第31話 第2編 科学と夢 17:作戦開始
引き続き、竜兵と雪子が2人でいるシーンから始まります。
なかなか「雪子と一緒にいる竜兵」を書いてあげられなかったのが、第2編の反省点の1つでしょうか。
次編に生かしたいと思います。
よろしくお願いします。
第31話 文字数:8027文字
竜兵は、そのまま雪子と一緒に下校した。特に一緒に帰るつもりもなかったのだが、逆にわざわざ別々に最寄り駅まで歩いて行く理由も特になく、そのまま流れで一緒に玄関を出た。
校舎を出た途端、夏の強い日差しが突き刺さるように降りかかる。
竜兵は、雪子と向かい合う場面はあっても、今のように肩を並べて歩くことはなかった。こうして雪子が隣にいると、彼女があまりにも小柄なことを実感せざるを得ない。
竜兵自身の身長は17歳男子としてはかなり低い157センチだ。17歳の女子の平均とやっと同程度だが、雪子はその竜兵より10センチほど肩や頭が下に位置する。おまけに雪子は華奢で、特に肩幅やウエスト、手首や足首などがとても細い。こんな彼女が、機動隊のフル装備を身に着けて野外を俊敏に動き回っていたことを思い出すと、未だに違和感を覚えてしまう。それくらい、彼女は小さかった。
(おっと、小さいのは俺も同じか)
「黒山くん」
雪子が歩く足を止めた。並んで歩いていた竜兵も、歩くのをやめる。
「あの……黒山くんは、今までどんな女子を好きになったのですか?」
雪子から出てくるとは到底思えない内容の質問に、竜兵は苦笑してしまった。質問を口にした雪子は、ちょっと言い方がまずかったかもしれないというふうに慌てている。
「あ、いえ、その……森園さんの件があるので、森園さんのどういうところに魅力を感じたのかを分析しようと思いまして――」
「なるほど。俺が秋奈に惹かれた理由を探して、俺が好きになる女子のタイプを推測し、最終的には今白河さんが言ったような統計データを作ろうって背景があって、質問したのかな?」
雪子はすごい勢いで首を縦に振った。なんだろうか、いつもクールでいる雪子のこんな様子を見てしまうと、もっと笑いがこぼれてきてしまう。
「すみません。変な質問で……」
「いやいや。そんなに俺のことが知りたいのかなって思ってさ」
「いえ、だからその――」
慌てる雪子が可愛いと思えたそのとき、竜兵は何か異常な気配を察知した。
空を見上げると、全身が濃紺色一色に包まれた超人が4人、かなりの高度で空を舞っている。
夜でもない土曜の昼間の青い空に忽然と浮かぶ、4体の黒っぽい影。注意深い人間が見れば、竜兵でなくとも発見できる。倉山学院の連中は、こんな昼間に、しかも住宅街の真ん中という場所を選んで襲撃してきたらしい。
「あれは倉山学院の――」
雪子も、キッと表情を引き締めて、空をうごめく紺色の点を見つめた。彼女もやつらの正体を知っているようだ。
相手は、昼間の住宅街という、間違いなく他人に見られる環境での奇襲を選んだ。何か意図があるのだろうか。他人に改造人間の状態を見られるのは、竜兵だけでなく倉山学院側にもいいことはない。
(どうする?)
不明な点、考えなければいけない点はたくさんある。
まず竜兵は、迂闊に戦闘に入らずにまずは逃げて様子を見ることにした。空の4人の他に地上に潜んで竜兵たちに狙いをつけている連中がいるかもしれない。彼ら4人に接近しようと空を飛べば、地上から狙い撃ちされる恐れがあると思った。
竜兵は、雪子の手を一瞬だけ引っ張って、まずは逃げるという意思を伝える。彼女もすぐに竜兵の考えを理解した。
2人が走り出すと、予想通り空からレーザーが降ってきた。
2人は住宅街の道路をジグザグに走りながら、空からのレーザー攻撃を避ける。次々に煙が上がるアスファルトを背中で見ながら、次の角を左に曲がり、住宅自体を遮蔽物として利用する。
空の4人は、走って逃げる竜兵たちを上空から追跡してきた。おかげで、相手の飛行速度もばっちり把握できた。
(速いな。変身して走らなきゃ、振り切れねえぞ)
住宅の陰に入っても、空の4人はすぐに別の角度に回り込む。再びレーザー攻撃。竜兵と雪子は姿勢を低くしながら真っすぐ走った。
いくつかのレーザーが、住宅に当たる。住宅の白っぽい壁から白い煙が上がり、やがて発火した。
「火事でも起こす気かよ!」
相手の様子を伺うつもりで敢えて変身せずに逃げ回っていたが、これ以上相手の思い通りにさせれば、住宅街が火事になる可能性すらある。竜兵は考えを変え、いつも肌身離さず持っているレーザー銃を鞄から取り出すために、鞄に手を突っ込んだ。
「危ない!」
雪子の叫びが聞こえるのと、竜兵が咄嗟に身をかわしたのがほぼ同時だった。地面を水平に飛んできたレーザーがコンクリートの塀に当たり、黒い焦げ目をつくった。
(当たると一瞬でコンクリが焦げる出力……そこらの工業用レーザーの比じゃねえな)
竜兵の身体は、打撃や斬撃など力学的な攻撃には滅法強い。事実、80キロで走る車と衝突しても、身体は何の後遺症もなく回復した。しかし、レーザーや電流といった熱的な攻撃にどこまで耐えられるかはわからない。竜兵の皮膚を構成するカーボンナノチューブは炭素でできている。炭素――例えば木炭などは、空気中で普通に燃えてしまうが……。
発射された方向を見ると、空の4人とは別の濃紺の戦士が2人、ここから3つ先の曲がり角付近に立っていた。竜兵たちの場所からは、50メートルほど距離がある。
「地上の待ち伏せ要員が出てきたぞ!」
竜兵は、鞄からレーザー銃を取り出すと同時に変身する。倉山学院に知られた、真っ黒な身体と真紅の瞳を持つ人型生体兵器の姿を披露する。
竜兵は鞄を放り投げ、身軽な状態となってから、右手でレーザー銃を地上の2人に向けて発射した。地上の2人――髪型から男女1人ずつだと思われる――は、十字路を曲がって竜兵たちから逃げた。
「予想通り、地上に待ち伏せ要員がいましたね」
雪子も変身し、鞄を放棄して完全に戦闘モードに移行した。こんなときだが、三本橋高校のブレザーを着た変身状態の雪子が、新鮮に見えた。
「上空から挑発して、俺たちが挑発に乗って空に舞い上がったところを、地上と空から一斉射撃で撃ち落とすつもりでいたんだろうな。でも、そんな相手のペースに乗ってやるつもりはねえ。こっちからペースをつくる」
「ということは――」
「こっちから攻撃する。今逃げた2人を追いかけるぞ!」
竜兵と雪子は、空からのレーザー攻撃を避けつつ、全速力で先ほどの2人を追いかけた。
走り出すと、空からのレーザー攻撃の頻度が若干落ちた気がする。おそらくは、通常時とは比べ物にならない足の速さで2人が走り始めたことで、狙いをつけづらくなっているのかもしれない。
60メートルほど先に、先ほどの男女ペアを発見した。竜兵たちは追いかけながら、他にも待ち伏せ要員がいないか周囲に気を配る。
と、そのとき、竜兵は住宅と住宅の間で待ち伏せする1人を発見した。髪の長い女子。これで7人目。
竜兵は、冷静にレーザー銃で相手の片目を狙い引き金を引いた。
人間の体表で最も敏感だと言っていい器官は、ほんの一瞬レーザーが当たるだけで機能を失う。その女子は、狭い住宅の隙間で待ち伏せていたがゆえに逃げることができず、竜兵のレーザー銃の発射光をそのまま顔に受けた。結果、彼女は両手で顔を抑えて地面にうなだれた。
「目を狙ったんですか」
「そうだ。警察的にはアウトかもしれないけどな、都内の住宅街で、兵器級の高エネルギーレーザーをバンバンぶっ放す連中なんて、人間扱いしなくても文句はねえだろ」
1人が戦闘不能になったことで、他の6人の空気が変わった。空からのレーザー攻撃がより激しく、さらに先ほど逃げていた2人の地上要員も、竜兵たちに近づきながら、レーザーを乱射してくる。
「仲間が失明して、怒りに火がついたんだろうな。意外と単純な連中だ」
雪子も、冷静な表情で周囲を見つめている。自分と同じ年代の少女が視力を失ったからといって、変に動揺することもない。さすがは警察の戦士だ。竜兵としては、彼女のことがとても心強く思える。
「まず地上の連中を一層する。空のやつらは、降りてこない限り無視だ。白河はさっきの2人を頼む」
竜兵は地面を強く蹴り、前に飛び出した。そして先ほど竜兵が目を撃った少女に接近する。
そのまま、地面に膝をつく少女の片を右足で蹴り上げた。ダメ押しの一撃を食らわすと同時に、彼女と一緒にいた男子――これで8人目――の存在を、その住宅の隙間に見つけた。
(空も地上も偶数人数だったから、もしかしてって思ったけど、やっぱり2人1組でいるんだな)
その男子は、接近した竜兵に手の甲を向ける。レーザーを撃つつもりだろうが、すでに竜兵との距離は、拳や蹴りが届くほど接近していた。竜兵は左足の蹴りで相手の手を払い、それから跳び上がって、真上から踵落としを相手の頭頂部に食らわせた。『開闢』の身体が発揮する強力なパワーにより、ローファーの踵が相手の頭蓋骨にのめり込んだ。
竜兵は、攻撃が終わるとすぐにその狭い隙間から道路に転げ出て、今度は自分が隙間で身動きが取れないという状態にならないように気を付ける。
雪子が、少し離れた場で同年代の少女を相手に格闘を挑んでいる。すぐ脇で、ペアの男子が腹を抱えてぐったりとしている。
雪子たちと反対側の方向を向くと、4体の人間が走ってこちらに向かってきていた。
その中の1人に、片村友也がいた。
(空に4人、俺が相手したのが2人、白河が相手したのが2人。さらに4人ってことは、合計12人か。大人数で襲撃してきたな)
だが、一度冷静さを失った相手は、連携も戦術もボロボロだ。もし竜兵が相手の立場だったら、わざわざ接近して来ずに、残りの8体で空や屋根の上から延々とレーザーを撃つだろう。相手は2体なのだから、8体で遠距離攻撃に集中すれば、勝てるかどうかはわからないにしても、少なくとも負けることはないだろうに。
竜兵は、空の4人にレーザー銃で牽制のための攻撃を5発ほど放ってから、正面の敵へと突っ込んでいく。この場面では、もはやレーザー銃は不要だ。制服の腰ベルトに銃を挟む。
ここで、左上腕に常に身に着けている春海特製の無線通信機で、目の前の4人を含めた12人の個人データを確認する。春海が合法非合法問わず手に入れた個人情報が自宅のサーバーに格納されており、そのデータと今竜兵が目で見た情報を照合するのだ。
(やっぱり、片村を含めて全員障害者か。……しかも12人中3人は、知的障害持ちなのか)
前方のうち、まず片村が飛びかかって来た。ラグビーのものまねのような、がむしゃらなタックル。続いて彼の後ろから、もう1人が同じように突っ込んでくる。最初の2人が竜兵を抑え込もうとする。他の2人が、両手で拳を握り、ボクシングのような打撃技を繰り出すつもりのようだ。
(それでも、連携が甘い!)
竜兵は、2人がかりのタックルを、わずかにタックルの芯を外すことでかわした。そして次の1歩で大きく踏み出し、竜兵に殴りかかろうとする2人の目の前まで接近する。
まず姿勢を低くし、1人目の顎にしたからアッパーをくらわせる。上方向の打撃技を放った勢いで重心を高くし、2人目の顔面に回し蹴りをお見舞いする。相手は腕による防御が追いつかず、顔や首の骨に衝撃をそのまま受け、後ろにのけ反った。
竜兵はすぐに振り向いて、先ほどのタックルをしてきた2人に対して中腰で構えた。
だがその瞬間、左肩に激痛が走ると共に、着ているYシャツが燃え上がった。肩だけでなく、スラックスや周囲の地面にもレーザーが刺さる。竜兵を挟んで立つ2人のうち、片村でない方の男子の背中にも空から降るレーザーが命中した。彼が着用している黒っぽいTシャツに引火する。
(仲間ごとレーザーで焼き尽くすつもりかよ!)
合成繊維でできたYシャツやスラックスはよく燃える。竜兵は火だるまになった。レーザーが直接肩を抉った傷の痛みの他に、全身を炎で焼かれる痛みが加わる。
それでも竜兵は怯まなかった。怯んだら負けだと思っていた。
今度は竜兵が、片村に全身を使ってぶちかましを食らわせた。右肩から体当たりすると同時に相手を両腕で抱えるように、地面に押し倒した。すぐに片村の服にも火が燃え移る。
片村は、声にならない悲鳴を上げながら、必死で着ているTシャツと短パンを剥ぎ取る。竜兵もすぐに地面から起き上がり、片村とは対照的に冷静さを意識しながら、黒焦げになったYシャツとスラックスを引きちぎり、牛皮のベルトを外した。上半身は裸、下半身は燃えにくい素材で作った自作の黒いスパッツ1枚だけという格好になった。
正直、最初からこの格好だった方が動きやすかったと思う。
(こいつらは、もう一軒家を5軒も火事にしたってのに、自分の服に火がついただけでこんなに混乱するんだな)
危なげな足取りで地面に立つ片村は、火のついた着衣と格闘している。そんな相手を見て竜兵は、自分の左肩にある太い針で刺したような傷を右手で触れつつ、他の身体の部位には異常がないことを確かめた。
竜兵は彼の右腰に、何の工夫も無いミドルキックを放った。片村は2メートルほど吹っ飛び、地面に胸からダイブした。
再び、上空からのレーザー攻撃。今度は乱れ撃ちだ。だが同じ攻撃にはもう当たらない。
竜兵は地面に落ちていたレーザー銃を右手で拾い、走りながら空の4人中の1人の胸を狙って引き金を引く。
空の4人は、地上の仲間が大勢やられたのを見て、相当に動揺しているようだ。4人とも、蝶のような不規則に舞う回避動作を怠り、その場で制止するか直線的に移動するだけだ。
そんな1人の胸に、銃口から放たれたレーザー光は1秒以上照射された。竜兵たちと同い年くらいの女子生徒だ。パッと見た外観や雰囲気が秋奈に似ている。その彼女が着ているTシャツの胸から炎が上がると同時に、彼女は顔を歪ませ、胸を両手で押さえながらも自由落下を始めた。他の3人の男子が、急いで急降下し彼女を支える。
続けて竜兵は、他の3人にもレーザー照射を繰り返した。互いに体を支え合う4人全員の服が燃え上がり、そのまま民家に落下したところまで確認する。
これで空からの攻撃はなくなった。
再び竜兵は、片村に向き直る。彼もほとんど素っ裸の状態で、濃紺の身体を晒している。火傷等でどれくらいダメージを負ったのかは不明だが、不安と混乱が混じったような表情には、あまり余裕は見られない。
「片村裕也。おまえは根本的に、人としてクズだな。休日の昼間に、住宅が密集した場所でレーザー攻撃を無差別に連発するなんて、まともなやつのすることじゃねえぞ」
「よくも仲間を!」
片村が、手の甲をこちらに向けて、ありったけの力でレーザーを発射する。竜兵は真横に移動して照準を外すと同時に、レーザー銃で片村を撃つ。
撃ったレーザーは、偶然にも相手の手の甲のレーザー発射器官に命中した。片村は痛みを感じたのか、レーザー照射を止める。
竜兵は足を止め、今度はそのレーザー発射器官に意図的に狙いを定め、引き金を引きっぱなしにする。すると1秒もしないうちに片村友也の手の甲が爆発した。体組織の水分が急速に熱せられ、一気に沸騰して体組織が破裂したのだろう。
竜兵は再び大きく踏み出し、相手の手首を蹴った。骨の折れる鈍い音がして、片村は蹴られた手首をもう片方の手で痛そうに押さえた。
「俺を殺すつもりで来たんだろうが、残念だったな。おまえらの戦略や戦術は悪くなかったが、個々人の戦闘力が多少足りなかったみたいだ」
「……おまえが強いんじゃない。おまえが、警察のあの女とつるんでいたのが誤算だった」
「たまたま、近くにいただけだ。何度も言うが、俺は警察の指揮下にいるわけじゃねえ。ただの一匹狼だ。――だから、警察よりも強硬な手段を使えるんだぜ」
その言葉で、急に片村の目から力が抜けていく。徐々にだが、竜兵の言葉の意味を理解したらしい。
「やめろ……!」
「今さら何言ってんだ!」
片村は、必死で竜兵に殴りかかってくる。姿勢も何も無茶苦茶な技を、竜兵は苦労することなく片手で受け止めると同時に、相手の手首をがっちり掴んで、竜兵は片村を地面に捻り倒した。
「おまえら、改造人間と戦ったことがあるか? ねえよな? せいぜい、警察官でもない一般人に、ひったくりや強盗をしてただけだろ? 自分より圧倒的に弱いやつしか相手にしたことがないやつに、俺を倒すなんて無理だぜ」
竜兵はレーザー銃を地面に捨て、空いた右手で片村の顎と首を正面から握った。そして首を握ったまま片村の身体を持ち上げて、脇の塀に後頭部や背中を叩きつけた。うめき声が片村の口から漏れ、何とか抵抗しようとする意志を視線に含ませて竜兵に送る。
「おまえには、ここで死んでもらう。改造手術を受けてバカなことをするとどうなるか、おまえらの仲間に見せつけておく必要があるからな。俺は、既に改造手術を受けた生徒やOB連中をとやかく言うつもりはねえよ。大人しく、普通の市民として過ごしていれば、それだけでいい。でも時々、おまえみたいに、改造人間だ、超人だって調子に乗る連中が出てきたら、今と全く同じやり方で鎮圧する。人間扱いはしねえから、覚悟しておけよ」
首を絞めつけられても、片村は抵抗を止めない。
「僕がここで負けたら、おまえは学院を壊す。絶対にそんなことさせないからな! おまえに、何の権利があって学院の仲間の夢を壊すことができるんだ! やっと人並みの能力が手に入るのに、どうして邪魔されなければいけないんだ!」
「世の中、それが正しいと思う人間ばかりじゃない。倉山学院の中だって、心の中ではそう思う生徒が大半じゃないのか? 倉山学院のパンフレットやホームページを色々調べた。綺麗で優しくて、そして自立心をくすぐる言葉がたくさん書いてあったな。秋奈みたいな生徒が喜んで入学しそうだと思った。ああやって生徒を集めて、改造手術に抵抗がある多くの生徒を、1年間かけてマインドコントロールをしていく。俺は、そんな倉山学院を放っておけない。そんな組織と思想が広まっていったら、生き残って義務を果たそうとする人間が社会からいなくなる」
「健常者とは違う! 僕たちは障害者なんだ! もともと自立できない社会の足手まといに、一発逆転の機会があってもいいじゃないか! 今まで何の不自由もしたことのないやつが、偉そうに語るな!」
「アホな言い分だな。野球をやったことないやつが、野球を語っちゃいけないか? 陸上100メートルで10秒5も切れないやつが、短距離を語っちゃ悪いか? だいたい、今改造人間になっても、結局、社会制度上は『障害者』のまま周囲に依存しながら生きてることに、現状変わりないだろ。つまんねえ手術だ。そんな手術に生きるか死ぬかを賭けるんじゃなくて、もっとまともに生きるべきだったな」
首を絞める手に込める力を、徐々に増していく。着実に、弾力のある体組織に竜兵の指が食い込んでいく。
「ぎゃあああああ! やめろ! やめろ! 助けてくれ!」
片村の、完全に絶望に浸り叫ぶ表情を見て、不意に自分の右手から力が抜けた。
どさりと、片村は地面に墜落した。肩で息をし、穴の開いた左手を今も右手で押さえている。
しばらくして、パトカーと消防車のサイレンの音が遠くから聞こえてきた。竜兵はそのまま、地面に転がる濃紺の超人たちを眺めながら、住宅街の奥へと走って逃げる。
先ほどの場所で、雪子が倒した2人のすぐ傍に立っていた。
「先ほど、本部に連絡を取りました。機械化機動隊の1個小隊が向かっています」
サイレンの音を、雪子は説明した。
「了解だ。あとは警察に任せる」
これ以上自分がここにいても、いいことはないだろう。
「どこへ行くのですか?」
「家に帰るんだよ。空を飛んでな。――1つ、頼みがある。俺の制服の燃え残りとか、個人情報を特定できるものが落ちてたら処分しておいてほしい」
竜兵は、付近に転がっていた自分の通学鞄を回収して、ふくらはぎと背中を意識した。
身体に備わるイオン推進機構が発動し、脚と背中から、強烈な風圧が発生する。竜兵はそのまま、高度を上げて行った。