人間の身、壊れた階段の上から下へ飛び降りることなど、造作なかった。

2階に飛び降りると、建物の損傷はさらにひどい。ただ敵の攻撃により監視カメラまでも完全に破壊し尽されているため、竜兵にとっての動きやすさは、むしろ上がっている。

 コンクリートやガラスが大量に飛散する廊下を静かに歩いて進みながら、攻撃の特に激しかった箇所を重点的にゆっくり歩き回る。すると今度は、床に穴が空いて1階まで貫通している箇所があった。これも戦闘の傷跡だ。

 ただ、1階に通じる床の穴からは、多数の人の物音が聞こえる。硬い物がぶつかる音も混じっていることから、パワードスーツを着た隊員もいることが予想できる。

(この辺りの1階の廊下も、完全に破壊し尽くされてるみたいだぞ。隊員たちが健全だってことは、轟の撃退に成功したのかな?)

 さすがに1階には警備の目があり、容易に屋内を動けそうにない。そこで、奥の手を使う。

 竜兵は穴に足を入れ、一階の天井と二階の床の隙間の空間に、体を捻じ込ませた。天井裏を這って行くのだ。

配管や配線等が邪魔だが、人ひとりが通れる隙間は、確保されている。邪魔にならないように、リュックサックを背中からおろし、手で握る。そして、極めて慎重に、物音を立てないように、手足を一本ずつ動かして移動する。

(忍者っていうか、ゴキブリになった気分だぜ。チビって、こういう場面で役に立つんだよな)

ここでも、改造人間の力が生きた。普通ならすぐに疲れるような姿勢で移動しても、疲れが来ない。加えて聴覚も通常状態より優れている。どのくらいの距離と方向に何人の人間がいるかを簡単に把握できた。この調子なら、最も密集して人員が配置されている箇所まで、ほぼ一直線に移動できる。

竜兵は、変身して正面から轟とやり合う考えを捨てている。所詮自分は、ただの高校生でしかない。改造人間というアドバンテージも、相手が改造人間ならば相殺される。となると、戦いの技能に長けているプロ相手に、自分が敵うはずがない。

(あいつら、俺の携帯電話の番号まで、どこからともなく調べてきたんだよな。やっぱり、そんちょそこらのチンピラじゃねえぞ……)

可能な限り敵とも警察官とも接触を避け、『XG-0』を奪取後に素早く逃げる。これしか自分に勝機は無いのだ。

 天井裏を慎重に移動しながら、とりあえずは警備の人員が最も集まっている場所の天井までやってきた。しかし、その下にいる人間は完全に無言で、この下が何の部屋なのか、情報が得られない。何とか、視力による情報を得たいのだが、手段が無い。

 竜兵がじっと待っていると、無言だった隊員の一人が、声を出した。直後に、金属が床にぶつかる音がした。

(……誰か、ずっこけたのか?)

「すいません。スーツの不調のようです」

「どうした? こんなときに、洒落にならないぞ。動けるのか?」

「申し訳ありません。右足の駆動系に異常があるみたいです。あっ――」

 再び、がしゃりと金属が落ちる音。1人のパワードスーツが、故障したらしい。それから、がちゃがちゃと、機械を調整するような音がする。

 突然、竜兵の真下で、破裂音が聞こえた。次の破裂音も間髪を入れずに発生し、悲鳴も上がる。衝撃が、天井裏にも伝わってきた。

(なんだ、何が始まったんだ!)

 どういうことだ、何のつもりだ、貴様、もしや――そんな、混乱を伝える言葉が頻繁に発せられ、次々に物体が壊れる音がする。竜兵のすぐ横の天井にも、大きな穴が空いた。

(危ねえ! あと1メートル攻撃がずれてたら、俺のいる部分も崩落してたぜ)

 慎重に、空いた穴を覗き込む。初めて、真下の部屋が何なのかわかった。大量の薬剤や実験器具が置いてある。実験室か薬剤保管室だろう。視線を周囲に移すと、グレーの都市型迷彩が施されたロボットのような機材が、粉々に砕けている。午前中にデパートで竜兵が見たパワードスーツと同じものだ。

 そして部屋の端にある棚の前で、紺色の機動隊らしい出動服を着た1人の男が、何やら作業をしている。服から覗く手や顔は、紫と白の組織で覆われている。

(轟……わかったぞ! こいつはテロリストのスパイだ!)

棚の扉が開く。男は棚から銀色のジュラルミンケースを引っ張り出した。

 外の戦闘は、全て囮だったのだ。敵は、始めから内部に潜り込ませたスパイに、目的物を盗ませるつもりだった。こんなときに、あの警察の改造人間たる女性が言っていた「改造人間の最も大きな脅威」、テロリスト側にすれば最も大きな長所というものを実感してしまう。かのスパイは、誰にも気づかれずに警察に浸透し、突然の破壊工作と窃盗を実現してしまった。

 竜兵が飛び降りようとした瞬間、廊下側から不審な物音が聞こえて、竜兵は天井にとどまった。轟の男も廊下側に振り向き、手のひらを向けて、衝撃波を1回放った。

 廊下には、1体のパワードスーツを着用した隊員がいた。その隊員は衝撃波を全身に受け、体を覆うパワードスーツが砕け散った。

 そしてヘルメットが割れて地面に落ちる。出てきた顔は――。

(清姉! 清姉じゃないか!)

 壊れたヘルメットの中から、血だらけの清海の顔が現れた。あの下半身不随の清海が、どうして戦闘用のパワードスーツを着ているのかはわからないが、とにかく身近な人間が血を流しているのを見て、竜兵はついにじっとしていられなくなった。

 天井から飛び降りて、男の目の前に降り立つ。男は、突然現れた人間に驚きの表情を見せる。しかも、降りて来たのが改造人間だから、余計に恐怖も感じただろう。

 相手の不意を突いた奇襲――竜兵は無言のまま、全身の力を込めて、右ストレートを男の顔面にぶちかました。殴った瞬間に拳が相手の顔にのめり込み、首もおかしな方向に曲がった。そして男の体全体が勢いよく後ろに吹っ飛び、砕け散ったコンクリートの流し台に激突した。すかさず竜兵は第2の攻撃に移る。普通の人間なら激突した衝撃で死んでもおかしくないが、相手は改造人間だ。防御力も通常の人間より優れているに違いない。

竜兵は、地面に転がる男の肩と顎にそれぞれ手をかけ、首の骨を折るつもりで思い切り力を加えた。一瞬で骨の砕ける音がして、男の頭や顔の一部を覆う白い硬質組織が割れる。

 紫と白に包まれた轟は、目を見開いたまま絶命した。

 竜兵は、パワードスーツの残骸の中で倒れている清海に駆け寄った。

「清姉、しっかり!」

 清海は仰向けに倒れていた。頭から血を流し、さらに胸や背中からも出血しているのか、パワードスーツのインナーらしい紺色のぴったりとした長袖シャツも血で濡れている。

 竜兵は膝をついてしゃがみ込み、清海の顔を覗き込んだ。

「まさか、竜ちゃん……?」

 弱々しい声。清海は、竜兵の変わり果てた姿をまじまじと見た。

心臓の鼓動と共に、清海の体からは大量の血が流れ出る。

「竜ちゃん、どうしたの、その姿?」

「わからないけど、この前からこんな姿に変身できるようになった。俺は改造人間なのか?」

「そうね。雪子ちゃんと同じタイプかしら。……どうして、天井に隠れていたの?」

「ここの……ここの『XG-0』を盗みに来た。事情は全部、テロリストと警察から聞いた。この生体パーツを春海に移植すれば、春海の大怪我が治るかもしれない。春海は、清姉のクローンなんでしょ? 清姉専用の『XG-0』も適合するはずだ」

 清海が当たり前のように抱いた疑問に、竜兵は正直に答えた。喉が震えて、はっきりとした声が出ない。

「うふふ……。竜ちゃん、よくぞ思いついたわ。春ちゃんは、私のクローンなのよ。でも竜ちゃん、クローンって、完全に同じDNAを持つのかしら?」

「え……?」

「その理解度だと、まあ80点ってところかしら。クローンは、細胞核を移し替える技術。だけど、DNAがあるのは細胞核だけじゃないわ。ミトコンドリアにもあることを忘れていない?」

 クローンとは、コピー元の細胞からDNAの詰まった細胞核を取り出し、コピー先となる細胞の核を取り除いて核を移植する。しかし、細胞の中でDNAを持つのは細胞核だけではない。細胞の中のミトコンドリアという酸素呼吸を司る小器官は、独自のDNAを持つことが知られている。通常のクローン技術では、このDNAまではコピーできない。

 あらためて考えるとそんな知識を思い出すのだが、それについては全く念頭になかった。

「でも大丈夫。私と春ちゃんは、ミトコンドリアDNAまで完璧に同じ人間なの。『XG-0』は、絶対に春ちゃんにも適合するはずよ」

「でも清姉……今は清姉が優先だ。今すぐ『XG-0』を清姉に点滴すれば――」

「……この出血量だと、改造が完了するまで間に合わないわよ」

 清海は、血のついた手を震わせながら、竜兵の頬に触れた。あまりの弱弱しさに、竜兵はやりようのない感情が沸いた。

「あのアルミケースの中に『XG-0』があるわ。春ちゃんに点滴してあげて。どうせ戦力化が止まった『XG-0』、どうせなら有効活用して。私が開発した最高傑作だから、性能は保証するわ」

「春海は、それでどうなるんだ?」

「とにかく、点滴すれば絶対に助かるわ。お願い、春ちゃんを助けて――」

 そこまで言って、清海は目を閉じた。彼女の全身から力が抜けていく。だが、なおも血が頭や胸から流れ続けている。

 竜兵は、叫びそうになったが精一杯堪えた。ここで誰かに気づかれたら、生体パーツを春海に点滴できず、誰も助けられない。竜兵は涙を堪えて、内通者の持っていたジュラルミンのケースに手を付けた。

 竜兵は、改造人間特有の怪力でケースをこじ開けた。中には衝撃緩和用の包装材が入っており、包装材の塊を手に取ると、オレンジ色の液体が入った点滴パックが梱包材から転げ落ちた。

 パックの表面には、アミノ酸かタンパク質の名前らしい単語がずらりと書かれていて、一見、特殊な点滴用剤だとはわからない。栄養剤とも書いてある。

(これが、『XG-0』か……!)

 竜兵はそのパックをリュックサックに入れた。

急いで部屋を出ようとしたが、すぐに棚の所に引き返し、生理食塩水とブドウ糖の、使えそうな点滴用剤をいくつかリュックサックに詰めた。さらに、ひびの入ったパワードスーツを着て倒れている機動隊員から、ホルスターごと拳銃をもぎ取った。さらには、落ちている手榴弾も確保する。

 拳銃をホルスターからはずして、取り出す。それは一般警察官の持つような銃ではなく、竜兵でも知っている、巨大なマグナム弾を発射する自動拳銃だった。

デザートイーグル、50口径の弾丸を七発連続で発射できる。とにかく重い。手が震えている。

 一度、銃のスライドを引く。かちゃりと、バネがセットされる音がした。

 壁に向けて両手で銃を構え、引き金を引く。部屋どころか建物まるごと振動させるような轟音が響き渡り、反動で銃を握る手が勢いよく持ち上がった。花火に似た匂いもする。前をよく見ると、白い壁に弾痕があり、さらに穴の周囲の素材が砕けている。

(これで、武器の使い方も覚えたぞ)

銃には安全装置があると聞くが、確かにあった。安全装置のレバーを動かすと、引き金が引けなくなる。竜兵は、デザートイーグルをリュックサックにしまい込んだ。

 もう、覚悟は決めている。あとは、実行あるのみだ。最後に、完全に意識の無くなった清海を見つめた。悲しみと、申し訳なさが、胸いっぱいに広がる。

(清姉、助けられなくてごめん。清姉の造った最高傑作を、使わせてもらう。必ず、春海を助けるから)

 罪悪感と覚悟を背負い、竜兵は再び天井裏に登って移動を始めた。

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