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第14話 第1編 科学の厄災 14:ひと息ついて

前回も申しましたが、第14話はエピローグというか、次の章につながるお話です。

次の第15話から、新章・新展開といたします。


これからもよろしくお願いします。


第14話 文字数:4448文字

「今回の作戦は、おおよそ成功したんじゃないのか? おまえはどう思う?」

「期待値にはぎりぎり達することができたのかなと、自分では思っています。黒山と警察が対峙せざるを得ない状況を作って、こちらがつけ入る隙を維持する。この最低限の目標は達成できたんじゃないでしょうか」

「ほう。逆に達成できなかった目標とは?」

「黒山を、我々『自由同盟』側に引き込むことです。これには失敗しました。黒山の口から、はっきりと『協力できない』と言わせたのは失敗です。もっと魅力的なアピールができたかもしれません」

「やつは生体兵器『新人類』。生まれながらにして高い知能と身体能力、それに身体がバラバラになっても再生するほどの生命力を持つ。生まれながらにして持っていたが故、改造人間の能力を渇望するという気持ちが沸かないのだろうな」

「その通りです。しかし、我々が目指す世界、彼ら『新人類』の存在を抜きに仮定することはできません。生体兵器と改造人間、一見すると似ているようで全く異なる存在同士がどのように共生関係を築くのか、重要なテーマです」

「その通りだな。引き続き、次の作戦を進めよう」


 都内某所。報告書を片付けてから、雪子は井出口に謝罪した。

「井出口さん、申し訳ありませんでした。あれほど敵を間違えるなとの念押しがあったにも関わらず、黒山竜兵に気を取られ、中島純三を逃がしてしまいました」

 自分の不手際で、中島純三の拘束に失敗し、中原らに重傷を負わせてしまった。これが大失態でなくて何なのだろう。

 井出口は、特に怒りもせずいつものように笑って返した。

「まあそう落ち込むな。誰にでもミスはある。しかし珍しいな。白河があれだけ感情的になるなんて」

「すみません――」

「自分と同じ生体兵器に初めて出会った興奮。でも自分とは違う考え――はっきり言えば自分と対立する考えをしていたことへの戸惑い、加えて反発。そんなところが爆発しちゃったのかな?」

 井出口の指摘は鋭い。全くその通りだ。

 自分と同じ生体兵器――警察では『開闢』と呼ばれ、自由同盟からは『新人類』と呼ばれる存在――の個体がどんな存在なのか、非常に興味があった。それゆえ、相手がどんな気持ちでいるのか知りたかった。しかし知れば知るほど、雪子とは相反する考え方をしていることが受け入れられなかった。

「黒山竜兵を、今後どうしたい?」

「引き続き、24時間体制の厳重な監視を敷くべきだと思います」

「その通りだな。白河や『轟』と互角に戦える存在なんだから、重火器並みの管理体制が必要なんだよな」

 井出口は意味ありげに笑うと、引き出しから1枚の大きな封筒を取り出した。

 適当な宛名の脇に、赤いボールペンの字で次のように書かれてあった――編入届在中。

「……これは何ですか?」

「三本橋高校への編入届だ。学校での監視なら、白河が一番適任だろ」

「しかし、兵器である私が、一般の高校生と密に過ごすことに上層部は心配しませんか?」

「大丈夫だ。いざとなったら、黒山竜兵と竹石春海が止めるだろ。逆に、万が一あの2人が暴走したら、白河が止める役目を担うことになる」

 自分が止める――その言葉の重みを実感する。自分と同じ生体兵器と、警察が莫大な予算をかけて開発した改造人間。その2体を止められるのは、自分しかいない。

「それにな、同い年の連中と一緒に集団生活を送る――これも立派な訓練だ。それとも、怖いのか?」

 怖さが無いと言えば、正直嘘になる。思春期の前半を、通常人とは違う環境で過ごしてきたことを、自分でハンディキャップに感じている。

「こういう言い方だと傷つくかもしれないけどな、変身して改造人間と戦うより、ずっと簡単なことだぞ」

「井出口さんは、どうやって高校時代を過ごしていたんですか?」

「朝から放課後までずっと机に座って、放課後にアメフト部で言われるがまま、こき使われてただけだよ。高校時代にもっと勉強しておけば、大学時代ももっと有意義に過ごせたんだろうなあ。――そうそう、あとは勉強だけじゃなくて、ちゃんと高校生らしい青春を送っておいた方がいいぞ」

 井出口は、編入届の入った封筒を引き出しにしまい、またどこかに行ってしまった。

 高校に編入する前に、もっと井出口に質問しておいた方がいい――雪子はメモ帳を取り出し、すぐに思い浮かぶだけの質問を書き出した。


 月曜日の朝。竜兵は、いつものように春海と一緒に家を出た。ここ1週間、竜兵と春海で様々な研究テーマの解析に務めた。

「私が想定する『開闢』の三大能力のうち、1つはエネルギー生産能力。もう1つは、体組織の再生能力ね。細胞レベルでの分裂速度やエネルギー生産量、さらに細胞から出る色々な信号からシミュレーションすると、たぶん手足と胴体がバラバラになっても生えてくるし、また切れた手足をくっつけることも可能ね」

「そういうレベルで再生するのか。まさに不死身だな……」

「エネルギーと再生能力。色々な能力の改造人間を想定するとき、どんな種類でも共通して必要な要素がこれらの能力よね」

「そういや『開闢』ってどういう意味だ?」

「日本神話の世界の始まりを意味する言葉よ。古事記や日本書紀の最初に『天地開闢』という章があるの。警察はあの()を『開闢』と呼ぶのは、改造人間のテロ対策という今までに全く無い世界を切り開く希望の象徴として呼んでいるらしいわ」

「警察無線を盗聴したのか?」

「暗号もちゃんと解除したわよ」

 駅までの道を歩きながら、小声で2人はそんなことを話し合いながら登校した。

 竜兵は、研究や技術解析では春海の手足となって働いただけだ。技術的な課題を考えるのは全部春海の役割だと割り切っている。そんな春海は、今まで見たことがないくらい張り切って色々な実験に励んでいる。

 何が彼女の意欲になっているのか、竜兵はまだ正確なことはわからない。ただ1つだけ思いつく仮設がある。それは春海が、死んだ清海のことをある種のライバルとして見始めたのではないかということだ。

(清姉……)

清海は、警察の中枢部署で改造人間の第一人者といえる地位についていた。それだけの実力を25歳にして身に着けていた。

 清海のクローンである春海は、持って生まれたものは清海と全く同じ。春海は今、清海をどんな風に見ているのだろう。


 朝、教室に到着すると、教室がややざわざわついている。何事かと思って席に行くと、自分の隣の机がやけに真新しくなっている。

「あれ、田中(たなか)のボロ机はどこ行った?」

「田中は、拝島のいた席に移るんだって。竜兵の隣には転校生が座るんだとさ」

 竜兵が不思議がっていると、海斗が背後からやってきて説明した。

「転校生? 何で俺の隣に?」

「今朝、担任が机を動かしながら説明してたぞ。なんか、この位置は相手の希望だってよ」

「は?」

 何だか拍子抜けした声が出た瞬間、廊下をドタドタと騒々しい音を立てながら、体重130キロのキムが走ってきた。

「おい、転校生を見てきたぞ! 女子だぞ! それも、すげえカワイイ小柄な女の子だ!」

「よっしゃあああああ!」

 背後の海斗や、他の男子も一緒に騒ぎ始める。

「いいなー竜兵、転校生の隣かよ!」

「竜兵、俺と席を交換しようぜ?」

 早速、海斗とキムがこちらにやってきた。

「いや、まずは遠慮しておく。筋肉ゴリラやデブの隣だと、転校生がかわいそうだ。俺みたいに省スペースのやつの隣になった方が楽だろ」

 すぐにまた教室内が笑いに包まれる。今の海斗やキムの雰囲気は、これまでやや張りつめた状態が続いた竜兵にとって、これぞ日常という安心感がある。

 しかし、転校生の席がなぜ竜兵の隣なのか、そこは釈然としない。竜兵の席は、別に特徴的な位置でもない。前でも後ろでも、端でも真ん中でもない席に、どうして転校生の席をわざわざ確保したのだろうか。

 いつもより賑やかな朝の自由時間も終わり、チャイムと同時に担任が入ってきた。

「今日は転校生を紹介するぞー」

「待ってましたあ!」

 海斗とキムが突如として声を上げる。転校生1人でこれだけ幸せになれるのは、純粋に長所といえるのではないかと、竜兵は本気で思った。

「こら、野辺にキム、静かにしろ。変な空気を作るな。――それじゃ、入って来い」

 担任に指示され、転校生の女生徒は教室前方のドアを開けて、びしっとした足取りで教室の真ん中まで移動した。

 その人物を見たとき、竜兵は思わず口を大きく開けてしまった。

「初めまして。白河雪子(しらかわゆきこ)と申します。諸事情により、今まで通常の学校に通えていませんでした。皆さんと同じ学校生活を送るのは何年振りか思い出せないくらいです。不慣れなことが多くご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げたのは、あの三つ編みおさげの生体兵器の彼女だった。その彼女が、三本橋高校指定のセーラー服を着て、背筋を伸ばして立っている。いったいどういう状況だろうか。

 担任は、HR(ホームルーム)のうち5分ほどを雪子と他のクラスメートとの質疑応答の時間に使ってくれた。

 先ほどから目をキラキラと輝かせている海斗やキムも、さすがに破廉恥な質問はしない。何人かの女子が、得意科目は何かとか部活は入るつもりはあるのかと聞いていたが、最後の海斗がした質問がまずかった。

「先生―、どうして白河さんの席は、竜兵の隣なんですか?」

「それは――」

「それは私が答えます」

 今まで以上に、凛とした声になる。

「結論から言うと、学生生活に不慣れな私のサポートをお願いしたからです。私は今まで通常の学生生活から離れていましたが、1週間前のテロ事件の影響で急きょ転校が決まり、慣れない学生生活をすぐにスタートしなければなりませんでした。一方で彼とは、同じテロ事件の事後処理を通じて、顔見知りです。その彼に、私のサポートをお願いしたのです」

 教室のざわめきが頂点に達した。しかしそんな中でも雪子の視線はあくまで冷静。突き刺すように竜兵を見ている。

おそらく彼女の転校は、竜兵がサポートする側ではなく、逆に監視される側として仕組まれているのだろう。

(……聞いてねえぞ!)

 クラス中の視線が竜兵に集まる中、何と言って答えたら良いか迷っていると、例の2人――海斗とキムから強烈なヤジが飛んできた。

「竜兵! 何だ、お前! そんなこと、ひと言も言ってなかったぞ!」

「美少女転校生のサポート役なんて許さねえ! 非国民だ、非国民!」

「やかましい! 急な決定だったんだから、仕方がねえだろ!」

 完全に雪子の思う壺かもしれないが、この際はどうでもいい。

 とにかく竜兵は、雪子にも警察にも屈しない。自分の考え、自分の意思を貫き通すのみだ。

 そうだ。今までの出来事は全部始まりに過ぎないのかもしれない。

これから色々な困難が待ち受けると思う。今日だって、ありがたくない転校生イベントが起きたのだし、もっと面倒な出来事があるかもしれない。

それでも竜兵は、負けない。自分のため、そして春海のために、戦うと決心した。隣の席に大きな壁を感じつつ。

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