第5話 第1編 科学の厄災 05:科学の力
【重要】
次回の更新は、2月9日(火)23:00にします。
9日(火)の次の更新は12日(金)を予定しています。
よろしくお願いします。
第5話 文字数:8390
【お詫び】
第2話にて誤字がありました。訂正したのでお願いします。
誤:春海には、12歳年上の姉と8歳年上の兄が~
正:春海には、12歳年上の兄と8歳年上の姉が~
建物が占拠されてから、3時間が経過した。時刻は午後2時になるところだ。
身分証の提出時を除き、テロリストたちからはメッセージ等のアピールを含めて一切のコミュニケーションが無い。時折、トイレに行きたくなった者が改造人間に付き添ってもらう程度だ。おかげでフロアはとても静かで、人質同士の私語も憚られるような雰囲気となっている。
そろそろ沈黙が苦痛に変わってきたと思ったころ、再びリーダー格らしい背の高い改造人間の男が前に立った。
「今から呼ぶ1名は、別のフロアで待機とする」
男の発言に、一同はざわつく。みんな、男の意図を計りかねている。
「黒山竜兵。三本橋高校の黒山竜兵は、こちらに来い」
「俺?」
ざわめきの中、竜兵はゆっくりと床から立ち上がった。人質たち全員の注目を浴びることになった。
「竜くん……」
春海はとても心配しているようだ。
呼ばれた竜兵は、リーダー格の男のところまで行くと、ついて来いと言われるままに、2階の東フロアから退出した。
男の後をついて行き、壊れかけた階段を2階分登り、4階へと移動する。4階フロアへの入り口には、また1人の改造人間が立って待っていた。5人目の改造人間は、唯一の女性のようだ。背は竜兵より少しだけ背が高い160センチほどで、皮膚と同じ紫色のロングヘアをしている。年齢は、変身している状態だとよくわからない。
女は男に軽く会釈をすると、男と竜兵に続いて歩き出し、3人は喫茶コーナーに入った。
「腰かけてくれ。遠慮はいらないし、緊張する必要もない」
リーダー格の男は、2階にいたときよりもだいぶ優しい声で、椅子の1つに座るよう竜兵に促した。竜兵は、とりあえず指示通りテーブルの椅子に座った。
テーブルは4人掛けの席で、竜兵の正面にリーダー格の男が、その隣――つまり竜兵の斜め前に女が着席する。そして女は、どこから出したのか、大きめのノートパソコンをテーブルの上に置いた。それを男が礼を言って受け取った。
「君、これは何だと思う?」
不意の質問に、竜兵は咄嗟に答えられなかった。
「……ノートパソコン型の爆弾、とかですか?」
「余計なことをしたら、これでビルごと吹き飛ばす――なんて、言うと思ったのか?」
男は苦笑してパソコンを開き、画面を竜兵に見せる。
「これから君には、面白い話を聞かせてあげよう」
パソコンの画面に、プレゼンテーションのタイトルらしき文字列と画像が現れる。そこに出てくる『XG-0』という単語に引っかかった。
(……何のことだ?)
竜兵の疑問を読み取ったかのように、男は説明を始めた。
「『XG-0』と言っても、君にはわかるまい。その前にまず、君は我々の姿がおかしいと思わなかったか?」
男は、自分の紫や白色の顔を手で指して強調した。竜兵は肯定していいのかどうかわからなかったが、最終的には無言で頷いた。
「なぜ我々がこのような姿か。――実は我々は、改造人間なんだ」
単刀直入な説明。もし竜兵が本当の意味での一般人だったら、今の「改造人間」という単語を聞いても、いまいちピンと来なかっただろう。
「改造人間というのは、言葉通り、身体を強化改造した人間のことだ。ただ、改造人間作製技術は、戦闘能力を向上させるだけではない。通常の医療技術の延長線上で、大けがや難病になった人たちを救うこともできる。今までは助けられなかった人たちを、助けることができるんだ。我々『自由同盟』は、人類の新たな可能性を開く改造人間の技術を普及させようと努力している」
男の言葉に熱がこもるようになった。竜兵も、最初は突然の指名で混乱したものの、今の男の話には興味と好奇心が沸いてくる。もちろん、テロリストの発言を端から端まで全部信用する気にもなれないが、聞いておいて損は無い。
「しかし、我々の活動には今、大きな障害物がある。それは日本政府の法規制と、その執行部隊の警察だ。特に警察は、改造人間由来の技術を、全面的に秘匿しようと目論んでいる」
男はタイトルページからスライドをどんどん変えていった。頻繁に出現する『XG-0』という文字にやはり意識がいく。
「実を言うと、警察には既に改造人間の職員がいる」
「……」
「その改造人間は、日本政府のコントロール下に無い改造人間を取り締まるためだけに存在している。警察や日本政府は、この便利で大きな可能性のある改造人間技術を、存在自体を非合法にして完全に世間から隔離しようと躍起になっている」
竜兵は、前に強盗犯の仲間2人組と対峙したときを思い出した。あの時も、警察は改造人間の存在を秘密にしたがっていると、また改造人間は見つけ次第拘束するという話を聞いている。そしてこの男たちは、その警察の規制方針に反発しているようだ。
(まさに、今回の事件は政治的な意図があるテロってわけか……)
先週の月曜日と火曜日、さらには今日と何度も改造人間を見ると、そろそろ竜兵も非日常的な存在である改造人間に関して、ある程度冷静に考えられるようになってきた。
竜兵は、興味本位で男に質問をしてみた。
「改造人間の技術ってのは、要するに人間をサイボーグにする技術ですか?」
「サイボーグか。我々は、サイボーグという言葉があまり好きではない。サイボーグは、あくまで機械を埋め込まれただけの人間だ。その機械が壊れれば、即座に外部から修理しなければならないし、日常の活動エネルギーも、組み込まれた電池などに依存している。だが我々の技術は、生き物のように自己修復し、かつ電池の交換も必要としない、きちんと自己完結するシステムだ」
サイボーグなんかよりも一段上の、高い自己完結性を持つ技術が、彼らの言う改造人間らしい。それを、日本政府は秘匿のために一生懸命になっている。
「なんで日本政府や警察は、改造人間技術を秘匿しようとしているんですか?」
「役人の言い分だと、人体改造など非人道的で、社会に与える負の影響が大きすぎるからだとのことだ。何を考えて言っているのか、理解できないがね。その技術を使えば、命を救えたり、失った手足を取り戻せる人間が、大勢いるのに、だ」
男の回答は、最後が愚痴のようになってしまったが、男の考えていることはわかった。
「ただ、役人の言い訳も、完全に間違っているわけではない。人体改造と聞いただけで不快になったり非人道的だと反射的に考える人間は、少なくない。だから我々も表舞台には立てず、細々と理解者を増やしていくしかないのは事実だな」
素直に頷きながら、竜兵はまた1つの疑問を思い浮かべた。なぜ彼ら――表舞台に立てないと自覚している者たちが、人質である竜兵に、このような重大な秘密をペラペラと話すのだろうか。
(ただ、少なくともはっきりしたぞ。改造人間は、存在自体が非合法。警察は、自前の改造人間を用意してまで、技術そのものを取り締まってるわけだ)
竜兵は、思わず体を震わせた。
「そして、警察側が新たに用意中の戦闘用改造人間が、この『XG-0』という計画だ。警察と戦う我々としては、何としてのこの計画を阻止、少なくとも妨害する必要がある」
「その『XG-0』ってのは、警察の改造人間開発計画だったんですか」
「そうだ。もっと言えば、戦闘用改造人間を構成するための生体パーツでもある。この『XG-0』くらいのものをつくる技術があれば、何度も言うが、命を救える人間がたくさんいるのだがな」
「そうなんですか?」
「ああ。特に戦闘用の改造人間となれば、必ず怪我や病気の治癒力を高める機能が備え付けられている。攻撃力よりも、まず防御力を高めることが、人間にとって重要だ。人命をことのほか重要視する警察の『XG-0』なら、なおさら高い治癒力強化機能が搭載されているだろな」
竜兵の目には、衝撃波など改造人間の能力の攻撃力が目立つが、一方で防御力の部分も、しっかりと強化されているわけだ。そして、その治癒力強化機能を一般社会に広めようとしないとされる日本政府の方針に、彼らは怒っている。
それから男は、これまでの警察との「戦い」についていくつか話をしてくれた。
「警察が改造人間を配備したのは、ここ半年の出来事だ。それまでは、外付けのパワードスーツを開発した。パワー、スピード、情報処理などあらゆる面で、通常の警察官を大きく上回る力を得た」
竜兵は、アニメか映画で見たような、強化型外骨格を頭に思い浮かべた。一方で、昨日の清海のノロノロと動くパワードスーツも思い出し、まさか治安機関が実戦で使える物が実現しているとはなかなか納得できない。
(でも、軍事治安関係の技術は、公表されてる技術の10年先を行ってるってよく言うよな)
「しかし、所詮は機械を装備しただけの普通の人間だ。改造人間には敵わない。我々がそのパワードスーツ戦力を打ち破ると、政府はすぐに、新型の改造人間を配備することにした。我々にボロ負けした途端に、改造人間系統の技術を非人道的と言っていた連中が、自分からそれに手を出すとは……。ひどい二重基準だよ。現在、警察が配備する改造人間は1体だけだが、この『XG-0』が戦力化されると、新たな敵が出現するとともに、配備数も加速度的に増加していくだろう。それを我々は、今の時点で計画を潰す必要がある」
まだ戦力となっていない段階で、敵の進化の芽を摘んでおこうというわけか。決して彼らに共感するわけではないが、なかなか賢いやり方だと思う。
(ん? なんだ?)
男が手を止めたスライド資料の英文に、知っている名前があった。
(『XG-0 Recipient:TAKEISHI KIYOMI』――竹石清海……清姉と同じ名前だ)
竜兵のよく知った人物と同姓同名が記述されている。しかも「Recipient」とは移植対象者という意味だ。
(清姉は、下半身不随だったはずだ。車椅子生活の清姉が、どうやって戦闘用の改造人間になって、こいつらと戦うんだ?)
戦闘用というからには、犯罪者に対抗するためのものだろう。ならば特殊部隊員と同じく、運動機能に優れた人間を素材として使うべきだ。女性、しかも下半身不随の清海の人選には大きな疑問符がつく。
(いや、そもそも何で警察の研究と、清姉が関係あるんだよ?)
「――どうした?」
「いえ。その『XG-0』っていう生体パーツって、どんな物なのかなって思って……」
竜兵が違うことを言ってごまかすと、男は頷いた。そしてさらに画面を操作し、別の画像を見せてくれた。瓶に入った橙色の液体と、点滴を受ける患者の写真が映っている。
「改造人間というと、手術で生体部品を埋め込まれるイメージがある。もちろん、そういうやり方の改造もある。だが今回、警察が開発した『XG-0』は、特殊な細胞を点滴注入するだけで、改造人間になれる優れものだ」
なるほど。注射だか点滴というのは、意外にも手軽な手段に思える。
「この『XG-0』の開発を主導したのが、警視庁の秘密部署、生体技術テロ対策課だ。改造人間を含む、生体系技術規制の総本山でもある」
秘密部署というと、漫画か映画の中でしか聞いたことがなかった。
(そんな『秘密部署』の情報がテロリストに漏れるような状況で、大丈夫なのか……?)
竜兵は、もはや自分が人質であることも半分忘れて、男に積極的に尋ねた。
「さっきの話ですけど、生体部品を手術で埋め込むのと点滴するのって、やっぱりメリットとかも違うんですよね?」
「いい質問だ。――改造手術で既存のパーツを埋め込むのは、トータルコストが安い。ある程度決まった規格のパーツを作れば、あとは少々個人の体質向けに調整をした上で、手術するだけだ」
要するに、量産品ということか。
「一方、細かい細胞を静脈注射する方法は、一見すると点滴処置自体は簡単だが、DNAやら免疫関係の問題で、パーツ自体を1から本人専用に設計する必要があるし、安全性評価にも厳密に行わなければならない。パーツ1つを完成させるためにかかる金がけた違いに増えるのだ。しかし手術と違って、人体の細かい部分まで改造できる。特に、神経系から作り変えるなら、このやり方はメリットが大きい。この『XG-0』においては、脳機能の強化も含まれている」
「脳まで……すごい技術だ。もう、完全にSF映画の世界だ!」
完全には理解できていないが、警察は、改造手術で作られる比較的簡易の改造人間ではなく、より高い性能を持つ改造人間の開発を目指していたということだろうか。
「今回、我々は、点滴で体内に打つ『XG-0』の実物をこちらに引き渡すよう、警察に要求するつもりだ。それに使われている技術を、我々ならもっと有効に使えると思っている。――長くなったな。さて、2階に戻ろうか」
竜兵は、再び改造人間の男と女に前後を挟まれながら、階段で移動を始めた。
「今説明したことは、全部秘密だ。2階では言わないように」
ならば、なぜそんな話を竜兵に話したのか。
「今の話を、真面目に信じる人間はそういないだろう。笑われて終わりだ。我々の立場が、政府の不正と対決する団体から、空想を連発する危ない集団に格落ちする。だから我々は、今回の活動目的を2階の人間には教えていない。君は名門三本橋高校に通う将来有望な人間だから、特別に社会の裏事情を教えた。別に我々の味方をしろというわけではない。1つの知識、1つの考え方として、頭の隅にしまっておくといい」
薄く笑う男に、竜兵はとりあえず頷いておいた。確かに、誰かに話しても信じてもらえそうな話ではある。だが真実味はさておき、とても新鮮な話だった。
(また謎が増えたな。っていうか改造人間って、ホントに何なんだ?)
2階に戻ると、先ほどと変わらず静かな状態が続いている。竜兵は春海を探して、先ほどと同じ場所に座った。
「竜くん。何があったの?」
春海は、声を潜めて竜兵1名だけが呼ばれた理由を尋ねた。
「何も。ただ、黙って座らされてるだけだった。何が目的なのか、俺もわからなかったよ」
本当のことは、この場ではとても話せない。
「逆に訊きたいんだが、俺が4階にいたときには、何かあったのか?」
今度は春海が首を横に振った。ここにいる人質たちは、犯人たちの目的も一切知らされていないという。
(こいつらの目的は、あの『XG-0』っていう最新の生体パーツを警察から取り上げること。だけど、常識的に考えて、そんな最新兵器を、警察がみすみすテロ集団に渡すわけもないよな。ってことは、良くて膠着状態、悪けりゃ強行突入も十分あり得るってことか……)
考えると頭が痛い。原理は不明だが、あれだけの威力と攻撃範囲を持つ改造人間が戦闘で暴れ回ったら、間違いなく竜兵ら人質にも被害が出る。
ちらりと横目で、隣の春海を見る。竜兵はどうも改造人間らしいから、普通の人間よりヤワということもないだろう。だから何とか、春海の身だけは守りたいと竜兵は思った。
「交渉決裂。犯人、妥協の意思なし」
「甲チームの配置、完了しました」
「『開闢』、所定位置にて待機中。いつでも活動できます」
じっとしていた春海が、少しもぞもぞと体を動かすようになった。竜兵はゆっくりと手を上げて、近くの女の改造人間を呼んだ。
春海は、どうもトイレを我慢していたようだ。女に付き添われて、フロアの端のトイレに行った。
(それで、これからどうなるんだよ?)
この2階だけで5人の改造人間がいる。一番の脅威は、あの衝撃波だ。当たった物体を木っ端微塵に粉砕するその威力は、人間が対象でも遺憾なく発揮されるだろう。
再び、1階から大きな爆発音が聞こえた。建物全体が大きく揺れ、床が傾き始めた。
フロアにいる人々の中に、恐怖に満ちた悲鳴が溢れた。
次の爆発音。中央にあるエスカレーターが、周辺の床ごと崩れ落ちた。そこに、何人かの人が巻き込まれる。同時に、下から銃声が聞こえて来た。機関銃を乱射するような、大規模な銃撃戦だ。フロアにいる改造人間のうち、半分ほどがフロア中央に空いた穴から1階に降りる。もう半分は、逆に階段で上の階に上がって行った。
見張りがいなくなり、逃げ出す絶好の機会だ――そう思った人間は、竜兵だけではなかった。最初の数人が立ち上がり、フロア端の階段に向かって走り出す。それに続いて、大勢の人間が会談へと向かった。
(春海は……春海は大丈夫か?)
そのとき、大勢が集まった階段付近で、床のコンクリートが破裂した。衝撃波は床を通じてフロア全体まで広がった。爆発により、階段は崩れ、壁は剥がれ落ち、一部天井も崩れ落ちた。そして何人もの人が血を流して倒れている。
竜兵は一人、階段とは逆方向にあるトイレに向かった。今と同じような爆発が、この2階のフロアのそこかしこで起きている。春海が心配だ。
竜兵がトイレを見つけると、ちょうど春海が、女子トイレから出て来るところだった。
「竜くん、こっち!」
「おい、大丈夫か!」
そういえば、春海に付き添っていた女の構成員が、見当たらない。
その瞬間、春海の真上で爆発が起きた。爆風で、竜兵が後ろに尻餅をつく中、春海の上のコンクリートが崩れ落ち、春海は竜兵の目の前で、その下敷きになってしまった。
「春海――っ!」
天井に、直径五メートルほどの穴が広がり、鉄骨が剥き出しになっている。さらにフロアの壁は曲がり、竜兵たちのいるフロア端のトイレスペースは、まるで上から押しつぶされたように、崩壊してしまった。
すぐに春海を助けようと、竜兵は大小コンクリート片が重なる山に駆け寄った。
「春海、今、助けるからな!」
返事は無い。とにかく、コンクリをどかさなければならない。だが、分厚いコンクリートの破片は、とても一人の人間が持ち上げられそうな重さではない。
(変身!)
こんなときこそ、黒い身体に紅い目を持つ超人の出番だ。普通の人間には無理でも、変身して改造人間の能力を発揮すれば、春海を下敷きにしているコンクリートもどかせるかもしれない。
だが、竜兵の体に変化はなかった。肌の色は変わらないし、集中力も変わらない。相変わらず、視覚や聴覚の情報が頭の中に散乱している。
(どうしてだ! なんで変身できないんだ?)
何度も頭で意識を集中させるが、体に変化はない。12日間連続して毎日変身している中での、初めての失敗――竜兵は、目の前が真っ暗になりそうだった。
だがそれでも、竜兵は諦められない。じっとしていられない。
大きなコンクリート片の一つを両腕で抱え、腰を落とし、全身の力で持ち上げようとする。しかし、やはり動かない。びくともしない。
(動いてくれ……奇跡よ、起きてくれっ……)
人間は、精神的なリミッターを外せば、通常の5倍の筋力を発揮できると聞いたことがある。そのくらいの力を出すと筋肉自身が持たないため、普段は力を抑えているが、生命の危機を感じた時などに、その力が発揮されるという。
(上がれ、上がってくれ!)
ひと呼吸置いてから、もう一度、全力でコンクリート片を引き剥がそうとする。
すると、竜兵の全身が、ドクンと波打ったような気がした。次の瞬間、抱えたコンクリート片が、わずかに持ち上がった。
「うおおおおおおっ!」
腰を捻り、塊を脇に投げ捨てた。コンクリ片の当たった壁には穴が開いた。
(やった! この調子で、残りのコンクリートも――)
不意に脇の壁から、何かがぶつかるような音がした。もう1回その音が聞こえると、外側から壁が崩れた。竜兵の手が止まる。
崩れて壁に穴が空くと、そこからやや涼しい空気が入ってくる。建物の外の背景が穴から見えた。建物の外側から、何かの衝撃により穴が空いたのだ。
穴の向こう側から、手ぶらの改造人間が姿を見せた。竜兵と目が合うのだが、何かがおかしい。ここはビルの二階で、外には足場も何もないはずだが……。
(まさか、外を飛んでるのか!)
その改造人間は、手のひらをこちらに――正確に言えば、春海が下敷きになっているコンクリートの山に向けた。
竜兵は、改造人間の攻撃を防ごうと、間合いを詰めるために駆け出していた。自分の身を盾にしてでも、春海を守る――そんな気持ちが無意識に体を動かしたのかもしれない。
轟音と共に、竜兵は全身を引き裂かれるような強烈な痛みを感じた。肩関節や肋骨を中心に、全身の骨が砕けるのが明瞭にわかった。同時に、何かが衝突したような衝撃で、竜兵は数メートル後ろの壁まで体を飛ばされ、頭と肩を壁に叩き付けられた。
崩れた姿勢から立ち上がろうにも、少しでも筋肉に力を入れただけで激痛が走り、体がいうことを聞かない。動かせない。
頬や額に生暖かい血が流れてきた。頭部だけでなく、全身から出血しているらしい。それも大量に。
痛みで意識が混濁してくる。
(くそ、俺は変身ができなきゃ、何もできねえのか。いや、そもそも俺が倒した3人はただのチンピラ、偶然に勝てただけなんだ。訓練されたテロリストには敵わないってか……)
ひびの入った床と、散らばる大小のコンクリート片――それが、竜兵が意識を失う直前に見た光景だった。