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第4話 第1編 科学の厄災 04:襲撃! 改造人間

第4話です。

ここから本格的な物語の始まりです。また登場人物が増えます。

それではご覧ください。


第4話 文字数:8931文字


「変身――」

 夕食後の夜。竜兵は、自宅から少し離れた河川敷の人目の付かない場所で、小さく呟いた。別に決め台詞ではないが、このひと言を口にすると、意識が研ぎ澄まされ、集中力が増すのだ。

 頭と体に電撃が走り、全身の筋肉が熱くなっていく。頭の中に浮かぶ世界ががらりと変わり、ありとあらゆるところに意識が回るような気がする。そして全身の五感から得られる情報もより明瞭となり、それぞれの情報が頭の中で存在をアピールするようになる。

 感覚の変化と同時に、実際の身体も急速に変化する。全身の皮膚の色が、急速に墨のような黒さに染まっていく。昔、絨毯に墨汁をこぼしたとき、1点にこぼした墨汁が急速に染みて周辺が黒く染まっていったが、その場面を連想する。関節も、四足と胴体および首の各所で音を鳴らして位置がずれる。正確には、靭帯が緩まり関節の可動域が大幅に広くなっているものと思われる。そして手の爪も、真っ黒で固い。研げば刃物になりそうなほど固い。耳が隠れる程度の長さがある髪の毛さえも、神経が通うようになったのかと思うほど、変身前より感触が鋭敏になっている。変化がないのは、生まれつき紅い瞳だ。小さいころから、竜兵は目がクリクリしているとか瞳が大きいと言われたが、まさにその通り。大きく紅い瞳とあまり目立たない白目だけはそのままだ。

 この間、ほんの1秒程度。気が付くと竜兵は、艶の無い黒い肌が全身を包み込んでいる例の怪人に変身した。

 強盗殺人犯の仲間らしい2人を撃退してから、今日で10日目。あれから毎日、夜に外出して、こうして変身している。なぜこんなことをするかというと、毎日変身しておかないと、そのうち変身できなくなりそうな気がするからだ。

 それから身体能力の確認に移る。ウォーミングアップのつもりで軽く走ると、信じられないほど体が弾む。歩幅が伸びる。そして足の回転も上がる。

 夢中になり、比較的長い直線をダッシュすると、体に強烈な風の抵抗を受けた。

(歩幅は軽く10メートル以上、垂直飛びも10メートルくらいか)

 ここ1週間で、おおよその身体能力を把握できた。最初のころは、今まで全く味わったことのない感覚に竜兵は感動した。しかし、こんな能力を持った人間が犯罪者になったら世の中の仕組みが全部壊れてしまうのではないかとも思えた。

(いつだ? 俺はいつ、改造人間になったんだ?)


 竜兵は変身を解除して自宅に戻り、そのまま風呂場に直行した。

風呂を上がって部屋に戻ると、床で寝転んでいる2匹の大人チーターと4匹の子供チーター、合計6匹が目に入った。それ以外に、パジャマ姿の人物がベッドに腰かけていた。ただし、それは春海ではなく、春海の年の離れた姉・清海(きよみ)だった。

「あら、竜ちゃん。おかえりなさい」

 清海は、慶大医学部を2年時に中退し、よくわからないキャリアを数年積み上げた後、いつの間にか国の研究機関に勤めていた。ここ1ヶ月は忙しくて休日以外はあまり家に帰って来なかったが、今日は竜兵が外出している間に帰宅したらしい。

彼女の要素で最も特徴的なのが、車椅子だ。清海は半年前の帰宅途中に、脇見運転の車に撥ねられ、下半身不随の車椅子生活になってしまった――はずなのだが、今この部屋には車椅子が見当たらない。そして清海の全身には、妙な機械がくっついている。

「ただいま。清姉(きよねえ)こそ、おかえり。……あの、その機械でできた服みたいなのって、何なんだ?」

 清海のつま先から膝、腰、さらに肩にかけて、シルバーの骨組みが彼女を支えている。

「これ? 試作用のパワードスーツよ」

 清海は、わずかな機械の摩擦音と共に、ゆっくりと、しかし力強くベッドから立ち上がってみせた。

「す、すげえ! それがあれば、清姉でも歩いたりできるのか!」

「ゆっくりとならね。このヘッドギアで脳波を測定して、パワードスーツをコントロールするの」

 清海の黒いショートヘアの上に、同じ黒色で目立たないカチューシャのようなヘッドギアがかぶさっており、細いコードで機械の背中部分に接続されている。

「すごいな、清姉。ブレイン・マシン・インターフェースだっけ? SFみたいな仕組みが、もう実現してるのか」

「まだ実験段階よ。もしこのパワードスーツで事故って上半身も不随になったら、介護の方はお願いね」

「……あんまり、無茶なことはしないでくれよ?」

「無茶するのが、科学者の仕事よ」

 清海は、竜兵が物心つくころから様々な科学分野に強い興味を示していた。お年玉を全部つぎ込んで、色々な実験材料やコンピュータを買っていたころもあった。そのように、春海以上に好奇心が強く、一点集中型の性格をしている。

 清海が再びベッドに腰かけると、タマとモモの2匹のチーターが彼女の足元まで移動し、すり寄るようにまとわりつく。

8歳という年齢差にも関わらず、清海と春海は本当にそっくりだ。目鼻顔立ちから、身長、肩幅、手や足の形まで何もかもが全く同一に見える。違いを挙げるとすれば髪の毛の長さ――春海がセミロングで清海がショートということくらいだ。

「清姉と春海って、お互い、相手に間違われることってあるのか?」

「いきなりどうしたの? そんなに私たちって似てるかしら? ――って言われるのも、無理ないわよね。なんて言ったって、春海は私のクローンだしね」

「えっ――」

 聞き慣れない言葉に、一瞬、頭の理解が追いつかなかった。

「竜ちゃんには言ってなかったかしら?」

 そのとき、部屋のドアが勢いよく開いた。

「あっ、おかえり、竜くん!」

 入ってきたのは、風呂上がりの春海だった。パジャマを着て、タオルで濡れた髪を抑える姿は、なかなか……というか、かなり色っぽい。

 竜兵が自宅に戻ってきたとき、春海は庭の一角にある花壇の手入れをしていて、その後は竜兵と入れ違いで風呂に入ったというわけだ。

「竜くんにも、ドライヤーかけてあげるわ」

「え、いいって別に――」

 竜兵が拒否するまでもなく、春海は竜兵の腕を掴み、ベッドまで移動して膝の上に竜兵を座らせた。

「きれいな髪ねー。ちゃんとお手入れするのよ?」

「男がトリートメントなんて恥ずかしいだろ」

 春海は、竜兵の男にしては長い髪――ちょうど耳が隠れるくらいの髪の毛を指でなぞりながら語りかけてきた。

 そんな春海を、清海はやや呆れながら止めた。

「春ちゃん、それは弟じゃなくて、妹に対する接し方じゃない?」

「どっちでもいいじゃない? だって竜くん、かわいいんだもん」

 清海の言う通り、もはや姉に大事にされる妹のような気分だ。

 そのとき、竜兵の携帯電話から着信音が鳴った。ちょうどいいタイミングだと思った竜兵は、これを口実に春海の腕の中から逃れて、机の上の携帯電話を手に取った。

 見慣れない番号からの着信だ。

『もしもし、黒山? 俺、第一中の中島(なかじま)だけど、覚えてるか?』

「おー、中島か。中学卒業以来だな」

 懐かしい人間からの通話だ。中島純三(なかじまじゅんぞう)――中学3年のときに、竜兵と同じクラスだった男子生徒だ。イラスト部に所属していた生真面目な生徒だが、友達の数は少なくなく、学校では竜兵とも一定のコミュニケーションがあった人物だ。そこまで仲の良い友人仲間というわけではなかったが、定期テストや模試の順位で、いつもベスト3に入っている人間ということでお互いを認識していた。

 竜兵は部屋を出て、廊下で通話を続けた。

『いきなりだけど、明日の午前に、時間をくれないか? 面白い講演会があるんだ』

 突然の誘いに、竜兵は答えることができなかった。

明日の土曜日は丸1日暇だが、竜兵は中島と休日に出かけたりするようなことはなかった。それに、真面目な中島らしいといえばそうなのだが、講演会というイベントが少々意外だ。

「講演会って、どんな内容なんだ? 世界の平和について考えるとか、どこぞの教祖様のありがたいお言葉を聞くとかじゃないよな?」

『そんな怪しいイベントじゃない。一流の科学者の人が来てくれる、高校生や大学生向けの講演会だよ。今回の人は、原子力関係が専門の有名な大学教授だ。おまけに、入場は無料! どうだ? 黒山は三本橋高校に進んだし頭がいいだろ? 興味を持つんじゃないかって思って誘ったんだ』

「へえー、そういう展示会か」

竜兵も、一応は理系学生の1人だ。興味のある、なしを問われば、「ある」と答える。

「よっしゃ、その話に乗った。明日は何時に、どこに行けばいい?」

 中島から集合場所と時刻を聞き出し、竜兵は電話を切った。

 一緒に春海も誘おうかと思ったが、あいにく春海は中島と面識が無い。なぜなら公立中学にいた竜兵たちと違い、春海は中学校から三本橋に在籍しているからだ。

今回は、とりあえず竜兵だけで行くことにした。

(相変わらず、真面目なところは変わってないな)

中学時代、竜兵と中島に海斗を加えた3人は、いつも学業成績で学年のトップ3を占めていたと思う。高校受験では、3人は揃って三本橋高校を受験し、中島のみが不合格。彼は第2志望の善行学園に進学した。もっとも、高校で成績を急降下させた海斗より、今の中島の方が高い学力を身に着けていると竜兵は思っている。

 部屋に戻ると、春海がベッドの上で横になっていた。清海はもういない。

「竜くん、明日はどこか遊びに行くの?」

「ああ。明日の朝、中学時代の友達と、新宿の菱山(ひしやま)デパートに行くことになった」

「へえー、偶然ね。私も明日、陸上部の女子たちとそこに買い物に行くのよ」

 春海は竜兵を見ると、掛布団の片側を空けた。

「明日は私も竜くんも、朝からお出かけね。それじゃあ竜くん、今日は一緒に寝るのよ?」

「何でそういう話になるんだ……?」

「嫌なの? ここ最近、竜くんが一緒に寝てくれなくて寂しいわ……」

 少しだけ不機嫌そうに顔を背ける春海に対し、竜兵は苦笑するしかなかった。

 竜兵と春海の部屋には、机もタンスも2つずつあるが、唯一ベッドだけは1つしかない。幼いころから1つのベッドを2人で使っているのだが、竜兵は時折気まぐれで、絨毯の上でチーターたちと一緒に眠ることも多くある。そしてここ1週間は、ずっと部屋の隅に丸くなって寝ている。

 理由は、当然春海と一緒に寝るのが恥ずかしいのもあるが、眠っている最中に「変身」しないか心配だからだ。竜兵は、頭の中で変身したいと思えば身体が変化する。寝ぼけて変身したら、春海はどう思うだろうか。

「わかったよ。今日はベッドで寝るよ」

「やった!」

 竜兵が春海の隣で横になると、春海は掛布団を肩まで引き上げた。

「竜くんと一緒にいると、癒されるわ。お肌、すべすべねー」

早速、春海は体を寄せてきた。竜兵の肩に春海の柔らかい腕がかかる。シャンプーのようないい匂いが、竜兵の鼻をくすぐる。

さらに春海は、竜兵の頭を自分の胸元に引き寄せた。竜兵の顔は、完全に春海のたわわな胸に埋もれる形になった。

 気まずさを感じた竜兵だが、春海があまりにも満足そうなので、無理に抜けるのをやめた。

(でも、やっぱりまずいよな。もう俺たち、高校2年だし……)

 しばらくすると、春海の寝息がよりゆっくりと、規則正しいペースになってきた。春海が完全に眠ったのを確認してから、竜兵は彼女の腕の中からそっと抜け出し、ベッドをはい出て、部屋の隅で横になり、身体を丸めて休むことにした。


 翌日、竜兵と春海の2人は9時ちょうどに自宅を出発して、電車で山手線内にあるデパー

トに向かった。2人は目的地だけでなく、それぞれの待ち合わせ時刻も同じだった。清海も同時刻に、土曜出勤に出発していった。

 私鉄に乗り、新宿の菱山デパートまで一緒に歩いて行ったが、竜兵と春海の待ち合わせ場所は、それぞれ西口と東口だったので、デパートの前で2人は別れた。

 土曜日の午前中だというのに、新宿は人が多い。竜兵は人混みの中を歩いてデパートの西口まで行くと、中島が待っていた。

「おす、中島。久しぶりだな。少し背が伸びたか?」

「3センチだけな。黒山は、相変わらず小さいな」

「俺は、中3から1センチも伸びてないぞ」

 中島は、痩せていた中学時代より、少しがっしりした体格になった。背もわずかだが伸びている。ただし、坊ちゃん刈りと丸メガネは全く変わらない。

 講演会は、デパート4階の一部のスペースを占有して行われた。発表者が登壇するステージにはスクリーンとプロジェクターが置かれ、それらを囲むようにパイプ椅子が50個ほど並べてある。まだ人はまばらだが、だんだんと周辺から人が集まってきている。

 近くの受付で、竜兵は中島と一緒に氏名や学校名を記述した。

「本当は、別の友達と2人で事前予約しておいたんだけど、そいつが急きょ来られなくなったから、黒山を誘ったんだ」

「なんだ、そういうことか。――事前に予約しておくと、何かメリットがあるのか?」

「先着50名様に、90分間の講演中に椅子に座っていられる権利がプレゼントされることかな」

「おお、地味に大事な権利だな」

 竜兵たちは、パイプ椅子に貼ってある番号シールを探し、受付から知らされた番号と一致する椅子に2人は座った。

 講演が始まるころには、50個の椅子は全て埋まり、さらに椅子の外側に50名以上の人が集まっていた。

 講演者は、よくテレビで見る原子力関係の大学教授だった。竜兵は、テレビに出演するほどの有名人が来るとは思っていなかった。

 講演内容は、テレビでの発言よりずっと専門的で、かつわかりやすい内容だった。日本のエネルギー事情、便利過ぎる石油のメリット、それゆえ際立つ太陽光や風力発電のデメリット、電気自動車の問題点、水素燃料という概念の脆弱性、原子力の将来性――テレビのように、センセーショナルになるわけでも、逆に多方面に遠慮し過ぎて内容が薄まり過ぎるということもなく、彼や他の研究者の本音が聞けたように思えた。

「なかなか面白かったぜ。来てよかった」

「そう言ってもらえると、俺もうれしい。俺、こういったイベントの情報に敏感だから、また機会があったら誘ってもいいか?」

「おう、大歓迎だぜ」

 竜兵はその後に中島を昼食に誘ったが、あいにく中島は午後から別の用事があるとのことで、竜兵と中島は講演終了後に解散した。

 竜兵は、中島の姿が見えなくなってから携帯電話を取り出すと、春海からメッセージが届いていた。今2階に女子3人でいるから、一緒にお昼を食べないかとのお誘いだ。

 ありがたいが、せっかく女子たちで楽しんでいる場を邪魔するのも気が引ける。

「竜くん」

 不意に呼ばれて振り向くと、後ろに春海が立っていた。

「あれ竜くん、1人なの?」

「ちょうど今、解散したところだよ」

「それなら、私たちと一緒にご飯食べましょうよ?」

「そうだなあ――」

 そのとき、不意に爆発音がした。下の階からで、振動が竜兵たちのいる階にも伝わって来た。

「なに? どうしたの?」

 さらに、この階でも爆発が起き、天井が落下した。幸い、竜兵たちのいる位置から離れていたが、フロアの隅々から、悲鳴に近い騒ぎ声が発生した。

 フロアの客たちが、一斉にパニックになって走り出した。皆が我先にビルから脱出しようと、階段やエスカレーターに雪崩込む。竜兵たちも、人の流れには逆らえず、押しに押されて階段まで流された。

「春海、大丈夫か?」

「大丈夫、先に行って!」

 突如の狂乱状態。朝の満員電車並みに密集した人々が先を急ぐ。フロア全体が悲鳴で溢れかえり、竜兵と春海は互いの位置さえもわからず、いつの間にか完全にはぐれてしまった。

(だいだい、何があったんだ? 爆発だぞ。ただごとじゃないよな)

 竜兵は1つの下のフロアに着くと、足をつまずき、人の列から押し出されるように、通路の外側に転げ出た。転んだ拍子に、竜兵はその婦人服売り場の品物をいくらか巻き込んでしまった。

 竜兵はとりあえず、売り場の柱に身を寄りかけた。慌てて降りて、将棋倒しにでも巻き込まれたら一巻の終わりだ。こんなときこそ、冷静にならなければならない。

 しばらくして、館内放送が流れた。

『建物にいる全員に次ぐ。我々は、この建物を占拠した。全員、2階の東フロアにくるよう命じる。我々の命令に従っていれば、命は保証する』

 低い男の声だった。放送が流れると、建物内はさらに大きなパニックに包まれた。人が密集する中、転びこけた人がいても、おかまいなしに、皆が走って1階の出口を目指している。とてもじゃないが、竜兵は人の流れに加わろうとは思えなかった。

(建物の占拠……これはテロか強盗か、何かだな)

 上の階から再び破裂音と何かが崩れ落ちる音が聞こえた。さらに下の階からは、機関銃を連射するような銃声がここまで届く。

「慌てる必要は無い。走らずとも良い。とにかく全員、2階まで移動せよ。ただし、ここから逃げようとする者は容赦なく殺害する」

 竜兵のいる階に、テロリストらしき男の威圧的な声が響き渡る。その男は、竜兵のいる売り場とは、中央のエスカレーターを挟んで反対方向にいるようだ。その男が、まだフロアに留まろうとする人間を追い立てるために、こちらにやって来る。

(えっ……あれは、改造人間じゃないか!)

 パニック状態の群衆の中からこちら側に姿を見せたのは、普通の人間の姿とは違う一人の男だった。

男が着用している、ダイビングスーツのようなぴったりとした黒いロングタイプの服は、常人とは思えないほど盛り上がった筋肉を包んでいる。露出しているのは手や首や顔だが、それらを覆う皮膚も、まるで生物の皮膚には見えない。手や顔の表面は、濃い紫色と白色の2種類の組織で構成されている。紫色の皮膚を基礎として、関節や靭帯でつながる重要な部分は白色の硬そうな組織で覆われ保護されている。顔については、紫色の肌と髪を持ちつつも、顎からもみあげ、頬骨に至る部分は白色硬質組織で固められている。目だけは、通常の人間そのままだ。

前に遭遇した窃盗犯たちが爬虫類のような動物を模した雰囲気だったのに対し、目の前にいる改造人間からは、どこか無機質な機械らしさを感じる。

 その改造人間は、着ている物こそ全身タイツ1枚とシンプルだが、ヘルメットを被り、よく中東やアフリカのゲリラが持っている自動小銃を構えている。

 エスカレーターをパニック気味に駆け降りる人混みの列が途切れた。ちょうどいいタイミングとのことで、改造人間の男は、このフロアにいる人間に、エスカレーターを歩いて下の階に行くように命令した。竜兵は素直に従い、他の人の一番後ろについてエスカレーターを降りていく。

 エスカレーターに足をかけた瞬間、背後で大きな破裂音がしてエスカレーターが揺れた。竜兵が驚いて振り向くと、男は手のひらを天井や柱に向け、その手から衝撃波のようなものを発し、命中した物を粉々に砕いていく。

(これはもう、速く走るとかジャンプ力が上がるとか、そういう次元の話じゃないぞ。体の中に爆弾を抱えてるようなもんだ!)

 最初の爆発音も、爆弾ではなく彼らの身体から発せられたこの衝撃波によるものかもしれない。

 男らテロリストたちは、別に爆弾を用意したわけではない。自分の体に備わっている力で、爆弾を使った大規模テロと同規模の破壊活動を進めているのだ。

 2階の東フロアに行くと、ざっと100人程度の人間が、フロアの床に座らされていた。

 竜兵は座る一同を後ろから眺め、春海を探す。――すぐ近くにいた。

「春海!」

 彼女も竜兵に気がついた。すぐに竜兵は、春海のところまで駆け寄って、隣に座った。

「怪我はないか?」

「私は大丈夫。1階まで逃げようとしたけど、彼らに足止めされてから、ずっとここで座っていたの」

 春海は、目で周囲の改造人間たちを差した。この2階に、現在4人の改造人間がいる。

 その改造人間のうち、1人の背の高い男が人質たちの前に立った。

「全員、よく聞け。まず、携帯電話などの通信機器を、全て床に置いて放棄すること。次に、自分の身分を証明する物を1つ、我々に提出しろ。持っていない者は、これから回す紙に自分の氏名と家族の連絡先を記述するんだ」

 テロリストたち――だと竜兵は思った――は、まず人質に身分証の提出を要求した。何に使うかはわからないが、ここは従っておいた方が良いだろう。竜兵は、こちらにやってきた改造人間に三本橋高校の生徒手帳を手渡した。一方で春海は、身分証を持っていないふりをしてやり過ごした。

手帳を渡す一瞬だが、男の手の感触がわかった。紫色の皮膚は、柔らかいが張りと強度がありそうだ。指や手の関節を覆っている白色組織は、やはり見た目通り、プラスチックのような硬さと弾力性があった。明らかに人間の皮膚とは違う触り心地だ。

身分証の提出以降、テロリストたちはほとんど何もしゃべらなくなってしまった。竜兵たち人質は、いったいどんな状況なのか全く情報を得られなくなった。

(こいつらの目的は何だろうか。金か? いや、それだけにしちゃ、自動小銃を用意したり建物を損壊させたりとやることが派手すぎるな。それに金が目的なら、それこそ窃盗を繰り返した方が安全で楽だろうに)

 この先、何が起こるのか全く予想ができない――竜兵たち人質は、そのことがストレスとなり精神の負担となっていった。


「『XG-0』そのものを要求するとは、大胆な敵ですね」

「それほどまでに重要視されているなんて、開発者として光栄だわ。もっとも『XG-0』は人間への移植が禁止されちゃったけどね」

「……」

「今度の事件も、また雪子(ゆきこ)ちゃん1人が対処するのよね。デパート丸ごとを占拠されたのに、こっちには対抗できる人間が女の子1人しかいないのは、いくら何でもまず過ぎるわ。私の妹と同い年のコが、テロリストと殺し合いをするなんて、おかしいわよ」

「私は大丈夫です。今の戦いは、私自身が望んで参加しています。それにG型の開発は凍結されましたが、代替措置のA型がこの前、やっと承認されたではないですか。あと1年も経過すれば、次なる対抗措置を獲得できます」

「承認と言っても、研究開発のための予算が認められただけですよ。また、土壇場で原体が見つからない、なんてことになりかねないわ。全く、みんな他人事なんだから……」

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