第3話 第1編 科学の厄災 03:口封じ
第3話です。
ここまでが、いわゆる「序章」と呼ばれる内容です。
それでは、どうぞご覧ください。
とても重苦しい通夜だった。
17歳の少年が、居直り強盗に殺される。理不尽極まりない死。竜兵たち同級生は、拝島利樹の家族たちをとてもじゃないが直視できなかった。特に、母親と1番下の小学5年生の妹は、親族を含めて誰も声をかけられないほどの悲壮感を漂わせており、それぞれ夫と姉に体を支えられていた。
わずか1時間ほど座って僧侶のお経を聞くだけだったのだが、竜兵は精神をかなり消耗してしまった。19時に通夜式が終わると、普段からうるさい海斗やキムでさえ、誰とも口を聞けなくなっていた。
通夜式終了後、クラスメートたちは自然解散となった。竜兵が拝島家の玄関を出ると、外で中原が待っていた。竜兵は再度礼を言って数珠を返した。
多くの同級生たちと異なり、竜兵は昨夜と同じ駅まで歩くことにした。
『春海。俺は気晴らしに、向こうの駅まで歩いて帰ることにするよ。じっとしてると、鬱になりそうだ』
『了解。……私はとても、歩ける気分じゃないわ』
『春海、顔色が悪いぞ?』
『友達と、気分転換してから帰るわね』
春海は竜兵とは反対に、むしろどこかに座って気持ちを落ち着けたいらしい。仲のいい女子数人と、どこかでお茶を飲んでから電車で帰るという。他のクラスメートも、そそくさと最寄駅まで歩いて行った。
今日はテスト期間だが、今勉強しても何も頭に入りそうにない。
まだ空はわずかな薄明りに満ちている。そろそろ街灯が点灯し出すという明るさの中、竜兵は1人で道を歩いていく。
単独で帰るのは正解だった。じっとしているとますます気分が落ち込むし、大勢と一緒に電車で帰っても、周囲の暗い空気に毒されそうだ。竜兵自身、自分は誰かと一緒にいるよりも、1人で自分と見つめ合う方が落ち着くタイプだとよく実感する。
それはそうとして、お通夜のときにかいたドロドロとした汗がまだ引かない。それどころか、今でも悪い汗がどんどん全身から噴き出ている。竜兵は、学生服の上着を脱いで、Yシャツ姿で帰宅することにした。
もうこんな通夜は2度と御免だと、心の底から思う。
「おーい、そこのガキ」
斜め後ろから、柄の悪い男の声がした。おそらくは、自分を呼ぶ声。竜兵は「ガキ」と呼ばれて一瞬ムッとなったが、ここは落ち着いて警戒する。
(カツアゲか?)
声のした方に顔と体を向けると、脇の神社の中に、2人の男が立っていた。
1人は、竜兵を呼び止めた中背でやや太めの男。ジーンズに黒い半袖Tシャツという恰好で、袖から見える二の腕にだらしない脂肪が確認できる。無精ひげに覆われた顎もたるみが目立つ。天然パーマを刈り上げたような髪型のせいもあり、あまり利口にも善良そうにも見えない。そして下品な笑いを浮かべている。
もう1人は、やや背が高いやせ形の男。ボサボサの長髪が印象的だ。同じくジーンズに紺のTシャツを着用している。こちらの男の方がやや上品そうに見えなくもないが、所詮はどんぐりの背比べといったところ。
失礼かもしれないが、2人とも、ここ周囲の高級住宅とは雰囲気が合わない。さらには2人とも手ぶらで、鞄やウエストポーチすら身に着けていない。足元を見てみると、なんとビーチサンダルを履いている。繁華街をうろつくチンピラそのものだ。
「俺のことですか?」
「そう。おまえだ」
初対面の人間を「ガキ」、「おまえ」呼ばわりして、ため口を聞く――友好的な態度ではない。
今竜兵がいるところは、厳密に言うと住宅街からややはずれ、ちょっとした森のある公園のようなところに足を踏み入れていた。もう少し進むとほとんど人の目につかない場所になる。
「ちょっと聞きたいんだけど、おまえ、昨日の夜にあそこの事件現場を通ってたんだってな。刑事と話してただろ?」
「それが何か?」
どうもこの男たちは、野次馬に混じって竜兵と中原刑事の会話を盗み聞きしていたらしい。
「頼みがあるんだ。おまえがあそこを通るときに、どんなやつがいてそいつらは何をしていたのか、教えてくれ」
「俺と刑事さんの話を聞いてたのなら、刑事さんと話した内容が全部ですよ。そもそも、得体の知れないあんたたちに、話してやる義務も無いと思いますが?」
「なかなか気の強いガキだな」
太めの男がゆったりとした足取りで竜兵に近づき、正面に立つ。細身の男は、それと同時に竜兵の背後に回った。竜兵はすぐ、体を横に向けた上で一歩引き、敵を自分の前後に立たせるのではなく、自分の正面に対して左右に立たせるような位置に移動した。
これでまた1つわかった。竜兵と刑事の会話に興味がある者など、1種類の人間しかいない――あの怪人の関係者だ。だとすると、手ぶらでいる理由も納得できる。手持ちの武器など必要ない。己の肉体そのものが強力な武器なのだから。
(だと考えると、ただのカツアゲの方がマシだったな……)
はっきり言って、生身の竜兵ではあの怪人には絶対に勝てない。今回は2人が相手だからなおさら不利だ。
ただ、1つだけ可能性があるとすれば、竜兵も昨日の不思議な力を発揮したとき。そうすれば、まだ勝ち目はありそうだ。しかし、あれがいったいどんな現象だったのか、未だに竜兵にもわからない。再び同じ力を発揮できる保証など、どこにもないのだ。
「大人の頼みは、素直に聞いていた方が得だぞ?」
「強盗仲間の頼みを聞くつもりはない。おたくら、警察関係者じゃないだろ。警察以外で目撃者にたかろうとするやつなんて、犯人の仲間くらいしかいないからな」
「俺たちが強盗の仲間だったら、どうする?」
太めの男は、濁った歯を見せてくっきりと笑った。今の発言は、怪人の仲間だと事実上認めたようなものだ。
「許さねえ。俺は正直、被害者とはそんなに仲良くなかったが、家族全員が発狂しそうになって悲しんでるのを見て、俺は絶対に犯人を許さないって思った」
「おおー、かっこいいねえ」
太めの男は、完全に竜兵を茶化そうとしている。一方で細身の男は、相変わらず黙ったまま、竜兵に固い視線を送り続けている。もう少しだけ、竜兵は口を使って男たちの情報を集めることにする。
「強盗は、被害者宅の隣の道路で死んでたらしいな。刑事さんから聞いた。――そうか。おたくらは、仲間を殺したやつを見つけようと必死になってるんだな。だから、目撃者らしい俺が何か知ってないか、嗅ぎ回ってるってわけだ」
「頭のいいガキで助かった」
今までずっと黙っていた細身の男が、低い声で反応した。
「そこまで見抜かれたのなら、こっちも正直ベースで話をした方が早い。おまえの言う通り、俺たちは仲間を殺したやつを追っている。お礼参りをしなきゃいけないからな。おまえ、刑事に話したこと以外にも、何か知っているだろ?」
「それはさっきも言った。刑事に話した通り、俺は地面に座り込んでる人間を1人だけ、遠くから見ただけだ。他の誰もあの場にはいなかった」
「嘘をつくと、ろくなことにならないぞ?」
「俺が嘘をついたって何の得にもならないさ。あれ以上の情報を知ってたら、俺はとっくに刑事さんに話してる」
だんだんと、男2人の表情が堅くなる。竜兵のやけに生意気な態度に、2人とも苛立ちを強めているようだ。
「――そうか。知らねえならそれでいいんだ。どっちにしろ、最後は口封じをするつもりだったしな」
先ほどのような茶化す余裕が無くなった太めの男が、ドスの効いた低い声で竜兵に畳みかける。見た目ではそうでもないが、裏ではかなり興奮していそうだ。もう少し竜兵が挑発すれば、爆発する。
「おまえ、やけに余裕だな」
対照的に、細身の男は睨みを聞かせながらも、心の内は冷静に竜兵の反応を探ろうとしている。竜兵のやや不遜な態度に、違和感を覚えたらしい。
「あんたら、俺を脅してるわりには、武器らしい物を1つも持ってないよな。俺は見ての通りチビだが、何の計画性もないチンピラくらいなら、返り討ちにできるんでね」
「てめえ!」
爆発しかけた太め男を、細身男が止めた。
「おまえの言い分は正しい。確かに俺たちは、脅しにすらなっていないな」
敢えて竜兵は、敵の手ぶらな状態に言及した。その通り、男らはナイフ1丁も持っていないし、Tシャツにジーンズ、ビーチサンダルでは武器を隠すこともできない。
だがまさか、手ぶらで恐喝や口封じにやってくるほど間抜けではあるまい。
そうすると、考えられる武器は――。
「ちゃんと脅さないと、口を割らないようだな」
次の瞬間、2人の顔や手の皮膚が波打った。
目の錯覚かと思ったが、目の前で、男2人の全身の皮膚が盛り上がったりしわになったりして、だんだんと色と形を変えていく。
その次の段階では、足元から骨をひねったようなグギリという音が聞こえた。男たちはビーチサンダルを脱ぎ捨てると、両足の指が根元から裂けていき、それぞれの足の指の間が裂けて、それぞれの指が独立性を高めていく。細長い形をした人間の足が、骨と関節が軋むような鈍い音を立てながら、平べったい人間の手の形へと変形していく。そして爪が伸び、先が尖り、境内の土の地面をがっちりと捉えるようになる。
おそらくは、10秒も経たない短い時間で、2人の男は「変身」した。竜兵の目の前には、見覚えのある、頑丈そうな濃いグレーの皮膚と爪を備えた怪人が2人立っていた。
(変身したか。俺の両腕が黒く変色したから、きっと他のやつも普通の状態と入れ替わりができる仕組みだと思ってたんだが……)
一応、もしやと想像をしていたが、実際の変身を生で見ると、その仕組みの異常さを心から実感できる。爬虫類のような細かい鱗が皮膚に現れ、哺乳類の柔らかい皮膚を包み込んでいくその様は、なかなかグロデスクだった。しかも昨日遭遇した夜と違い、今はまだ薄明りがあるため、よりくっきりと皮膚や身体の様子が目に入ってくる。
竜兵は、黙ったまま怪人たちの特徴を頭に叩き込む。鱗で覆われた皮膚は、生半可な刃物の攻撃なら簡単に受け流しそうだ。手のように指が自在に動く足は、まさしく手と同じ働きができるだろう。昨夜の仲間のように、壁の隙間に爪をかけ、忍者のように壁を昇ったりつたったりすることを可能にしていると思われる。そして武器は、常人が絶対に発揮できない怪力と、人間の皮膚や筋肉を簡単に切り裂いてしまいそうな爪だろう。両目も、硬質の黒い幕で覆われ、白目や黒目が完全に隠れている。ちょうど、サングラスが目に張り付いたようだ。唯一、髪の毛は一見すると変身前と比べて変化が全くない。
「武器は、金属バットやナイフだとは限らねえんだぜ。社会には、ガキには想像のつかないものが存在するんだ。勉強になったな」
太め男が、両手の爪を強調するため、竜兵の顔の前で握ったり開いたりしてみせる。
男の態度からは、弱いものをいじめるようなときと同じ、横柄で傲慢な印象を受ける。どうやらこの男は、竜兵が恐怖のあまり口を聞けなくなったと思っているらしい。
「……ガキには想像のつかない大それた凶器を、あんたらはコソ泥と居直り強盗のために使ってたってわけか」
「口が減らねえガキだな!」
太め男が竜兵の左手を掴もうとするが、それを振り払う。
竜兵は、その男の態度に怒りが沸いてきた。
「あんたら、昨日の強盗が初犯じゃないだろ。――そういや3日前も、隣の地区で強盗殺人があったな。それもおまえらか。そのときも、空き巣で入ったつもりが、家主に戻られて慌てて殺したんだろ」
「よくしゃべるガキだな……!」
「3日前と昨日は、自分の悪巧みを目撃されたから、その目撃者を殺した。今日は、自分たちが情報を得るために、無関係な高校生を巻き込んで、最後は口封じに殺そうとしてる。あんたらは、今までもそんなふうに簡単に人を殺してきたんだろ。身勝手極まりない、クソ野郎だな!」
「いい加減にしろよ! 立場ってもんをわからせてやる!」
「てめえらは絶対に許さねえ! そして俺は死なねえよ!」
太め男はついに堪えきれなくなり、竜兵に手を出した。男の右手が竜兵の頬をかすった。竜兵は咄嗟に頭を動かして直撃を避けたが、竜兵の左頬には彫刻刀で抉ったような傷が何本もできた。しかし、不思議と血は一切出ない。
「待て。このガキ、どうも普通じゃなさそうだ――」
ぶち切れた相棒を、細身男は止めに入る。しかしそれは、竜兵の体に異変が起きるのと同時だった。
昨夜に怪人に襲われたときと同じ、電気ショックのような衝撃が全身を駆け巡り、頭の中がすっきりする。いつも比べ、より深く、より冷静に、より速く物事を考えられそうだ。
視界から入る景色も、突如として鮮やかさを増す。すでに日が沈み終わった薄暗い中にも関わらず、公園や神社にある全てのもの――草木や土や神殿などが、強烈な自己主張をするかのように頭に焼き付く。色も、今まで見たことないような色が周囲から目に飛び込んでくる。
身体も、肩や首、腰などの全身がパキパキと音を立てて、少しずつ位置を調整する。まさに、封印されていた力を解放するような感覚。それが終わると、昨夜と同じく、いつも以上の力を発揮できそうだと思える。すごく身体の調子がいい。この前の都大会の決勝で自己ベストを記録した日は、朝から良い意味で体がうずうずして、いくらでも走れそうな状態だった。今はそのとき以上に、速く走れる気がする。
そして爪を含めた両手は、着ている学生服以上に黒く、光を反射しない。
ふと、竜兵は、神社の鳥居の傍に立っている反射鏡に自分の姿が反射していることに気が付いた。
(え、全身が黒……?)
鏡に映った自分の顔や首は、両手と同じく真っ黒だった。目は、いつもと同じ紅い色。黒い顔の中だと、2つの紅い瞳がひと際目立つ。瞳が自ら光を放ち輝いているようにさえ見える。
「まさか……このガキが改造人間だったとは!」
「しかもよ、この改造は、警察のやつと同じじゃねえのか?」
自身の身体変化の驚きから目を覚ます。そうだった。今は怪人2体を相手にしている最中だった。
竜兵は肩にかけていた学生鞄を放り投げ、細身の男に飛びかかった。細身男は、目の前で高校生が変身したことに呆気に取られて隙だらけだった。
飛びかかった結果、竜兵と細身男は2人とも地面に倒れこんだ。竜兵は相手よりも一瞬早く起き上がり、地面に仰向けになっている細身男の顔面を、右手を開いて掴んだ。
竜兵はもともと、平均よりも指が長い。5本の指で、細身男の顔を締め上げる。指の1本1本が、男の顔に食い込んでいく。
「ぐが、ぎ……」
男は悲鳴すら上げられず、ひたすら手足をバタつかせてもがく。しかし竜兵は右手に込める力を緩めなかった。
「よくも拝島を殺したな……!」
さらに指に力が入る。すると指の先に触れている頭の固い部分、おそらくは頭蓋骨が陥没し穴が空いた。
がくんと細身男の体から力が抜けるが、男の体は、まだ完全に動きが止まらない。
竜兵はとどめを刺すため、顔を握ったまま細身男の頭を自分の胸の前まで持ち上げ、両手で頭を挟んだ。そして大胸筋に目いっぱいの力を加える。
力を加えて数秒で、細身男の頭蓋骨は竜兵の両手の中で粉砕され、頭はつぶれた。皮膚を突き破り折れた骨が飛び出し、さらには頭蓋骨内の組織が滲み出てくる。
続いて竜兵は、太め男に目をやった。竜兵を脅そうとしたこの男は、逆に怖気づいてしまったようだ。仲間が殺されている間に、彼は助けようとも、また逃げようともしなかった――というよりできなかった。
竜兵は立ち上がり、走りながら太め男の左肩を思い切り殴りつけた。右手の拳に確かな感触が残る。太め男は殴られた衝撃で数メートル後ろに吹っ飛び、地面に背中から着地した。倒れた男の左肩や肩甲骨が、あらぬ方向に曲がっている。
竜兵はすぐに駆け寄って、男の胸倉をつかみ、男がうつ伏せになるように地面に叩き付けた。そして男の右肩――健全な方の肩――を右足で上から強く踏みつけた。
「おい」
苦痛で顔を歪める男に、竜兵は問いかけた。
「さっきおまえ、俺の改造が警察のやつと同じ、とか言ったな? どういうことか説明しろ」
「ひい……。俺は、あんまり改造人間について詳しくないが――」
男の口から注目すべき言葉が出てきた。改造人間。信じられないが、この男や竜兵の体に備わっている能力は、人工的に手を加えられたものなのか。
「なら、おまえが改造人間について知ってることを全部話せ。今の俺は、おまえの手足を1本ずつ引っこ抜くことだってできるんだぞ」
「や、やめてくれ!」
男は恐怖のあまり泣き出してしまった。
「く、黒い身体に紅い目。これが警察の改造人間の特徴だって噂だ」
「……改造人間の警察官がいるのか?」
「人伝てに聞いた話だが、警察は改造人間の存在を秘密にしたがってるらしい。改造人間は、見つけ次第すぐに拘束するのがやつらの方針のはずだ。警察の改造人間は、他の改造人間を捕まえるのが任務だ。俺は警察の改造人間を見たことがないけど、これがまた、ひどい冷酷なやつだって話に聞いてる」
見つけ次第すぐに拘束――今の竜兵には、少なからずショッキングな内容だ。
「さっきはガキなんて言って悪かった。あ、あんたはいったい何なんだ? 警察の回し者じゃないのか? それとも、全然違うところで改造手術を受けたのか?」
男の問いには、竜兵は答えない。それよりも、竜兵自身、正確な回答ができる自信が無い。
「改造手術か――。おまえは、どんな改造を受けたんだ?」
「俺は、難しい内容はわからねえ。俺が受けた説明は、皮膚と骨格に新型の細胞を埋め込んで成長させて、その後に整形手術みたいに形を整えるってことだけだ」
「なぜ、改造手術を受けたんだ? それと、どこの誰が改造人間の造ってるんだ?」
「誰が造ってるかまでは知らねえ。ある日突然、保険営業の姉ちゃんみたいな人が家に来て、改造人間になってみないかって話を受けた。その姉ちゃん、俺の万引きの証拠まで握っててちょっと怖かったし、単純に面白そうな話だとも思ったから、俺はすぐ承諾した。そしたら目隠しされて車で病院みたいな施設の中に連れていかれて――」
「改造人間になった後は、能力を利用して窃盗と居直り強盗の常習犯になったわけか」
男はびくついた。
(そうか。改造人間を拡散させてる連中がいるんだな。しかも、かなり組織立って進めてる形跡がある)
そのとき、男が体の反動を利用して竜兵の右足を外し、うつ伏せの状態から起き上がった。反射的に竜兵は身を引いた。不意打ちだ。
男は立ち上がり、右手を振り上げて、闇雲にこちらに突っ込んでくる。
「この野郎!」
竜兵は相手の頭を狙い、右脚のハイキックを打ち込んだ。小学生のころにやっていた空手で身に着けた技だ。
頭の真横に蹴りは命中し、衝撃で首の骨が完全に砕けた。
どしゃりと土の地面に、男の体が落ちる。完全に絶命している。
勢いのあまり、今日は2人も殺してしまった。すぐにその恐怖が頭をよぎる。
竜兵はまず、細身男の血や脳液がべっとりと染みついたYシャツを脱いだ。それからすぐ傍の水道で手と体を洗い、きれいになった手で学生鞄を拾う。そして中からビニール袋を取り出し、血の付いたYシャツをしまい袋の口を縛った。これは慎重に処分しなければならない。
それでも昨日と比べ、今日は落ち着いている。殺人に慣れたのだろうか。いや、単にまた謎が増えて、慌てる暇すらなくなったのかもしれない。
(警察の改造人間に、改造手術か。もし俺が改造人間だとすると、俺はいったい、いつ、どこで改造手術を受けたんだ?)
竜兵は、生まれたときから大きなケガや病気にかかることもなかった。手術どころか、医者にかかったのも数えられる程度の回数しかない。竜兵がどうやってこの能力を得たのかが、大きな謎だ。
それに――竜兵自身のこの能力を、誰にどう説明すべきだろうか。男の話を聞くと、当然秘密にしなければいけないことなのは確かだろう。だが、改造人間という事実は、家族にも隠し通せるものなのだろうか。
(春海……)
そう。中でも春海は、生まれた時から常に一緒にいると言っても過言ではない。彼女なら竜兵の変化に気付くかもしれない。隠しておいて後で気づかれるより、最初から打ち明けておいた方が心情的にダメージが少ないかもしれない――。
(――いや、やっぱり春海にも黙っておこう。あいつが改造人間の存在を知ったせいで、殺人沙汰に巻き込まれるようなことがあったら、たまらないな)
春海の身の安全のためもあるし、それにもう高校2年生だ。お互いに、秘密の1つや2つがあったっておかしくない。
竜兵は、今日までの出来事を、自分の心の中に閉じ込めておこうと決めた。そして地面に転がっている2つの死体に背を向けて、ゆっくりと目的の駅まで歩き始めた。
「これは……またか」
中原は、地元所轄署からの知らせを受けて現場に急行した。そして案内された場所を見ると声を漏らさずにはいられなかった。
昨晩遅くに、恐竜のような鱗と爪が特徴の改造人間の死体が、都内の住宅街の道路で発見された。その翌日の今日、昨晩の現場からそう離れていない公園で、今度は2体の同じタイプと思われる改造人間が、殺されていた。改造能力の特徴は一致。昨晩の強盗殺人犯の仲間と考えられる。
1体は、頭部が潰れている。何かに押しつぶされたように見える。もう1体は、左肩から胸にかけて体組織が損傷しているほか、首の骨が盛大に砕けている。頭部に横から受けた外傷もあるが、こちらは頭部に強い衝撃が加わり、首の骨が耐え切れなかったのだろう。
(指紋や体液などの証拠は無いか。とても人間が関与したとは考えられないほど、証拠が残っていない。いや、それよりも――)
最も驚いた点は、大胆にも、自分たち警察が現場検証をしている場所から数百メートルしか離れていない場所で、この殺人沙汰が起きたということだ。人目の付きにくい神社の中とはいえ、中原は刑事として恥ずかしくなった。自分たちが犯人に舐められているのではないかとさえ思える。
(いったい犯人は、何が目的なんだ?)
仮にだが、改造人間同士の大規模な抗争にだったら、地域全体の治安に関わる大問題になる。中原はすぐに上司に連絡し、近隣の監視カメラ全ての映像分析を要請した。
いかがでしょうか。
第4話からは、また少しずつ物語を動かしていこうと思います。
引き続き、よろしくお願いいたします。