ホームシックからの添い寝からの寝起きのコンボ
罪悪感を感じながら、あたしはベッドに潜り込んで、手足を伸ばした。なんだか思った以上に疲れてたみたい。でも、疲れてるのに眠れないー。うー。
ベットの下から何かに引っぱられて沈み込むような、溺れているような感覚。そのまま落ちて寝てしまえばいいのに、湧いてくる不安に、落ちる寸前に無意識に起きようとしてしまう。
もー!疲れてるのにっ。泣くぞ。泣いちゃうぞ。いいのか? あたしが泣いたら……何も起きないけど。これホームシックかなあ。癇癪をおこして泣いてしまえば、楽になる気がする。でも。三四郎が起きちゃうし、飼い主がメソメソしてたら不安になっちゃうよね。お母……だめ。今それはNGワード。
大体、淋しくて泣くとかあたしのキャラじゃないもん。泣くのは可愛い子にこそ似合うのだ。あたしが泣いたってホラーなんだってさ。だから泣いても水分と体力の無駄なんです。事態は好転しないのです。だから、泣くんじゃない、あたし。大丈夫、どんなことでも面白くしちゃえばいい。人間は考え方ひとつなんですよ 面白いこと……面白いこと。そう、いつもみたいな馬鹿なこと。馬鹿な……つまらなくて……残念で……くだらない……。
どうして。どうして何も出てこないのかな……
ええい! こうなったらもう起きてればいい。あたしは体の意思に逆らって目を開けた。途端に目に映る知らない天井。知らない匂い。あ……や、ばい。やばい。いや、だ。やだ、やだ。
「ユーコー……おきてる?」
「あ、え、ど、どうしたの?」
パニックの波に流されそうになった瞬間、暗闇に三四郎の遠慮がちな声が響いた。あっぶな……危なかったー。三四郎グッジョブだよ☆
「体がすごく痛い。それに寒い」
あ、そっか。体は人間なんだから、当然だよね。気がつかないとか、だめだなあたしは。そうだ、弱気になっちゃだめだ。三四郎を守らないといけないんだ。あたしは三四郎のお姉さんなんだから。
「お布団に入る?」
あたしはそっと布団の端をめくる。だってしょうがないよ。だからしょうがないよ。これは不可抗力だYO。
「でも……お母さんに怒られるよ」
三四郎はドアをそっと見つめた。そういえば、ダンボールから拾ってきたばかりの子犬の時、一緒に布団に寝ていて、すごく怒られたことがあったっけ。ふふっとあたしは笑う。やっぱり三四郎なんだね。
「今は人になってるから、お母さんもきっと怒らないよ」
別の意味で怒るかもだけど。
「本当?」
「本当」
あたしが頷くと、三四郎はにっこり笑って、あたしの隣に潜り込む。三四郎の方を向いていたあたしは慌てて上を向く。
「ユーコ、小さくなったねえ」
ひあああああ! あたしの方を向いている三四郎の吐息が耳にかかる。前言撤回。だめ。やっぱり犬だと思えない。無理でこわす。無理なのでごわす。誰、これ。知らない男の人だよ。怖い。怖いなあ。
「ユーコ、大好きだよ」
ぎゃーーー!! そして三四郎は、あたしをそっと抱き寄せ……抱き寄せ……
「嗅ぐのと、舐めるのはいけません!」
あたしは思わず大声を出した。
「なんで?」
「なんでって……三四郎は今は犬じゃないからですよ。人間はあちこち嗅いだり舐めたりしないでしょ?」
あたしは慌てて起き上がり、三四郎の舐めた頬や耳を袖で擦る。
「わかった」
にっこりと笑う三四郎。いや、美しく生まれるって本当にうらやましいっすよね。笑顔で全て解決だよ。そうだ、悪意はないんだから。怖いとか失礼だ。つっか誰もお前なんか襲わねえぜ? しっかりしろよユーコ。わかったよ、ありがとう脳内兄さん。でもなんとなーく、あたしは三四郎と少し距離を取って横になる。
「ユーコ」
「なんですか?」
「撫でたり、ぎゅうするのも駄目なの?」
悩殺☆ という字が、三四郎の淋しそうな顔の上にかぶってる。このレイヤーは何? 消えなさい。悪霊退散!! って、この人は三四郎で、これはあたしに懐いてるだけなんだよね。三四郎にとっては、あたしはあたしなんだ。撫でたり、抱きしめたり、いつもしてたんだもんね。また捨てられるかもって不安になっちゃうよね。
「んーそれくらいは、いい、のか、なあ」
悩みながら言うと、三四郎はあたしを引き寄せて強く抱きしめた。え? あたしが三四郎を、じゃないの?
「手があったらこうしたいって、ずうっと思ってたんだよ」
耳元でささやかれた甘い声。な、懐いてるからだよね? これは懐いている的な行為デスヨネ!? でも、ああ、だめだ、抵抗感より強く感じるのは、包み込まれた安心感。心の中の鉛がすうっと溶けていくってこの感じなんだなあ。泥沼のような眠気に誘われて、すとん、と落ちるようにあたしは意識を手放した。
★
『起き……! この……者共!』
遠くから声が聞こえる。ふと目を開けると、窓からはまぶしいほどの朝日が差し込んでいる。
『ウスバカのウスノロの性悪女! 起きるんだ!』
うん、はっきり聞こえた。完全に覚醒しました。あたしは首に巻きついている三四郎の長い腕を振りほどこうともがく。んーだめ、と悩ましげな声を出して、三四郎はより強くあたしに抱きつく。ゴオン! え? 今の理性が崩壊した音? じゃなーい。懐いてるだけ。懐いてるだけなんですからね。
「さ、三四郎、離して」
少し大きな声で言うと、三四郎はやっと眼を開ける。このだるそうな表情がまた……って、おおうっ 更に足、足を巻きつけるのもやめて。
「おはよう、ユーコ。人間って眠いね」
「うんうん、そうかもね、あのね、フィリップが呼んでるから、離してくれる?」
三四郎はジトっとした目であたしを睨む。うっわ、涎の跡ついてますよ三四郎君。でもそれすら可愛いって思うこの気持ちは何? ……ってだから保護欲。母性愛なのです。
「フィリップと僕と、どっちが好きなの?」
「そりゃ」
『くそ女ああああ!! 能無しいいいい!! 開けろおおおお!!』
「三四郎君に決まってるよ」
あたし即答。それはそうだよ。何を間違えばあれに好意を持てるのよ。見た目は愛する三四郎だとしても。ピンと立った黒い耳。二重のつぶらな瞳。真っ黒で鼻筋の通った鼻。ベージュと黒が程よく混ざった毛色。三四郎は雑種だけど美犬なんだ。親ばかでは決してない。三四郎は満足げに微笑んであたしを放す。その間も、フィリップの怒声は続く。はあ、とため息を付くと、あたしはわざとゆっくりと廊下に出て、フィリップの部屋のドアを開ける。
『ウス……早くし! おう、……全く、町に着くまで日が暮れるぞ』
少し枯れた声で言うと、ダッシュで階段を下りていくフィリップ。
「三四郎君、いこう」
どんなことになるのか想像もつかない。でも不思議なことに、気持ちはそんなに重くない。いや、学校に行く日の朝より、ずっと軽やかな気持ち。お父さん、お母さん、能天気に育ててくれてありがとう!
今日はどんな一日になるのかな。あたしは踊るように階段を降りた。
お疲れ様です。これで一章終了です。
読んでくださっている方、ありがとうございます♪




