ありきたりの中世設定
『まあ、簡単な話だ。犬の姿では魔術が使えんから、俺の師匠である、この国一番の魔術師コーダのところに行く。万が一、途中で俺が犬そのものになってしまった場合のために、術式を書いた手帳と、本当に俺である証拠の手紙を持っていろ』
はあ、そうですか。机の上の手紙と手帳を掴んで、うわあ涎でぬらぬらしてる……を入れるために背負っていたリュックを下ろす。
『それはなんだ!? 何が入っている!?』
途端にフィリップはあたしのリュックに飛びついて中を漁る。
「す、すみません、やめてくださいー!」
あたしは必死にリュックを引き寄せる。うー、わん! と三四郎もリュックに飛びつく。ああ、もう、てんやわんやだ! てんやわんやだよ! 大事でもないけど二回言ったよ!
「見せますから! 三四郎、待て!」
あたしの叫びに、フィリップはリュックから離れる。三四郎は、すごくいい姿勢で椅子に座って、あの目。
「あ、はい、いい子だね、三四郎君」
つい、三四郎から目を逸らしてしまう。直視できない。ふう、と一息つき、リュックの中を全て机の上に空けた。ひとつひとつ、フィリップに説明していく。フィリップが一番興味を示したのは携帯。もちろん電波は来てないけど、まだ電池が切れてない。
『離れているのに、話ができるとは、高級魔術だな』
なんか違う気もするし、そのような気もするし。あのーそのー、とごにょごにょ説明する。電気が? 電波が? 電波って何かね?
『自分が使ってるのに説明できないのか。ウス……ゴホゴホ。ユーコ、これはなんだ?」
フィリップは、カメラのアイコンを指差す。言葉に気遣いが生まれたようで何よりだ。
「ああ、これは」
フィリップに画面が見えるように、三四郎に向けてシャッターをきる。
『き……さま、何をした! 俺の体に何の呪いをかけた!? 凍っているではないか!』
「や、いや、違うんですよ。ええと」
あたしは怒っているフィリップに携帯を向けて、動画を撮る。
『何をする気だ! 今すぐやめろ! うわああああ』
喚き続けているフィリップはにかまわず動画を再生した。
{何をする気だ! 今すぐやめろ!うわああああ}
『ははーん。なるほど。これは記憶魔術だな? なるほど。お前の説明が悪いのだ、ウスバ』
再生。
{何をする気だ! 今すぐやめろ!うわああああ}
『もういい、やめろウス……』
再生。
{何をする気だ! 今すぐやめろ!うわああああ}
『ウ……』
再生。
{何をする気だ! 今すぐやめろ!うわああああ}
『やめろ! お前はあれだな。性質が悪いな』
ははは。そのとおり。性格も悪いのだよ。残念だったな、バカ王子。でも、この辺で勘弁しておいてやるんだぜ。
『まあ、旅に役に立ちそうなものは何もないな。今日のところは飯にして寝よう』
ため息をつきながら言ったフィリップの言葉に、おなかがすいていたことを思いだす。
「あ、何か食べるものがあるんですか?」
『うむ。むこうが調理場だ。何か作れ』
なにゆえ、あたし……いや、この場合仕方ないか。料理は実は得意だから、なんとかなる、かな。
薬棚の部屋を、ああ、いいなー白いケビント。部屋に置くのが夢なんだよねえなんて思いながら通過して、本棚の沢山あった最初の部屋に戻る。
さっきは気がつかなかったけど玄関っぽい扉がついている。そして、ここの床にも魔方陣が書いてあった。やはり窓はなくて壁全体と天井が光っている。
玄関の扉近くの通路に消えるフィリップを追いかける。三四郎は上手に二本足で歩いてついてきた。進化。人類の進化を目の当たりにしています。って、ここが台所? 通路を抜けたあたしは思わずあんぐりと口を開ける。
「え……薪?」
『まさか、使えないのか』
うんざりした声、なんだか傷つく。アーンド むかつく。というか、ここって、剣と魔法の中世ヨーロッパ、的な、圧倒的にありがちな異世界だよね。近未来的な異世界だってありだったと思うの。どうせなら、ボタンを押したら豪華ディナーが出来ちゃって、アンドロイドとかがお世話してくれる異世界が良かったよ。
「すみません。科学万能な世界からきましたので」
『その話はあとで聞こう。まず、その草をそこに入れろ』
あたしは言うとおりに、枯れ草のようなものを竈に入れる。フィリップは何やら竈の前に前足で描くと、トン、とその中心を踏んだ。フィリップの足元から、火の玉が飛び出して竈の中に飛び込み、枯れ草がぱっと燃え上がる。
「す……すごい! フィリップさん、すごいです! 今、初めて尊敬しましたよ!」
『い、いいから木をくべろ。消えてしまうぞ』
満更でもなさそうな声で言うと、フィリップは次々と指示を出す。お湯を沸かして、芋とカブのような大根のようなものと、これはローリエ? を茹でる。多分、小麦粉? をお湯で練って、瓶に入っていた、イースト菌だろうか? を混ぜて、竈の上の空間に入れ、鉄製の蓋をする。恐らく、オーブンだろう。三四郎はつまらなそうに丸椅子に座っている。
しばらくするといい匂いが漂ってきた。
『いいころだ、出せ。……バカ!』
蓋の取っ手に伸ばした手を、思い切りフィリップに叩かれた。台所の椅子で寝ていた三四郎が飛び起きて唸る。
「大丈夫だよ、三四郎」
慌ててあたしは三四郎を制止した。犬と違って人はすぐには起きられないんだけどなあ。などとぼんやりと思っていると、
『これを使え』
フィリップが、鉤のついた鉄の棒を咥えて持ってきた。そうか、これで外すんだ。扉は鉄製だもんね。火傷しちゃう。フィリップ、なかなかいいとこあるじゃん。蓋の持ち手に鉤手を差し込んで開けると、いい感じに焼けた丸い~、うん、パンだよね、これ。
『反対側を使え』
鉄の棒の鉤手の反対側は平べったい。パンの下に入れると、そっと取り出して、熱々のパンをテーブルの上の皿に置いた。
『そっちもいいな。トマトと塩を入れろ』
言うとおりにすると、こちらもおいしそうに根菜の煮込みが仕上がる。出来た。出来たああ! やれば出来る子、それはあたし! おいしそーう♪