バッファロー王国
「これでライオン共もお終いだな」
「あぁ、あの忌々しい国王が死んで、後を次ぐのは随分と若造らしいからな」
こんな話が、バッファロー王国の至る所で聞かれたのは2年も前の話だ。当時、2国間の争いは、連日一進一退の激しい戦闘が繰り広げられていた。そんな中、双方にとって極めて大きな出来事があった。ライオン王国の先王、ブレーンロックの死であった。ライオン王国は病死と発表、バッファロー王国は戦いに破れ戦死したと発表した。
真相は不明のままだが、この事が戦いの流れを大きく変えた。
ここを勝機と見たバッファロー王国は、かつて無いほどの大規模な軍勢で、ライオン王国に攻め入った。その勢いは凄まじく、小規模な都市を次々と攻略し、遂には、ライオン王国南方の最大都市、ハボロネまで辿り着いた。しかし、その快進撃に立ち塞がったのが、ライオン王国の現国王ブレイドであった。
ブレイドは、数ヶ月前に成獣の儀を終えたばかりの若さであったが、ブレーンロックの死後、わずかな期間で国を統制し、バッファロー軍侵攻に対する策を練った。バッファロー軍の大群での侵攻は、ブレイドの想定範囲内の出来事であり、初めからハボロネで迎え撃つ算段でった。その為、小規模な都市で敗戦を重ねたが、兵士の被害は最小限に留める事ができていた。そして、ハボロネでの激戦の末、見事にこの大軍勢を打ち破る事に成功した。そこから、形成は一気に逆転し、現在に至る事となった。
「で、成果はあったのか? ギュリフス」バッファロー王国の国王アシモフが、玉座の上から、落ち着かない様子で元帥ギュリフスに尋ねる。
「は、こちらに……」ギュリフスは、赤い液体の入った、小瓶を取り出した。
「おぉ、FGを見つけたか! よくやったぞギュリフス!」アシモフは玉座を降り、その巨体を揺らしながらギュリフスの側に駆け寄り、FGが入るとされる小瓶を、すがる様な目で見つめながら言った。
「恐れ入ります。アシモフ様、このFGは色からして、恐らくは筋力増強系FGと思われますが、今のところ正確な事は分かっておりません。詳細が判明するにはもうしばらく時間を要します」
「かまわんかまわん、数百年も前の物だからな、正確な事は誰にも分からん。だが、今の我等に残された道はこのFGしかない、これ以上は待てぬ!」アシモフの鼻息が荒くなる。
「……仰るとおりで御座います。では早速これを誰に飲ませるか、国の命運が掛かっておりますので、慎重に判断していただく必要が御座います」ギュリフスが真剣な面持ちで言った。
「それはもう決めておる、このFGはベリウスに飲ませる!」
「4大将軍の、ベリウス将軍で御座いますか! 恐れながらアシモフ様、このFGがどのような作用を及ぼすか不明な状態で、4大将軍の、しかも、第1将軍に飲んで頂くには、リスクが高すぎます、ぜひ御再考を……」ギュリフスが必死の表情で訴える。
「お前の言いたい事はよく分かる。しかしこれまで、FGが悪影響を及ぼしたなどと、ワシは聞いたことが無い。お前は聞いた事があるのか? あるなら言ってみろ!」アシモフの鼻息が更に荒くなる。
「いえ、私も聞いた事は御座いません、しかしながら……」
「やかましい!! このFGはベリウスに飲ませる、今すぐこれを飲ませて来い!!」アシモフが癇癪を起こした。
バッファローは、気性の荒い動物であったが、FGによって知性を高めた事で、多くの者の気性は変化し、分別ある行動・言動が取れるようになっていた。
ではなぜアシモフは癇癪を起こしたのか。非常に厳しい国政に日々悩み、国民の事を思い眠れぬ夜を過ごすが、それを打開する策が見出せず、精神的に極限に近い状態に追い込まれているから、とゆう訳では無い。むしろ毎日ぐっすり眠っている。
ではなぜなのか?
癇癪持ちだから。
アシモフの命令でギュリフスはベリウスの部屋へと向かっていたが、その足取りは重かった。
「本当に良いのでしょうか?」ギュリフスの配下ベアリウモスが尋ねる。
「しかたが無かろう、国王様の言われる通り、我々に残された時間は短い」ギュリフスが厳しい表情で答える。
「このFG……単なる筋力増強だけでは、とても現状を覆すまでには至らん。残された時間が少ない今、もっと特別な力を持つ物で無ければ、我が王国に未来は無い」
「特別な力……それはいったいどの様な物ですか?」
「にわかには信じがたい話じゃが……」ギュリフスが話を止める。
「ギュリフス様、お待ちしておりました。中でベリウス様がお待ちです。どうぞお入り下さい」ベリウスの部屋に到着した。
「うむ。ご苦労(続きは後でな)」
部屋に入ると、ベリウスが書状を読んでいた。
「ギュリフス殿、ご足労おかけしました、どうぞお座り下さい。ベアリウモスもご苦労であったな」ベリウスが穏やかな表情で2人を迎え入れる。
ライオン王国の屋台骨が7将軍なら、バッファロー王国のそれは4大将軍になる。
中でも第1将軍のベリウスは、戦闘・知略共に他の3大将軍よりも秀でており、また国民からの人気も高く、次期国王との呼び声も高い。おまけにイケメンバッファローだ。
「ベリウス将軍、元気そうでなにより、国王様から話は聞いておるな?」ベリウスが手にした書状を見ながら尋ねる。
「さきほど早鳥がこれを……」
この時代、電力による通信網は無く、各国が通信手段として用いていたのが、鳥であった。
FGによって進化した鳥は、他の動物同様に、言語を扱い、更に飛躍的に飛行能力を高めた事により、書状を運ぶにはうってつけの存在となっていた。
伝書鳩の進化版。話せて早く長く飛べる伝書鳥な訳だ。
「国王様からの書状には、ギュリフス殿が持って来られるFGを、私が飲むようにと記されてあります。それも早急にと」
「うむ。その通りじゃ……」手にしたFGを見つめる。
「ギュリフス殿のお考えはごもっともですが、今は国家の危機。他に手は無いかと考えます」アシモフからの書状には、ギュリフスがFGをベリウスに使用する事に反対していた事も記されていた。
「分かっておる。国王様の決定じゃ、逆らうつもりは無い。これがそのFGじゃ」赤い液体の入った小瓶を手渡す。
「これが……なんとも不気味な色をしておりますな。それで、私はこれを飲んだ後、どの様な変化が起きるのでしょうか?」ベリウスが赤い液体の入った小瓶をマジマジと見つめながら、ギュリフスに尋ねる。
「書物によれば、FGを飲むと、きつい眠気に襲われる。3時間程で自然と目が覚めるそうじゃが、その間、体内の遺伝子が操作され、目覚めた時には新たな力が備わっているという事じゃ」
「なるほど。飲んで3時間ですか」
「くれぐれも、自然に目が覚めるまで待つ事じゃ。無理に起こしてはならんぞ!」
「お前達、分かっているな?」ベリウスが配下の者に尋ねる。
「はっ!お任せ下さい!」緊張の面持ちで配下数名が返事をする。
「頼むぞ! それでは、早速これを飲む事とします。ギュリフス殿、3時間後にお会いしましょう!」
「うむ。皆、よろしく頼む。3時間後アシモフ様と共に待っておるぞ!」
ベリウスは会釈した後、配下と共に寝室へと消えていった。