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第11話 第1編 科学の厄災 11:不都合な真実

この11話からは、起承転結の「転2」が始まります。もう数話で、大きな章をまとめたいと思います。

今週もまたよろしくお願いします。


文字数 第11話:9113文字

 雪子は、すぐに大会議室に行った。今後の課の方針についての会議だそうだ。

 10分後、定刻通りに会議が始まった。まずは、本件対象者の写真付きプロフィールが報告される。

 竹石春海。家は戦前から続く医者の家系。父親は東京郊外にある総合病院の院長で、京大医学部を卒業後、外科医としてのキャリアを歩む。母は別の病院で薬剤師を務める。

また春海には兄姉(きょうだい)が2人。12歳年上の長男は、1浪して東大に入学し、医学部を卒業。現在は都内の大学病院で小児科医として勤務している。8つ上の長女は竹石清海。慶大医学部在学中から類稀な才能を発揮していた、わが生体技術テロ対策課が誇る天才研究者だった。そして年の離れた末子の春海は、優秀な3人の子息の中でも、最も学業成績が優れている。スポーツでも陸上短距離選手として都大会の決勝に進出した実力を持つ。

(お嬢様で頭が良くてスポーツもできて、そして美人……)

彼女が議題に挙がっているのは、本来は清海本人以外には決して適合しないはずの『XG-0』を移植され、見事仕様通り、紺と空色の警察カラーに包まれた戦士に変身した事実があるからだ。黒山竜兵の発言によると、彼女は清海のクローンだという。それらの事実関係は現在調査中だ。

 次に、黒山竜兵。春海と同じ名門の三本橋高校に在学し、成績も学年の中では良い方に分類される。身長160センチにも満たない小柄な男子だが、陸上短距離選手として、昨年はインターハイの決勝に進出している。今年も都大会の表彰台に登った。

 彼の両親は、彼が物心つく前に交通事故で死亡。他に身寄りもなく、以来竹石春海の父が身元引受人となって、竹石春海や清海と一緒に育てられている。

 この彼が『XG-0』を手にし、竹石春海に点滴を打って改造人間にしたのだ。さらに逃走の際に、真っ黒な肌と鮮やかな紅い目の個体に変身したと、現場の捜査員たちは口を揃えて証言している。

(私と同じ、生体兵器かもしれない……)

 黒山竜兵の一昨日の手口は、見事だったと認めざるを得ない。生体パーツを盗み出すだけでなく、救急車を強奪して警察側に偽の情報を流すことにより、こちら側の攪乱と時間稼ぎに成功した。警察側の誰もが、彼が『XG-0』を確保しているとは考えず、できるだけ彼を刺激しないように懐柔策で時間を使った。その時間内に、竹石春海の改造は完了している。

 次の議題として、2人への対応を検討する。原則、黒山竜兵は強要罪や逮捕監禁罪の容疑ですぐにでも逮捕すべきだし、竹石春海も任意同行などの手段で身柄を確保すべきである。雪子自身もそう思っている。しかし、どうも我が課では早急な身柄確保に反対の意見が強い。

 理由は、戦略的にまずいからだ。逮捕した場合、警察としては改造された人間を元に戻さなければならない。しかしながら、竹石春海の改造は、脳や神経の奥深くにまで施されている。全身の改造細胞を特殊な薬剤で殺せないこともないが、テロの悲劇に巻き込まれ、瀕死の状態を彷徨いながら意識を取り戻した少女を、法律を盾に強引に植物状態に戻す――こんな手段をとれば、警察やその上の日本政府は非難の嵐を受ける。警察や日本政府の信頼はガタ落ちだ。

対照的に、改造を受ける権利を主張する自由同盟――テロリストは大いに勢いづくだろう。主張の正当性を誇示できるだけでなく、ヒト・モノ・カネも集まるようになる。対応を間違えば、医学界の重鎮である竹石春海の父までもが、自由同盟の援護者になりかねない。

さらに、『XG-0』を適合させた竹石春海は、貴重なサンプルでもある。清海がいなくなり、後続の改造人間開発計画がうやむやになっている今、彼女のデータを利用して次の戦力を構築するのが最優先だという主張が、技官を中心に盛り上がっている。

 だから我が課では、あの2人の行為には極力目をつぶる代わりに、自由同盟側の活動を絶対に行わないように説得しようとしている。井出口らが警察上層部に何度も頭を下げた結果、公安警察の関係者や警視庁の現場からも、一応は方針の理解を得られた。

一方で、警察上層部の一部からは、改造人間を野放しにせず、今すぐにでも身柄を政府が確保すべきだとの意見が強く出されている。『XG-0』は、警察が主体となり30億円以上の国家予算を費やして、パワードスーツ部隊を簡単に撃退できる改造人間を、さらに上回る力を得るために作ったものだ。政府の改造人間対策の、現時点での切り札である。それをまんまと持ち逃げされ、高校生がその強大な力を体内に秘めたまま、似た状況の黒山竜兵と一緒に、街をうろついている。

警察は刃物の単純所持すら取り締まる。それなのに、未成年になんてものを持たせて放置しておくんだ――ある警察幹部は、『XG-0』を持ち出された井出口の責任を厳しく追及すべきと主張しているという。その中で立ち回り今回の我が課の方針を上層部に納得させた井出口の交渉能力には脱帽せざるを得ない。

「白河は、どう思うんだ?」

 資料に目を通していると、不意に自分の名前を呼ばれた。少し離れた席から、中原が自分に発言を促している。

「今、俺たちは、多種多様な捜査対象を抱えている。だが全ての事件の最終局面に立つのは、結局は白河、おまえだ。おまえ自身、この黒山竜兵たちが関わる事件については、どうしていきたい?」

雪子は立ち上がり、会議室全体を見渡してから口を開いた。

「私は、正直なところ、井出口さんたちの方針に反対です。今すぐにでも、彼らの身柄拘束に動くベきだと思います。技術の規制法規がある手前、彼らが他の改造人間たちと異なる扱いを受ける理由はありません。このままでは『XG-0』を持ち去った彼らの『やり得』になってしまいます。懸念されている竹石春海の改造をどこまで無力化するかの話は全く別の問題で、まずは警察の意思を、逮捕と拘留という形で彼らに見せつける必要があると思います」

 今彼らを見逃せば、今後に同じような事案があったときにも、同じ対応しか取れなくなる。そうなると規制法規が無意味になる。改造人間の技術は、あってはならないものだ。例外は無い。

「白河くんの言うことは、もっともなんだよな」

 会議室の前方で司会進行役をしている井出口は、やや大げさに頷いて見せた。

「ただ、今の段階で彼らに強硬策は取れない。こちらの戦力は、白河くんの『開闢』ただ1体。戦力が限られている以上、むやみやたらに仕事を増やすのは適当じゃない。ただし、決してこのままの状態で放置することもしない。今週金曜日を目途に、彼らの懐柔策をまとめて、来週早々までには実行する。それでいいかな?」

 はい――。そう言われたら、納得するしかない。彼らを追いかけているうちに別の場所でテロ事件が起きて対応できませんでした、という事態だけは当然避けたい。

「竹石春海と黒山竜兵は、重点監視対象として24時間体制で張り込みを続ける。今週中は、今まで通り普通の高校生と同じ生活を続けている限りは接触しない。これが原則だ。ただ、もし他の改造人間やテロ組織と接触があった場合は、その場で身柄確保に動くこともあり得る。以上、各自よろしくお願いします」


 火曜日。清海の葬式が終わった翌日に登校すると、3日前に起きたデパートのテロで話が持ちきりだった。

「おい、竜兵。土曜日は大丈夫だったか?」

 春海と一緒に教室に入ると、海斗とキムが駆け寄ってきた。さらに春海の方には、クラスの女子たちが集まって来る。

「春海、大丈夫だったの?」

 竜兵と春海は、それぞれの集団のところに行ってその手の話題に加わることになった。

(土曜の事件は、完全に真相を伏せられてたよな……)

 あの事件は、その翌日の全国ニュースでは大々的に取り上げられていた。5人の死者と数十人の負傷者を出した大惨事は、日本だけでなく世界でも速報ニュースとして流れた。

だが国内外のどのニュースでも、犯人の特徴や動機などは完全に伏せられ、単なる「過激派のテロ」「前代未聞」という抽象的な語だけで綴られていた。もちろん、改造人間や未知の衝撃波などという情報は、上手に伏せられてある。日本政府とマスコミがいったいどんな関係なのかわからないが、あまりに出来過ぎた報道管制に、竜兵は寒気さえ感じた。

「なあ竜兵、犯人たちって、どんな連中だったんだ? 日本人か?」

「もしかして、北朝鮮の工作員とかか?」

「さあ…。覆面被ってるやつもいたら、俺もよく覚えてねえな。休日の人混みに押されて、そのまま人質になった感じだったし」

 海斗とキムは、マスコミの薄っぺらい情報から色々と想像を働かせているようだ。しかし、事実は小説よりも奇なりという諺通り、真実は彼らのどんな想像よりも複雑であった。

「よし、辛気臭い事件の後だ。今日は部活が終わった後に、パンチラ探索に行くか!」

「海斗に賛成! 夜の遅い時間に町をうろつく女の子は、その辺のガードが甘いと想定できるからな」

「おまえらも飽きねえな……」

 春海の姉が死亡したことはすでに学校に知れ渡っている。竜兵も、ほとんど遺族みたいな扱いで周囲から同情を含んだ視線が向けられているのがわかる。そんな中、海斗とキムそれぞれ彼らなりの励ましらしい言葉、竜兵はありがたく思った。

 報道ではデパートのテロ事件が圧倒的なボリュームを占めているが、警察病院も襲撃されて死者を出していることも公になっている。

 土曜日の夜と日曜日は、様々な混乱があり落ち着いて過ごせなかった。

 一昨日、竜兵と春海は警察から逃げ切った後、国道に出てたまたま通りかかったトラックの荷台に隠れて東京まで戻った。変身したまま走るトラックに跳び乗るのは簡単だった。

 都内に戻ったら、トラックを降りて変身を解除してタクシーを拾った。運転手はぼろぼろの病衣の春海と上半身裸で裸足の竜兵の姿に戸惑ったが、近くの病院で大規模な爆破テロがありそこから逃げてきたと「真実」を説明したら、運転手は納得した。

 そのままタクシーで自宅に戻った。インターフォンを押して家の者に連絡すると、春海の父の博樹(ひろき)が門の外まで飛び出してきた。2人はタクシー運転手にしたのと同じ説明を博樹にして、すぐに自宅の中に入った。

 竜兵たちは、どうせ警察が自宅で待ち伏せしているだろうと想定していたが、そのときは一切コンタクトが無かった。日曜日も、そして今日の朝も学校でも、警察は姿を現さない。警察にとって、竜兵たちは重要なお尋ね者である。今すぐ逮捕状を持った警察官が押しかけてきてもおかしくないのだが。

(そこが、よくわからねえんだよな。警察は、何を考えてるんだ?)

 昨日の月曜日の夜には、葬儀と親戚への挨拶もそこそこに、竜兵は春海と一緒に博樹が経営する総合病院に夜間通用口から入った。廊下ですれ違う職員に堂々と挨拶しながら、竜兵たちは様々な検査装置のある場所に行った。病院の職員には、春海と竜兵の顔は知れ渡っているため、怪しむものはいなかった。

『春海、これからどうするんだ?』

『決まってるじゃない。詳細なデータを取るのよ。私も竜くんも、自分がどんな改造人間になったのか、全くわからないもの』

 春海は竜兵を連れて、X線や超音波検査、その他ありとあらゆる病院の施設を利用して自分たち2人の体の様子を調べた。通常時だけでなく、変身した体についても、その構造や能力について調査を進めた。

 その結果、かなり興味深い事実が見つかった。

 まず2人に共通するのは、全身のどの部分でも血液の酸素濃度が均等に高かった。通常、肺から取り込んだ酸素の豊富な動脈血が全身を巡り、その中で酸素を消費し二酸化炭素を多く含んだ静脈血が再び肺に戻る。しかし、2人の静脈血の酸素と二酸化炭素の濃度は、肺で酸素を取り込んだ直後の血液のそれと全く同じだった。これは、細胞が酸素を消費していないとしか考えられない。

 続いて、春海の身体には骨格や筋肉、脳や神経細胞の部分で通常の人間には無い組織の追加が見られた。骨格や筋肉は補強され、神経系はより高性能化し、さらに変身後の紺色やスカイブルーの皮膚も、通常の人間とは全く異なる、高強度の繊維質に変化していた。まさに戦うための改造だ。

 そして春海以上に変化が激しいのが、竜兵だ。竜兵の真っ黒な肌は、炭素を応用したカーボンナノチューブでできていた。カーボンナノチューブは、現在の高強度繊維より、さらに強度が高い材料だ。簡単に言えば、全身を強力な防刃ベストで包んでいるようなものである。

 さらに皮膚の下にある皮下脂肪は、セラミック粒子と特殊な液体に置き換わっていた。

『それって、どんな意味があるんだ?』

『リキッドアーマーと同じ役割ね。普段は普通の布みたいにやわらかい素材だけど、銃弾なんかの物体が高速で衝突した瞬間、硬化して銃弾を弾き飛ばすの。ちょうど今、米軍や自衛隊が研究中のはずよ』

『すげえな、おい……』

 このように、竜兵は全身の体組織が全く別の組織に置き換わったと言っていいくらい、隅から隅まで改造されていた。

(おかしいぜ。本当に俺は、どこで、どうやって改造人間になったんだ?)

 授業が始まっても、竜兵はどこかうわの空で、竜兵はしきりに自分自身の身体について悩むことになった。


授業中も昼休みも、異常は無かった。警察がどこかで張り込んでいるかもしれないが、気にしても仕方が無いので今は考えないことにする。

「おい竜兵、今日は部活が全校で休みだってよ」

 終礼後、帰り支度をしている竜兵の元に、海斗がやってきた。土曜日に大規模なテロ事件があったせいで、生徒の安全のために今週1週間は早めの帰宅を促しているとのことだ。

「……やっぱり、パンチラ探索に行くのか?」

「決まってるじゃん。今、キムを呼んでくる」

「しょうがねえな。今日は喜んで付き合ってやろう」

「おお、珍しいな! パンチラ探索を否定するいつものおまえとは違う。おまえ、変わったな?」

「アホか! ちょっといつもと気分が違うだけだ」

 海斗はノリノリでキムを呼びに行こうとしたが、その前に海斗はポケットから携帯電話を取り出して話し始めた。

「お、久しぶりだな。――ああ、いるいる、高校でも同じクラスだぜ。――え、何だそれ? ――わかった。今日の午後5時に東地区の公園でいいんだな?」

 奇妙な会話の末、海斗は電話を切った。

「竜兵、中学の時に一緒のクラスだった、中島純三って覚えてるか?」

「ああ、覚えてる。この前の土曜日、久しぶりに会って話をしたぜ」

 どうやら電話の相手は、中島だったらしい。

「竜兵に伝えてくれって言われた。話したいことがあるから、今日の5時に、東地区の公園に来てもらえないかだってさ」

 唐突で奇妙な呼び出しだ。また何かの講演会のお誘いだろうか。

「どうして、俺宛ての電話が、おまえの携帯にかかってきたんだ?」

「俺も訊こうと思ったら、先に中島から説明してくれた。おまえの携帯電話、テロリストに盗聴されてるかもだってさ」

「はあ?」

 とんでもない理由だ。テロリストが竜兵の電話を盗聴する理由など――。

(――ありまくりだな。テロリストの狙いは、『XG-0』を手に入れること。俺が改造パーツを持ち逃げして春海が見事改造人間に適合したことも、知ってるかもしれないな)

 その件と中島がいったいどんな関係なのか全くわからないが、中島は土曜日のテロの直前までデパートにいた。中島も竜兵と同じように事件に巻き込まれ、テロリストと警察の双方から情報を色々と吹き込まれたのかもしれない。

 そういえば土曜日のテロの当日、中島はどうなったのだろう。今の今まで中島のことなどすっかり忘れていたが、彼は無事だったのだろうか。

「海斗、おまえは一緒に来るか? 一応、電話を受けたのはおまえだぜ?」

「んー、電話の雰囲気だと、中島は結構込み入った話っぽいよな。迷うなあ。――よし、公園まで一緒に行って、俺がいない方が良さげな雰囲気だったら、1人でパンチラ探索に行くことにする」

 竜兵は、早速今の話を春海に相談した。春海はついて行かないが、何かあったらすぐに連絡するということになった。

 竜兵は海斗を連れて学校を出発し、電車で駅を5つほど移動してから降りた。

「竜兵、中島とはよく遊ぶのか?」

「いや、高校に進んでからは全く無かったな。この前は、たまたま土曜日の科学者の講演会に誘われて一緒に行ったんだ」

「科学者の講演会か。がり勉の中島っぽいな」

「おまえだって、中学の時は『成績優秀3人組』の一員だったじゃねえか。堕ちたもんだ」

「はっはっは、高校の勉強は、中学とはレベルが違い過ぎた……」

 駅から歩いて約15分。駅周辺の商店街から少し離れた住宅街の中にある、雑木林などがある森林公園に竜兵たちは到着した。入り口まで行くと、公園の少し中に入ったところに中島が立っていた。

中島は、自身が通う善行学園特有の制服、薄いグレーのブレザーと紺色のネクタイを着用している。

「やあ黒山。土曜日は災難だったな。野辺も久しぶり!」

 中島は、竜兵たちの姿を見つけると、ゆったりとした足取りで近づいてきた。土曜日に会ったときにも思ったが、中学時代よりも堂々とした感じがする。

「おう中島。いきなりへんな電話がかかってきたから、びっくりしたぜ」

「悪い、変な電話して。……野辺、おまえ、だいぶムキムキになったんだな。今、体重いくつなんだ?」

「100キロは超えた。高校に入ってから、20キロ以上増えたんだっけか」

 海斗は中学入学時から、すでに170センチ近い身長があった。一方で中学2年になるまでは、体重が60キロにも満たない細めの体格だった。顔も何だかんだで整っていて、そのころまでは女子の間で密かに人気だったのだが、以降は急速に筋肥大が進み、完全な筋肉キャラに収まってしまった。そして今の変態的な性格が前面に出るようになってから、女子とは縁が無くなってしまった。勉強面でもその他の面でも、凋落が激しい人物だと竜兵は記憶している。

「2人とも、わざわざ来てくれてありがとう。土曜日の事件について、話をしたかったんだ。結構衝撃的な事件だったからな」

「そういや、中島は大丈夫だったのか? 俺は運よく無事だったけど」

「こっちも、運よく何とかなった感じだな。今日来てもらったのは、あの事件について、情報交換したいと思ったからなんだ。あの事件、結構おかしなところがあっただろ?」

 中島のやや堅い声に、竜兵は無言で頷いた。竜兵の予想通り、中島もあの事件の特殊性を知っているようだ。彼は丸メガネの奥に、何かをしまいこんでいる。

「おかしなところがあったって、どういうことだ?」

 無言のまま納得している2人に対し、取り残された海斗は当然の疑問を述べた。

 竜兵も中島も答えられず、沈黙が走る。

 海斗に話していいことなのか2人で迷っていると、先に中島が話を切り出した。

「野辺、今から言うことは、絶対に他言無用だ。たぶん、色んな意味でヤバい話だと思う。だから――」

「わかった。じゃあ俺は聞かないでおく。テロリストに目をつけられるかもしれないんだろ?」

 竜兵の携帯電話が盗聴されているかもしれないという話を聞いていた海斗は、不快感をあらわにすることもなく、中島が話すのを止めた。

「おまえらの雰囲気だと、あんまり明るい話じゃなさそうだしな」

「ごめんな、野辺」

 海斗は、竜兵たちに気を遣って足早にここから駅まで戻って行ってしまった。海斗は少し間抜けなところはあるが、意外と気の利く性格をしているのだ。

 竜兵と中島は、公園の中に入り、小さな声で話しながら歩き始めた。

「土曜日の事件の実行犯、あれは改造人間だって、黒山も知ってるのか?」

 早速、重要単語が出た。

「ああ。俺は犯人たちから、自分たちは改造人間だって聞かされた。中島は、改造人間って単語を誰から聞かされたんだ? 犯人か?」

 中島は、答えないまま足を進める。

 しばらく歩き、ひと目に着かない木陰まで2人は移動した。

「黒山、土曜日は本当に悪かった。俺のせいで、とんでもない事件に巻き込んじゃったな」

「別に中島のせいじゃない。おまえが謝ることはないだろ」

 必要以上に申し訳なさそうな態度をとる中島に、竜兵は慌ててそう言った。中島は、それに対して苦笑で応えた。

「黒山は、きっと色々な事実を打ち明けられたと思うけど、俺も土曜日には、色々と興味深い事実を知ることができたんだ」

 中島は少し得意げに見える態度で、竜兵の方に向き直った。

「警察が確かに改造人間を開発していたこと、その計画が結局ストップしたこと、そして偶然にも『新人類』の2人目が見つかったこと――」

「中島……?」

 頭の中で、微かな違和感が反応した。何となく感じる。彼の普通ではない態度を。

「黒山は、警察が改造人間を徹底的に秘匿しようとしている件は、知っているんだよな?」

「ああ。だけどそれが――」

「俺は、あのテロリスト側の主張が間違っているとは言えないと思う」

 今までで一番はっきりした声で、中島は主張した。竜兵は、頭の中の違和感が一気に存在を増した。

「中島、どうしたんだ?」

「俺なりの考え方だよ。改造人間の技術を応用すれば、間違いなく社会に良い変革をもたらすことができる。今、世間だと人工知能や第4次産業革命なんて言葉が流行っているけど、改造人間はそれ以上のブレイクスルーになる。もっともっとたくさんの人を幸せにできるし、困難から救い出すことができる。だから、日本警察の方針は間違っているし、それに従ってはいけないと俺は思うんだ」

 竜兵の思考は、完全に警戒モードに切り替わった。目の前の元同級生は、竜兵が知っている人物とは何かが違った。

「おまえ……テロリストに色々と吹き込まれたんだな」

「そういう面もあるけど、これは俺自身が考えた上での結論でもあるよ。黒山、おまえは改造人間として、今の警察の方針をどう考えているんだ?」

「なっ……!」

 竜兵は、驚きを隠せなかった。どうして中島が、その件を知っているのか。竜兵自身が改造人間だと他人に披露したのは、土曜日のあの日が初めてだというのに。

 ここで、竜兵は1つの推論を思い浮かんだ。なぜ中島が竜兵の正体を知っているのか、なぜ中島がテロリストの考えに共感するのか、なぜ中島が土曜日にデパートに行ったのか――。

「まさか、中島……」

「たぶん、今、黒山が想像している内容で合っていると思う。俺も改造人間なんだ。自分で志願して、デパートで騒ぎを起こした者たちと同じ改造手術を受けた、本物の改造人間だよ」

 衝撃の事実に、竜兵は口を噤む他なかった。こんなところに、警察が『轟』と呼んでいる種類の改造人間がいたとは――。

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