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第18話 第2編 科学と夢 04:それぞれの思い

すみません。先週話を転がすとか言っておいて、ぜんぜん進んでいませんでした。

来週から必ず進めますのでどうかご了承ください。


第18話 文字数:6215文字

 竜兵が風呂に入っている間、春海はベッドの上に座り、赤ちゃんチーターのモモを膝の上で撫でていた。のんびりしながら、頭の中では今後の情報収集の作戦を立てていた。

 その情報収集というのは、自分の父親から情報を得るための作戦だ。

(お姉ちゃんと私のDNA検査は済んだし、お姉ちゃんの身体情報も警察のデータベースからコピー済み。お姉ちゃんが、体外受精で生まれた証拠がうちの病院にあった。あとはこれらの情報から、なぜ私がお姉ちゃんのクローンなのか仮説をつくることが大切ね)

 春海が清海のクローンとして誕生した事件に、自らの両親が関与していないはずがない。

しかし、単に「なぜ自分がクローンなのか?」と訊いただけで、両親は真実を教えてくれるだろうか。

 春海の件だけならまだしも、両親は生体兵器たる竜兵の育成にも関わってきた可能性が高い。それほど闇の深い領域と接触のある人物が、そう簡単に真実を明かすとは思えない。

 だから春海は、まず証拠集めに奔走した。自分と竜兵に関わるあらゆる事実を精査し、そこから自分なりの仮説を導き出す。さらにまた証拠を見つけ、仮説を補強もしくは修正して整えていく。

 そして両親に訊く行為は、仮説を事実にするための儀式とする。ありとあらゆる証拠で固め、嘘をつけない状況にした上で、両親を問いただす。そうまでしなければ、事実にたどり着けないような気がする。

(実の両親にここまで疑いを持って対策を立てられるなんて、嫌な性格よね……)

 それから、竜兵の性能についても色々実験を重ねた。

 竜兵の体は非常に特徴的だが、体を構成する元素は一般的な生物と同じく、炭素や水素、酸素が多くを占める。

 竜兵の細胞『MB細胞』は、搭載するマイクロブラックホールのおかげで、膨大なエネルギーをほぼ永遠に放出することができる。そしてそのエネルギーを元に、水や二酸化炭素から炭素化合物を作り出し、餌が全くない環境でも体を成長させることができる。仕組みは植物の光合成と似ているかもしれない。植物は、太陽光のエネルギーから有機物を合成する。『MB細胞』は内部に搭載するマイクロブラックホールのエネルギーで、有機物を合成する。

 しかし、大気中の二酸化炭素の濃度はおよそ0.04%しかなく、一度に大量の炭素を吸収することはできない。植物の成長が遅いのと同じように、餌の無い環境での細胞分裂は、いくら『MB細胞』といえどもゆっくりしたものだということがわかっている。

 だから春海は、餌となる炭素源を与えたら成長が早まるのではないかと考えた。

 結果は予想通りだった。デンプン糊を与えた細胞は、生物学的には考えられない速さで増殖を開始した。デンプン糊以外にも、石油、木炭、プラスチックなど多種多様な餌を与えてみて、どれを一番餌として好むのか研究する。

(幼馴染の細胞をむしり取って、その培養に夢中になる……やっぱり私、ヘンな性格よね)

 だが、この性格も全ては清海のコピーだと心から思う。テクノロジーに夢中になり、普通の人ならちょっと気持ち悪いと思う実験も夢中で進める。理論を考え構成する頭と、その理論の実証実験を進める手の両方を、ハイスピードで回転させられるからこそ、清海は改造人間技術の第一人者となり、春海の命を救った『XG-0』を生み出した。

 その清海を超えるのは難しいだろう。しかし、不可能ではない。自分は清海のコピーであり、全く同じ素質を持っているのだから。

 逆に言えば、同じ資質を持っている相手だからこそ、負けられない。負けたら、その原因はそのまま努力の差ということになってしまう。先天的な才能で負けるのならともかく、後天的に何とかできる努力では負けたくない。清海にも、また他の誰にも。

 しかし――。

 そういえば最近、竜兵は毎晩誰かと電話している。竜兵には悪いと思いながらも携帯電話の使用履歴を調べたら、相手は他の学校の女生徒だった。竜兵の友人たち――野辺海斗やキムたちに尋ねると、土曜日のボランティア実習で出会った特別支援学校の女生徒だという。

(恋愛は結構だけれど、そのために戦いの準備をおろそかにしてはだめよ。私たちの当分の敵は、日本最大の広域暴力団の桜田門組と、桜田門組さえ手こずる自由同盟なんだから)



「黒山くん、ちょっと来てください」

 朝、竜兵が春海と一緒に登校すると、いきなり雪子が2人の目の前にやってきた。くっきりとしたダークブラウンの瞳が、まじまじと竜兵を見ている。

雪子のその様子と声がやけに目立つので、クラスが少しざわめいている。

 竜兵は、ちらりと隣の春海を見た。春海は視線で、竜兵自身に判断を任せると合図した。

「ちょっと今は勘弁してくれ。朝から目が真っ赤に充血してつらいんだ。――何だ、何か突っ込めよ?」

 少し雪子をからかうつもりで目をこする動作をしてみたら、雪子は表情に出さないながらもムッとしてこちらに詰め寄り、竜兵の左手を掴んだ。そして竜兵はそのまま雪子に引っ張られ、ずるずると教室から出て行くことになった。

「竹石さん、竜兵たちは何してるの?」

「野辺くん、おはよう。――さあね? 私にもわからないわ」

 廊下を雪子と一緒に歩く竜兵の耳に、そんな声が最後に聞こえた。

 雪子が竜兵を連れて行ったのは、校舎の屋上だった。竜兵は屋上に放り込まれ、雪子と向かい合う形で立った。

 雪子は、背筋をピンと伸ばしてから本題に入った。

「あなたは先週末に、東京郊外の倉山学院にボランティアとしてお邪魔しました。その日から毎日、ある特定の人物と夜に通話で連絡を取り合っています。これは、改造人間や生体兵器に関する内容ですか?」

 雪子の言葉を聞いて、思わず苦笑が漏れてしまった。プライベートの携帯電話まで通信傍受されていると言われれば面白くないが、それ以上に雪子の発言があまりにも的外れで可笑しかったため、竜兵は顔が緩んだ。

「そんな大それた活動なんて、俺にはできねえよ。通話の相手は、倉山学院にいる同い年の可愛い女の子だ。改造人間は何も関係ない」

 竜兵が秋奈と毎晩話している内容だが、日常のたわいもない話と、『障害者』についての軽いディベートみたいな話し合いだ。他人に聞かれるとちょっぴり恥ずかしくなる内容も含まれているが、あの会話と改造人間の取引がどう結び付けられるのか、竜兵には理解できない。

 雪子は、通信傍受した内容までは警察内部で知らされていないのかもしれない。

「どうして、恋人でもない相手と、毎晩何十分も電話をするのですか?」

 彼女の声を聞きたいから――と答えたら雪子がどういう反応をするか試してみたかったが、竜兵自身も恥ずかしいので、口元まで出かかった台詞をのみ込んだ。

「そのコと話してると、すごく勉強になるんだ。そのコは身体障害者だけど、障害者はどういう意識で社会参加すべきかとか、すごくはっきりとした信念があるんだ。彼女と話してると、すごく新鮮な気分になれる」

 今の竜兵の言葉に対しても、雪子はあまりはっきりとした反応を示さなかった。ただじっと竜兵を見つめたまま、何かを語ろうと待っている。そんな雰囲気だ。

「他に何か、訊きたいことがあるのか?」

「……忠告しておきます。身体障害者に、改造人間の技術を使って欠けた身体をプレゼントしよう、などとは考えないことです。あなたと竹内さんなら、やりかねませんから」

 最初の雪子の質問で緩んでいた竜兵の顔の筋肉が、急に強張る感覚がした。

「繰り返すけど、俺たちにそんなノウハウも金もない。俺たちっていうか、少なくとも俺にはな。――だけど、俺の気持ちとしては、そのコに脚をプレゼントしてあげたいとは思ってる」

 竜兵の言葉に対し、雪子の表情が少しだけ曇った。いつも見る、堅くて冷たさを感じる凛とした戦士の表情の中に、普通の女の子らしい揺らぎがわずかに見えたように竜兵は思った。

「あなたの気持ちは、わからなくもないです。しかし、改造技術の拡散を進めれば、あなたたちは自由同盟と一緒です」

 もっと厳しい言葉で反論されると竜兵は予想していたが、意外にも雪子は角の立たない言葉で竜兵を止めようとしている。

 もしかして――。彼女は警察の一員として数々の暴力犯罪に対峙してきた。その中で、身体欠損を含めた重大な怪我を負った被害者たちを見てきたはずだ。

「あんた……白河さんは、例えば犯罪被害者とかを見てきて、改造技術で彼らを助けられたらいいって思ったことはあったりするのか?」

「……」

 雪子は答えづらそうに口をつぐんでしまった。

「改造技術を取り締まる側としての立場上、あんまり自由に発言できない立場なのかな?」

「私は法に基づき、規制法違反者を取り締まり、改造技術の封印に務めます。当たり前のことをするまでです」

 雪子の表情は、いつもの警察関係者としてのはっきりとした表情に戻っていた。

「改造技術を不要に一般社会に拡散させている自由同盟のせいで、あなたの同級生である拝島利樹さんは悲しい目に遭いました。あなたが自由同盟と同じことをしたら、私は許しません」

 竜兵が秋奈の2本の脚を与えてあげたいと思う気持ちと、実験を兼ねて不特定多数の人間を改造して能力を与えている自由同盟の行為。この2つが同じものだと、竜兵には思えない。

「わけのわからん連中をたくさん改造人間に仕立てるのと、身近で監視の行き届く人を改造するんじゃ、全然意味が違ってくると俺は思うけどな。――これ以上、俺らが話しても無駄だな。また喧嘩になっちまう」

 竜兵は、話がヒートアップする前に会話を終了させて、竜兵は屋上の出入り口までゆっくりと歩き出した。雪子も、これ以上は何も言わずに、歩く竜兵にじっと視線を送っている。

 雪子の視線を受けて、竜兵は出入り口のドアのところで、ふと歩く足を止めた。特に振り向きもせず雪子に背を向けたまま、彼女に言っておきたかった言葉が、自然と口から出てきた。

「俺は今、本当にすげえって思えるやつが3人いる。全員、女だ。1人目は、尋常じゃないほど前向きで頭のいい幼馴染。姉貴が死んで泣きたいはずなのに、黙々と技術研究を進めてる。全ては『勝つ』ためにな。2人目は、この前に会った両足が無い女の子だ。気さくで気が利いて優しくてストイック。ハンデを負っているからこそ、自分はどうしなくちゃいけないとか、どうあるべきかとか、すごくよく考えてる。自分自身を残酷なくらいはっきりと評価する強さに、俺は驚いた」

「……」

「そして3人目は、白河さん、あんただよ。半年間、自分を生体兵器として否定的に見る警察の中で働いて、そして活躍して、結果的にそういう声を黙らせた。すげえ度胸と根性があるなって思う。同い年の俺には、とても無理そうだ。俺はその面では、純粋に白河さんを尊敬してる」

 竜兵は、背を向けたままでも何となく雪子の様子がわかった。彼女は、どう反応したらいいか迷っているに違いない。

「でも俺は、白河さんがどんなにすげえやつでも、屈服するつもりはねえよ。次に白河さんと戦う時までに、俺は白河さんより強くなってるつもりだ」

 決意を込めて、彼女の前で宣言する。警察の切り札たる白河雪子に勝って、竜兵自身の考え方を貫くのだと。

「そうだ。あと尾行要員に伝えておいてくれ。来週の土曜、俺はまた倉山学院にいく。ちょっとしたデートのつもりだ。そこで露骨な邪魔はするんじゃねえぞってな」

 屋上に立ち尽くす雪子を置き去りにする形で、竜兵は屋上からの階段を早足で駆け降りていった。



 放課後、雪子は生体兵器テロ対策課の本部に戻った。警視庁の一部門とはいえ、生体兵器等の危険な存在を収容する施設があるため、本部は郊外に存在する。

すぐに井手口と定時連絡を共有しようと思ったが、井手口は不在だった。

「井手口さんなら、本庁にいるよ。ここ最近、本庁からは嫌味みたいな呼び出しが多くてね」

 たまたま部屋にいた捜査員に井手口の居場所を尋ねると、そんな答えが返ってきた。

 井手口の携帯電話に、ワン切り電話をかけ、着信履歴だけ残しておく。それから雪子は、訓練用の活動服に着替えるために更衣室へ向かった。

「白河」

 廊下を歩いていると、背後から呼び止められた。そこには、松葉杖で体を支える中原が立っていた。

「中原さん。怪我は大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。命に別条はない」

 中原の、ギブスと包帯を巻いた左の下腿に視線がいってしまう。数週間ほど前、中原は機械化機動隊の隊員として、『轟』の中島純三と対峙した。その結果、衝撃波を受けて左足のすね骨を骨折する大けがを負ってしまった。

 雪子自身が竜兵に気を取られたがために、中島純三を逃したばかりか、中原に怪我を負わせてしまった。本当に重大な失態だった。

 中原は雪子を連れて、自分の机まで戻った。その場で雪子は、いつも井手口にしているような学校での出来事の報告を、中原にした。

「へえ、あの少年がな。青春を楽しんでいるようで何よりだ」

 雪子が、学校の屋上で対峙した竜兵との話を報告すると、中原は興味深そうに口の両端をつり上げた。

「中原さん。あの、話の論点はそこでしょうか……」

「ん? 高校生にとって青春は大事だろう。白河も、なかなか誰かと遊ぶ時間が取れないだろうが、休みの日には誰かと息抜きに行ってくるといい」

「はい」

 ただし今のところ、誰かとショッピングや映画に行きたい気分ではない。目の前の、数々の事件を解決したい。そのためにもっと自分が強くなりたいという気持ちがある。

「黒山竜兵には、中学時代の同級生という中島純三からのコンタクトは、あれ以来無いみたいだな?」

「はい。今のところはありません。ただ、私が懸念しているのは、黒山竜兵の考え方です。改造技術の拡散を肯定する自由同盟の考え方に傾きつつあるのではないかと思います。彼や竹石春海が、今後どのような動きをするのか、注視する必要があると思います」

「まあな」

 中原は、机の引き出しからガムを取り出して口にくわえた。雪子にも1つ勧めたが、雪子はガムを噛みながら上司と話をするのもよくないと思い、お断りした。

「目の前に脚や腕、視力なんかを復活させられる技術がある。それを使わせてあげたいと思うのが自然な考え方だし、そう思うことは間違っちゃいない。黒山たちの考え方もな」

 中原は、雪子以上に犯罪の理不尽な面を見てきたはずだ。誰かを助けたい、何とかしてあげたいと思う気持ちは、雪子以上に強いだろう。

「だからこそ、それを止める俺たちは、強い覚悟と意志が必要だ。……実は、こんな情報がある」

 中原は、デスクの机からメールを印刷した1枚の紙を取り出して、机の上に置いた。雪子もそれを覗き見る。

「これは……!」

 紙に記述されていたのは、自由同盟の影の支援者と思われる人物のリストと、その根拠となった情報だった。人物の肩書を見ると、大学教授や有名企業の研究員などがちらほらいる。

「この情報の送り主は、誰だと思う? ――竹石春海だ。ご丁寧に、井手口さんのメールアドレス直々に情報が送られてきた」

 雪子は開いた口が塞がらなかった。

「彼らが自由同盟と手を組む確率は高くはない。ただし、大人しく警察に従う確率はそれ以上に低いだろうな。向こうは、警察ぐらい簡単に手玉に取れると思っている。向こうには、警察の威信をかけて開発した超ハイエンドの改造人間と、白河と同じタイプの人型万能生体兵器がいるんだからな。強敵だぞ」

「はい。私も手加減するつもりはありません」

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