今、出来ること
その時、ドカン! という爆発音がして、もうもうと煙が部屋に流れ込んできた。あっと思う間もなく、数本の光の矢が走って、魔術師たちに絡みつく。魔術師たちは声も出さぬまま、まるで糸の切れた人形のように床にぐにゃりと倒れた。
「ユウコ! 三四郎! 戻れ!」
扉から入ってきたのはフィリップだった。あまりに必死の形相に、何故、すら考えることもなく、あたしと三四郎は駆け出す。
「痛っ」
三四郎がフィリップに駆け寄るのを確認した後、自分も出られると思っていたあたしは、激しく光の壁にぶつかった。いつの間にか、魔方陣のまあるい外側の円に沿って、光の帯が立ち上がっている。
『ユウコ!』
三四郎が叫ぶ。ちょ、通して。あたしもあっちに……。でも、いくらがんばっても駄目だった。戻ろうとしている三四郎も入って来られないみたい。あたしは光の壁の前にへたへたと座り込んで、同じ目の高さの三四郎を見つめる。
「術が完成している、もう止められない。クソッ」
フィリップが叫びながら、本棚の本をひっくり返している。あたしは落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、三四郎に呼びかけた。今、出来ること。今しか、出来ないこと。
「三四郎、ねえ三四郎、聞いて」
これが最後になるかもしれない。ちゃんと、伝えなくちゃいけない。本当の気持ちをくれた三四郎に本当の気持ちをあげなくてはいけない。たとえ、それがとても残酷なことだったとしても。
「ごめんね。あたし、三四郎を恋愛対象としては見られない。三四郎の気持ちには答えられない」
三四郎は静かな目であたしを見つめる。
泣くな。
泣くな。
まだ、伝えなきゃいけないことがある。
「だから、あたしの側に居ないほうが三四郎が幸せになるなら、あたしがどんなに寂しくても、三四郎が幸せになるなら、それでいいって思ったの。三四郎がとても大切なの。わかる?」
三四郎は、そっと頷く。
「でもね、本心は側に居てくれるなら、側に居てほしいって思ってる。三四郎が居ないのは淋しいから。淋しくて怖いから。あたしは自分勝手な嫌な子なの」
届いて。
三四郎に届いて。
「ごめんね、三四郎、ごめんね。でもね、大丈夫だから。あたし、本当に大丈夫だからね」
『……バカだなあ、ユウコは。ユウコの側以外に、俺が幸せになれる場所なんて、ないって言ってるのに』
泣きそうな三四郎の声。本当だね、あたしはバカだね。ごめんね、ごめんね三四郎。
「ありがとう、三四郎。三四郎の気持ち、すごく嬉しかった。本当にすごく嬉しかったの」
光の壁の色がどんどん深くなっていく。景色が歪み始めていた。
「フィリップ! 三四郎をお願い! お願い!」
あたしの言葉はほとんど泣き声で、フィリップに伝わったかどうか不安になる。でも、フィリップは本を投げ捨ててあたしに近づいてきた。
「何にも心配するな。全部上手くいく。泣くな、ユウコ。俺様を誰だと思ってる」
あたしはしゃくりあげながら、必死で頷く。お願い、フィリップ、三四郎をお願い。お願いします。
あたしを呼ぶ三四郎とフィリップの声が遠ざかり、やがて消えた。
あたし、一人だ。本当に一人ぼっちなんだ。
帰れるのかな。知らない場所に出たらどうしよう。あたし、一人で、どうしよう。
ぐにゃぐにゃ歪む世界の中で、あたしは一人、両手で顔を抑えて声を出さずに泣きじゃくる。怖いよ、側に居てよ、三四郎。迎えに来てよ、フィリップ。
「ワンワン!!」
え? 三四郎? あたしの耳に、遠ざかったはずの三四郎の激しい鳴き声が届いた。
ふと目を開くと、赤信号。迫ってくる車。運転席で目を見開いた中年女性。あたしに飛びつく三四郎。
え? 嘘、ここ……なの?
ダン! という音とキキー! というブレーキ音。気がつくとあたしは道路に仰向けに投げ出されていた。
「女の子が轢かれたぞ!」
「すみません! 救急車を!」
叫ぶ女の人の声が最後に聞こえて、あとは真っ暗になった。




