第12話 第1編 科学の厄災 12:自由同盟
純粋に、前回11話の続きのお話です。
主人公とその友人がメインの登場人物です。
それではどうぞ。
第12話 文字数:8992文字
中島の告白に、竜兵は何も言えなかった。
他の同年代の少年と何の変わりもない中学時代の同級生が、ビルや病院を吹き飛ばすテロ組織の構成員だった事実に、竜兵は例えようのないショックを覚えた。
「……テロリストは警察情報を豊富に持ってるから、俺が改造人間だって情報も、既に広まっててもおかしくないか。中島は、いつからあいつらの仲間になったんだ?」
ショックが大き過ぎて、逆に驚いた態度を取れないでいる。竜兵は、とりとめのない話題で間をつないでいた。
「半年前くらいに、高校生向けの科学技術展示会で自由同盟からコンタクトを受けた。そこで、黒山が聞かされたのと同じような話を俺もされて、共感したって流れになる」
自由同盟は、将来有望な若者に積極的に声をかけ、後継者の育成に熱心だという。
「俺をあの日にデパートに誘ったのも、この俺をテロ事件に巻き込むためか?」
「正直に告白すると、そういうことになる。黒山の学業やスポーツでの成績は、俺がよく知っている。もし互いの思いさえ一致すれば、将来のリーダー候補になると思って、敢えて自由同盟の正体を披露する機会を設けたんだ。そこに、おまえと同じかそれ以上に優秀な竹石春海さんがいて、彼女が重傷を負ったことについては完全に想定外だったけど」
あの日の出来事は、全て仕組まれていたのだ。先ほど、事件に巻き込んですまないと最初に誤ったが、こういう事情があったのだ。
変なところに感心すると同時に、竜兵は中島がどうしてテロリスト側の理屈に傾斜していったのか、さっぱり理解できない。不思議でしょうがなかった。
「テロリストの、いったいどういう点に、おまえは共感したんだ? 俺は、確かに警察のやり方には不満がある。コチコチに凝り固まった役人には、1人の女の子を助ける力すら無いって、俺は諦めに近い気持ちでいるよ。ただ、おまえら自由同盟にも、とてもじゃないが共感なんて抱けない。無関係な人間を大勢巻き込んでまで、自分らの考えを押し通すことが許されるのか? ……そうじゃねえだろ!」
言葉の最後に、つい力が籠ってしまった。いくら現体制に不満があろうが、他人を殺していい理由にはならない。
「それは、力のある者だけが主張できる綺麗ごとだよ。よく考えてみてくれ。人間の歴史の中で、言論だけで解決した対立なんて無いだろ。今の日本は法律と言論で何でも解決できるとか思うけど、みんなが法律の言うことを聞くのは、法律の裏に国家の強制力があるからだ。純粋に言葉だけで解決しているわけじゃない。どの世界でも、何かを実現するには力が必要なんだ」
「その力は武力じゃなくてもいいはずだ」
「理想はそうだけれど、現実はそうじゃない。黒山だって、自分が改造人間じゃなかったら、『XG-0』で友人を救うこともできなかっただろ? おまえが警察とどんな話をしたのか知らないけれど、言葉で頼んだだけで首を縦に振るほど、警察は甘い連中じゃない」
それは竜兵も否定できなかった。まさに中島の言う通り、言葉で頼んだだけでは首を縦に振らないと思ったからこそ、実力手段に出たのだ。もし背景に改造人間という事実がなかったら、春海をすんなりと助けることができただろうか。戦闘状態の病院から『XG-0』を探して救急車を乗っ取ろうと決心できただろうか。
「自由同盟に誘われてから3か月後に、俺は改造人間になった。改造手術を受けた翌日は、すごく感動したよ! 今までにない不思議な力を手に入れて、本当に別人に生まれ変わった気分だった。だからこそ俺は、この素晴らしい力を、俺以外の人にも届けたいんだ。せっかくの力を自分のためだけに使う連中もいるけど、俺はそうじゃない。みんなのためにこの力を生かすんだって、俺は誓ったんだ」
中島の話す様子からわかる。彼は本当に、純粋な思いやりの心で改造人間を広めようとしているのだろう。裏表のない真面目な優しさは、中学時代の彼と全く変わらない。
「話が変わって申し訳ないけど、2週間くらい前に改造人間の強盗とその仲間が、住宅街で殺される事件があった。あれは、黒山の仕業なのか?」
「……ああ。だけど勘違いするなよ? 俺は誰かのためにとか、世の中を浄化するためにとかであの3人を殺したんじゃない。1人は本当にたまたま、俺が空き巣現場を目撃して、向こうが口封じのために俺を殺そうとしてきたから、必死に抵抗して返り討ちにした。残りの2人も、向こうから俺を強請りに来たんだ。――あの3人の改造技術も、おまえらが提供したのか?」
「そうだな」
「だったら何で、あんなクズを改造した? あの3人は少なくとも、おまえみたいな高尚な目標を持っているようには見えなかったぞ」
「それは……うん、これも正直ベースで言うと、彼らはある種の実験台だった。改造技術にも色々ある。警察の『XG-0』みたいな超ハイエンドシステムから、普及型の廉価版までたくさんある。何十億って開発費をかけてやっと1人しか改造人間にできないんじゃ、技術は普及してくれない。だから、社会的にどうでも良さそうな人間を対象に、そういった廉価版を『試供品』として渡していたりする」
「何てことをしてやがる……!」
「でも、あの3人は本当に良くなかった。タダで技術を与えたら、完全に自分本位にしか行動できない、人間失格といえる連中だった。おまえが殺してくれて、本当に助かったよ」
何となく感覚で感じていたものが、確信に変わった。
「だけどな黒山、俺は黒山がそんな人間じゃないってわかってる。おまえは、他人なんてどうだっていいって考える人間じゃないだろ。おまえは何だかんだ言っても、他人のために行動できる人間だ。これは中学3年間、同じクラスだった俺が言うんだから間違いない。だから黒山、自由同盟に来てくれ。おまえのその力があれば、この日本を――いや世界を変えられる。みんなのために、俺たちで戦おう! 今でも、改造技術を必要としている人が大勢いるんだ!」
「何を言ってるんだ、おまえは!」
竜兵はたまらず叫んだ。
確信した。中島の所属する自由同盟は、とてもその存在を許容できる組織ではないと。彼らのいう改造人間の『普及活動』で、いったい今まで何人が死んで、さらにこれから何人が死ぬのかわからない。
それに、人体改造という極めて大規模かつデリケートな処置を、簡単に実行してしまうその価値観を、竜兵はどうしても受け入れられない。
「おまえらの言う改造人間が『普及』してみろ! 俺のクラスメイトが死んだ、あの強盗事件みたいなことが、日常茶飯事になるかもしれないんだぞ? そうなると、ますます改造人間になりたいと思う連中が増える。でもその帰結は、今よりたくさんの人が幸せになる社会じゃない。もたらされるのは、犯罪と争いじゃないか!」
みんなが改造人間となり、怪物並みの能力、例えば轟のような能力を得た社会――考えるだけで恐ろしい。ちょっとした争いで、ビル1つが吹き飛びかねない。そんな世の中で、安定した繁栄を築き、みんなが幸せになることができるのだろうか。
「もちろん、俺たち自由同盟だって、とにかく今すぐみんなが改造人間になればいいと考えているわけじゃない。急激に普及すれば、間違いなく色々な問題が起こる。まさにあの強盗みたいにね。だから、黒山みたいな品行方正な人間から自由同盟に誘って、情報も小出しにして漸進的に普及させていく計画なんだ」
「それこそ、問題を起こすんじゃないのか? 選ばれない側は、それで納得するのか?」
「最初は仕方がない。どんな変革にも、最初に問題は付きものだ。産業革命時も、IT革命時も、最初は技術を持つ者と持たざる者との間に巨大な格差が出来上がった。でもその後の普及期で技術が広まっていくと、社会は安定した。そして最終的には、どちらの革命も、革命前と比べて格段に豊かで便利な社会をもたらした。この改造人間の技術も、全く同じ道を辿ると俺は確信している」
「だけど――」
「黒山こそ、体制側についたっていいことは1つもないんだぞ。おまえは自分の改造技術の正体が何だか、わかっているのか?」
「……何が言いたい? 俺がいつ、どこで、どんな改造を受けたのか、おまえは知ってるのか?」
竜兵の問いに、中島は回りくどい言葉を使って回答してきた。
「現行の改造人間の規制法を文字通り厳密に解釈すれば、黒山はすぐに逮捕、有罪だ。そして法律の規定通り改造を受けた部分を取り除いて『原状回復』をしなければならない。けれど黒山の場合、その原状回復が根本的に不可能なんだ」
「中島は、俺の改造について何を知ってるんだ?」
「黒山は、厳密には『改造人間』とは言えない。なぜなら、改造処置を一切受けてないからだ。――黒山、おまえはそもそも『人間』じゃない。人間に似せて構成された、人間とは全く別の『生体兵器』なんだよ!」
「なに!」
中島が肩をほぐすような動作をしたかと思うと、彼の全身の皮膚の色が変わっていく。体の表面もわずかに波打ち、体組織が変化していく。それを見た竜兵も、反射的に変身する。
ものの数秒で、中島は濃い紫色の皮膚と白色の硬質組織で構成された『轟』に変身した。竜兵も全身が黒いカーボン繊維で覆われた怪人になっていた。
「改造人間には色々な種類があるけど、必ず共通している要素が1つある。それは生化学反応に依存しないエネルギー生産システムだ。これがあるから、高い身体能力を発揮出来たりビルを破壊する衝撃波を撃てたりする。俺も改造手術で、エネルギー生産器官を体に移植された」
中島は、自分の腹を右手の親指で指して言った。
「でも黒山は、生まれながらにして普通の生き物とは全く違うエネルギー生産システムを備えているんだ。つまり黒山は、地球上で40億年間繁栄を続けている生命とは異なる仕組みで生きている、全く別の生命体だ」
竜兵は、中島の言ったことを素直には信じたくなかったが、納得せざるを得ない部分が多数あることに、薄々ではあるが気づいている。中島の言う通りなら謎が解決するのだ。
「俺が……まさか……」
竜兵は、改造『人間』ですらなかった。人間どころか、地球上に生きる生物とは全く異なる存在。それが黒山竜兵――あの黒い超人の正体だというのか。
「そして、そんな存在を今の日本政府はどのように扱うのかな。現行法だと、遺伝子組み換え生物ですら非常に厳しい規制が敷かれている。届出や許可がいるとか、外界に出ないよう屋内で厳重に管理するとかね。そんな日本政府が、『新人類』を法的にどんな位置づけをするか、俺も興味深いところはあるな」
竜兵は、はっと思い出して顔を上げた。改造人間について色々と調べる流れで、日本のバイオテクノロジーに関する各種政策や法規制も調べていた。その中に、中島の言ったような条項があった。
「政府はいくらでも卑怯な手を使って、黒山を利用するかまたは始末しようとするだろうね。いいか? 政府や警察なんてのは信用に値しない連中だ。ふざけた実績はいくらでもある」
中島は、竜兵を諭すような落ち着いた声のままだ。
「あさま山荘事件って知ってるか? 昔、極左のテロリストが長野県の山荘に、銃を持って1週間立て籠もったんだ。銃弾が飛び交う中、決死の突入を命じられた部隊は、見返りに自動的に1階級特進が約束されていた。彼らの勇気ある突入作戦のおかげで、殉職者を出しながらも事件は解決した。でも警察上層部は、その1階級特進を、無かったことにしたんだ。すごいだろ? 同じ警察官でさえこの扱いだ。ましてや、一般国民がどう扱われるかなんて……なあ? 普通のやり方で国民が訴え出たところで、やつらは誤魔化そうとして何もしない。何かを変えたいと思ったら、こっちは命を懸けてるんだぞって姿勢を、見せないといけない。黒山も、大人しくしているだけだとロクな目に遭わないぞ」
あまりに多くの重大事実を知った関係で、混乱しているのが自分でもわかる。しかし竜兵は、1つの確信だけは変わらなかった。
「俺も、警察や政府の体質については、よく理解してるよ。『XG-0』になった春海も、俺が守らなきゃならないって思ってる。だけど、どんな事情があれ、俺は中島の組織とは協力できない。おまえらの今の調子で改造人間の開発を進めれば、あの強盗みたいな事件が起きまくると俺は思う。そんな世の中、俺は御免だ。おまえらのやり方で改造人間を普及させようとするのなら、俺はおまえらと、喜んで対立するし、戦ってやるよ。生体兵器として、存分にな」
言い切った。これが、竜兵自身の考えだ。
中島は、どうしてもうんと言わない竜兵に、複雑な表情を向けた。
「うーん、困ったなあ。俺も立場上、あからさまに敵対すると宣言している人物を、放っておくわけにも行かないんだよ……」
「俺も、社会に大きな混乱を持ってこようと宣言するやつを見て、黙っちゃいられねえ」
しばしの沈黙。6月の初旬、午後6時を回ってもまだ明るさの消えない夕方の空の下、2人はほぼ同時に前に飛び出した。
「緊急。都内所轄署から、改造人間2体が争いを起こしているとの連絡あり」
建屋内に響くアナウンスに、雪子は事務作業の手が止まった。
「なお、1体は轟、もう1体は黒山竜兵との情報です」
最悪だ。まだ明るい、一般人の目につきやすい時間に、通常人と姿形が全く異なる改造人間が暴れ回るとは……。それも片方は先日の事件を起こした轟で、もう片方は直近で話題になっている黒山竜兵だ。
しかし見方を変えれば、相互暴行で2人を一挙に検挙できるチャンスでもある。2人にはきつい警告を与えなければいけないだろう。
「白河くん、出動だ。銃とヘルメットを携帯後、中原の車両に乗ってくれ」
雪子が席を立ち上がると同時に、井出口が廊下からこちらの事務室に駆け込んできた。
そうだ――。
生体兵器である雪子自身が、こうして普通の人間と同じ生活を送れるのも、井出口が各種規制当局を説得してくれたからだ。少し道が違ったら、自分は今までの動物型生体兵器と同じ運命を辿っていただろう。
そう。改造人間や生体兵器でいたって何もいいことは無いのだ。
人はどういうわけか、改造人間に惹かれる。他人にはない劇的な能力を得て、優越感に浸りたいのかもしれないが、実生活で全く意味のないことだ。
仮に表立って能力を使う者がいたら、その人物は周囲から尊敬の眼差しではなく、気味悪さと嫉妬を含んだ視線を受けることになる。はいはい改造人間はすごいですね、でもなんでもできて当たり前でしょう、作り物なんだから――個人レベルでの人間関係は間違いなく崩壊する。
また仮に、表立たない方法で能力を使いたいと思う者がいたら、彼らは犯罪者予備軍である。表立たない使い道など、犯罪かそれに準ずる卑怯な行為くらいしかない。
結局、改造人間は個人や社会に混乱を生むものでしかないから、政府や警察は規制を進めるのだ。もし改造人間が目立つようになれば、政府は今の規制のやり方を、より強制力に強い手段へと変えるだろう。そしてそれは雪子にも悪い影響を及ぼしかねない。せっかく井出口が勝ち取ってくれた雪子の生命・身体の自由も無くなるかもしれない。
(私が望むのは、現状維持とそのための秩序。だから、テロリストと竹石春海と黒山竜兵は私が捕まえる。絶対に!)
轟音が響く。木々が倒され軋む音がする。『轟』の通称に相応しい破壊力に、竜兵は避けるのが精一杯だ。
「どうした黒山、逃げているだけじゃ勝てないぞ!」
中島の右手の平から放たれる衝撃波。目には見えないが、直撃した物体を完全に粉砕し、その周囲の物体にも物理的なダメージを与える。普通の人間に当たれば、間違いなく体が破裂しバラバラに吹き飛んでしまうくらいの威力だ。竜兵はそれを器用に左右上下にかわしながら、中島との間合いを詰めるタイミングを見計らっている。しかし、一向に間合いを詰めることができないでいる。
(俺は、殴り合いしかできないのか!)
足元を狙う中島の衝撃波を、跳びはねて回避する。はねた勢いで中島の頭に跳び蹴りを当てようとするが、中島には難なく避けられる。
「もらった!」
「くそ!」
向けられた中島の手を、竜兵は蹴り上げた。中島は、蹴られた痛みを顔に滲ませながらも、もう片方の手を竜兵に向けながら衝撃波を数発放った。しかし竜兵は、蹴りをくらわせたその一瞬の間で衝撃波の射線上から逃れていた。
直撃は避けられたが、細かい傷が数えきれないほど黒い皮膚にできた。最強の強度を持つと言われるカーボンナノチューブでできた皮膚だが、轟の前では無敵ではなさそうだ。
まだ日の沈んでない時刻に、公園で改造人間2体が戦っている。誰がどう見ても異常事態だ。公園の中にいた人々は、既にみんな逃げ出してしまったようだ。
中島が衝撃波を撃つ。竜兵がそれを避ける。撃った後の中島の隙を狙い、一瞬だけ間合いを詰めて拳や蹴りを繰り出すが、中島に決定的なダメージは与えられない。
(まともな攻撃を出せてない。俺がビビってるんだ。中島の能力に……)
衝撃波を食らうのを恐れ、攻撃にも及び腰になっている。これでは戦いでは勝てない。
自分は生体兵器だ。だから、デパートの事件で衝撃波を全身にもろに受けても、死なないどころか後遺症も残らず数時間で全回復している。恐れる必要は低い。
生体兵器の自分が戦わなくて、誰が戦うのだ。政策が二転三転する警察なんて信用できない。春海も、改造人間とはいえ生身の人間がベースになった存在だ。生まれながらの生体兵器である自分より、耐久性は劣るだろう。最前線に出ていくのは、究極的には竜兵自身なのだ。
(中島のペースに乗せられるままじゃだめだ。戦いの主導権を取り戻す!)
再び間合いを詰め、中島に攻撃を仕掛ける。しかし今度は蹴りや突きではなく、中島の片腕を掴んで動きを封じた。
すかさず中島は、別の手で衝撃波を放ったが、竜兵はその手も手刀で払い狙いを逸らす。
それでも中島の放った衝撃波の一部が、竜兵の右肩を震わせた。強い痛みと、肩関節や筋肉が、内部からひび割れていくような感覚。皮膚も振動でひびが入る。
竜兵は、痛みにも怯まず中島を力任せに投げ飛ばした。数メートル先の地面に叩き付けられた中島は、意外にも素早く起き上がり態勢を立て直す。だが次の衝撃波が来る前に、竜兵は間合いを詰めて再び相手の手を払った。
中島も衝撃波による攻撃を諦め、格闘術に切り替えたようだ。手のひらを閉じ、拳や蹴りで竜兵の身体各部を間髪入れずに狙ってくる。
「黒山は、格闘技の心得があるよな?」
「小学生の時、空手をかじった。あと、器械体操もやってたな」
中島のハイキックを左腕で防ぎながら、衝撃を受け流すために、バック転の動作で1つ後ろに下がる。
突きや蹴りなどの打撃技と器械体操の大胆でアクロバティックな竜兵の動き。普通の人なら、本気の格闘の最中にバック転などしない。あれはアクション映画の世界だ。しかし今は足を地につけたまま戦っていたら、相手の衝撃波を避け切れない。左右前後だけでなく、上下にも大きく動く必要がある。また変身状態の竜兵の身体能力なら、宙返りは楽々できるし、片腕1本で着地して全ての衝撃を支えることもできる。おかげで動作前後の隙を最小限に抑えることができ、今の竜兵にとってバック転は、格闘技術の中で実用的な回避技となっている。
(それにしたって……)
他人の急所に的確な打撃を与える目の前の人物は、イラスト部に所属していた中島純三と同じ人物だとはとても思えない。
(中島、おまえはいったい、どうなっちまったんだ?)
格闘戦が膠着したのを中島は嫌がり、竜兵の体に密着しながら、強引に手の平を竜兵の頭に向けた。
すかさず竜兵は裏拳で彼の手首を弾き飛ばした。それでも中島が強引に衝撃波を撃つと、竜兵も中島も、爆発のような衝撃で、お互い反対方向に数メートルほど吹き飛ばされだ。
2人とも背中から地面に叩き付けられたが、2人とも落下の反動を利用してすぐに起き上がった。
「間合いが開いたからまた衝撃波を一撃――と思ったけど、勝負はお預けみたいだな」
中島は、急に体の緊張を解いた。
「何だと?」
「警察の部隊が、公園に展開している。不思議な足音が聞こえるだろ?」
中島に言われて初めて気づく。硬質プラスチックとアスファルトや土の地面がぶつかる音。独特の機構音。警察のパワードスーツに違いない。
彼らの歩行音が乱れる。音の聞こえる方向に目を向けると、都市型迷彩を施したパワードスーツ部隊が繁みの中をゆっくりと歩いていた。指先まで硬質プレートで覆われた隊員の手には、デザートイーグルが握られている。
また彼らの背後から、パワードスーツとはまた別の人物が現れ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「そこまでです。そこの2人。――いえ、そこの2体」
明瞭ではっきりとした声の主は、竜兵たちと20メートルほど離れた場所で足を止めた。そこには、警察にいた例の小柄な女性が立っていた。相変わらず三つ編みをおさげにしており、紺色のビジネス用ジャケットに同じ色のパンツ、底の薄いひも付き革靴を着用している。腰のホルスターには、小柄な彼女には不釣り合いな大型拳銃がぶら下がっている。
彼女はくっきりとしたダークブラウンの瞳で、竜兵たちを見つめている。
「白河雪子。俺たちとタメの年齢だ。俗にいう警察の改造人間だけど、厳密に言うと、おそらくは黒山と同じ種類の生体兵器『新人類』だ」
中島の紹介に、竜兵は衝撃を受けた。
「あんたも、生体兵器だったのか……」
竜兵は、彼女のことをよく覚えている。彼女は病室で、改造人間技術の規制の大切さについて熱弁していた。
しかし中でも驚いたのは、彼女――雪子という名前――が、竜兵たちと同い年だということだ。雪子は外見こそ背が低くて幼い印象だが、強く凛とした声や極端に落ち着いた目つきなどの雰囲気からは、とても同い年とは思えなかった。
「それはこちらのセリフです。それと、『新人類』という呼び名はよしてください。私は人類でも何でもない、ただの生体兵器です」
ただの生体兵器――その言葉が竜兵の心をちくりと刺した。
それから雪子は警察IDを懐から取り出し、次のように宣言した。
「2人を『生体改造及び特殊能力規制法』違反の現行犯として逮捕します」